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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第四十六話
69/75

静寂

挿絵(By みてみん)

――その日、ネメシスウェーブが世界を巡り、人々の時間は停止した。


終末を纏う透明な風は、その先にある新たな幕を揺らしていく。


その最中、多くの命が揺さぶり落とされた事を、制止した世界の者達は知らなかった。


知り得る僅かな者達は、涙を持ってそれを弔う。


そしてここカニールガーデンにも、涙を見せる者が居た。



「…こんなの、悲し過ぎますよ。」



部屋に響くすすり泣き。それは、テレビを前に感涙するリリのものだった。


見ていたものは、クレロワが特別に用意した旧文明のドラマという娯楽番組。


アセンション達成と共に、全てを見終えたいと以前から望んでいたものであるが、それも今クライマックスを迎えようとしていた。


残る数人のワンダラーをアンチした時、アセンションは達成させる。余裕と長年の計画の成就が、より感受性を高めていた。



しかし、このまま世界は何も抵抗しないまま終わり迎えてしまうのか…


リリの思惑通りに進むしか道はないのか…



――否。



少なくとも、生き残った者達は、それを良しとはしていなかった――






―――――――――






――「では行って来ます。」



サムの家の扉の前に立ち、ザックは向かい合ったラーソに言った。これからリリ達と直線対面という状況からか、ラーソは扉の向こうの僅かな距離に居るザックがやけに遠くに感じられた。


自分では役に立てない。それが悔しくて仕方が無かった。


「ご無事で」と二人の声が同時に響いた。


少しだけ、両者の間に笑みが零れた。



「俺は大丈夫です。ラーソさんこそ気を付けて。」



再度気を配るザックに、ラーソは笑顔と懐から取り出した小さい石を光らせた。


それは、もしまたリリが光人を作り出した場合、最低限の防衛を出来るようにとルシータがラーソに預けたものだった。



「いざとなればこれでなんとかしますわ。だから安心を。」



精一杯に強気を見せ、ザックに憂いを与えないようにラーソは勤めた。


とその時、向こうに居るルシータが出発を促す声を響かせた。



いよいよ出発の時… ザックは徐に背を向けた。



「俺がザックになった時、ある程度彼の記憶を引き継ぎました。彼はリリを知っていた。だから俺も、無柳としてリリを知りたいんです。」



そして背中はゆっくり歩き出す。


ラーソはその色濃く地に宿る影を静かに見送った――






――一方、リリは依然ソファーでテレビを見つめていた。


感傷に浸り、ドラマの行方を凝視する。静かな場所でのゆとりの時間だったが、突然それは終わりを迎えた。


挨拶と共に部屋へと入って来たクレロワが原因だった。


リリは少々立腹し、何の用事かと問いただす。



「この大切な時間になんですか?なるべく短くお願いします!」



言われたクレロワは調子を崩さず、ワンダラーの生存探索をと言い返した。


リリは「あっ」と小さく零すと、今度は萎縮し一言詫びた。どうやら言われるまで忘れていたらしい。



直ぐに言い訳をするが、何か言い返されたらたまらない。そう感じ、急いで探知作業を開始した。



「あれ…思ったより減ってませんね。」



ワイスに三人、シントに一人… また、所々にだが世界中に複数存在が確認された。


だが何より一番驚いた事は、カニールガーデンのすぐそばに二人の存在があった事だった。



「確実にわたしを狙って来てますね。でもやっぱり警戒して踏み込めないみたい。」



面倒そうにリリは言う。だが、クレロワは逆に好都合だと口元を緩ませた。


対処法はいくらでもある上、一気に邪魔者を消す好機だと考えての余裕だった。



「ならわたしも協力しますね。」



リリは拳を素早く打ち出し、戦う素振りを見せた。


いつもはリリを動かさない様勤めるクレロワも、今回はお願いしますと頭を下げる。


では早速と、リリは窓へと向かい歩いていく。


一気に奇襲し勝負を付ける。それがリリの出した作戦だったが…



「リリ!」



窓辺に立った時、リリは急に胸を押さえ、膝を付いた。


もしや誰かの奇襲かと、クレロワは外を眺める。だがそれらしい姿は無い。見えたものは心の中で肥大していく狼狽だけだった。



「どうやら、わたし達にとって一番邪魔になりうる人がまだ残っているみたいですね。」



出鼻を挫かれたリリは、膝を笑わせ悔しそうに悪態付いた。



「…退化派の誰かさんが、わたしのプロジェクションタグを奪おうとしているみたいです――」






(――流石に気付かれたか。)



