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第弐夜・鈴、影と踊る

 三日月の夜だった。

 繁華街にある雑居ビルの屋上に、対峙する黒衣の姿が在った。

 近くのビルの屋上に備え付けてある、大きなネオン看板の光を受けて、二人の影が伸びている。

 一人は銀髪、赤目の長身の男性であった。

 黒いロングコートを夜風に靡かせている。

 黒い革手袋をした左手を、牽制するようにもう一つの影の主に向けていた。

 一人は黒髪、黒目の美しい少年である。

 その左手首にある小さな鈴が、夜風に微かな音を奏でる。

 両手で構えた日本刀を、相対する男に向けていた。

「滝口、か」

 口元を歪め、銀髪の男が言う。

 滝口とは平安の世に生まれた滝口武士団、退魔・破邪の役目を担った侍たちのことである。

 人の世に仇なす、人ならざる存在を狩るのが彼らの役目。

 その存在が、歴史の闇に消えた現代も彼らは動いていた。

「お前で何人目だ?」

 男は嘲る。

「黙れ」

 滝口の少年は表情を変えず、そう言い放った。

「……安心しろ。俺で最後だ」

 言いながら構えを変える。

 正眼から左八相へと、ゆっくりと刀身を移動させる。

「渡辺詩緒。お前を殺す人間の名だ」

「面白い」

 殺すと言われた男は、しかし不敵に笑った。

 そして、続けた。

「御影司郎。お前を冥府に誘う者だ。と、でも返そうか」

「ほざくな」

 詩緒は一言、吐きつけると御影との距離を瞬間に詰めた。刹那、切っ先を男に目掛けて突き出す。

 辺りに、三度、金属同士が弾ける様な音が響いた。

 御影の両手には何もなかった。

 詩緒の刃を遮ったもの。

 それは影、だった。

 御影の足元から、地面ではなく、空間に伸びた黒い影であった。

 障壁を形成している影が動く。表面が波打つ。

「くっ!」

 詩緒は瞬間的に何かを感じて、後方へと跳んだ。

 たった今、詩緒の首があった場所を、空気を裂いて、壁から産まれた黒い影の刃が薙いだ。

 二つの影に再び距離が出来る。

 御影はゆっくりとした拍手を詩緒に送った。ビルの下から聞こえる喧騒に、その音は溶ける。

「彼の達人、沖田総司は一足で三度の突きを放ったとか……成程、ああいう神業なのだな」

 意志を持った生物の様に、影が自分を生んだ御影の横に立つ。

「それでどうかな? 君から見た、私の技は?」

 自分を殺そうとした少年に、悠々と尋ねる。

「茶番だな」

「ほう……」

 詩緒の返答に御影の眉がぴくりと動いた。

「くだらない穢れた力だ……お前ごと俺が消してやる」

 詩緒は構え直す。

「……余程、無様に殺されたいらしいな。滝口……」

 御影の顔が怒りに歪む。

「望み通りに殺してやろう……肢体を生きながらに、一つずつ切り離してやる。お前に見せてやろう。お前の腕を、足を、我、影が喰らい、滴る血をすする様を……」

 御影の影から、何かが産まれ出る。

 切り離された影の一片は蠢き、姿を顕わにしていく。

 それは大型の肉食獣を彷彿させる、しなやかで力強いシルエットだった。

「地獄を見ろ!」

 御影が狂気の赴くままに叫ぶ。

 その声と共に影の魔獣は無音の咆哮をあげ、少年に躍りかかる。

「紳士面より、お似合いだな」

 詩緒は呟くと、魔獣を正面に迎え、身を低くし駆けた。交差ざまに刃を走らせる。 

 魔獣の頭部が縦に割れた。その刹那だった。御影が詩緒の背後を取る。

「終わりだ!」

 勝ち誇り、嗤う。滝口の少年にその右手の平を向ける。そこに影の魔弾が発生した。だが、詩緒はその動きを察していた。片足を軸にし、振り向くと同時に背後の敵に刀を振るう。

 屋上の入り口である錆びた鉄扉が激しい音を立て開いたのと、御影の放った魔弾が床のコンクリートを撃ち砕いた音が響いたのは、ほぼ同時であった。

 黒衣の二人は距離を作る。

 風が男のコートを靡かせ、少年の鈴に微かな音色を奏でさせる。

 詩緒の腹部あたりの衣類には、まるで削り取られたような穴があった。その周囲は血に染まっている。

 御影の左腕がだらりと力無く下がっていた。血がぽたぽたと地に落ちては影に吸われていく。皮一枚残し、その左腕はもはや繋がっているのが不思議な状態であった。

「詩緒!」

 開かれた扉から現れた少女は、黒衣の滝口の方へと駆け寄った。

「新手か」

 少女を見た御影は、しかし、焦りを感じさせずに言う。

「……面白い。そちらも二人か」

 不気味に笑った。

 その体が足下から、ずぶずぶと異音を立てて、自らの影に沈んで行く。

「次の機会までその命、預けておこう」

 地べたに置かれた生首が恨みを呻くように、首だけがそこに残された御影は低く声を出す。

 ついには頭部も影に飲み込まれ、消える。

 

 屋上には少年と少女だけが残された。

 魔獣の姿も、影を操る男の姿も、もうそこにはない。

「ちょっと……大丈夫?」

 不安げに少女が聞く。

 少女は整った綺麗な顔立ちをしていた。

 白い肌がネオン光に染まる。

 茶色がかった長い髪がきらきらと輝いて見える。

「問題ない。かすっただけだ」

 詩緒が即答する。

 その言葉を聞いて、少女は安堵の表情を浮かべた。そして、一変、

「私が現れて助かったでしょ? 貸し一つね」 

 と、得意げに微笑んだ。

「お前のせいで、奴を仕留め損ねた」

 詩緒は一瞥し、無表情に返答した。

「なんですって!」

 少女の柳眉が上がる。

 しかし、その怒りの声を流して、詩緒は尋ねた。

「瑞穂。凶事が起こるのはどの方角だった?」

「え? 南東だったよね?」

 突然の質問に、瑞穂と呼ばれた少女は怒りを忘れ、きょとんとして答えた。

「ここはあの場所から北西だ」

 詩緒はそう吐き捨てると、一つしかない出口へと足を向ける。

「な、なによ! たまには私の占いだってはずれるわよ!」

 瑞穂はむきになって反論をするが、その言葉はすでに詩緒の耳には届きはしなかった。

 後方の瑞穂の声を無視して、滝口の少年は屋上から地上へと続く非常階段を降り始める。

 金属の螺旋階段に、その足音が響く。

 一瞬だけ、痛みを顔に浮かべて、

「……二人、か」

 と、鈴の剣士は呟いた。

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