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第九夜・悪夢は影と重なる

「逃したの?!」

 瑞穂は、信じられないと続かんばかりの顔で言った。その声は本人が思ったよりも辺りに響いたようで、直後、瑞穂は慌てて自らの手を口を塞ぐように動かした。

 静寂に包まれた夜の病院のロビー。そこには瑞穂と詩緒の二人以外の人の姿はなかった。

「何かあったの?」

 今度は辺りを意識した声で瑞穂は尋ねた。

「あの女に何か別の魔力を感じたか?」

 しかし、詩緒はその疑問に答えず聞く。

「相変わらず、アンタ自己中ね……」

 呆れを隠そうともせずに瑞穂は呟いた。

「……感じなかったわよ」

 そして、ため息混じりに答える。

「……そうか」

 目を瞑り、詩緒が呟く。詩緒自身、マナに別の魔力を感じてはいなかった。もしや陰陽師なら、と聞いたのである。

「……で? アンタは私の質問に返答する気はないの?」

 瑞穂が苛立たしい気持ちのままに意見する。

「あの女は、操られていると言った」

 瑞穂の感情などどこ吹く風と、無表情に詩緒がそこでようやく彼女の質問に返した。

「……どうしてそこでしれっとに答えられるのかな? ……謝罪とか、お詫びの言葉は? ……私、普通のこと言ってるわよね? ……疲れるわ……本当……アンタと付き合うの……」

 もっともな感想を非難じみて言うが、目の前の滝口の少年には、この言葉も届かないことは悲しいかな理解してしまっている瑞穂がいた。

「……あの敵は魔道を行使し、会話もした。ただ単純に操られている人間がそこまで高度な芸当を行えるはずはないわ……」

 自らを奮い起たせ、陰陽師としての考察を語り始める。

「……精神を支配した上での乗っ取りだとしたら……解るでしょ? あそこまで進行しているとなると、もう手遅れよ。少なくとも私にしゅを感じさせてなかったんだもの。本体の人格はすでに死んでるわ」

 他人の意識を魔道で支配し、操るのは呪いの一種である。当然、支配されようとする側はそれに抵抗するから、抵抗されている間はその呪いを継続してかけ続ける必要がある。瑞穂もそれを感知していなかったわけである。つまりはすでに抵抗の意識、対象の人格は崩壊しているということだ。それは人の姿をした「魔」に他ならない。

「ああ」

 詩緒が呟く。瑞穂の言ったことは理解していることだ。過去にそうなってしまった人間を「魔」として抹殺したこともある。だが、彼は何か納得できない違和感を感じていた。

「……男は?」

 唐突に詩緒が尋ねる。

「え? ああ。本田さんね。命に別状はないそうよ。傷口からの高熱で、今は意識が朦朧としているみたいだけど……」

「穢れ、か」

「熱の原因はむしろそっちでしょうね。まあ、見舞いに来たときにでも祓っておくわ」

 言う瑞穂の足元にあるボストンバックを詩緒は見た。

「それは?」

「これ? 本田さんの鞄。旅行か、出張なのかしらね?」

 詩緒は何を思ったのか、それを取り上げると中身を改め始めた。

「ちょっ、詩緒!?」

 瑞穂は慌てて抗議したが、詩緒は当然のようにそれを無視する。

「おかしいと思わないか?」

 詩緒が内部から手帳を見つけ、それを開く。

「なにが? 本田さんがあんな時間に、あんな場所で、こんな荷物を持っていたことが? でも、それは理由に――」

「難しく考えすぎだ」

 瑞穂の非難がかった意見を遮るように言葉を発すると、詩緒の手が止まった。一枚の写真が挟まれているページだった。

「どういうことよ?」

「何故、あの男は逃げ出さなかった?」

「あ」

 詩緒はそこに記されていたメモの内容を記憶すると、そのページを開いたまま、手帳を瑞穂に渡した。

「藤川真奈、さん?」

 手帳に目を通した瑞穂が呟く。

 本田の離婚した前妻との娘。この街に住む少女。彼がこの街を訪れた理由。そこに挟んでいた写真に写った少女。その少女は二人目の影の魔人、マナに他ならなかった。



 昼休み。藤川真奈は校舎の屋上にいた。立ち入りの禁止されている場所である。そこにあるのは彼女一人であった。

 彼女にとってその場所は校内で唯一の安心できる場所だ。ここにいれば他の生徒と会わずに済むのである。

 マナと詩緒の戦いから二日が過ぎていた。

 真奈が目を覚ました時、彼女は例のホテルの一室にいた。真奈を買った男の姿はなかった。しかし、衣類のみならず貴重品類までもがそこには残されていた。

「……「彼女」は現実……そして、私……」

 ぽつりと零す。その言葉通り、真奈が眠りについたとき、彼女は「彼女」になっていたのだ。スーツの女性も、日本刀を持った中年男性も、そして、あの時真奈を買った禿頭の男も。その他多数の人間も。夢の中で殺された者たちは、現実に「彼女」に殺されていたのだ。

