表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サフィームゲート  作者: 弥七輝
第四十八話
71/75

祈り

挿絵(By みてみん)

――思念世界のこの街は、暗闇を纏っていた。闇の中では光が生き、集団となってイルミネーションを作り出す。


光るビル、光る街路樹、そして光る赤い電波塔…



それらは、にらみ合うザックとリリを俯瞰(ふかん)していた。


その二人は、互いの心を覗き見ていた。


数秒の間を開け、リリは口を開けた。



「…クリスタルを上回る再生能力、バイオレットを上回る生体磁場。あなたからどんどん溢れてくるのが解ります。」



リリは瞬間的に姿を消した。


目を凝らすザックだったが、追った姿より先に、腹部の痛みに気がついた。


剣が腹部を貫く光景を、またしても双眸に焼き付ける。片手を地に付け、ザックは眼前に佇むリリを見上げた。


思うことは、その異常なまでの力への戦慄だった。


初撃はラグにより避けられなかった事は知っていた。その上で警戒していたのだが、それでも動きを見切れなかった。



「タルパの仕組みは知っています。時には作り手の影響を受けることも。今のあなたはまさにそう。あなたは特に受けやすいみたいですね。」



リリが話す中、ザックは大きく後方に移動し、懐に手をやった。


瞬間、周りの光を吸収する様に、胸元が輝いた。


立ち上がったその手にはパープルプレート。その紫色の表面は、リリの驚く表情を映し出した。


その反射する表情が消えた時、ザックは意識を周囲に向けた。



――見える。



先程までは避けきれなかった、肉を絶つ二振りの音が、耳元で空を切る音に変わった。



「そのシオンのパープルプレートは、彼にしか扱えないようにしてるはずですが、あなたは使えた。それもあなたが特別という証です。」



リリの剣戟(けんげき)と言葉を捌き、これなら大丈夫だと安堵する。


尚も立て続けに迫る剣を避け、リリの腕を取ろうとした、その時だった。


首から背中を、鋭い痛みが駆け巡る。


こんなものかという声が、不気味に身体中を舐め回した。


パープルプレートで力を増幅しても尚、その動きを見切る事は困難だった。


後ろに気配を感じ振り返ると、さらに後ろから剣戟を受け、必死に先読みを試みても、更に先を読まれ肉を絶たれる。


ならば、とザックは半霊化し、周囲全てに思念波を放った。


これならひとたまりもないはず。だが、リリは瞬時に二本のパープルブレードで、空間を切り裂くが如く、思念波を掻き消した。


今だリリの力には及ばない… それを痛感させられる力だった。


ならば、こちらも無柳に… 思いはするが、ザックはそれを強く拒み、今の力のみでリリの動きを見切る事に勤めた。


だが、状況は一向に変わらない。脚や腕を軽く断たれ、正面からの突きを避けたかと思うと真横から斬撃。


このままどは肉体はもとより魂も危険である。


ザックは流れを変えるべく一手を投じた。


一度空中にテレポートすれば、リリは追撃に来るだろう… その時僅かに生じる隙をつき反撃を仕掛ける。



考え終え、ザックは上空へテレポート。


いざ、狙い通りに攻めようとした刹那、正面に映るのはリリの微笑。そして、クロスし振り下ろされるパープルブレード。


テレポートをも予期されていたのかと、傷が生まれるより先にザックの中に焦りが生まれた。



再び一方的な展開が始まった。だが、優勢のはずのリリの動きは突如ぴたりと制止した。その顔にはなにやら苦渋が浮かぶ。


好機と思い、ザックは思念波を打ち出すが、僅かな差でリリの思念波がやってきた。


受けた身体は、後方のビルの窓へと打ち付けられ、そのまま内部へと吸い込まれていった。



僅かな光を纏う室内の中、ザックはゆっくり起き上がる。


瞳に映る、窓辺に浮かんだリリは、未だに苦渋を浮かべたままだった――






―――――――――





――ヴァースの中心街。

クレロワとの戦いを終えた潟躍達は、ザック達の元へと向かっていた。


