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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
旅立ち
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扉の向こう側

 落ち着いたところで、トリカの手を取り立ち上がらせる。

 彼女の身長は思ったよりも高かった。俺の首よりも少し高いところに金髪の頭頂が見えている。


 問題はこのあとどうするかだ。

 オッカムがこの基地に向かっているなら、下手に動くよりもおとなしくしていた方がいいだろう。

 果たして俺はどれくらい寝ていたのだろうか。


「トリカ。俺がこの基地に来てからどれくらい経った?」

「二時間くらいだと思う。さっきの赤服は朝食を食べてるときに、仲間がいないことに気づいて私のところに来たそうだし」


 トリカは少し考えてからそう言った。

 どうやら思っていたよりも長く寝ていたようだ。


 オッカムはまだ来ないのだろうか。

 そもそも、この基地と向こうの基地ではどれくらいの距離があるのだろう。


「デクストラの基地からこの基地まで走ってどれくらいかかりそう?」

「私は能力で飛んだから具体的な距離はわからないけど、そんなに遠くないわ。走ったなら一時間もかからないはず。私の能力で飛べる限界がそれくらいだから」

「トリカの力は鏡に閉じ込めることと鏡間での移動の二つで間違いないよね」

「ええ、鏡の元々の能力は鏡に閉じ込めること、移動は私だけのもの」


 刃はその道具によって能力が決まっている。原則として一つの道具に一つの能力。

 オッカムの刃であった剃刀なら減速がその能力だ。

 仮に、俺がオッカムの持っていた剃刀に目覚めたとしてもその力は減速となる。

 つまり、道具によって目覚める能力は決まっている。


 原則といったように、トリカのように例外として『二つ持ち』と呼ばれるものが存在する。

 これは、一つの刃で二つの能力をもつことだ。


 そのうち一つは道具によっての固有能力だが、もう一つは所有者によって異なる能力が目覚める。

 かなり珍しい能力になることもあるため重宝されることが多い。


「じゃあ、その鏡はやっぱり消せないんだよね」


 トリカは何も言わず頷く。


 しかし、二つの力にはそれだけの代償が存在する。




 一に、先に述べた道具固有の能力が弱くなる。

 どこまで弱くなるかは個人差があるため一概に言えないが、道具固有の能力が使い物にならなくなることさえある。

 一般的に個人特有の能力が強くなるほど、道具固有の能力が弱まるようだ。




 二に、刃を消せなくなる。常に刃が実体化してしまう。

 オッカムが彼女の刃である剃刀を手元で出し入れしていたように、ホルダーは自分の刃を見えない鞘に入れることができるらしい。

 『らしい』とつけるのは、ホルダーでない俺にはよくわからない感覚だからだ。


 要するに消したり出したりすることができるということだ。

 刃は、劣化こそしないが壊れることはある。

 刃が壊れるとそのホルダー(持ち主)は死に至る。

 つまり、刃が常に実体化しているというのは、自分の心臓が剥き出しになっているようなものだ。




 三に、刃を極めることができない。

 ホルダーの最終到達点は自分と刃との同化であると言われている。

 刃に目覚め、共鳴し、同化へと至る。


 ホルダーはその刃を使っていくうちに、刃の力を最大限に引き出すようなる。

 最大限に引き出せたとき、刃と『共鳴』したと言われる。

 しかし、刃はどこまでも道具であるため力を引き出すには限界がある。


 その限界を超えるためにホルダーは刃を自分自身の中に取り込む。

 道具を自分と合わせることで、刃の物としての境界線を越えさせる。

 それが同化だ。


 同化は、刃を消した状態から自分自身の中に刃があるとイメージしていくらしい。

 刃を消すことのできない二つ持ちはそもそも自分自身の中に刃をイメージできない。

 このため同化に至ることはできない。


 現に能力を二つ持ったものが、同化の段階に達した例は報告されていない。

 二つ持ちに同化は不可能だと言われている。




 この三つの欠点により二つ持ちはその能力のプラス面よりもマイナス面が大きくなる。

 トリカも二つ持ちであるなら、刃である鏡を消すことはできない。

 その鏡が壊れたとき、彼女の命も消える。

 先ほどトリカは手で鏡を床に払い落としていたが、あれは相当いかれた行動だ。

 もし鏡が割れていたら死んでいてもおかしくない。




 東国デクストラの基地からこの西国シニストラの基地まで約一時間。

 俺が捕まってから約二時間が経過しているという。

 微妙な時間だ。慎重に侵入するならそれくらいの時間はかかるだろう。

 また、オッカムの身に何かあったとも考えられる。


 まだまだ聞きたいことがあったが、部屋の外が騒がしくなってきた。

 慌ただしく廊下を走る音が聞こえる。何かが起こっている。


 いまこの部屋に兵が来られるとまずい。

 とりあえず、床に転がっている赤服二人をどうにかしたほうがよさそうだ。


 部屋を見渡す。この部屋は物置だろうか。大きめの鏡、椅子、机、大きな木箱と様々なものが置かれている。奥に入り口から見えづらい空間があったため、赤服二人の手足を縛り、口に布を押し込んでからそこに押し込んだ。


