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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第四十四話
67/75

伸びた温もり

挿絵(By みてみん)

――ハーゲンムルバは、湖の底が干上がり盆地となった土地である。


特徴である「白い砂漠」という神秘的な光景は、貝殻や石灰が長い歳月を掛け風化し砂状となった事で形成された、いわば歴史の産物である。



ヤーニは今、その砂漠に寝転び風の音を聞いていた。


障害物がまるでない空間は、純粋な風の音色を作り出す。


自然が奏でる旋律を聞く中、ふとリリの面影が思い浮かんだ。


散々テレパシーを無視したヤーニであったが、別に反抗しているわけでも、嫌悪を示した訳でもなかった。むしろ会いたい… だが、自分の知らない何かを設定したリリを許せないのも確かだった。



(――第一、もう戻れないじゃないか。)



瞳を見開き、蒼穹を眺め、ヤーニは一人呟いた。


これほどまでに騒ぎを起こしたのでは、きっとリリも怒るだろう。 だがもし、無事ワンダラーやマティスを浄化出来たら、許してくれるだろうか? いつもの笑顔で出迎えてくれるだろうか… 思えば思うほど、リリを避ける心が消え愛しさが募る。


思わずテレパシーをしたい衝動に駆られたその時…



(――来たな。)



遥か向こうにある敵意を、ヤーニは見逃さなかった。


そしてそれは、形となって目の前にやって来た――






―――――――――






――今のヤーニの状況は、リリ達にも知れていた。



「どうやらザックも来ているようですが。」



クレロワは、派遣した人物からの情報を、ソファーに座るリリに伝えた。


今回のヤーニはおそらく本気。さしものザックも無柳に変わらざるを得ないだろう… そうクレロワが勇んで話すが、リリはなにも言わず座り続ける。だが、眉間の皺が色濃く現れ始めていた。