マティスとの再会でいつにも増して闘志を漲らせる潟躍。だが、カニールガーデンが眼前に迫る位置に来た時、思わぬ足留めを受けていた。



「マティス、さっきから何やってんだ?」



マティスはベンチに腰を下ろしたまま、微動だにしなかった。チャネリングをしている様に思えるが、強張った表情からはそれとは異なることだと鑑みれた。


だが、何であろうと突然の足留めにはネムもやきもきを隠せない。既に十分間この状態が続いているのだから尚更である。


微動だにしないマティスを眺め、潟躍達はとりあえずこのまま動きのあるのを待つことにした――






――思念世界のビルの中、こちらも一時動きを止めていた。



「…ザック、いえ無柳。一つだけ解らないことがあります。今のあなたはネメキネシスを扱えるはず。なのになぜ、頑なにそれを拒むのですか?あなたの親は、今もわたしを討ち取ろうとしてるのに。」



リリの言葉は、周囲の暗闇よりいっそう深く、不気味に心を打ちつける。ザックも負けじと言葉をぶつけた。



「俺も解らないことがあります。なぜヤーニに、浄化した魂をクラインの壷に送るなんて無駄な設定を与えたんですか?」



それは、ザックがヤーニと対峙してからずっと抱いていた疑問だった。


突き詰めるほど、他に別の設定を与えるべきであるとの考えにしかならない。


だが、その繰り返しの中、生まれた考えもあった。


リリはクラインの壺に送られた魂、つまりヤーニにより浄化されたワンダラーの魂を、アセンションに使うフォトンエネルギーとして使うのではなく、一時的に隔離していただけなのではないのか、と。



それを言われた時、穏やかだったリリの表情に変化が生じた。



「リリ、あなたは昔からそうだった…はず。人に絶望しながらも、いつかのあなたは誰よりもネメシスから人を守ろうと必死だった。本当は犠牲なんて望まないはずです。」



ザックとして、そして無柳として、今感じる素直な心で話を紡いだ。


少しでも伝わるならそれでいい。そう思っていた。だが…



「偽物のあなたが、知ったような口を…!」



リリが叫ぶと同時、部屋が激しく慟哭した。


予感を働かせ、ザックはその場を瞬時に離れた。


震えるリリは、ビルを揺らし、たちまち粉みじんに破壊した。


崩れ落ちる瓦礫は、ビルの涙かリリの涙か…


ザックは、その雨の中で宙に浮いていた。


途中、迫り来るリリの姿を確認出来たが、動く素振りはしなかった。


パープルブレードに身体を刻まれても尚、その場に留まっていた。



「人なんて、あの時からずっと腐ったままだった。わたし達が誰よりも知ってる。だからわたし達は、正しく導く権利を貰ったの!あなたのような薄っぺらい話では語れないの!」



話を聞く毎に、身体への切り傷が増えていく。


怒りをぶつけるリリは、最後に懇親の力で思念波を放ち、ザックを下方へ突き落とした。



半霊化していた身体は、落下と共に元に戻り、そのまま瓦礫の山に包まれた。


リリもザックを追い、地に降りた。


ビルの残骸を眺めた時、ようやく冷静さを取り戻した。



終わったか…否



崩れたビルの下にある強いオーラを感知し、リリは身構えた。


その瞬間、瓦礫が勢い良く四方に弾け飛び、竜巻の様に渦を巻いて上昇した。


ビルほどにまで拡大したその群れの下には、リリを見やるザックが居た。



「やはり、あなたに必要なのは過去への憎悪でも、未来を思う心でもない。…祈りだ。」



その言葉には、ザックとしての意志は無かった。


純粋に、無柳として、リリとの対峙を経て至った境地であった。


思いを反映するように、上空の瓦礫達は一気にリリに覆いかぶさる。


さすがに待ち構えず離れるだろうと思われたが、リリは躊躇うことなく、むしろ歓迎するように受け入れた。



「これが、あなたの祈りですか。」



無邪気に笑うと、両手をタグレート・ソードに持ち替えた。そして瓦礫を鎧袖一触(がいしゅういっしょく)なぎ払い、一つ、二つ、十、百と、ひたすらに、ただ切り落としていった。


