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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
旅立ち
15/53

ありもしないもの

 船はいまだ深い霧の中。

 視界は非常に悪く、目の前に腰掛けるおっさんがなんとか見えるくらいで他のものは見えない。

 耳には水の流れる音だけが入ってくる。


 おっさんの瞳の奥にいる化け物のせいで、俺はまばたきすらもできずただ身構えていた。


「そんなに身構えないでください、ルイゼット君。別に取って食べるわけではありませんから。ほらリラックス、リラックス」


 ふざけながらも丁寧な口調でおっさんは俺の名前を呼んだ。

 先ほどオッカムと話しているとき、俺のことを『男性一人』と言っていたが、どうやら名前を知っていたらしい。


 やはり、こいつがリーダーか。


「あまりリラックスしてもらえませんね。お互いが打ち解けるためにも私の方から質問に答えましょう。私はリーダーではありません。……しかし、私は刃の解放軍ラーミナ・リベラティオを動かしています。ラーミナを結成し、その名前を与えたのは私です。命令の大部分は私が与えていますが、私はリーダーではありません。彼らはラーミナのリーダーの姿を見たことがないでしょうが、私も見たことがありません。なぜなら、ラーミナのリーダーはこの世界に存在しないからです」


 なにを言っているんだこいつは。

 

「リーダーがいないならあんたはなんなんだ? 自分自身を『リーダーの使い』と言っていたが、リーダーがいないならあんたはなんになる?」

「初めに言ったとおり、私はリーダーの使いです。ただしリーダーとは、ラーミナの首領(リーダー)ではありません。私が信じた先導者(リーダー)です。強いていうならその人がラーミナのリーダーとも言えるでしょうが、あの人は自分をラーミナのリーダーとは認めないでしょう。そのためラーミナの首領(リーダー)は存在せず、それでいて私は先導者(リーダー)の使いとなるのです」


 屁理屈もいいところだった。

 

「じゃあ、あんたの先導者(リーダー)ってのは誰なんだ?」

「ルイゼット君の父君、ディオニュシオス様です」


 不意をつかれ俺の目は見開き、呼吸も止まった。

 

「――と言ったらどうしますか?」


 おっさんが引っかかりましたね、という笑みを俺に向ける。

 

 殺意を覚えた。自然と立ち上がる。

 瞳の中の化け物がこちらを見ている気がしたが、そんなものは気にならなかった。

 

「おおっと、揺れると危ないですから座っていてください。そんなに怒らないでください。顔が父君のようになっていますよ。ほら深呼吸、深呼吸」


 おっさんがおどけたふりをしながら俺を諭す。河に投げ込みたくなってきた。

 とりあえず深く息を吸い、ゆっくりと吐きながら腰をおろす。


 そもそも(あいつ)がおっさんの先導者(リーダー)だというなら俺やケファ兄を助けるわけがないのだ。

 奴は自分に楯突くやつを生かしておかない。


「ルイゼット君も気づいていると思いますがダモクレスの人ですよ」

「そうだろうな、しかもかなり上の人間だ。兄貴や俺の死刑執行日を知っていた」

「そのとおりです。ちなみに私も元はダモクレスの人間です。これでも若い頃はぶいぶい言わせたものです。おっと、これ以上は話すことができません。先導者(リーダー)に怒られてしまいますからね。それとも力尽くで聞き出しますか?」

「そんなことはしない。それに……できないだろう」


 おっさんは頷く。


「今のルイゼット君では私に拳は届きません。自分の力を把握し、相手の力を推し量れるのはいいことです。長生きできますよ、私がそうですからね」


 ふふんと鼻を鳴らす。


 非常に悔しい。

 できるならその鼻に一撃を入れてやりたいが、おっさんが言うように届かないだろう。

 おっさんの瞳の奥にいる化け物は依然としてこちらを見つめている。

 先ほどは怒りで安易な行動をしてしまったが、今はやはり動けない。

 そんな自分に余計いらついた。


 それにこのおっさんはふざけているが、相当な腕のはずだ。

 桟橋のときもオッカムに止められるまで、まったく存在に気づかなかった。

 船に乗る前も乗ってからオールを漕いでいる今ですら隙がない。

 少なくとも正面からやり合ってどうにか出来る相手ではない。


「そういえばもう一つ聞かれましたね。君がいうように、この単眼鏡(モノクル)は刃、『ヘイムダル』です。よく知っていましたね」

「ダモクレスの人間ならその刃を知らないものはいないだろう。刃になりそうな道具は一通り調べたからな。それも探していたんだが、十年以上前にダモクレスから消えたと知った。まさか、こんなところでお目にかかるとは思わなかった」