ベンチに腰を掛け、そう愚痴をこぼす男はマティス=ハーウェイ。



ここは、ヴァース近郊の都市「シント」の一角。 そして今マティスが行っていたことは、「プロジェクションタグの強奪」だった。



リリが放った光人は当然マティスの元にも届いていた。


初めは事態を呑み込めず、ただひたすらに光人をなぎ払うだけだったが、持ち前の冷静さと、事前に起きたネメシスウェーブの蔓延が、その思考の冴えを最大限に高め、事態を捉えた。


誰かの手にプロジェクションタグが渡ったのだという事を。


では誰か… それは考えるまでもなかった。


リリ=アンタレス。それ以外に思い当たらない。


ならば、何か手はないものか… 光人を全て消滅させた後、ある考えが浮かび上がった。


リリが自分の概念源回路を通じで光人を放ったのなら、逆にこちらから概念源回路を通じプロジェクションタグに触れることが出来ないかどうか… 無柳の元にあった時は、強力な護りがあって不可能だったが、相手がリリであるなら話は別である。


仮に触れれた場合、流動エネルギーとして魂に保存されているプロジェクションタグを強制的に活性化させることが出来る。


そうなれば、過剰なエネルギーによりリリの魂は蝕まれ、たちまち劣化するだろう。


ベンチに腰を下ろし、早速チャネリングの要領でマティスはそれを行った。


元々ディセンション等の概念源回路を利用する事に長けていたブリッジ(現退化派)だけに、マティスは見事リリに行き着き、目論見通り打撃を与える事が出来たのであった。



だがやはり一筋縄では行かない。


一旦マティスは接触を終え、闇から抜けた。


その顔にはなにものも恐れぬ不気味な笑みがあった――






―――――――――






――「とりあえず今はなんとか抑えました。」



マティスを退け、リリは笑顔を見せる。だが、疲労を訴える正直な身体は、一度ソファーに深々と座ると動く事を拒んだ。


これでは戦力には出来ないだろう… クレロワは思い、リリにここに残るよう促した。



「…もうじき彼らはやってきます。対策は万全ですか?」



リリの投げかけに、クレロワは力強く頷いた。


部屋の扉が開いた時、リリの瞳は再び閉じた。


暗闇では、焦燥感が出迎える。


それと戦うことで、リリは身体の回復を促進していった――






――そしてここ、ヴァース一のチャットルームでは、なにやら光が生まれていた。それは、決意の眼差しを秘めたザックとルシータへと変わっていく。


周りには人が居るが、無機質な、まるで壁や石と同じ冷たさを放っていた。


だが、その中でただ一つ、人の発する気配があった。



「よう。遅かったじゃないか。」



気配に気付くと同時、後ろから不意に声が聞こえてきた。


それは、ザックにとって馴染み深い、けれどもここには居ないはずの男女の声。



「潟躍、ネム?」



ザックの声に、二人は「顔を忘れたのか」と冗談で返した。


どうやら紛れもない本物。だが今の世界はワンダラーやインディゴ(荒らし)でなければ適応出来ないはず。それなのになぜ二人が…



ザックは頭に悶々とする雲を作り出す。だが、直後に聞こえた潟躍の笑い声によりそれは豪快に吹き飛ばされた。



「たぶんこれのせいだろう。」



二人は同時に、懐からパープルプレートを取り出した。


ネムの持つプレートは、以前にリリから貰ったもの。潟躍のプレートは、巻が落としたと思われるもの。


二人はそれぞれのプレートをヤーニとの戦いの時に使用していた。どうやらその時の効力がまだ残っているらしい。恐らく、パープルプレートにより引き出された生体磁場の恩恵で、ネメシスウェーブの次元感触を免れたのだろう… ザックは理解すると、潟躍達の無事を喜んだ。