「つまり、"どっちに転んでも大丈夫"という事ですね。」



膝の上で強く握られる拳、険しくなる表情。それは、許しを乞う罪人のように弱々しい。


とても先ほどまで怒りを露わにしていたとは思えぬ変貌だった。



「…でもわたしは信じてる。ヤーニはきっと勝って、わたしの元に戻ってくるって。」



そう言うと、再び強く瞼を下ろし、闇中へと落ちていった――






――覇気を纏い砂漠を歩く八人の男女は今、ヤーニの眼前で歩を止めた。



「やっぱり君も来たか、ザック。それにマティスのお仲間じゃないか。後のみんなはワンダラーかい?」



ヤーニは両手を広げ、招き入れるような振る舞いを見せる。



「残念でした。あいにく、ワンダラーはわたしだけ。」



リーダー格の美波が火種を作り、周りがそれを煽り立てる。


ザックは静かに佇み、潟躍は棍を握り睨みを利かせている。火口となった美波は、挑発しながらも落ち着き払い、事の成り行きを第六感で感じていた。



そして、ヤーニは…



「この前の借りを返させてもらうよ。」



うずうずしている潟躍に目を付け、得意の冷笑を浮かべた。



「だけど残念だよ。もう一人のお仲間とマティスが居ないなんてね。」



一触即発の中、潟躍は慎重に言葉を選び、ヤーニとの会話を続けた。


マティスとネムは、その後の巻との戦いでリスボーン中だと告げ、あからさまに憤る。今回の要となるネムの存在を隠すには絶好の口上と言えた。



「あれ?君は知らないのかい?マティスがこの街に居た事。」



それは、動揺を誘った訳ではない、純粋な疑問だった。


だがそれは、潟躍に芝居ではない憤りを与えた。



「潟躍、ただの挑発ですよ。」


『あなたが煽られてどうするの?』



冗談はよせと怒号する潟躍に、ザックの小声と美波のテレパシーが殴り込む。



「あれ?ホントに知らないんだ。マティスの事。」



潟躍は一旦深呼吸をし、「落ち着くんだ」と自分に言い聞かせた。



沸騰する心は冷え上がり、代わりに熱い血潮が沸きあがる。



「お前の戯言はもういい。今日こそ決着を付けてやる。」



指を差し、いつか聞いたヒーローの言葉を口にする。


それは火柱となり、戦いの幕を燃やした。



「すぐに終わらせてあげるよ。」



冷笑を湛えたヤーニの身体が輝くと同時、中から豹に似た猛獣「オンザ」が現れ潟躍達に飛びかかった。



『取り込んでたオンザね。こう来るのは予想通り!』



美波のテレパシーが届く前に、他の七人は飛び散り各々の役目を始めていた。


潟躍は他の突撃者と共に、ヤーニを警戒しながらオンザを撃破していく。


タグ師達三人は、戦いの場から一キロ程離れた場所まで移動し、タグを紡ぎ上げる。


ザックは真っ先にヤーニに立ち向かい、拳を雨の如く打ち出していた。


そして美波は、ヤーニの意識が傾いている最中、その背後に身を据えていた。



潟躍は、オンザを二匹棍でしとめ、美波を視界に収める。


その時、僅か数秒の間だったが、戦う前に言っていた美波の言葉が思い浮かんだ。



(――わたしはタグ師だけど、後方には入らないわ。だからわたしのフォローは期待しないでね。)



自分を「切り札」と称し、タグを使用しないと宣言したその真意を考え、潟躍は再びオンザへと向かった。



その間、ザックは額を伝う汗を拭い、一心不乱に拳を打ち出していた。



「流石だねザック。いや、違うな。」



ヤーニは向かい来る一撃一撃を楽しむように、拳を受け流していく。