 百年以上も前の話になる。


 旅人として大陸を回っていたダモクレス初代王アルバートは二つの刃に目覚めた。

 それ以降の歴史において、一人が二つの刃に目覚めた記録はない。


 その刃の一つは国の由来ともなった諸刃の剣『ダモクレス』。

 そして、もう一つがこの単眼鏡『ヘイムダル』だ。


 この二つの刃を自由自在に操ったアルバートは大陸最強と謳われた。

 幾たびの戦を越えやがてアルバートは北の地で王となった。


 国の名はユートピア。

 その国では刃を持った人間が歓待され、各地から居場所を追われたホルダーがこの国へと集まった。

 当時の大陸のホルダーはほぼすべて集まったと言われているくらいだ。


 しかし、南の大国はいい顔をしなかった。

 異端の力を持つものたちが一カ所に集まったのだ。

 いつ自分たちの国が攻められるのかと恐怖していた。

 その恐怖はたまりにたまり続けた。大国は周りの小さな国を吸収し始めた。

 そして、ユートピアを除くほぼすべての国を一つにまとめ上げたとき、ユートピアを攻めることとなった。


 ユートピアはホルダーの国である。

 各地から力を持った多くの人材が集まっていたが、それゆえに一枚岩ではなかった。圧倒的な数の力を前に対抗する力を持っていなかった。


 アルバート王は彼の刃、ヘイムダルの力『未来視』によってユートピアの壊滅を見たという。

 そこでアルバート王はもう片方の刃、ダモクレスの力を使いホルダーを守るためにユートピアを地上から切り離した。

 ユートピアは空高くに浮かび上がり、たしかに地上から隔離された。


 アルバート王が死んだあと二つの刃が残ったが、その二つを同時に刃にできるものはいなかった。

 ダモクレスは国を空中に維持する上で最重要だが、未来を見るヘイムダルはすでに必要なくなった。

 そのためダモクレスに目覚めたものを王としていくことになった。

 国の名前もいつしかユートピアから剣の名前となってしまった。


 そして、百年近く経ったいまかつてのユートピアは(あいつ)によって支配されてしまっている。

 体制に反抗するものの排除、刃を持たないものへの非人間的扱いというようにディストピアへと変化してしまっている。




 このように単眼鏡『ヘイムダル』はダモクレス初代アルバート王の刃でもあった。

 その能力は未来視、どこまで見えるかは能力者の力次第である。

 アルバート王はユートピアの終わりまで見通したとあるが、さすがにそれは誇張されすぎであろう。

 現にその後、目覚めた使い手はよくて一週間後を見るのが限界だと記録されている。

 さらに、未来視で見たものを変えようとすると、さらに新たな未来が見えてしまい使い手への負担が非常に大きいとされている。


「さて、そろそろお互いの緊張もほぐれた頃でしょう。本題に入ります」


 おっさんが切り出す。

 なにが緊張もほぐれただ。一方的に俺をいじっているだけではないか。


「私たちはこの地上にユートピアを再び築き上げるつもりです」


 またふざけているのかと思い、おっさんの顔を見る。

 その顔から微笑みは消えていた。口を引き締めて目も細めこちらを見ている。

 いや、見通している。俺のすべてが見透かされているような気がした。

 気配が完全に変わっている。これがおっさんの元々の姿なのだろう。


「そのためのラーミナ・リベラティオです」

「ホルダーの国を作り上げるのか?」


 おっさんはかぶりをふる。


「違います。それではアルバート王のときと同じように二国が黙っていないでしょう」

「じゃあ――」

「お互いを意識しない世界を築きたいのです。ダモクレスでは刃を持っていないものは人として扱われません。もう知っているかもしれませんが、地上ではその逆、ホルダーを人とみなしていません」


 それはたしかにもう知っていた。

 トリカは西国(シニストラ)の兵に人間扱いされていなかった。


「刃を持つものと持たないものが、互いに人として認め合う世界です。どちらかが上に立つのではなく、優劣があるわけではない。我々はその意識を世界に敷こうとしています。あなたには――ルイゼット君にはその協力をして欲しいのです」


