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第六夜・魔人、影に嗤う

 深い暗い闇。

 ただ黒一色の拡がる空間。

 そこには地平も水平もなく、天も地もない。

 ただ暗黒が支配する宇内。 

 そこが此の世であるのか、彼の世であるのかは解らない。ただ、確かに存在していた。

 その闇の領域は影の支配する領域。

 何人も侵すことの出来ない聖域。

 御影司郎の影の中に存在する世界。


 その闇の中、御影は中空に腰を下ろし座していた。

 辺りを首のない躯が、臓物を撒き散らした亡骸が、人であった肉塊が、無数に宙を浮かび漂う。

 重力という縛りから解き放たれた、その世界に在る生は彼一人である。


 否、御影司郎という存在もまた、すでに死人であるのかも知れない。


 御影司郎という人間が魔道に堕ちたのは、大陸の大国がまだ「清」と呼ばれていた時代だった。

 彼は魔力によって老化という束縛から解放され、現代まで堕ちた当時の姿のまま生き続けてきたのである。

 魔人となった御影は幾度かの戦火の中で暗躍し、魔道で人を殺め、影にそれ喰らわせて、力を増幅させた。彼を討伐すべく立ち塞がった幾人かの滝口を返り討ちにし、その亡骸も魔力の糧とした。

 しかし、それでもそれは仮初の永遠である。

 老いからは免られても、死という終焉からは逃れてはいないのだ。

 御影の肉体は、すでに魔力で維持するにも限界を迎えていた。


「……再生が遅いな……」

 闇に御影の声が響く。

 何度か魔力を使い、再生を試みた左腕。

 滝口の少年に斬られたその部位は、ようやく動かせる程度に回復したところだった。

「……やはり肉体の限界が近いようだな……」

 ぎこちなく動く左手の指を眺めながら、他人事のように呟く。

 魔人はゆっくりと目を瞑ると、傷跡の残る腕に意識を集中した。

 背後を流れる上半身だけの女の遺体が、赤黒い煙を噴出しながら急激に乾涸び果てる。木乃伊と化したそれは、脆く崩れ、消え失せる。

 御影が再生のために、再び魔力を行使したのだ。


 彼の魔力の源は、人間の血肉である。

 人の死によって、生贄を使うことで発動させる魔術。それがこの魔人の魔道である。

 その為に、この影の内部には彼に殺害された人間が保管されているのだ。

 いや、そこに在るのは彼に殺された人間だけではない。

 御影の前を首のないスーツ姿の女性が横切る。

 それは「彼女」が殺した人間だった。


 違和感なく動き出した左腕を満足げに見る。

「まあいい。依代の覚醒まで、あと僅か……邪魔者も取るに足らぬ」

 魔人は醜く嗤った。

 


 あの夜、少女が目撃したのは、御影の行っていた凄惨な儀式の現場だった。影に多く死体を取り込ませ、肉体を維持する魔力に変換するのだ。

 その儀式を見られてしまった御影は、しかし、黙認した。

 いつもならば、少女を新たな生贄に捧げたはずである。

 だが、少女は目の前に広がる惨状を、無様に殺された遺体の数々を、恍惚の表情で眺めていたのである。御影は少女に興味を持ったのだ。

 結局、予想通りに、少女は儀式を妨げることはしなかった。ただ、その惨劇の舞台に魅了され続けていたのである。

 儀式を終えた御影は、少女に尋ねた。

「お前は死にたいのか?」

 と。

 そして、一言、二言交わした後に、御影は歓喜に震えた。

 御影の影が彼女を欲したのだ。御影の足下から伸びたそれは、彼女の身を愛おしく抱く様に包んだ。同時に彼女の体だけでなく、彼女の影とまるで、まぐわいを行っている様に絡み合った。

 少女は影に、次に宿るべき器として選ばれたのだ。そう感じた御影は、縺れ合う二つの影を見て狂喜した。

 神という者は存在するのかも知れない。

 魔道が存在し得る以上、有り得ることだと御影は思う。

 しかし、闇の住人たる自分に、その恩恵が与えられるなど考えもしなかった事態である。人の道を外れた我が身を罰するというのなら、それは彼の存在が当然のように実行するであろう行為である。

 だが、その時、神は確かに御影に味方したのだ。

 遠からず滅する定めにあった御影に救いの手を与えたのだ。

 少女の影に、御影は自らの魔力を、自らの影の一部を移殖した。

 後はその力が彼女を侵食し、序々に元在るその意識を消してしまえばいいのだ。少女の抵抗なく、その行為は進行するはずである。乗っ取ろうとする者と乗っ取られようとする者、その一番に魔力と意思の力を磨り減らす争いを行う必要はないのだ。彼女はすでに、その身を放棄する意思を有していたのだから。

 


 あと数日もすればそのプロセスは終了するはずである。


 魔人は新たな体に思いを馳せる。

 若く魔力による維持効率の良さげな肢体。

 人を欺くのに的した容姿。

 ほくそ笑む。

 やがて、それは高笑いに変わる。

「新生の刻は近い!」

 魔人は高らかに謳った。



 その闇は、その影は、御影司郎の行使する唯一無二の影を操る魔道そのものは、意思を有していた。我が存在を継続させようという意思を持っていた。

 そのために術者は必要なのである。

 御影司郎はそのことを知ろうはずもない。彼はその魔道を行使していると思いながら、その実、魔道に使役されているのだ。

 少女の体を使うように彼に道を示したのも、その意思の現れに過ぎない。

 男は単に哀れな操り人形に他ならないのだ。


 男の笑い声が未だ響く、その影の世界。

 男を取り巻く闇は、滑稽なその有様を覆っていた。

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