6話 劉焉と行商人達【前編】
「はわ~。成都のお城は大きいさ~!!」
「おや?成都は初めてか?」
「うん!!行商で益州は大体回ったんだけど、成都だけはダンナが絶対に来なかったさ。」
「劉焉に会いたくなかったんだ。あの女の膝元なんざ行くわけないだろ?」
厳顔に請われて数日後、馬車に乗って成都にたどり着く三人組。
益州の行政の要、成都。
人の流れは多く、旅人や行商人など様々な人間がいた。
そんな中、一直線に城の正門へと足を運んだ三人を待っていたのは、警備兵と共に1人の女性だった。
「お待ちしておりました。貴方が南中の行商人ダンナ、でよろしかったかしら?」
「待ってたんなら改めて確認する必要ないだろうが。」
「あらあら、そうですね。ごめんなさいね。」
「ダンナ~、すっごい感じ悪いよ?あといつ来るか分からない相手を待っててくれたのに失礼さ。」
ダンナはそっぽを向いて口をつぐんだ。
その様子を正門で待っていた女性は笑顔で迎えてくれた。
片手を口に当てクスクス笑う仕草はとても艶やかだと費緯は思っていた。
「私は黄漢升。劉焉様の元へご案内します。」
黄漢升と言った女性は、くるりと向きをかえ城の中へと歩いていく。
警備兵はそれに併せて横を向き、一歩後ろへ下がり黄漢弁の歩く道を作る。
その一連の流れはとてもスムーズで彼らの練度が高いことを見せる。
ダンナ、費緯、趙子龍は案内人の女性の後ろをついて行く。
ダンナは先ほどと同じそっぽを向いた状態で、費緯はとても緊張した様子で歩く手足が一緒になっている。
一番、普通にしていたのは趙子龍だった。
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「久しいな・・・今はダンナ、と呼んだ方がいいか。」
玉座に着いてもずっとそっぽを向いているダンナ。
劉焉に対して、礼も取らずその場に突っ立っている。
他の二人は、礼をとり、しゃがんでいるにもかかわらず。
「お前!!いくら何でも不敬罪だぞ!!場所を考えろよ!!」
玉座にいるのは、劉焉の他に、厳顔、黄漢升、魏延、他に数名の文官が並んでいたが、厳顔、黄漢升以外は殺気と言うか、似たような気を出していた。
「さすがにマズいよ、ダンナ。嫌々でもちゃんと礼は取らないと・・・」
「そうですぞ、いくら何でもここでその態度はマズい!」
二人もこの空気の悪さには危険を感じていた。
何とか、収めようとダンナを説得しようとするが聞く耳持たずの態度のままだ。
「は~・・・半分脅迫で呼び出したことは悪いと思っているが、仮にもここは私の城の中だ。一応、礼くらい取ってほしいのだが?」
一切口を開かないダンナに対して魏延と文官の怒りが頂点に達しそうだった。
が、・・・
「着替えをしたい。少し時間がほしい。」
ダンナが口を開いたことでその空気が少し変わる。
「そうか・・・そのままここに来たのだったな。黄忠、客室へ案内してやれ。」
「御意。」
劉焉に指示され、黄忠とダンナは玉座から去った。
先ほどまでの空気は霧散していた。
「拗ねてるな~。まあ、十数年会ってなかったから恥ずかしい気持ちもあるのかな?」
「恐れながら申し上げますが、いくら劉焉様の知人であろうとあの態度は問題です!何かしらの罰を与えねば他に示しがつきませぬ!」
1人の文官の発言に、費緯と趙子龍はビクっとした。
あのような態度を示せば当然とは思ったが、あそこまでヒドいとは想像していなかったのだ。
「いいの、いいの。帰ってきてからも同じ態度だったら考えましょう?二人も緊張しないでね。」
「は、はい!」「申し訳ありませぬ。」
ヒラヒラと手を振り文官の発言を流す、劉焉。
彼らが帰ってくるまで、沈黙が玉座を支配した。
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厳顔
『これが、先程の不敬を働いた者と同じなのか?』
多分、今、この玉座にいる誰もがそう思っているだろう。
玉座に戻ってきた紫苑が、少し驚いている様子を見て何事かと思った。