 話が大きすぎて、頭がついていかなかった。


 たしかにそれは理想の世界だと思う。

 そんな世界があればいいと思ったことはある。


「しかし、そんな世界は……」

「ええ、ありもしないもの――ユートピアでしょう。完全に意識の壁を消すことは無理です。しかし、我々はその世界に近づけさせたいのです」


 言葉がでなかった。

 やはり話が大きすぎる。俺ではどうしようもないだろう。


「……話が大きすぎて、俺が手伝ったところでそんなものがどうこうなるとは思えない」

「私も先ほどまでそう思っていました。リーダーからあなたを仲間に引き入れろと言われ、助ける算段をしましたが、君にそこまでして助ける価値があるのか疑問でした」


 おっさんは単眼鏡、ヘイムダルに手を伸ばす。


「私は未来を見て、ここで待っていました。見たものはルイゼット君とオッカム隊長がここに来るというものです。しかし、彼女――」

「トリカか」

「ええ、トリカさんはここにいないはずの人です。私の見た未来にはいなかった。久方ぶりですよ、こんなことは」


 おっさんは楽しげに笑っていた。

 その顔を見て俺は初めて緊張がとけた気がした。


 おっさんがトリカを見たときに驚いていたのはそういうわけか。


「ルイゼット君がトリカさんを引き入れたのでしょう。そのときの話をしてもらえませんか?」


 おっさんは興味津々というように俺を見る。

 隠しても仕方がないため、デクストラでトリカに捕まったところから、友達になったところ、軍を抜けたところまでを簡単に説明した。




「なるほど、友達ですか。やはり君はおもしろいですね」


 俺の話を最後まで聞いたおっさんは笑いながら俺をそう評価した。


 おもしろいというのはどういうふうに受け取ればいいのだろうか。

 馬鹿にされている気もするのだが。


「馬鹿にはしていませんよ」


 心を見通された。


「友達――能力の有無を問わない関係。ええ、それこそが我々の求める世界の礎となるものでしょう。やはり、私の先導者(リーダー)は正しかった。私では君を測りきれない。ぜひラーミナに入って頂きたい」


 おっさんは興奮して一人で語り出していた。


「入るのは……」

「では決定です。能力者を保護・支援する第一部隊、各国の部隊に入る第二部隊、他のホルダー集団との交渉をする第三部隊。どれがいいですか?」


 えっ、はや。『いいんだけど』と続ける前に入ることが決定してしまった。

 入る部隊か、自分で決めていいものなのだろうか。

 適材適所で振っていくものだと思っていた。


「地上がもっと見てみたいから各地を多く回れる部隊がいい」

「予定調和でしたね。それなら第三部隊です。オッカム隊長の下につけましょう。彼女と一緒なら力をつけることもできるでしょう。彼女を補佐してください。彼女は腕はたしかなのですが、交渉が殲滅になることも多いので、ルイゼット君はいい制御役になるでしょう」


 どうやら最初から第三部隊に入ることになっていたようだ。


 しかし、交渉を目的とする部隊で力をつけることができるというのはおかしいのではないだろうか。

 しかも、最後の理由は要するに足でまといってことじゃないのか。

 否定できないのがつらいところだ。


「トリカを一緒に連れて行きたい。友達なんだ」

「いいですが、彼女は戦えないでしょう。さらに軍の裏切り者です。見つかったら殺されますよ。第一部隊なら他よりも安全を確保できます。……友人が死ぬというのはつらいものですよ」


 そうだ。トリカはシニストラ軍を裏切ったのだ。

 さらに武器は使えない。荒事の多い部隊なら彼女は明らかに場違いだ。


 おっさんの最後のセリフは少し実感がこもっている気がした。


「わかった。いちおうトリカには話しておく」


 それがいいでしょう、とおっさんは言うだけであった。

 いちおうとつけたのはなんとなく無駄な気がしたからだ。トリカはついてくるだろう。

 そして、もう一つ、


「ケファ兄――ケファロを助けたのもあんたらだろう」

「あの変な人ですか。島では会わなかったようですね。ちょっと前にリーダーから命令が来たので助けました。第二部隊に入ってもらいましたよ。恐ろしいですね、ほんの少しの期間で銀章を手に入れたそうですよ。彼なら私にも拳が入るかもしれませんね」


 ……ケファ兄の評価が安定してきた。

 おかしいのは自分じゃないのかと思い始めてしまう。

 よくつるんでいたから感覚が麻痺しているだけなのだろうか。


「ケファ兄も友達なんだ。助けてくれてありがとう」


 とりあえず、素直に頭を下げた。

 顔を上げるとおっさんは少し面食らっているようだった。すぐに顔を戻す。


「どういたしまして、ルイゼット君。早くわたしに拳が届くことを期待しています」


 一言多い。


 そういえば、重要なことを一つ聞き忘れていた。


「おっさんの名前は?」

「今の私はリーダーの使いです。名前は必要ありません。おっさんで十分です。……まあ、十分なのですが、願わくばおじさまと呼ばれてみたいものです」

「おじさま」

「女性限定です。野郎は認めません」


 せっかく呼んでやったのに……本当に一言多いおっさんだ。

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