その後二人はルシータと挨拶を交わす傍ら、ここに来たいきさつを語り始めた。



チャットルームで寝ていた時、突如強い不快感に襲われた事。


その直後、見たことのない荒らしの様な者達が出現した事。それらを何とか退けた事。



「俺たちはハーゲンムルバを出て色々回ってみたんだ。そしたらどうだ。みんな死んだように動かないじゃないか。」



異常事態だと悟り、現象の因果を考えた時、ふとリリの顔が浮かんだのだとネムが言った。



以前ザックに言われた、ワンダラーや進化派と分類される者達のしようとしている事。進化派の長がリリであるという話が、一つの結論にたどり着かせた。



「リリの仕業に違いないって。だからわたし達はここに来たの。でもわたし達じゃどうにもならないから、ザックが来るのをずっと待ってた。」



自分達でも気づいたのならば、きっとザックもここに来るだろう… その予想は見事的中したのだった。


全てを聞いたザックだったが、内心では安心より心配が上回っていた。



「ワンダラーだろうが何だろうが、今は少しでも戦力が多い方が良いだろう?」


「それに、もう黙ってみてるわけにはいかないから。」



ザックの心は、潟躍達にすっかり見透かされていた。


乗りかかった船、いや、既に乗った船ならば、運賃を払うまで降りないのが常識… 二人の飄々とした態度は、ザックに「解りました」と言わしめた。


二人の思いが信頼に変わった瞬間だった。


では行こう。ザックもまた、意志を固め屈強の心を作り出す。



「あ、ちょっと待って。」



皆の心が一つになった時、ルシータの思い掛けない言葉が伝わった。



硬直した場の空気が和らぐ中、ルシータはネムに寄り、小声で話を始めた。



「…解った。」



ネムは何やら頷き、潟躍とザックに「少し待ってて」と願い出る。


そしてルシータと共に、リンクタグで姿を消した。


呆気に取られ、ザック達はしばらく待った。


ネムの「少し」が約二時間という時間を消費する事を知らずに――






―――――――――






――今日のヴァースは雲一つない晴れやかな天気に包まれていた。その燦々(さんさん)とする青空を、カニールガーデンが突き上げる。


用事と準備を終えたザック達四人は、その佇む様を下から眺めていた。



「まさかここをこんな気分で眺めることになるとはな…さあ、どう出る?」



見上げるビルの頂上付近の一角、そこから明らかに挑発と取れるオーラの流れがあった。



「リリは邪魔なワンダラーアンチが目的です。時間稼ぎをする気は無いでしょう。」



ザックは言うと、このまま誘い通り気配に向かおうと強気に出た。


罠の危険性を考えれば、人数を分散させて行った方が賢明に思えるが、ザックは頑なに一度に行くと意を示す。


いざという時は身を挺して護ろうと考えていたため、仲間は目の届く場所に居た方が安心できたのだ。だがザックは、それは言わず胸の中に留めた。



「そうか。まぁザック先生がそこまで言うんだ。俺は特に異論はないぜ。」



潟躍は、再び見透かした様な笑みを見せた。それに続いてネムとルシータも、異論はないと頷いた。



「…では、行きましょう。」



仲間の顔をまじまじと眺め、ザックは言った。


もう引き返せない… 戦意を、天突くビルの一角へと向け、四人は一気に飛翔した。


幾つもの窓を通り越し、気配を放つ部屋の壁をすり抜ける。


たどり着いたその場所には、思い掛けない光景が広がっていた。



「なんだここは…」



天井、床、四方の壁… そこは、一体どのくらいの広さがあるか解らなくなるほど、全てが白に制された部屋だった。


一見するとチャネリング施設と酷似しているが、何かがおかしい。得体の知れない居心地の悪さが確かにあった。



「…向こうに行ってみよう。」



警戒しながら、潟躍は一歩前に踏み出した。

…その時である。遥か向こうに、陽炎の如く現れた人影を発見したのは。



「クレロワさん!」



潟躍が叫んだ瞬間、突如それは悲鳴に変わった。

