表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サフィームゲート  作者: 弥七輝
第四十七話
70/75

光の銀河

挿絵(By みてみん)

――「それで、それはあなたの言葉ですか?それとも"ザック"の言葉ですか?」



ザックの顔を覗き込み、リリは小馬鹿にする様に微笑した。


今、ザックがしていた事は「説得」。


いつかのアセンションの日…お互いの過去についてを話し合った日の事を皮切りに、必死に説得をしていたのだが、リリの返した一言に、ザックは虚を突かれてしまう。


確かに、自分ですら、投げかけた言葉が本心なのか解らなかった。


ザックの記憶がそう言わせただけではないのか…


湧き上がる同情や悲しみも、本物なのか解らない…



「だからこそ、俺は…無柳としてあなたに会いに来たんです。」



振り絞った声は、思いの外澄んで部屋に広がった。



「まぁいいわ。わたしは昔のザックをよく知ってますよ。面白く、そして優しい人でした。」



リリは両掌から、二つの剣を音もなく出現させた。



霊的対象を切り裂くパープルブレードを右手に、物理的対象を切り裂くタグレート・ソードを左手に。それぞれに握られた切っ先は、穏やかな敵意を放っていた。



「同情は素直に嬉しいです。ですが、わたしにとって過去は力です。憎しみや怒りは浄化し、慈愛と祈りに変える。それが本来ワンダラーが持つべき心です。」



リリは剣を握り直す。ザックもまた、両掌を拳に握り直した。



同時に部屋が揺らめき始める。


徐々に迫るは闇の世界。


その中で、ザックはリリの気配を模索した。


と、その時…暗闇の中から四方八方に光が生まれ、さながら銀河の様に無数の輝きが放たれ始めた。



光を生み出したものは、無数のビル群だった。


その町並みに心当たりを覚えて時、リリの声が入り込む。



「そう。あの時の景色です。わたし達はあそこの塔からこの街を見下ろしましたね。」



妙に落ち着いた声は、不気味なまでの優しさを含んでいた。


この機を逃せばもう説得は叶わないだろう… ザックは思い、言葉を紡いだ。



「ルシータさんが言ってました。今のあなたは弱っていると。そんなあなたを相手には…」



瞬間、リリの姿が何処かへ消えた。


驚き、辺りを見回した時、ザックは腹部に違和感を覚えた。


同時に、リリの気配を背後に捉えた。


そしてもう一つザックは気づく。リリが右手に持ったタグレート・ソードが、腹部に痛みを与えているのだということを。



「ご心配なく。わたしはこの通り万全です。」



ザックは、視界に広がる人工の星を見つめながら静かに瞼を細めていった――






――潟躍は眉間に力を入れ、閉じたまぶたをこじ開けた。


仰向けになった身体を起こした時、頭と胸部に痛みが走る。


それらを振り払い辺りを見回す。そこは石造りの小さな家が点在する場所だった。


先刻いた森とは違う。なぜこのような状況に置かれたのか思い出そうとするが、記憶の糸は途中で切れ、全てを理解するには至らなかった。



「潟躍。」



考えの最中、ネムの声が頭に響く。



「まだ飛べる?」



上空に浮かんだネムは、端的に言った。


潟躍は、半ば急かされながら頷いた。


直後、ネムは地に降り潟躍の腕を掴む。そして、再度上空へ飛翔した。



その矢先、後ろにあった石の家が、音を立て豪快に倒壊した。



音を辿ると、拳を握り、不気味に佇むクレロワが。


その姿を見た時、潟躍は失った全ての記憶を思い出した。



(――そうか。俺はクレロワさんに吹き飛ばされてあそこに…)



