表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

第七夜・悪夢は鈴の音を聞く

 空に浮かぶのは、満月に向かい丸みを帯びていく月。今、姿を現しているのは三分の二程。

 九日月。そういわれる月だった。

 その周りに星の光は少ない。

 都市の夜空である。地表は灯りに溢れ、大気は淀み、星々の光を遮っているのだ。

 それを見上げた瑞穂は舌打ちした。先程、詩緒に否定された己の力量を見直させようと、星を読もうとしたのだ。占星術を行使するつもりだったのである。

 その占術は陰陽師が政治や社会に深く関わっていた時代に、彼らが陰陽寮といわれる組織で行っていた星の魔術の一端である。

 星は天に在る。天に在るは即ち神。そして、神は地上の命運を握る存在である。

 つまり、星空には神の意思が示されており、陰陽五行の理を介して解くことで、そこから未来を読み取るという占術である。彼らは、その結果を政治や社会に活かしていたのだ。そして、秘術を行使して星を祀り、災厄を回避し福を招いた。それがその時代の陰陽師の役割の一つだったのである。

 当然、見える星の数が多ければ多いだけ、その情報量は増加する。星が示すは唯、事実のみ。後は術者がその膨大な情報を集め分析し、そこにある未来を、いかに正確に読み解くかが問題なのであるのだが――。

「こんなの、やりようがないじゃない……」

 この都市部で満足に星が見えないのは当然のことである。まして自分の住んでいる街の空。端からそれに気付かない道理はない。しかし、瑞穂は思い至らなかった自分を棚に上げ、小声でそう愚痴った。

 ふと、視線を前方に戻すと、先程まで一歩前を歩いていた詩緒の姿は遥か前方、一区画は先にあった。人混みにかろうじて少年の後ろ頭が見え隠れしている。

「アイツは〜」

 眉間に皺を寄せ、呟く。

 言うや否や、瑞穂は駆け足で器用に人波をすり抜け詩緒に近づく。そして、無言でその後頭部をぐうで殴ろうと腕を振るった。手抜き手加減はまるでない。彼女は本気である。

 しかし、その拳は虚しく空を切った。まるで後ろにも目があるように、詩緒はそれを難なくかわしたのだった。

 勢い余った瑞穂の体は、前方にいた大学生とおぼしき青年の背中と衝突する。

 瑞穂はあわてて彼に謝罪の言葉をかけた。そして、詩緒は無表情でその様を一瞥するだけで、結局足を止めはしなかった。

 思いがけない美少女との出会いに、青年はむしろその出来事に幸運を感じたようだった。喜びを満面に浮かべて、お茶の誘いを切り出す。その間にも詩緒は瑞穂から離れていった。

 瑞穂は青年との会話を手早く打ち切ると、改めて詩緒の後を追い、横に並んだ。

「アンタねぇ! かわいい少女をいたわる気持ちはないの!?」

 並列して歩く、というよりは小走りで瑞穂は怒鳴った。

 詩緒はしかし、それを気に止める素振りを見せない。ただ前を向きながら感覚を研ぎ澄まし、「魔」の気配を探り歩いていた。

 彼らは感覚でそれらの気配を感知できるのだ。俗に言う殀気、魔力の波動等と言われる類のものである。

「……なんでこんなヤツと行動してるのかしら……」

 無視無言を通す詩緒に、わざと聞こえるように瑞穂は愚痴った。


 陰陽師と滝口の協力関係の歴史は古い。滝口という組織が成立した時からの関わりである。

 その当時は共に、今で言う政府直属の機関に属する人間であったのだ。陰陽師は政に深い役割も担ってはいたが、共通した目的は「魔」からの守護と、その排除である。宮中を連携し警護したり、目標を共同で討伐したりしていたのだ。

 詩緒と瑞穂の関係も二人の人生からすると長い。物心ついたときには、互いを実戦訓練の相手としていた。ある事件が起こってから数年、その関係が途絶えた時期があった。しかし、遊撃の滝口である詩緒が瑞穂の前に現れてから、再び始まり、今に至る訳である。

 無愛想で無表情。

 詩緒は幼い頃からそうだった。

 他人を避けているのだ。瑞穂の知るところ詩緒がまともに話せる相手は、自身とあと一人いた修行仲間しかいない。彼の信念を知らなければ、自分だってこんな少年とはかかわってはいないだろうと思う。


 詩緒の兄、瑞穂の憧れだった人物、渡辺柾希。

 そして、その希代の滝口と謳われた柾希から、詩緒が受け継いだ小さな鈴。

 その鈴こそが詩緒の信念の証。


 詩緒の左手首に飾り気なく、ただ黒い革紐に付けられた銀色の小さな鈴を瑞穂は見た。根付けに使われるような小さい鈴が、微かな音色を奏でているのだろう。しかし、人混みの騒音にかき消されて、それを聞くことは叶わない。

 瑞穂は何かを感じた。

「おい」

 詩緒が唐突に声をかける。

 それは恐らく、例の魔人が放つ魔力。

「感じたか?」

 渡辺詩緒という少年は性格を除けば、やはり非常に優秀な滝口だと瑞穂は思う。戦闘能力で彼に匹敵する滝口はそうはいない。加えて索敵・感知能力も陰陽師でもトップクラスに入るであろう。瑞穂もまた稀代の陰陽師と謳われる少女である。その彼女とほぼ同時に、今の微弱な「魔」の感覚を感じ取ったのだ。

「私を誰だと思ってるの?」

 瑞穂は薄く笑いを作る。

 そして、二人の退魔師は同時に凶方へと駆け出した。



 白い肢体がベットの上に在った。一糸纏わぬ姿。女性特有の美しい曲線が、艶めかしく横たわっている。

 その裸体は、淫らな秘め事を終え、気だるい微睡みに身を委ねた真奈のものである。

 真奈の横には付き出した腹を隠そうともせず、白いブリーフだけを穿いた禿頭の中年男がいびきをかいていた。



 真奈は夢を見ていた。

 それはいつもの「彼女」の夢だった。


 「彼女」が行動を開始する。

 「彼女」は全裸であった。その上半身をゆらりとベットから起こす。


 ――それは果たして夢?

 ――本当に夢?


 真奈は疑問を抱いた。「彼女」が出現した場所は、真奈が今、眠りに着いた場所だったのだ。その「彼女」の右手に黒いナイフが産まれる。

 「彼女」は隣で寝ている男の首筋に刃を当てた。

 刃先がその太い首にゆっくりと埋まる。

 男の顔は目を見開き、痛みと恐怖を叫んだようだ。

 その男の顔は……


 つい先刻まで真奈の体を弄んだ男の顔だった。


 ナイフが頸部に根元まで埋まる。

 勢い良く血飛沫が上がる。



 ――現実なの!?

 真奈は思う。しかし、確かめる術はない。真奈は夢の中なのだ。



 飛び散った血を、首に深い真一文字の切口を持った男の死体を、「彼女」の影が包み隠す。

 それが、死者をあの世に送る、真奈がそう思っている行為だった。

 影に喰らわれ、飲み込まれ消える男の死体、血の跡。

 行く先は真奈の思う場所ではない。魔人の影の世界だ。



 真奈の意思が薄れていく。

 それは深い眠りに落ちようとしているのだろうか。それとも……。

 酷く薄れた意識の彼方で、真奈は微かな音を聴いた気がした。

 その夢の世界で、初めて目覚めた聴覚に届いた音だった。



 ――……鈴の音?……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