突然身体の内から凄まじい灼熱が起きたのだ。


灼熱の痛みより、身に起きた不可思議さに潟躍は悩んだ。


ようやく苦痛で悶え始めた時、ネムがとっさに無効化タグを放ち、侵略せんとする猛威を打ち消した。



「…大丈夫だ。しかし、今のはタグの仕業だったのか。」



潟躍は立ち上がるが、一瞬でも灼熱を受けた身体は、苦痛となって残り続ける。


タグはクレロワの仕業かと警戒した時、クレロワの横の空間が蠢き始めた。そこからカーテンをめくるように、一人の男が現れた。


ザックとルシータは、思わず声を失った。



「ク、クルトさん!」



ようやく発した声はうねりを上げ、空間を揺らす。


だが、クルトの表情は微塵も揺らぐ事は無かった。



「二人に名を呼ばれるとはな。さすがは内通者と言うことか。」



皮肉めいてクレロワは言うが、クルトは依然動じない。



――今は味方だから問題無いだろう。


静かな佇まいはそう語っていた。



「それより、無効化タグは確かに厄介だ。あなたには話した通りにお願いするよ。」



言われ、クレロワは不敵に口元を緩ませた。そして、未だクルトに語り続けるザック達の声をかいくぐり、唖然とする潟躍に飛びかかる。


獅子の如き勢いを纏った右肩は、潟躍を容易く弾き飛ばし壁を粉砕させ、外の世界へと投げ出した。


クレロワはそのまま潟躍を追い、消えていく。



すかさずネムも外へと向かい、ザックもまた、続こうといきり立つ。だがそれはルシータによって制止された。


クレロワは二人に任せ、こちらはクルトを… 戦力の配分的に、それは正しい判断だった。


ザックは何とか踏み止まり、ゆっくりと近付いてくるクルトを睨んだ。


遮る物のない白い世界は、互いの心を真っ直ぐ見るのに適していた。



「二人とも久しぶりだな。ルシータとはこうして合うのは始めてか。」



適度に取った間合いの中で、クルトが話を切りだした。



「確かに始めてね。でもこんな形で会うとは思わなかった。」



ルシータは臆せず言葉を返した。


シオンの一件の時、クルトが内通していた相手こそがルシータだった。だが、あの時とはまるで違う狂気を宿したクルトには、さすがのルシータも信じられない思いを隠せなかった。


そして、それ以上に動揺するのはザックだった。

だが、一つだけクルトの行動に思い当たる節があった。


レリクの身に起きた悲劇、それが関係しているのでは無いだろうか… ザックが言った時、クルトはようやく表情を変えた。



「そうか。息子達から聞いたのか…」



直後、強い敵意のオーラが空間を駆け巡った。だが、その中に隠された儚さは、紛れもなくザックが知っているクルトのそれだった。



「俺なりに調べたんだ。…レリクが倒れる少し前に音吏が息子達と会ってたらしい。レリクはただの病じゃない。音吏の仕業だったんだ。」



魂に飛びかかる負を受け止め、ザックはクルトを見据えた。


音吏の仕業と解って居るのなら、なおさらリリ側に荷担するのはおかしい…ザックは獅子吼するが、それをも上回るクルトの怒号が説得を殺した。



「もう音吏はいない!復讐さえ出来ればそれでよかった!でも居ないんだ!ならどこに怒りをぶつければいい?」



この言葉はザックを完全に打ち負かした。


かつてザックも、音吏により怒りに捕われていた時期があった。それを、いつか自分の手で晴らすことを生きがいにしていた部分もあった。だからこそ、行き場を失ったクルトの怒りも痛いほど理解出来た。


復讐を糧に出来た自分は、あれでも「マシ」だったのだと感じざるを得なかった。



「もう復讐の相手はいない。なら、俺は怒りや憎しみを捨て、進化を選ぶ。前にリリが言ってたんだ。レインボーになればタルパさえも自由に出来るようになるって。それで俺は…記憶の中のレリクを、幸せだった日の俺達を作り上げるんだ。」



勢いに任せ振り上げた右手から、思念波が作り出された。動かぬザックに変わり、ルシータは右手で思念波を放ち、相殺。事なきを得るが、いよいよ戦いを避けられない状況に差し掛かったと、強い邪念に満ちた一撃から鑑みれた。