その場を動かず反撃を加えるという相変わらずの構え方だったが、その流れるような動きは以前と違い、明らかに洗練されていた。


オンザの咆哮(ほうこう)が次第に消えていくのを感じながら、ザックの拳圧を片手で防ぎ、したり顔を覗かせる。


だが決して慢心はない… ザックは理解し、奇策に打って出ることにした。


一旦ヤーニの顔面に突き出した掌を寸でで止め、後ろに下がる。


驚いたヤーニが前へと踏み出した。だがその途端、背後から衝撃を受けたようにヤーニは前方に吹き飛んだ。


思念波の力を一時的に消し宙に残留させ、任意で再び力を持たせるザックの高等技術。それが見事成功したのだった。


吹き飛んだヤーニにザックの拳撃が襲い掛かる。それが胸部に直撃し、今度は後方へ吹き飛んだ。


そしてその先には、獲物を狙うように身を屈める美波が。


三角形の幅広い矛先が特徴の「パルチザン」という槍を携え、吹き飛んでくるヤーニの左肩部を一刺し。ザックの生体磁場が残留している間に放った攻撃は、障壁に阻まれることなく見事心臓にまで貫き通った。



「どう?わたしの恋人パルチさんの包容力は。ハートに響くでしょう?」



鮮血がまだ矛先から滴り落ちる間に、美波はその場から瞬間的に消え逃げ失せた。


標的を失ったヤーニは、再びザックと対峙しようとするが、途端に伸びてきた無数のラインタグにより阻まれた。



「…今だ!」



潟躍の号令の元、オンザをしとめきった者達が各々の武器を手に、ヤーニを一気に攻め立てた。


ヤーニは、攻撃を受けながらも、後方に居るタグ師達を見つめ、冷静に戦列を伺う。



「なるほど…やはりタグ師から潰さないとな。」



ラインタグを振り払い、三度円陣を組み攻め立てる潟躍達を飛び越えると、広範囲に及ぶ思念波を打ちだそうと構えた。



(――って、あれ?)



思念波を放った時、ヤーニは見慣れぬ草むらの中にいた。


強制リンクタグで隔離された… そう気づくのに時間はさほど掛からなかった。



無効化タグを作り、すぐに空間から脱するが、戻るや否や、再びラインタグ出迎えた。


手足をまたも縛られ動きが鈍るが、ヤーニもまた、伊達ではない。


無数の斬撃を受けながらも、次の一手を模索していた。



――わざと動けない振りをして、攻め立てる中で思念波を放つ。


これなら悟られまいと、鼻を高くし斬撃に耐えた。



(――今だ!)



だが、そこは先ほどの草原だった。


これには流石に苛立ちを覚え、拳と歯に力が入る。



ヤーニに苦渋を与えた張本人、ネムは、はるか向こうの岩ビルの上から事の成り行きを見守っていた。



「ネムさん。順調ですね!」



仲間のタグ師三人は、少しの余裕を見せるが、ネムは乱れを見せず、向こうの争いを伺っていた。


見ると、百ほどの光球が宙に漂い仲間達に向かっていた。


危険と判断し、タグ師達は援護をするよう提案するが、ネムは動じず首を振る。



「あれくらいなら大丈夫。それより早く作らないと…」



そう言うと、最大の役目であるピラミッドパワーの作成に取りかかるのであった。



ネムの期待に応えてか、潟躍達は必死に光球から逃れていた。


飛び回り、光球を弾き、タグにはタグで相殺し数を減らしていく。



ヤーニはそれをじっと眺めていた。


先ほどの無駄のない流れから察するに、タグ師達の洞察力、技術は本物。


だが、こうして見るタグ師達は、先ほどのような達人には見えなかった。



(――もしや、他にも誰かが?)