理解と共に、自然と頭はクレロワの打開策を求め始めた。



「うん。ここならきっと来れないから、考えるなら今の内。」



ネムは、潟躍の思考を予想していた様に言葉を返した。



互いに落ち着いた所で、最善の作戦が紡がれていく。


ネムが示したのは、「無効化タグをぶつける」というものだった。


クレロワには光球タグやラインタグでも明確に打撃を与えられなかったという。頼みの綱は、必然的に無効化タグに握られた。



「全ての人は、アバタータグで生まれる。だから無効化タグを受ければきっと…」



だが、それにも不安要素があるという。


タグすらも弾くクレロワの生体磁場がそれである。


ではどう打破するのか… 潟躍が言おうとした時、ネムはペーストタグを作り出した。



「これを使うの。」



取り出した物は、以前海底遺跡で作り上げた朱色の長剣だった。



「これに無効化タグを取り込ませて突き刺すの。そうすれば間接的に効果が出ると思う。これなら生体磁場に邪魔されないし。でも…」



ネムは再び躊躇いの視線を潟躍に向けた。



「これも元々はタグで出来てるから無効化タグは反映される。だから、始めたら早く勝負を決めないと。」



聞いて、潟躍はプレッシャーより先に、笑いがこみ上げた。



「お前、こんな状況でよくそんな器用な考えが出来たな。」



言われたネムは、「タグを研究し理解した結果だ」と博学めいた。



互いの呆れた笑い声が、互いの不安の芽を吹き飛ばした。



その後、二人は意を固め直した。だが潟躍は、クレロワに対峙する否定的な思いを捨てきれないでいた。


説得が無意味な事は知っている。手加減出来ない事も。だからと言ってこのまま戦っていいものか…


悩む潟躍だが、それは容赦なくやって来る。



「潟躍!」



ネムの叫びで、潟躍はようやく下方から迫る影に気付いた。


まさか浮遊も出来ないクレロワが跳躍だけで来れるとは… 急いで身構えるが、時すでに遅し。


一気に眼前に入り込んだクレロワは、組んだ両手をハンマーの如く振り下ろし、潟躍を地面へ叩き落とした。


次に、身体を横に傾けると、まるで壁に足を着ける様に宙を蹴りだしネムへと向かった。



そして、迎撃する複数の光球を片手で軽々と弾き、ネムを潟躍と同様に勢い良くつき落とす。



下方の家が崩壊する音が、絶望を響き渡らせた。



「あいにくだが、話は全て聞こえていたよ。」



クレロワは、やっとで立ち上がる二人の心を、言葉でさらに突き落とした。



「君たちも使っているパープルプレート。通常は引き出す力に制限があるが、私にはそれが無いのだよ。そして私はプレートを三枚持っている。果たしてその切っ先は届くかな?」



ネムは、地に落ちた長剣を手にし睨みを返す。その五十メートルほど後方に居る潟躍も、戦意の拳を握りしめた。


作戦が気付かれているという状況下、ネムは冷静に一手を投じた。


自身の生体磁場を竜巻状に周囲に放ち、身を隠す。


同様に、ネムの隣に立った潟躍も竜巻を作り出した。


相談なしの行動だったが、それはネムが望んでいた事だった。


何も言わずともこちらの要望に応えてくれる… 改めて潟躍を信頼出来た瞬間だった。


対するクレロワも舌を巻いていた。


磁場竜巻を砕くのは容易い。だが、その場合中のネムが直ぐに伝家の宝刀を振るうだろう。だが、なにもしないでいれば、安全な場所から動向を探られ、動きづらくなってしまう。


上手く考えたものだ、と心で賛辞した。



「…初めに接触してきたのはリリ達だった。世界の情報を所有出来、あるいは発信源となれる私は、都合が良かったのだろう。」



息抜きとばかりに、クレロワは力を抜いて話を始めた。



「リリ達は全てを話し、私に協力を求めたよ。断ることも出来たが私は従った。怯えた訳ではない。純粋に見たくなったのだよ。本当のアセンションの先にある世界を。だから私は喜んで…」



と、話は突然切断された。



視線を竜巻に向けつつも、明らかに注意は別の方に向いていた。


突然感じた妙な気配が、クレロワにそうさせたのだった。


注意の散漫になった事を、当然ネムは見逃さない。


長剣の切っ先に無効化タグを向かわせ、柄を握り直す。



(――これはお前が持ってた方が良いだろう。いつか役に立つかもしれないしな。)



いつか聞いたマティスの言葉を思い浮かべ、ネムは竜巻を消し去った。



(――今が役に立つ時!)



獅子奮迅。一気に目標に飛び込んだ。


反応が鈍っていたクレロワは、接近を容易く受け入れてしまう。



手遅れか…


否。



切っ先が振り下ろされるより早く、クレロワの拳が見えざるスピードで素早く打ち出された。


だが、拳がネムを捉える寸前、その姿は消え去った。


主を無くした長剣は、頼りなく宙を舞う。



「リンクタグか!」



投げ出された長剣は、突如意志があるかの如く浮遊し、クレロワの胸部に向かった。


潟躍のサイコキネシスだと察した時、クレロワの中で焦りが生まれた。


避けられない…



切っ先は鋭く光り、いざゆかん。



(――?)