彼女の後ろについてきていた男を見て、儂も相当驚いた。
先程までは、いつも行商で会う時と同じフードを被り、あまり綺麗とは言えない商人らしくない服装をしていた男は、髪を綺麗に整え、普段はフードと長い前髪で見えなかった鋭いにも関わらず暖かい印象を与える目が見え、白と黒を基本とした、まるで王族が着るような服装で玉座に現れた。
連れの二人もその様子に驚いているようで、二人で顔を見合わせたり、改めてダンナを見たりを繰り返していた。
「本日は貴重な時間を取っていただき、まことにありがとうございます。」
紫苑は先程と同じ場所に移動し、ダンナは連れの二人より前に出て、最上位の礼を劉焉様に行っていた。
「再々の出廷の報を受けておりましたが、今日まで参上することなくいたこと、大変申し訳なく思っております。」
「いや、構わぬよ。今日ここに来てくれた、それだけで私は嬉しいよ。」
「劉焉様のお気持ち、ありがたく感じております。」
焔耶は口をパクパクさせて、あり得ないと思っているな。
顔に出過ぎておる。
文官達も似たような状態、か。
まあ、仕方あるまい。
儂とて今の状態、信じられんからな。
あの、ぶっきらぼうで適当に相手をするダンナが、ここまで礼を持って人と相対できるとは。
普段は教養を持ってなさそうな態度だしのぅ。
「改めて、南中の行商人ダンナ、と申します。事情により名は偽名ではありますがご容赦を。」
「何!?貴様、領主に対して偽名のまま謁見するだと!?許されると思っているのか!!」
1人の文官が声を荒立てて発言するが・・・馬鹿なことを。
「黙れ!ダンナは礼を持って話をしている。貴様が口を挟むな!!」
劉焉様に一喝され、そのまま体を小さくしていた。
「・・・劉焉様はご存知ですが、私は人前で名を明かすことは出来ませぬ。礼を欠く事、重々承知の上ですがご容赦いただけたらと思います。」
文官達にも丁寧に謝罪ため、皆、一応は納得したようだ。
しかし、まあ、名を明かせぬ、か。
劉焉様からその理由を聞いておるし、誰にも教えるなと厳しく言われているため何も言わぬが、仕方あるまいな。
「皆、納得したか?まあ、彼については私が身分は保証するし問題はないわ・・・貴方の後ろの女の子達は従業員、と言うことでいいかしら?」
「そのとおりです。こちらの二人は費緯と趙雲。私の行商の手伝いをしていただいています。」
「ひ、費緯です!!」「趙子龍と申します。」
それぞれ挨拶するが・・・費緯、緊張しすぎだぞ・・・
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「召集の命に従いましたが、何故、私のような行商人をお呼びで?」
何となく落ち着いた雰囲気となった玉座で、ダンナが改めて自分が呼ばれた理由を劉焉に聞く。
ダンナは何となく呼ばれた理由を理解しているが、他の者は一切理由が分かっていなかった。
なぜ、このような行商人を・・・と小さく声が聞こえるほどだった。
「貴方に会いたかった、と言うのが理由にならない?」
「お戯れを・・・」
「ちゃんとした理由なんだけれど。まあ、依頼事もあるしそっちの方が本命か、な?」
「ではそちらの方をお話下さい。」
「昔はもっと愛嬌があったのに・・・って、そんなに睨まない。わかった、話すから。依頼は3つあるの。」
ダンナは静かに目を閉じ傾聴し、費緯は状況についていけず半分目を回し、趙子龍は彼の変貌ぶりに何かを感じたのか口元が嬉しそうにあがっていた。
『今日は・・・にぃにといっしょに馬にのりました。だいぶ上手にのれるようになったけどまだまだ・・・にぃにのようにはいかないな。はやくいっしょにとおのりできるといいな。』
私の持っている日記の中身を義妹は読めるようだ。
とりあえず、本を認識できる者は3人、中身が読めるは2人と言うのが分かった。
何か関連性があるのだろうか?
・・・もしかすると他にも同じような本があるのかもしれないな。
バカ馴染みの義妹もこの日記を手に入れたのは歴史資料館からだと言う。
調べてみるか。