リリにとって、テレポートでザックの元に行くことは容易い事だった。


だが、あえて先刻のザックと同じく、リリはそれを受け入れたのだった。



「こんなものですか?」



無機質な嵐を排除したその勢いで、リリは反撃に転じた。


ザックは、リリが来るフェムトほどの僅かな時間の中、生体磁場を鋭利な刃物状にし、周囲に放つ。


リリは片手をパープルブレードに持ち替え、刃を弾く。もう片方のタグレート・ソードは、ザックの首元へと向かった。


当たる瞬間、ザックは冷静だった。


極限に研ぎ澄ました感覚が、否応なく身体に対し「後ろに動け」と指示を出す。


刀身が、紙一重で喉元の前を通過した。



「よくわたしの動きが解りましたね。」



リリの声は、既に空へ上がっていたザックには届かなかった。


思念波より早く動くリリは、己の身体のみを武器とし、パープルブレードを振るい来る。


そのたびザックは大きく移動し退いた。


見切っては避け、避けてはまた見切り、攻には転、転には転を繰り返す。


その攻防は、地上から眺めると、流星の如く美しかった。



その果てに、二人は赤い電波塔へと辿り着いていた。



斬撃を紙一重で避けられていたリリは、機嫌と動きが荒々しくなっていく。


一見すると、戦いの流れはザックに向いていた。


しかし、実際は逆だった。


既に生体磁場は残り僅かな事に加え、身体に受けた傷も大きい。対するリリは、未だに開戦時とほぼ変わらぬペースを維持していた。


このままでは決着が付くのは時間の問題に思えた。


だが、リリは突然、これまでの機敏な動きを鈍らせた。先ほど見せた苦渋の表情で剣を握り直す。



(――全く、とんだ邪魔者ですね。退化派の残党は…)



リリの動きが鈍る間、ザックは電波塔の陰に身を寄せていた。



追撃しようとしたリリは、ここでようやく塔の存在に気が付いた。



かつて多くのワンダラーがここに集まり、時を待った。


思念世界は、当時のありのままの温度と光を放ち、リリを出迎えていた。


まるで、諭すように暖かく…



「…こんなもの!」



タグレート・ソードが遮二無二に踊り出す。


それが風だけではなく鉄骨も切った時、電波塔は大きく傾き始めた。


リリは尚も敵意を向けた。


電波塔に着飾られた人口の星は、地に落ちると光の代わりに音を放った。


それが心に響音した時、ザックの脳裏に光が灯った。



(――チャンスは今か…)



いまだに電波塔を相手にするリリを尻目に、ザックは残骸をサイコキネシスで操り始める。そして、

集めたものを乾坤一擲とばかりに放出した。


それはリリを取り囲み、先刻同様ビル程の竜巻状に吹き荒れる。


だが、目下のリリは、動揺どころか呆れていた。


ザックの生体磁場が残り僅かなのは予想出来ていた。次の一手で勝負に出る事も察していた。


その結果が目の前の芸の無い竜巻だと知り、すっかりやる気を殺がれていたのだった。



呆れつつ、直ぐテレポートで抜け出そうと身構える。その時、リリはなぜか前のめりにのけぞった。


背中に痛を覚えた矢先、今度は肩に痛みが走り、身体が後ろにのけぞった。


それを皮切りに、背部、腹部、右腕、左足と、部位毎に痛みが来る。その都度、リリの身体は竜巻の中でおはじきの如く弾け飛んだ。



原因は思念波なのは確実。だが、一体どこからそれを放っているのか…


弾かれながらも、リリは集中しその正体を追った。


竜巻を形成する瓦礫の中に、妙な光が所々あるのに気付く。さらに凝視した時、その正体を理解した。


光が生まれた直後、そこから思念波が来るのである。


そう、瓦礫が思念波を放っているのだ。


それは、あらかじめ瓦礫に生体磁場を残留させ、任意で打ち出すという、ザックが即興で考えた荒技だった。


だが、それでもリリには決定打を与えられなかった。


今、一度に思念波を放てばそれで竜巻が消え去る事は明白。そうなれば今度こそザックに打つ手はない。


そして、その時は確実に訪れようとしていた。



しかし…



(――こんな時に。)