長剣は胸元の数センチ前で止まった。


クレロワは、訳が分からないままそれを握った。



空中に現れたネムは、事の顛末に唖然としつつも、漠然と原因を理解していた。



「すまん…やっぱり俺はクレロワさんを…」



潟躍が俯き、両手を手に着けた。その姿は怯える罪人の如く力無い。


やはりか、とネムは静かに呟いた。



「別にいいよ。潟躍のそんなとこ、嫌いじゃないし。」



言った言葉は真実だった。不思議と怒りは湧かず、笑いさえこみ上げるのだ。


ネムもまた、心のどこかでこの結果を求めていたのかもしれない。



「もう万策つきただろう。私は君達に敬意を示すとしよう。」



クレロワが長剣を手に歩き出す。



二人は、覚悟だけを武器にし迎え撃とうと身構えた。



――その時だった。



「相変わらず詰めが甘いな。俺は直した方がいいと思うぞ。」



声が風に乗り舞い上がった刹那、クレロワは空中に舞い散った。



赤い雨がそぼ降り、潟躍達を静かに濡らす。



地に落ちたクレロワの心臓部分には、見覚えのある短刀が突き刺さっていた。



「…特に俺が気に入らないのは、 決意しながらも土壇場で怖気づくその不甲斐無さだ。」



そう語りかける眼差し、立ち上がり攻め立てるクレロワを軽々といなす動き… それは、まぎれもなく今二人が一番求めていた人物のものだった。



「マ、マティス!」



言葉を失っていたネムは、ようやく我に返り呼びかけた。


だがこのリンク空間にどうやって… 疑問はあったが、喜びがそれを上回る。


マティスと対峙するクレロワも、ネムと同様の疑問を口にし、無数の拳圧を放っていた。


雷声とは対照的に、振るう拳には威圧感はない。動きもまた、マティスに軽くあしらわれる程度に萎縮していた。



――否。


ネムは感じた。クレロワが弱った訳ではないと言うことを。



「流石の再生力だ。心臓を突いても万全とはな。」



マティスの皮肉に対し、クレロワは全身を持って肉迫し蹴り込んだ。


だが、それは片手でたやすく受け止められる。更に、身体をすくい上げられ、空中高く放り出された。


重力に従い、クレロワは真っ逆さまに落下。地に付く最中、その首には短刀が鋭く突き刺され、わき腹には力強い脚撃がめり込んだ。


巨体は後方へ吹き飛び、そこに建った家を破壊。鈍い音を放ち地に落ちた。



「潟躍!今すぐそこの剣を拾え。まだそいつにはタグが残っている。」



言われ、潟躍は落ちていた長剣を拾った。


マティスは確認すると、続いてネムに案は無いかと問う。


どこか嬉々としたマティスを見、ネムもどこか嬉しそうに、とっておきの方法があると返した。


その案を簡潔に伝える最中、それを妨害する様に、後方に出来た瓦礫の山が噴火した。



「私に対する冒涜、もはや晴らすに遠慮はしない。」



クレロワが凄むと、三人は一旦その場を引いた。と同時に、赤い壁が勇むクレロワを包囲した。


周囲二キロほどに及ぶそれは、なぜか天井が頭上すれすれという程に低い。その中に、六つほどの光球が生まれ出た。



(――なるほど。わたしを閉じ込めて徐々に弱らせていく魂胆か。)



