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第拾参夜・悪夢は夜に醒める

 二人の魔人が敵を葬るべく動く。対象である滝口は抵抗を止めていた。

 詩緒は死を享受したのだろうか。否。事態が好転することを知っているのだ。

 一陣の風が舞う。そして、うねりを上げる。

 詩緒を中心に巻き上がる大気。竜巻が突如、その公園の広場に発生した。

 滝口の前にいる御影を、迫るマナを吹き飛ばす。詩緒の体を呪縛している影の腕々を切り裂き、轟音の中に掻き消す。

 発生した時と同様に不意に風が止むと、大気は静けさを取り戻した。不可解な自然現象の中央にいた詩緒はそれによる被害を一切受けず、何事もなかったか様に立っている。

 月影を遮り、天から降臨する美しい霊鳥。

「木行、風気を以って……ってね。詩緒、貸し二つよ」

 鳳凰が滝口の横に舞い降り、その背の陰陽師の少女は詩緒に右手の指でその数字を突きつけウインクした。

「遅かったな」

 助けられたことには触れもせず、詩緒は瑞穂に言った。詩緒には瑞穂の到着が解っていたのだ。

「……アンタ、あの状況で助けられて、感謝の言葉も言えないの?……」

 瑞穂は鳳凰を呪符に戻しつつ、眉間に皺を寄せる。

「戯言は後で言え。それよりも現状打破が先だ」

 この少年の後で言えとは、後で一人、勝手にほざいていろと同義である。

「……なんか引っ掛かるけど、まあ、そうね。詩緒、依頼の本田さんを連れて来たわよ」

 瑞穂が本田を詩緒に紹介した。

「真奈は!?」

 本田はしかし、マナの飛ばされた茂みの方へと、意識を送っていた。そして、その方向へと走り出す。

「あら」

 本田の行動に、瑞穂は短く声を漏らすと、

「アンタはそっちをよろしくね。私はあっち」

 と、手早く指示を出した。人差し指で自分の担当する相手を指し示す。

 そして、滝口の答えを待たずに、陰陽師は事の元凶たる影の魔人の方へと向き直った。



 詩緒の近くにいた御影は、強風に巻かれながらも影の魔道を行使し被害を抑えていた。

 黒衣についた埃を払い、先程まで自身のいた場所に視線を送る。

 そこからこちらに向かって来る、一人の少女。武器は所持していない。

「私が相手よ」

 彼女はそう告げ、適当に距離を取った場所で立ち止まった。

「甘く見られたものだ……」

 自らの前に立つのが滝口ではなかったことを侮辱と感じてか、魔人は怒りの双眸を少女に遣る。

「怪我人の相手を、怪我人にさせるだけよ」

 瑞穂はその視線に怯むことなく受け流すと、ジーンズの後ろポケットから数枚の呪符を取り出した。

「断っとくわね。端から魔力解放して、全力で来なさい。余裕かますと瞬殺するわよ」

 言いつつ笑みを浮かべる。

 御影の眉がぴくりと動いた。

「ほう……どうして私が全力でないと?」

「陰の気の動きがいびつなのよ。発生させる事象とは明らかに違う魔道の流れが生じている。無理に制御してるでしょ?」

 瑞穂は笑顔ながら、魔人に冷ややかな視線を送る。

「なるほど」

「……さっき、一瞬、解放したみたいだけど、すぐに引っ込めたわね……肉体の崩壊が近いとか、フルで魔力を稼動させると寿命が縮むとか言うんでしょ?」

「……面白い女だ。魔道師か……」

 御影が身構える。

「陰陽師よ。たぶん面白くなくなるわよ」

 瑞穂は呪符を放ると同時に駆け出す。

「舞え! 隼よ!」

 舞う符は宙で隼へと変じる。式であるその勇ましい狩人と陰陽師は魔人へと仕掛けた。



 走り出した本田は警戒することなく目的の方へと近づく。相手は一度、自分を殺そうとした存在である。しかし、父親は娘の安否だけを考え危険性を考慮していない。子を持つ人間の性であろうか。