リリは、先ほどから再三やって来る、魂を焼かれるような強い痛みに蝕まれた。


ザックの思念波によるものではない。


マティスの内なる侵略によるものだった。


それにより、完全に機を逃したリリは、ひたすら思念波に打ち付けられた。


藍白(あいじろ)、淡青、そして紫… 粋や雅を帯びた、色彩豊かに光る瓦礫の竜巻は、かつてこの地で第二シンボルとされていた塔の如く華やかだった。



やがて竜巻が止まり、瓦礫はリリと共に崩れ落ちていく。



「…リリ。」



ザックは疲労感を湛えた眼差しで、力無く立ち上がるリリを見た。


もう終わった。これ以上は無意味だろう… そう伝える眼差しを受けたリリは、震える手に二振りの剣を出現させた。そして、息急き切って互いの切っ先を交わらせた。


途端ザックは、不吉な予感に魂を震わせた。



「全く…もうどうなっても知りませんよ。」



切っ先が、暗闇を強く照らした。



「物質を切り裂くタグレート・ソードと、魂を切り裂くパープルブレード。その反発する二つの力を、わたしの意志でぶつけ合えばどうなるか。見てみたくないですか?」



それは、対立し合う性質をぶつけ合うことで反物質爆発に似た現象を起こすという、奥の手とも言えるものだった。


自身も危険が伴う禁じ手… ザックは気付き、止めさせようと獅子吼する。だが、時既に遅し…



「さようなら。」



リリは、今まさに思念世界すべてを破壊する、強い衝動を解き放った――






――カニールガーデン。



戦いを終えたルシータは、相手であるクルトと共にリリの部屋に居た。


だが、ただ黙って居座っているわけではない。そこには急かす声と、諭す声が入り交じっていた。



「俺は大丈夫だ。それに君だってそうした方が良いだろう?」



クルトにとって、それは三度口にした言葉だった。



――無効化タグでリリの思念空間を掻き消す。



確かにルシータには可能な事だったが、本人の答えは「否」だった。



互いに疲弊した状況では、かえって足手まといになってしまう… そうルシータは説き伏せた。


だが、それでもクルトは応じない。



「いや、だから俺は…」



話は再び踵を返した。



――その時だった。



「な、なんだ!」



部屋が強い光明に包まれた。


その中心には、光を背にし佇むリリが。



突然の出来事に、二人は動くことを忘れた。


だが、リリはお構いなしに動き出す。



「そうか、クルト。やっぱりあなたはそっちに付いたんですね。」



瞬間、クルトの胸部から赤い流動が噴出した。


眼前にリリを捉えた後、ようやく痛みがやってくる。だが、まだ事態を理解出来ず、依然目を見開くだけだった。



「安心して。アセンションを終えたら、あなたの事も作ってあげますから。」



そっと耳元で囁かれ、ようやく自分の身に起きた惨状を理解した。



そして、ルシータの叫びが次第に小さくなるのを感じた時、その後に待つだろう結末―死を予感した。


ルシータは尚も叫ぶが、その脳裏にも、クルトと同様の結末が映し出されていた。



――勝ち目がない。


今のリリの動きだけでもそれが嫌と言うほど伝わり、この瞬間にも肉塊になり果てるのではないかという恐怖が走る。



「クルトさん!」



恐怖を吐き捨てるように叫んだ声は、もはやクルトには届いていなかった。



「あなたがルシータさんですか。会ってすぐお別れは寂しいですが…」



常に微笑を湛えたリリの表情が、話す最中真顔に変わった。


殺意の表れか… そう思いルシータは構えるが、同時にリリの表情が、どこか仰天としている事に気が付いた。