作戦には乗るまいと、光球を全てなぎ払った後、天井を右拳で突き上げる。



腰を低くしバネの如く打ち出した一撃は、たやすく壁を破壊した。



開けた穴からすかさず跳躍。しかし、それは悪手だった。


棍を今まさに振り下ろそうとする潟躍が瞳に映る。


とっさに宙を蹴り、左方向へ逃げ出すが…



「残念。それも悪手だ。」



逃げ込んだ先に、タグが宿った長剣を手にしたマティスが。


鋭い一刺しは、音もなくクレロワを捉えた。


太い唸り声が、戦いの終わりを物語る。



「私が…私の描いた世界が… 物語が…」



胸に突き立つ長剣は、ついに寿命を迎え消え入った。それと共にクレロワのもがきも加速した。



「残り僅かの時間の中で、理想の夢を見るんだな。」



マティスの冷淡の言は、熱した潟躍とネムの心をも冷却する。


二人はクレロワに近づき、その哀れな姿を見下ろした。視線には冷たさはない。ただ哀みだけが漂っていた。



「…行こう。」



潟躍の声を受け、ネムはリンクタグを作り出した。


三人はそのまま思念空間を抜け出した。



そしてクレロワは、一人静かに消え去った――





―――――――――






――三人はビルに見守られ、元居た場所へと戻った。


ようやく訪れたつかの間の平和。と共に、押し寄せてくるものは、マティスに対する疑問だった。



なぜリンク空間に来れたのか、そもそもいつリスボーンを終えたのか。戻っていたのなら、なぜ連絡をしなかったのか… 考えるより先に、ネムは一気にまくし立てた。



「ちょいと色々あってな。リリに用事があって来たんだが、そこでネムの気配に気づいたんだ。お前がリンクする空間は、俺と繋がっているからな。すぐに来れたって訳だ。」



マティスは、「嘘」という薬味を話に混ぜ、茶を濁した。


流石にはぐらかし過ぎたかと、笑いにならない笑いを浮かべるが…



「そうか。やっぱりお前も世界を救いに来たんだな!」


「マティス、また一人で行こうとするんだから…」



二人は目を輝かせ、賛辞した。事にネムは、いつもは気付くはずの、マティスのちょっとした仕草に気付かずに浮ついていた。


話す最中、左目に力を入れる…それは嘘を言っている時だと知りながら。



「とにかく久々に三人揃ったんだ。今なら負ける気がしないぜ。」



潟躍の高笑いが、聳えるビルの隙間に消えいった――






――一方、ここは緑が五感を刺激する、思念の草原空間。


見上げれば、見事なまでの青い空。その広大なキャンバスに、無数のラインタグが描かれた。


西と東、それぞれの方向から伸びる光の帯は、交わった時に絡まり合い、力を競い始める。



勝者は、東。勝ち誇った光は、敗者の軌跡を辿り、大元であるルシータ目掛け伸びていく。



たちまち身体を縛られたルシータは、悔しそうに勝者であるクルトを睨んだ。



「パープルプレートを持った俺と、何もない君とじゃ、戦いにならないよ。」



言うが早いか、手にした光鞭を思い切り下方に振るう。


先にいたルシータは一気に地面へと振り落とされるが、あわやという所で思念波を使い、反動で身体の落下を防いだ。


だが正直な所、思念波を打ち出すことすら惜しい程、身体は疲労し切っていた。


クルトとの力の差はもちろん、一番決定的な差は、その多大な生体磁場だった。ルシータもパワーストーンの帝王と比喩されるギベオンを所持し対抗していたが、パープルプレートの前では及ばない。


タグを使えば打ち負かされ、思念波をもってもかき消されてしまう状況は、どう転んでも「敗北」に至る様に思えた。


思考の最中、頭上にブロックタグで作られたヒヒイロカネが七つ現れた。


生体磁場は極力使わない事に決め、ルシータは飛翔。身体能力だけでなんとかそれを看破した。


この負の状況を変えるには、相手の虚を突く一発逆転に出るしかない。


ネム同様、頭中には無効化タグを用いた戦略が浮かぶが、作る手間と生体磁場の消耗を考えれば、どうしても踏み切れない。



(――こうなったら…)



これまで逃げの一手だったルシータは、次の瞬間一気に上空のクルトに詰め寄った。



そして、「薙刀」という長い柄に刃の付いた武器を身体から取り出し、一振り二振りと風を起こす。



「血迷ったか、近付けば尚更…」



避けながら、クルトは気付く。


身のこなし、相手の動きを読む力は、自分より上であることを。


攻めは防御とばかりに、ルシータは太刀を振るった。



だがクルトは、一気に逆転に転じる、周囲全てに思念波を放出すると言う一手に出た。それは見事的中し、ルシータは再び草原に落ち込んだ。



「邪魔さえしなければ、君も仲間に加われたのに…」



同情の言とは裏腹に、クルトの周囲には分解タグが生まれていた。



絶望的な光景… しかし、ルシータの瞳には希望の光が宿っていた。



「これで!」



無数の分解タグが放たれた。


その時、ルシータは右手を伸ばし、封じていたサイコキネシスを使用した。


真っ直ぐ進んでいた四つの分解タグの内、一つが妙な動きを見せる。


そしてそれは、急に逆方向へと飛び出した。



「な!」



見開いたクルトの瞳に、分解タグの光が焼き付く。と共に、身体にも焼き付くような痛みが走った。



「そんな、まさかそんな真似が…」



――サイコキネシスを用い、物体を動かす要領でタグを操り我がものとする。


それは、これまで聞いた事のない奇策だった。



「危険タグはこういう意味でも危険ってことなのかもね。」



ルシータは強い眼力を光らせ、草原に立っていた。



無効化タグを使えないクルトは、自らの危険タグでもがき、うめき声を上げる。


身体に炎は見られないが、魂は明らかに焼かれていた。



「ま、まだだ。まだ、俺は…」



燃える中、クルトはペーストタグを作るという火に油を注ぐ真似をした。


取り出した突剣を片手に、自らも突撃。頼りない一差しは、軽々とルシータに捌かれる。


だが、尚も突きは繰り出される。


ルシータは拳を握った。怒りが頭から身体中に伝わるのが、自分でも理解出来た。繰り出した右拳は、男のそれより強く、クルトの頬を打ち付けた。



(――この感じ、どこかで…)