「真奈!」

 本田は周りを見渡しながら、探す少女の名前を叫ぶ。

 声に反応してか、茂みから飛び出す少女。

「真奈!」

 自分の呼びかけに娘が応じてくれた喜びが、その声に、表情に出ている。

 しかし、少女は藤川真奈ではない。男の呼びかけに反応したわけでもない。

 その手に握られるのは大鎌。夜を舞う死神が男に死を与えるべく、月を背に現れただけだ。

 今の彼女は影の魔人、御影マナなのだから。

「わざわざ殺されに来たの!?」

 マナが本田を急襲する。振り下ろされる影で形成された武器。追って来た詩緒は本田の前に立つと、それを刀で受け止めた。

「真奈! 聞いて欲しい!」

 すぐそこにいるであろう我が子に語りかける声。

「命乞いをかしら!?」

 大鎌の柄に力を加えながら、マナは嗤う。

「藤川真奈……お前は逃げただけだ」

 顔を付き合わせた少女に呟き、詩緒は刀を傾けると大鎌の刃を流した。 重心に狂いが生じ、体勢を崩すマナ。勝負を決する隙が生じる。命を奪うことが目的であったならば、すでにこの魔人の首は刎ねられていただろう。

「お前は自分を取り巻く状況と精一杯、戦ったのか?」

 詩緒が魔人に突き付けたのは、刃ではなく言葉だった。

「ちっ!」

 呻き、マナは横に跳躍した。着地するなり滝口を睨む。人間に手心を加えられ、その屈辱に妖艶な唇を噛む。

「……この身体の元の持ち主が生きているとでも思っているのか?! 滝口!」

 屈辱は怒りに変じる。対峙する魔人たる少女と滝口。

「逃げるだけの人間は、差し伸べられた手に気付けはしない」

 しかし、マナの言葉を無視し、詩緒はまたも真奈に語る。

「貴様!」

 怒りのままにマナは滝口に魔弾を速射した。だが、冷静さを欠いた攻撃は滝口には通じない。連続で射出される後続の凶弾も危なげなく回避しながら、詩緒がマナに迫る。斬間に入るや刀身を走らせる。そこに殺気はない。