まるでこの世のものではないものを見るような視線… それが自分の背後に向いていると知った時、勢い良く振り返る。



「ザックさん!?」



雷声のつもりだったが、再三に渡り叫んだ喉からは、思いの外小さな音しか出なかった。


だが、それでもザックの耳元にはしっかりと届き、力となって心に響いた。



「まさかあの状況から抜け出せるなんて…ついに力を使いましたか。」



リリはどこか焦燥としていた。



――ネメキネシスを使われたら打つ手が無い。



その事実が、リリに焦りを生ませたのだ。だが、ザックは直ぐに首を振り、力はなにも使っていないと言った。



思念世界全てを壊すつもりで放ったであろうリリの一撃だったが、ある一部だけは被害を免れ、無傷で残ったのであった。


無意識なのか、力を消耗していたからなのか、残っていた部分は、思い出が眠る電波塔が建てられていた場所だった。



「リリ。終わりにしましょう。」



ザックの右手が、道を示す様に柔らかく伸びる。それが掌を向いた時、リリは剣を手にザックとの距離を縮めていった。



次の瞬間、驚視するルシータの瞳には、吹き飛び豪快に部屋を揺らすリリが映る。



石の壁の咆哮は、カニールガーデンの近くに居るマティス達にも届いていた。



「おい、今のは…」



潟躍とネムは、天を見上げ仰天した。


作戦と言い、敵地の目前という所に来て急にベンチに座り込んだマティスに従っていたが、今の轟音でそれも我慢の限界に達してしまう。


後ろに座るマティスを振り向き、向かう旨を伝えようとしたが…



――居ない。



先ほどまで居たはずの姿が、ほんの少し目を離した隙に霧隠れの如く消えていたのである。


あのマティスは夢か幻か… そんな荒唐無稽な考えが浮かぶほど、その消滅は異様だった。



「…今はあっちを優先しよう。」



ネムの機転により、潟躍は使命感を取り戻した。


そう。今はザック達の助けが先… マティスの事を一旦消去し、二人はカニールガーデンへと向かった。



そして、件のザックは今、倒れたクルトに必死に言葉を投げかけていた。


リリの斬撃は思いの外深かった。このままでは数分すら持たないと、流れ出す血が主張する。



生体磁場を与えれば魂の劣化を多少なりとも防げるが、ザックやルシータには、その僅かな余裕さえなかった。



クルトを生かすにはただ一つ…



「ザックさん。斬られ傷を無かった事にする何てこと、あなたには可能ですか?」



ルシータが先に、可能性を提示した。


その答えは、可。


たやすく出来る事だったが、ザックはなぜか首を縦には振らなかった。



「確かに簡単です。でも…出来ないんです。」



ザックの普段見せない動揺には、創造者である「親」が関係していた。



タルパである無柳も、当然ヤーニと同じく、いくつかの設定が施されていた。


その内の一つの設定が、悩みの元となっていた。



元々無柳は、親―マティスが失った力を回復する間、プロジェクションタグを守るよう生み出された存在である。


仮にマティスが力を取り戻し、プロジェクションタグを扱える様になった時、無柳は不必要となる。


その時が訪れた場合、無柳は消滅するよう設定されていたのだった。


それはいつ起きてもおかしくない状態であったが、今は何事もなく過ごしている。


ザックとしての存在が、無柳という魂を隔離しているためである。だが、隠れ蓑を取り払った時、消滅は始まるのである。


無柳として存在するだけで危険が伴う不安定な状態の中、ネメキネシスを使いエネルギーを消耗すれば、更に危険は加速する。また、その枷があるためネメキネシス事態もうまく扱えず、結局は小規模な事しか出来ないのが現状だった。