殴られ、倒れ込む刹那、クルトはこの状況に既視感を覚えた。



全ての思いをぶつける様な、怒りの中に慈しみを孕んだ拳…


草原に倒れ、青空を眺めた時、クルトはそれを思い出した。



「…そうか。ザックのものに似てたのか。」



ルシータは静かに無効化タグを紡ぐ。


光がクルトを包むと、苦情の表情がふっと和らいだ。


長時間分解タグにさらされたクルトは、パープルプレートの恩恵があっても、もはや戦えないだろう。



「あなたには同情します。でも、わたしはあなたの、いえ、あなた達の身勝手で滅んでしまう人達にもっと哀れみを感じます。」



倒れたクルトを俯瞰(ふかん)し、ルシータは静かに語りかけた。



クルトは目を閉じ、一度深く息をした。



――君は俺の気持ちが解るのか…



言うつもりがなかった言葉が、自然に口から這い上がる。


ルシータもまた、「解る」と短く口にした。


そして、再び無効化タグを作り出す。



「もし、まだ戦うと言うのなら、あなたをこれで浄化します。でも…」



話を切り、作り出した無効化タグをなぜか自分の胸元に寄せた。



「でも…わたしも一度、あなたのように闇に捕らわれた事があります。偉そうな事は言えない…だから、あなたを浄化した後、わたしも自分を浄化します。」



決意を持ってルシータは言った。伊達や酔狂ではないとその気迫が物語る。


その時になって始めて、クルトはルシータもかつて大切な人を亡くしていた事を思い出した。



「…いや、もう戦う気はないよ。だからそんな物騒なものはしまってくれないか?」



クルトは改めて仰向けになり、上を見つめた。



「それに、今の俺には、こうしているのが一番良いみたいだ。」



見上げる青空は、いつかの空と同じく、クルトの心に沁み入るのであった――






――リリのタグレート・ソードで腹部を貫かれたザックは、力無く地に伏していた。


まともに受けたのであれば、おそらく立ち上がることは出来ないだろう… 決着は着いたように思われたが、リリは戦意を放ったままだった。



それに応えるように、ザックの身体が微かに動いた。


鼓動が、各部の部位を可動させ、朦朧(もうろう)とする意識を再び呼び戻す。


そして、ザックは奮迅し立ち上がった。


無くならない闘志とは逆に、腹部にあるはずの刺し傷は綺麗さっぱり消えていた。



「…やはり簡単には行きませんか。」



リリは微笑み、虎視を決め込むザックを視一視(しいっし)する。


そして、両手の剣を消滅させると、代わりに声を出現させた。



「…やがて人は、遊戯神通の果てに、三千世界を作り出す。音吏がよく言ってました。」



それは、ザックも昔聞いた事のある話だった。



――アセンションを遂げた時、地球は完全な消滅を迎え、六次元の「想像のみで形成される精神世界」へと移行する。


その世界を自在に作るものこそ、アセンションを経た人類「レインボー」である。


完全なる力「ネメキネシス」を用い、一人に一つの世界を作りあげるのだ。


その中で作られた新たな生命もまた、同じように新たな世界を作り出す。


そうして六次元の創造世界は増えていき、無尽蔵に拡大していく。


不毛の地に降り注ぎ、色を与える雪のように…



「一人一人が、理想の世界を紡げるのです。誰にも邪魔されず、どんな脅威も受け付けない理不尽のない世界を。それを邪魔する権利は、あなたにあるんですか?ザックの真似事しか出来ないあなた(無柳)が。」



舌の剣は、ザックに深く突き刺さる。


リリは、追い討ちとばかりに、再び剣を出現させ身構えた。



手に持った二振りの剣は、微笑を湛えた表情とは裏腹に強い殺気を放っていた――




第四十七話「光の銀河」 完








四十七話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




潟躍(かたやく)


挿絵(By みてみん)


ネム


挿絵(By みてみん)


マティス=ハーウェイ


挿絵(By みてみん)


クレロワ=カニール


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