「思い出せ。お前に差し伸べられた手があるはずだ」

 刀を振るい、突き出す。その流れる太刀ゆきは魔人を釘付けにするためのもの。

「真奈。覚えていないだろうけど……私は君の父親だ……私の話を聞いて欲しい」

 少年と殺陣(たて)を繰り広げる少女に、本田はゆっくりと語り始めた。 

「……真奈。私は君を迎えに来たんだ」

「煩い!」

 その声を拒絶するようにマナは怒鳴る。

 だが、本田は臆すことなく続けた。

「……お前を救えなかった父を許してくれとは言わない。償いをさせて欲しい……」

「黙れ!」

 怒号と共に影から幾筋もの両刃の剣が産まれる。

「くっ!」

 詩緒はその刃を避けるべく、後方へ跳んだ。

「お前、うざいんだよ!」

 滝口の攻撃から解き放たれたマナは、男に言葉と共に大鎌を放った。風切り音を発生させ、大きな弧を描きながら男に迫る。

 だが、本田は目を閉じはしたが、その凶刃を避けはしなかった。

「ぐぅっ!」

 苦痛の声を上げる。

 直情で投げられたそれは直撃をせずに、本田の腕を裂いて後方へと飛んでいく。

「……私と一緒に暮らそう。これからは私に真奈を守らせて欲しい……」

 目を開くと、傷口を気に止めず、痛みを浮かべながらも本田は言葉を紡ぐ。

「まだ戯れ言を言うか!?」

 強敵の存在を忘れ、無防備にマナは癇に触る男に踊りかかる。再びデスサイズを創り出し駆ける。

 詩緒は再度、マナと本田の間に立つとそれを受け止めた。

「……この男は戦っている。命を賭してお前を救うために……」

「滝口! お前もだ! 二人とも消えろ!」

 影から次々と空間に産み出されるナイフ。

 詩緒は舌打ちをすると、魔人の大鎌を往なした。そして、本田を突き飛ばす。

 幾つものナイフが発射される。刀で弾けるものは弾くも、滝口の体に突き刺される複数の影の短剣。

 ナイフの乱射は止んだ。

 少女の高笑いが起こる。

「馬鹿ね! そんな価値もない男を庇うから!」

 傷付いた詩緒をマナは嘲笑う。

「君!?」

 本田が状況を把握し、尻餅を付いたまま詩緒を見た。

 額に、頬に、首筋に。体の至る箇所に黒衣を裂き、産まれた裂傷。左腕と右腿と腹部に刺さったナイフ。血達磨になった少年の姿がそこにあった。

 満身創痍の状態で詩緒は口を動かす。尚も真奈に語りかける。

「……解るだろう? 藤川真奈……お前は一人じゃない……」

「!」

 言葉を発せず、マナは逆上し鬼の形相を浮かべる。

 鎌を振り上げ、単調に真っ直ぐと振り下ろす。

「真奈!」

 渇いた音がひとつ、辺りに木霊した。

 マナの頬を打った本田の掌。

 軌道がずれ、詩緒の右肩に埋まる鎌の刃。

 詩緒は頭を垂れた。体がふらつく。全身の至る場所から流れる血が足元に落ちる。

「私は……私は……御影マナだ!」

 マナは腕を振るい、本田を払い飛ばした。

「私は! 私は!」

 マナの目に涙が浮かぶ。影が揺らめく。

「……もう一度聞く……藤川真奈……お前は本当に死にたいのか?……」

 詩緒は呟いた。

「私は……私は!」

 紅い目から涙が溢れる。

「私は生きたい!」

 マナは、いや、真奈は泣き叫んだ。魔道に侵された影が霧散する。涙に溢れた紅い瞳は黒く染まる。髪の銀が黒く変色していく。

 倒れようとする真奈を本田は支えた。

「……真奈!」

「……お父さん……」

 親子は抱き合い、再会を果たした。

 詩緒は薄っすらと笑い、崩れ、地に両膝を付いた。



「あっちは終わったようね」

 マナの魔道の波動が消えたことを感じた瑞穂は、余裕を見せて笑った。

「ちぃ!」

 御影は襲い来る隼を払い、その式神を操る陰陽師へ魔弾を放つ。

「残念ね」

 魔弾の軌道を読み、舞うように瑞穂は回避した。

 詩緒と実戦訓練を行なってきた少女である。その体捌きは一流の域にあった。

 お返しとばかりに、陰陽師は呪符を魔人に放つ。

「爆!」

 魔力を込められ発動を命じられた符が爆ぜる。その符には火行の力が封じ込まれていた。

 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょうの呪文と共に、呪符にはすでに陰陽道の秘術が籠められている。後はキーとなる言葉と僅かな魔力を籠めれば効果を発動するのだ。

「ぐうっ!」

 爆風にやられ、御影の右腕が飛ぶ。

「金行を以って水行を生ず、水行を以って火行を減ず……」

 爆炎が起こると同時に瑞穂は詠唱を開始していた。晴明桔梗を描きながらの五行行使。呪符による攻撃はあくまで牽制。魔力を増幅させて、強力な一撃を見舞うための布石。

 金生水。金行を以って大気にある水分を増加させる。

 水剋火。大気の火行の力を抑え、温度を急激に下げる。

 複合の五行秘術。

「凍結せよ!」

 呪文の完成。生じる事象の宣言。御影の周囲の大気が一瞬にして凍りつく。

 避けることも、断末魔を叫ぶことすらも叶わず、影の魔人は巨大な氷柱に封じられる。

「言ったでしょ? 本気を出さないと瞬殺するって」

 氷の棺にある御影を瑞穂は嘲笑した。



 魔人の影の世界。意思を持つ闇は未だ蠢いていた。自らを存続させるべく、不甲斐ない術者に強制的に力を送る。その世界に浮かぶ人の亡骸が一斉に赤黒い煙を発する。

 ――まだ死闘の幕は降りてはいなかった。

<解説・陰陽道用語>

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう:「急ぎ、律令の如くすべし」の意。陰陽道で常用されるの呪文の一句。

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