それでも、テテを治した事や、音吏にした事を考えれば、クルトをネメキネシスで治せるのではないか…話を聞いたルシータはそう詰め寄るが、ザックはやはり首を振る。



「プロジェクションタグを奪われた状態では、もはや無柳になることさえ不可能かも知れません。だから、出来ないんです…」



瀕死のクルトを目の前にしても、ザックは力を使おうとはしなかった。



「俺は…危険が怖くてちぃも助けられなかった。見殺しにしたようなものです。そして今も何も出来ずにこうしてる。」



非道に見える様も、事情を知ったルシータには責めることが出来なかった。


そうしている内にも、クルトの魂は明らかに劣化していた。


ちぃの時とは違い自問する時間はある。


ネメキネシスを使うか、使わないか… ザックは考えに考え抜いた。



「…やりましょう。」



決意を込めた、重い一言であった。


ザックは一度深呼吸をし、気を整える。


構え、いざゆかんとした、その時だった。



「リリ!」



倒れていたリリが、おもむろに立ち上がり近付いて来る。



まだ戦うつもりなのか…


だが、リリに敵意は見られない。そっとクルトに伸びた右手には、慈愛すら感じられた。



「まさか…」



僅かに安らいだクルトの表情から、ザックは漠然と状況を理解した。


リリがクルトに生体磁場をあてがったのだという事を。


なぜ… そう言いかけた時、リリは振り向き口を開いた。



「男は義侠、屈強、いい度胸。それがないなら、いざという時だめになりますよ。」



リリの真っ直ぐな視線を受け、ザックはたまらず目を背けた。


だが、直後聞こえた叫び声は、再び顔を見合わせる機会を与えた。



「リリ!」



リリは片手を付き、悶えていた。


ザックは、その苦渋の表情を、戦いの時に何回も見ていた事を思い出す。



飛び交う呼び声を一切耳に入れず、リリはひたすら耐えていた。


先ほどまでは持ちこたえられたプロジェクションタグのエネルギー暴走だったが、今のリリには荷が重い。


魂が燃え尽きる感覚に捕らわれた時、ふと、妙な声がかすかに脳裏を掠めた。



『お前には過ぎた物だ。返して貰うぞ。』



頭の中で響いたそれは、完全にリリの思考を停止させた。



(――そうか。マティス。あなただったんですね…)



リリはクスリと微笑した。やがてそれは張り上げた高笑いへと変わっていく。


苦渋と笑いを繰り返すリリを見かね、ザックは思わず肩を掴んだ。


だが、リリは一人で立ち上がると、震える足で、いつも座るソファーへと行き、腰を下ろした。



眼前のテレビには、ザックと交える前に見ていた映像が、その時のまま制止されていた。



「後五分でドラマは終わり…それで物語の結末が解るの。それまでは…」



ザックとルシータは、リリから溢れる執念めいた気迫に押され、ただ黙って眺めていた。


異様に長く感じる五分という間の暇、リリはずっと笑っていた。



「…良かった。ちゃんと一緒になれたんだ。やっぱり物語はハッピーエンドが一番ですね。」



手をつなぎ道を歩いていく男女の後ろ姿が、最後にテレビに写されていた。



そしてザックは気が付く。


リリが少しずつ光となっていることを。



「身体が…」



リリは二人を振り向き、立ち上がる。


心なしか穏やかな表情は、とても危地にさらされた状態とは思えなかった。


その悲壮なまでに凛とした姿に、ザックはソシノの影を見る。



「後はあなた達の好きにして。でも、覚悟をしっかり持たないと駄目ですよ。」



リリの身体は、フォトン分解(魂が急激な劣化を受けた時に起きる現象)を加速していく。


光となって消えゆく姿は、桜が舞い散る様にどこか似ていた。


輝きが強くなる度、脳裏に宿ったソシノの影が増していく。


ザックは無意識にリリの名を叫んだ。


心に宿るソシノにも呼び掛けるように、何度も、何度も…



「…では、わたしはもういきますね。」



別れの言葉を部屋に残し、リリは静かに舞い散った。


最期までその表情は笑っていた。



「…俺は、結局誰一人救えなかった。」



両手を床に着け、ザックは拳を強く握った。


その姿は、懺悔そのものだった――






―――――――――






――リリは、静かに目を開けた。


眩しい光に、思わず閉じそうになる瞼を無理に抑え、辺りをゆっくり見回した。


そこはなにもない、文字通り虚無の空間だった。


いや、ただ一つ…人の気配があった。


自然と足はそちらに向かう。


その先には、一人の男が立っていた。



「シオン!」



シオンは何も言わず手を差し伸べた。リリもまた、何も言わずそれに触れた。


身体が、いや魂が天高く上昇していく。



「ヤーニ!音吏も!」



昇る度に、一つ二つと気配が増えた。



――この先にみんなが居る。



そんな気持ちが、自然に心を愉快にさせた。



(――そうか。わたしが本当に望んでた事は…)



辺りに漂う光が、やわらかく暖かい、確かな人のぬくもりに感じ始めた頃、リリは手を引くシオン止め、立ち止まる。


幼い面影をふっと浮かべ、しばらくそのまま佇んだ。


やがて二人は進み出す。


瞳を輝かせる先には、光の銀河が広がっていた――




第四十八話「祈り」 完








四十八話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




マティス=ハーウェイ


挿絵(By みてみん)


クルト=ブル


挿絵(By みてみん)


リリ=アンタレス


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