湧き出た疑問が次第に色濃くなっていく。


周りを見渡し意識を外に向けた時、それをついに捉えた。



「…見つかった。」



ネムも気付き、息を呑む。


焦燥感に鞭を打ち、残りわずかのピラミッドを作る。


震える手がピラミッドパワーを作り上げるのが先か、ヤーニが完全にネム達に気付くのが先か…



結果は、前者に進路を向けた。



「…これで!」



叫んだと同時、岩ビルが思念波で音も立てず消滅していった。


ネム達は何とか被害を免れゆっくり地に降下する。だが、心労のためか、既に歩くこともままならず、空を仰ぐことしか出来なかった。



そしてヤーニは…



「…こんなデカく作り上げていたとはね。」



数キロ範囲のピラミッドパワーの中、身動きを封じられていた。



結界の如く神秘的な赤い輝きは、ザック達に恩恵を、ヤーニに無情の理を与える。


目的を達成した喜びは、高まる力の中で拍車が掛かり最高潮へと達した。



「君たち、なに馬鹿みたいに騒いでるんだい?」



辛うじて動く口を使い、ヤーニは罵倒を始めた。


最後のあがきか、と多くの者が罵倒し返す。 だが口を開く度綻ぶ表情は、とても弱者とは思えない。


訝しげにヤーニを見る美波をよそに、一人の男が剣を手に切り刻まんと進んでいく。



…その時だった。



「なに!」



一瞬にして、仲間内を動揺が駆け巡った。



――ヤーニが消えた。



その突然の衝撃は、冷静さと高揚感を殺すには十分な威力があった。


更に、完全に息の根を止める一撃が、空から容赦なくやってきた。



爆音が、ピラミッドを壊さんと鳴り響く。



「なんだ!」



砂煙が消え視界が開けた時、そこには戦慄が広がっていた。



「馬鹿な…」



周りには底の見えない暗い闇。

それは悪夢への入り口か。常識を外れた虚空の穴は、場の者たちを恐怖へと引きずりこんだ。


そして上空には、消えたはずのヤーニが居た。



「僕が同じ失敗を繰り返すとでも?ピラミッドパワーを受けた時、自動的に強制リングタグが発動するように細工してたのさ。」



ヤーニは、今にも吹き出しそうな表情でそう言った。


だが、強制リンクタグは発動時間こそ指定出来るものの、ヤーニの言うような指定はできないはずである。



「それを出来るのが僕。チートってこういうことを言うんだろ?」



ヤーニの脅威をまざまざと見せ付けられ、多くの仲間は混乱した。


これではもう、チームとしての機能は取り戻せないだろう。


潟躍ですら、もはやこれまでと落胆し棍を落とした。


ヤーニは混乱ぶりを満足げに眺め、一人悦に入っていた。



だが、まだ氷のように冴えている者が居た。


美波とザックである。



「ザック、ごめん… 後は宜しく。」



美波の言葉にザックは小さく俯いた。


自分の影が自分に対し、「大丈夫なのか」と囁いてくる。



美波は仲間を呼び寄せ、ひとまず落ち着くよう叱咤した。


混乱も収まった所で、今度は優しく微笑み話を始めた。



「ザックとわたしを外せば…ここにいるのは六人、ネム達四人で合計十人…みんな無事ね。よくやってくれたわ。」



美波は言うと、「全員助かる」と鼓舞した。


でもどうやって… 誰かがそう聞く前に美波は答えた。



「丁度十人。わたしがタグで街に移動させれる人数なの。」



聞いて、真っ先に潟躍が残り二人はどうするのかと反論した。



だが、美波が答えるより先に、ピラミッドが朝日の前の霧の如く掻き消えた。



「無効化タグか…」



潟躍が悔しさを滲ませた。


もう時間がない。悟った時、美波は動く。


ヤーニの悪意が思念波となる瞬間、潟躍は美波の声を聞いた。



「さようなら。」



次の瞬間、目には美波ではなくチャットルームの壁が映された。


さらに、周りにはネムを含む九人が。


仲間の無事を確認した時、潟躍は戦う前に美波が言っていた言葉の意味を理解した。



「切り札ってこういうことか…」



おそらく美波は犠牲になっただろう。思うと同時、新たな痛みが心を流れた。



「…ザックが居ない。」



ネムも気付き、表情を暗くした。



もしやザックも犠牲に… もはや立ち上がることも出来ないネムは、ただテーブルに伏し心を閉ざす。


潟躍は無意識に走り出した。


仲間が止めるのも聞かず、一心不乱に。行っても無駄は百も承知。だが、行かなければならない。潟躍とはそういう男だった――






―――――――――






――ヤーニが今、双眸(そうぼう)に据えるのは、楕円形に広がった穴と白い砂漠。



「結局しとめたのは二人だけ…」



と口にした矢先、言葉の踵を返す。



「一人だけか。」



穴の上…そこには、思念波で掻き消えたはずのザックが居た。



「やっぱり君は無柳なんだよね?でも見た感じ、力は大分無くしてるようだ。」



得意げに持論を語り、ザックの返事を伺う。


だが、待っていた返事は、全く違う形で返ってきた。



「人が人を想う力は、時として常識を上回る。俺が生まれてからの人生で、一番学んだことです。」



何のことかとヤーニは首を傾ぐ。それをよそに、ザックは穴から脱し、地に足を付け、更に話を紡いでいく。



人の出会いは、その人に何かを与え、与えられた者もまた、それを誰かに与えていく。そうして語り継がれる想いは、とても素晴らしい事なのだ、と妙な自信で力説した。


ヤーニはすぐに小馬鹿にし、否定する。だが脳裏の片隅に、僅かにパシェルの面影が映されたのは否定する事が出来なかった。



「下らないね。君は無駄に人と馴れ合いすぎて力を失ったんじゃないか?。人を想えば想うほど、それだけ無駄なことが増えるじゃないか。」



ヤーニは辛抱ならないと、言葉の後に思念波をぶつけた。



広範囲に広がった砂塵が、ザックの姿を消し去った。


今度こそ消滅したか… 荒い息を整え、ヤーニは胸を撫で下ろす。



だが…



「俺は、人に触れれて良かったと思ってます。」



聞こえたものは、断末魔ではなく凛とした声だった。



「人を愛する喜びと、人を愛する悲しみを知れたのだから。」



砂塵が消え、引きつり顔のヤーニが現れる。


ザックは、微笑を湛え佇んでいた。そして、(おもむろ)に人差し指を立て一言。



「そうだ。あなたにも一つ言葉を教えましょうか。うっちゃりを食わす、てのはどうですか?起死回生でもいいですが。」



言うが早いか、ザックは両手を広げた。


馬鹿にするなと叫んだヤーニだったが、次の瞬間、出す言葉を失った。



「…な。」



そこにザックは居なかった。変わりにいた者は、緑ががった長髪と氷を纏ったかのような冷たいオーラを放つ男。



「…そうか。今までのはキャプチャーだったって訳か。君こそが無柳…」



直ぐに固唾と状況をのみ、思考を働かせる。


無柳と言うことは、アセンションに必要なプロジェクションタグを所持しているはず。なら、無柳を浄化すればそれが手には入る… 以前リリに言われた事を思い出し、自分の使命を呼び覚ます。