 真奈が死神と思い込んだ男、魔人・御影司郎は彼女に呪いをかけていた。それは彼女を影の魔人へと変える呪いである。御影は真奈の意識を消し去り、自分の新たな肉体にしようとしていた。そして、マナという人格はそれを実行する影の魔道の意識に他ならない。彼女に魔道を行使させることで、魔の力を体に染み込ませていたのだ。

「殺人者……なのよね、私」

 自らを殺したいとはいつも思っていたこと。しかし、人を殺めるつもりなどはなかった。少なくとも母親以外は。

 柵から身を乗り出し、下を覗き込む。そこは生徒用の自転車置き場だった。そこまでの距離は、頭から落ちれば十分に死ぬことの出来る高さがある。

 ゆっくりと、ゆっくりと真奈の体が前方に折れていく。このまま柵を越えれば、そのまま頭から落下できるはずである。

「死ぬ気か?」

 突然の背後から声に真奈の動きが止まった。

 声のした背後に振り向く。

 そこには少年が立っていた。黒髪、黒目の少年。やや長めの前髪が目にかかっている。

 その容姿に、真奈は見惚れてしまった。少年は作り物かと紛うほどに美しいのだ。

「聞かせろ。お前は死にたいのか?」

 形の良い唇が動き、少年が再び聞く。

 我に返る一言を受け、真奈はそして怒りを覚えた。

 少年を無視することを決めると、校舎内部へ続く階段に向けて歩き出す。

 その扉は少年の背後にあった。

 すれ違いざまに、真奈は少年を睨みつけた。少年は無表情にそれを受け流す。二人が交差する。その直後、少年は左手を伸ばすと真奈の左手首を掴んだ。

 少年の左手首にある小さな鈴が微かに鳴った。

 真奈は驚き振り返る。少年と視線が交わった。

「お前は死にたいのか?」

 少年がもう一度、同じ内容の質問を投げかける。それは夢の男と同じ台詞。

「なんでそんなことアンタに答えないといけないわけ?!」

 真奈は苛立った。感情のままに叫んだ。それは夢とは違う返答。 

 冷静に、変わらぬポーカーフェイスで少年は口を開く。

「答えろ。返答によっては――」

 鋭い眼差しが少女を刺す。

「俺がお前を殺す」

 少年の言葉を受け、真奈は絶句した。

 暫しの沈黙の時が流れる。雰囲気にそぐわぬ楽しげな声が遠くに聞こえた。

「……殺してくれるわけ? 願ったり叶ったりよ! 死にたいわよ! 殺しなさいよ! 殺してみなさいよ!」

 沈黙を破り、真奈が喚く。

「……殺してよ……」

 そして、懇願し咽ぶ。

 涙に歪む真奈の視界、目の前の少年の顔。一瞬、悲しげな表情をそこに浮かべたような気がした。

 鈴のある手が、真奈の左手を解放する。少年は真っ直ぐに彼女を見つめる。

「了解した。……覚えておけ。渡辺詩緒。お前を殺す人間の名だ」

 泣き崩れる真奈に背を向け、少年は屋上を後にした。



 立ち入り禁止の札が下がったチェーンで封鎖された階段の踊り場。

 そこで屋上から降りてきた詩緒を瑞穂は迎えた。

「自殺願望者、か……道理で抵抗がないわけね……」

 自らの意識を消去しようとする魔道に抵抗がない。それは瑞穂が病院で言ったようにすでにその人格が消滅している、もしくはその意思がない、ということしか考えられない。

 自らを殺そうとしている少女は、それを自我というレベルで実行してくれることを素直に受け入れたのだ。その体に影の魔道が侵食し終われば、彼女は「藤川真奈」という存在を殺せる。

 二人は真奈について調査していた。彼女を取り巻く環境は決して良いものではないことを知っている。そして今の彼女はまだ、マナの言葉通りに操られている存在であることも確かめられた。しかし――。

「……死ぬことに抗う気がないのなら、あの女は「魔」だ」

 それに本当に変わる時は、すぐそこに迫っているのだろう。

 詩緒は両手をズボンのポケットに突っ込んで階段を降りて来る。

 瑞穂の待つ踊り場に到着すると、詩緒が開いた屋上への扉が閉じた音が響いた。

「……だったら、俺はそれを消すだけだ」

 その扉を振り向き見上げ、詩緒は呟いた。

  

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