「レリクは俺の全てだった。俺を変えてくれたのも、幸せを教えてくれたのも。だから、何があろうと俺は…!」



今度は明確に、二人をかき消す勢いでクルトの思念波が放たれた。


ザックはただ、何もせずに佇むだけだった――






――クレロワによりビルから弾き飛ばされた潟躍は、ヴァースの街を掛けていた。


透過や浮遊をすることなく、ビルの間を潜り抜け、路地裏へと進んでいく。


そして、追ってくる影の気配を色濃く感じた時、一気に一直線状に思念波を放った。



「…いい一撃だったが、無意味だ。」



追ってきた影―クレロワは、思念波を受けたにも関わらず、微塵の揺らぎを見せなかった。


思念波を受けたのはこれが初めてではない。潟躍がカニールガーデンから落下しながら放った時に一回、地面に着いた直後に連続で二三回… その時もやはり、ダメージはまるで無かった。


絶妙のタイミングで受け流しているのかと潟躍は思い、避け場のない路地裏へと追い込んだのだが、やはり効果は変わらない。


動揺しながらも、ゆっくり歩いてくるクレロワを睨み、根を強く握り直す。


思念波が通じないのなら、直接叩きに行くまでだ、と目にも留まらぬ速さで詰め寄るが…



(――な。)



気が付けば潟躍は、後ろのビルの壁に身を埋めていた。


腹部に強い痛みが走る。それと共に、クレロワはクリスタルであることを思い出した。


肉体的進化を果たしたクリスタルならば、目にも留まらぬバイオレットの動きも見抜けるだろう。そして「磁場制御」により思念波に対する免疫もある。だが、それでもクレロワの動体視力や磁場制御の力は異常だった。



「残念です…あなたの作るデフォルメーションは好きだったんですが。」



クレロワの事を考える中、ふっと本音が漏れた。


落ちた根を拾うクレロワも、触発されてか話を紡ぐ。



「私も残念に思っている。君達はよいアフィリエイターだったからね。」



潟躍は、埋もれていたビルから抜け、地面に降りた。


同じ目線に立ったクレロワは、右手に持った棍を指先だけで器用に回し、空気を歪曲させていた。


そしてなにやら、周りの風景も歪曲し始める。



潟躍達を取り囲んだビル群は、高い木々へと変わり、クレロワの真横には一際目立った巨木が聳える。


そしてその前には、ネムが立っていた。


「お待たせ」と言う声と、「遅い」という声がクレロワの間を駆け抜ける。



「欲を言えばもっとましな所にしてほしかったがな。」



潟躍が悪態付いたリンク先は、かつて二人が長い時間を過ごしたメリアの森だった。



「咄嗟だったから仕方ない。それより…」



ネムの目線が潟躍からそれる。移り先のクレロワは、以前会った時のままの威厳を漂わせていた。



「君達は全く面白い存在だ。」



戦力的に不利な状況の中、クレロワは両手を後ろ手に組み余裕を浮かべた。


誘い込まれたかの様に見えるクレロワだったが、実の所、誘い込まれていたのは潟躍達だった。


ネムの無効化タグは、タグ術を得意とするクルトとは相性が悪い。そのためクレロワはネムを自分に向かわせるように仕向けたのである。



その事はつゆ知らず、潟躍達はクレロワに宿る厳かな雰囲気に、少しずつ敵対心を削がれていた。



「あなたはなぜ、リリの味方を?」



口から出た言葉は、遠まわしの敵意破棄。


そして、返答に望んだ言葉は、同情を誘うような物語だった。

だが、聞こえてきた言葉は、歪曲しやって来る。



「やがて人は、遊戯神通(ゆげじんつう)の果てに、三千世界を創り出す。リリはそう言っていた。」



潟躍は眉をひそめ首を傾げた。一方ネムは失いかけた敵意を徐々に沸き起こす。


クレロワから感じる、怒りでも悲しみでもない、「快楽」に満ちたような不気味なオーラがネムにそうさせたのだ。



「新たな世界、人々が紡ぎ上げる新たな歴史… 私はそれを仕掛けた者の一人となり、新世界を見下ろすだろう。それこそがこれまで数々の物語を紡いだ制作者としての私の最高の頂、最上の誉れなのだよ。」