 俺もトリカに頼み、再び鏡の中に入れさせてもらう。

 鏡に入るやいなや、ドアが大きく開く音が聞こえた。


「スース基地長がお呼びだ」


 男の声が響いた。

 トリカが無言で部屋を出る。男のあとを追って再び奥の部屋へと向かう。




 部屋に入ってすぐに豚男の声が聞こえた。


「デクストラの奴らが執行者を送り込んだようだ。いまはお前の相方が時間を稼いでいる」

「執行者……ですか」


 豚男の声におびえが入っているように感じた。トリカの鏡を持つ手も震えている。

 執行者がどういう奴なのかわからないが、危険なもののようだ。


「我々はこの島から撤収する」

「もう一人の対象は見逃すんですか?」

「そんなわけないだろう。奴は執行者とお前の相方の戦いに乗じて逃げたようだ。おそらくこちらに向かっている。そこでもう一人の対象を囮として逃げた方を捕らえる。撤収はそのあとだ」


 トリカが鏡を豚男へ向けたのだろう。丸枠には豚男の姿が映る。


「おい、聞いていたな。いまからお前を出すが、変な気をおこさないことだ。殺すわけにはいかないからな」

「わかってるよ」


 周りにエリート様達が武器を構えて待機しているのだろう。

 逃げようと思えばできそうだが、オッカムがこちらに向かっているのなら無理をする必要もないだろう。

 ここはおとなしく従うことにする。


 鏡から出たあと、すぐに背中で両腕を縛られた。

 かなりきつく絞めたようで痛みが麻痺して感覚がなくなっている。

 部屋には豚男の他に二人ほど兵がいた。全員がエリートを示す赤服を着ている。


「これでいい。おい、お前はこいつを助けに来た対象をその鏡で捕らえろ」


 豚男はトリカを向いて命令する。

 トリカはこちらを伺い、俺が軽く目で促すと「わかりました」と返答した。




 突如、部屋に轟音が響いた。俺も含めた部屋にいる全員が体を震わせる。

 かなり大きな音だった。近くで何かが爆発したのだろうか。

 音が収まると、次は兵士たちの叫び声が聞こえてくる。


「なんだ! なんの音だ!」


 豚男がその巨体を醜く揺らし、わめき散らす。

 赤服の一人が「見てきます」と言い残し、血相を変えて部屋から出て行った。

 部屋には俺とトリカ、豚男、赤服二人の五人が残っている。


 どれくらい経っただろうか。様子を見に行った赤服は戻ってこない。

 苛立ちを隠せない豚男は別の赤服に「見てこい」と命令した。

 命令された赤服が扉を開け出て行った。人数は四人になった。


 扉は、閉める力が足りなかったためかわずかに開いている。

 それが気になったのか部屋に残った最後の赤服が扉を閉めようと近づく。


 赤服は部屋の外をちらりと見た。視線が扉から部屋の外へと移ったのだ。

 『何か』を見たのだろう。

 扉に近寄り、ちらりと顔を出す。


 突然だった。部屋の外を見た赤服の体は何かに吸い込まれた。

 明らかに自分の意思で動いたようには見えない。

 赤服はわずかに開いた扉の隙間から消え去った。

 扉に食べられてしまったようにも見えた。


 その後、彼のものと思われる短い悲鳴と物音が聞こえたが、すぐに沈黙へと変わった。

 ドアはいまだわずかに開かれている。部屋は残り三人だ。


 部屋の外に『何か』がいる。

 声を出すと殺られる。全員がそう感じたのだろう。誰も何も喋らない。

 口を硬く閉じて扉のほうをただただ凝視していた。冷たい汗が首筋を流れる。


 ドアがわずかに揺れる。蝶番の軋む音が気味悪く響く。全員が身構えた。

 外にいた『何か』はついに視界に入った。

 それはゆっくりと静かに部屋の中に入ってきた。

 あまりにも遅く動いていたため焦れったさを感じる。

 不気味なものを想像していたため、その『何か』を正しく認識できなかった。


 『何か』は銀色の狼であった。

 書物に描かれていた姿が脳裏に浮かぶ。

 それは紛う事なき気高く狩るものの風貌だ。


「迎えに来た」


 一瞬、理解が追いつかなかった。狼はその口で人語を話した。


 光を反射する銀色の髪、心を削ぎ落とすほどの鋭い目。

 その表情は読めない、というよりも無表情と表現するのが合っているかもしれない。

 緑の濃淡で描かれた衣服の模様、よく見ると赤い模様も含まれている。

 衣服はところどころ切られ、銀に近い肌と赤黒い血が見えている。

 右手には鮮烈なほど赤々しいナイフ、左手には銀色の剃刀を携えている。

 両手にもつそれらは牙だ。その鋭さは痛々しさを感じさせる。


 ああ、そうだった。彼女は狼ではなく人間なのだ。言葉を話して当然だ。

 そう、俺は知っている。


 彼女の名は――オッカム。

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