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第四夜・少女、影を祓う

 瑞穂の額に汗が滲んだ。

 彼女は意識を集中し、患者を診ていた。

 ベットには横になった少年の姿がある。

 その腹部には深い傷があった。

 患部に触れるか触れないかの微妙な距離を保ちながら、手の先でそこを撫でるよう動かす。

 その白い細い指には、人の形をした紙を挟み持っていた。

 それは、人形ひとかたという呪術道具であった。


 暫くの間、その行為が続く。


 その場所は、殺風景な部屋だった。

 家具といえば、窓にある無地の白いカーテンとパイプベットが一つ。

 ダンボールに無造作に放り込まれた衣類と、フローリングの床に転がる学生鞄から散らばり出た教科書類。

 それらが辛うじて、この部屋で未だ人が暮らしていることを教えていた。

 そこはベットに横になった少年の部屋。

 ワンルームマンションの一室。

 渡辺詩緒の部屋である。


 彼は一人、日本各地を転々としながら

「魔」を狩っていた。

 拠点を持たず、「魔」を狩り続ける滝口を「遊撃」という。

 一方、一つの場所に留まり、その地を専門に守る滝口を「防人」といった。

 渡辺詩緒は遊撃の滝口。

 そして、少女は――。


 瑞穂は手を止めた。

「……はい。終わりよ」

 そして、そう言うと息を一つ吐いた。

 精神を集中させて、怪我を治療したのである。

 瑞穂は顔には疲労の色が窺えた。

 彼女の額から汗が流れる。


 人ならざる存在や力から受けた傷、呪い。

 それは「穢れ(けがれ)」である。

 穢れた力に冒された傷、穢れによって発症した病。

 それらは治りが異常に遅い。

 その穢れが浄化された部分だけしか、回復できないからである。

 逆に、穢れが浄化されさえすれば、その怪我や病は、常識では考えられないほどの短時間で治癒する。

 穢れがない肉体は、本来在るべき状態に他ならない。

 穢れという原因が消滅し、その怪我や病はなかったことになるからである。


 穢れの浄化こそ瑞穂が今、詩緒に行っていた治療であった。

 人形に穢れを移す秘法、「撫物なでもの」という御祓いである。


 瑞穂は詩緒の体から穢れが移った人形を、指から放り投げた。

 部屋の空を紙の人形が舞う。

 舞う紙片に、人差し指を向ける。

 瑞穂は静かに、しかし凛とした声で詠唱した。

「火行、火気を以ってを対象を熱す。燃えよ」

 人形にしゅを掛ける。

 呪を受けた人形は、宙で炎に包まれ灰に変わった。


 人形を水に流す、火で燃やすなどの処分を行い、穢れを異界に送ることで撫物の儀式は終わる。

 瑞穂は儀式の締めとして、それを燃やしたのだ。


 「五行」の一つである火行の力を用いて。


 撫物。

 陰陽と五行の理を以て森羅万象に働きかける呪術。

 ともに陰陽道の秘術である。


 瑞穂は――、加茂瑞穂という少女は、現代に生きる数少ない陰陽師の一人である。


 陰陽師も滝口と同じく、この国を闇で「魔」から守護して来た者たちである。

 その数は極めて少ない。

 滝口に比べて数多くの素質を必要とするからである。

「陰陽道は学問よ。魔道そのものではなくて、魔道を陰陽五行に沿って、解析するのが本質なの。だから、習得したからって、秘術が使えるわけじゃないわ。陰陽道の秘術は、その解析行程の副産物でしかないんだもの。解析されたものを行使出来るかは、結局、術者の素質の問題なのよ」

 瑞穂が過去に詩緒に言った事のある台詞である。

 そして、それは事実なのだ。

 だから、陰陽師は極めて少ない。

 瑞穂のようにいくつもの秘術が使える者となると、日本に五指といない。五行の一部が扱えるといった程度の術者たちが、その極めて少ない人口の大半を占めているのだ。


「……」

 腹部の傷口は塞がっていた。

 何も言わずに詩緒は、はだけていた腹部をシャツにしまいながらベットから起き上がる。

「お礼くらい言いなさいよ」

 引きつった笑顔を浮かべて、瑞穂が言う。

 御影と戦った夜から数日が経過していた。

「……なんであの怪我を問題ない、なんて言えるのかしら……頭、おかしいわよ? アンタ」

 礼の言葉をよこさずに、身支度を始めた詩緒に瑞穂は毒づいた。

 御影から負わされた怪我は、決して軽傷ではなかった。

 むしろ、あのとき詩緒が、何の支えもなく歩いていたのが不思議なくらいの重傷だったのだ。

 あの夜から毎日、瑞穂は詩緒の治療に当たっていた。それほど御影が詩緒の体内に残した穢れは、深く、強力なものだったのである。

 そして、穢れを完全に浄化させ、完治したのがつい今、だったのだ。

「……御影を追うの?」

 瑞穂が問う。

「ああ」

 詩緒が短く返した。

「……昨日の夜から、宮元さんがいなくなったわ」

 真剣な顔で瑞穂が伝えた。

 宮元とはこの都市一帯を守っていた、防人の滝口の名である。

「……了解した」

 恐らくは、すでに彼は生きてはいまい。

 詩緒は黒いジャケットに袖を通して、竹刀袋を手に取った。

 竹刀袋の中には、その名の示す物体は入っていない。

 それには、彼の愛刀が収められているのだ。

「詩緒」

 瑞穂は今にも扉を開けて出て行きそうな、滝口に声をかけた。

 詩緒の動きがドアノブを掴んだところで止まる。

「御影の場所、占おうか?」

 瑞穂が言う。

 陰陽道は占術にも通じている。

 優れた陰陽師は当然、占いにも精通しているのだ。

「お前の占いは不要だ」

 それに即答し、扉を開く。

「な、なんで、私限定で不要なのよ!」

「お前の占いの信憑性は、限りなくゼロに近い」


 瑞穂は占いが大好きな少女である。

 本人は、一番得意なのは占術だと豪語している。

 確かに彼女は、古今東西問わず様々な占いに精通している。

 使用する道具も、かなり貴重なものまで数多く揃えている。

 それらに執着するところは、もはやコレクターと言えるレベルだった。

 それほど熱心に研究し、強く執着していても、なぜか当たらないのだ。

 極めて、当たらないのだ。

 事実、詩緒の言う通り、限りなくゼロに近い的中率であった。


 陰陽師である少女の体が、細かく震える。

「詩緒! 待ちなさいよ! 今日という今日は許さないんだから!」

 批判の言葉を発した滝口である少年の姿は、すでに扉の前にはなかった。

 瑞穂は背中まで伸びた髪を、宙に泳がせて詩緒の後を追った。

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