クレロワが両手を天に仰いだ時、ネムは思念波を打ち出した。


だが、クレロワは風に涼むかの如く豊かな表情で立っていた。



「だめだ!クレロワさんには意味がない!」



ネムに触発されてか、潟躍も攻へと転じた。


一気にクレロワの間合いに近付き、一拳入魂。気付いたクレロワは、瞬時に後方へ身を引いた。



途端に生じた土煙に、思わず視界を遮られる。



「潟躍!」



急接近したネムにより、土煙はかき消えた。


同時に潟躍の目に見えるものは、棍を横に振るうクレロワと、それを腹部に受け、苦渋を浮かべるネムだった。


木々をへし折る風になり、ネムは森の中へと消えていく。


クレロワは棍を手にしたまま潟躍を振り向いた。そして、棍の中心部を両手で持ち、左右の拳を交互に突き出す。その度に棍の両端が潟躍の肩を打ち付け、痛みを蓄積させていった。


そして、止めとばかりに放たれた脚撃は、潟躍を地へとたたき伏せた――






――カニールガーデン内部。


クルトと対峙していたザック達だったが、突如仕掛けられた思念波が完全に戦いの幕を開けた。



「ザック、君なら解ってくれると思ったんだけどね。…仕方がない。」



なんとか初撃を避けるが、ザックは後ろの壁と共に、心の余裕を砕かれていた。


その隙を垣間見たクルトは、すかさず二撃目を放った。



直撃… 否。



床に片手を付けるザックの目の前、身を挺して思念波を受けるルシータが居た。


怒りの形相でクルトを睨み、後ろのザックに言葉を突き刺す。



「ザックさん。気が変わりました。あなたは先にリリの所に行ってて。」



突如とした提案は、ザックばかりでなく、クルトをも混沌とさせた。


リリの居場所すら知らない状態で、それはあまりに滑稽だった。だがルシータは、リリは「ここにいる」と自信を持ちザックに言った。



「今は、邪魔となるわたし達ワンダラーを一度にアンチする格好の状況だと思いません?でもリリは何故か居ない。」



聞いたクルトは表情を強ばらせた。


リリが居ない事には理由が何かある… それに気付き始めていたルシータは、クルトにとって邪魔以外の何者でもなかった。「そしておそらく、ここはリリの居場所を隠すための思念空間。そうでしょう?たぶんリリは何かがあって戦えないでいる。だから今が好機です。」



したり顔のルシータに、クルトはたまらずスクリプトで「分解タグ」を無数作り出した。その後、威嚇と警鐘、そして降伏の意を含んだ言葉を紡いだ。



「それを知ってどうなる。君たちでは無効化タグは作れない、このリンク空間からは抜け出さない…」



話すクルトの双眸が、ルシータの光る指先を捉えた。



《》



無効化タグ…気付いたクルトは分解タグを放つが、時すでに遅し。


ルシータのタグはたちまちクルトのタグを打ち消した。



「驚きました?さっきネムさんから教えて貰いまして。」



引き続きタグを綴り、驚くザックに呼びかける。



タグ術を封じようと飛びかかるクルトを横に避け、迫る思念波をかいくぐり、ルシータは尚もタグを綴った。


それは、尻込みしていたザックの心に火をつけた。



「させるか!」



言い終えて、クルトは再び動き出し、ルシータ目掛け飛び立て攻める。


だが、白一色だった部屋は、たちまち大理石と暖かい絨毯(じゅうたん)に覆われた部屋へと変わった。


僅かな差で無効化タグが完成され、リンク空間が消滅したのだ。



しまったと思うより早く、クルトは奥にあるソファーを見た。ルシータ達も同じく首を向ける。



そこには、前方のテレビを凝視するリリが居た。


ザックはルシータを振り返る。視線が重なった時、ふっと見せたルシータの笑みは、ザックをリリへと向かわせた。


阻止しようとするクルトだったが、ルシータが作ったリンクタグがそれを許さない。


二人は光に包まれ消えていく。部屋には、リリとザックだけが残された。



「せっかく後少しで終わりって所でしたのに、結末が気になるじゃないですか…マナーの解らない人は嫌いですよ。」



リリは立ち上がり、ザックを見やる。



長く伸びた藍色の髪は、風もないのに揺れていた――








四十六話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




クルト=ブル


挿絵(By みてみん)


クレロワ=カニール


挿絵(By みてみん)


ルシータ


挿絵(By みてみん)

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