「好都合さ。悪いけど消えてもらうよ。」



百を超える光球と、触手のように自在に動く巨大なラインタグ、更に生体磁場を竜巻状にうねらせ一気に攻め立てた。



無柳は一歩も動かず、手を横に大きく振った。


途端、ヤーニが引き起こしたすべての現象が消え去った。


そしてヤーニは気が付いた。

自分の身体が意識とは関係なく脱力していくことを。



「あなたをチートたらしめている設定を無効化しました。もう力は使えないはずです。」



だが、ヤーニは脱力する足を立ち上がらせ、反抗を示す。


魂から力を振り絞った時、起こす事の出来ない思念波を放った。思いも寄らぬ事態に、無柳は吹き飛び、ヤーニが開けた深い穴へと落ちていく。



「…僕には効かないみたいだね。」



ヤーニはいつもの慢心を見せ、穴に落ちていく無柳を追撃。中で何度も思念波を放ち、無柳を底へと追いやった。



「…流石はタルパですね。設定なしでもネメキネシスにある程度対応出来るとは。」



突然無柳が宙に留まった。互いの目が合った時、深い闇に光が灯る。


ヤーニは音もなく吹き飛んだ。気付けば暗闇は蒼穹へと変わり、追い込んでいたはずの無柳が無傷で目の前に迫っていた。



「耐性があるなら、更にネメキネシスをするまでのこと。」



無柳の言葉が聞こえた途端、再び倦怠感がやってきた。



「…残念です。あなたもきっと、きっかけがあれば変われたはずです。」



ヤーニの脳裏に、パシェルが再び現れた。



「僕は、リリのため、世界を上昇させるために生まれたんだ。僕にはそれだけで十分さ!」



最後の抵抗とばかりに振り絞った思念波は、無柳の思念波でかき消された。同時にヤーニも風になる。


痛みや苦痛はない。感じるものは風を切る音と眩しく光る縹色(はなだいろ)



(――リリ、ごめんよ。役目果たせなかったよ。)



夢うつつの中、リリへの謝罪が浮かび上がる。


ふと、頬に温もりが触れた気がした。


改めて意識した時、ヤーニはふっと笑みを零す。



(――やっぱり君か。ホント最期まで厄介者だよ。)



手の温もりを抱き、ヤーニは今、光の銀河へと羽ばたいた――






―――――――――






――「あ…」



リリは小さく吐息を漏らした。ソファーに座ったまま目を開き、高い天井をじっと見る。


異変に気付き、クレロワは声を掛けた。



「…変なとこだけあいつに似るんだから。誰にも悩みを言わないで一人で背負って自滅して。」



リリは、ソファーから立ち上がり、壁に広がる窓へと向かう。


夜明けを告げる赤い輝きが、静かにヴァースを照らしていた。



「ヤーニが死んだの。…わたしには解るの。」



透き通った壁に左手を張り付け、自分に語りかけるように言った。



クレロワの悼みが聞こえてきた時、ゆっくりと振り返る。



「ヤーニは無柳にやられちゃったの。」



聞いて、クレロワは動揺を覚えた。さらにリリと目が合った時、それは戦慄へと変わっていく。



ヤーニを亡くした事は確かに辛い事だった。だが、内心「誰にやられたか」を一番に気にしていたクレロワは、リリの見透かしたような発言に、萎縮せざるを得なかったのだ。



「では…結果としては、目的を達成出来たと言う事ですか。」



とっさに話を繋げ、軽く一礼する。しばらくこのまま下を向いていたい気になり始めたが、大理石の床に妙な光が反射したのを確認した時、頭は自ずとリリの方を向いた。



「そう。目的達成です。これこそが、プロジェクションタグの鍵。ヤーニが託した要です。」



リリが伸ばした右手の上… そこには、虹色に光る奇妙なリングが。


それは◎という文字で形成され、メビウスの輪の如くひねられていた。



本来、プロジェクションタグは無柳だけに扱えるよう設定された代物。奪うには、その設定を改変する必要があった。


ヤーニを生む時設定した事のいくつかの中に、それを行う術が隠されていた。


ヤーニが無柳を浄化した時、プロジェクションタグを入手する設定。そしてもう一つ…音吏に「保険」と言われ渋々設定した「ヤーニが無柳に浄化された時、リリの概念源回路にプロジェクションタグが流れ込む」という設定。



「チートにはチート。おかげでいよいよアセンションの準備が整いましたよ。」



ヤーニに語りかける時と同じ口調で、リリはリングに言葉を掛けた。


あやすように、優しくそっと体に抱き寄せ、体内へと同化させていく。


次の瞬間、クレロワの拍手で部屋が震えた。


これまでチャットリングしても反映されなかったプロジェクションタグであったが、それを制御していた虹色の光球を取り込んだ事により、今リリは世界で唯一反映出来る者となったのである。



「そういえば、ヤーニは誰をモデルにしてたか知ってましたっけ?」



背伸びをし、満面の笑みでリリは言った。


伸びきった体を一気に脱力させ、答えに悩むクレロワに意地悪い笑みを浮かべた。



「わたしの初恋の人。また離れ離れになったけど、もうすぐまた会えるよね――」






―――――――――






――潟躍は息と風を切り、ザックの元へ向かっていた。


無事でいてくれと心で願う事数十。ついに戦いの場へと舞い戻ったが…



「ザック、無事だったか!」



声に気付き、ザックは遠くを走る潟躍に手を振る。だが、戦い終えたばかり故か力が入らず、そのまま地にへたれ込んだ。



「実は荒らしになってたりしてないよな!」



嬉しさではしゃぎ、何度も座り込んだザックの肩を叩く。


だが、潟躍もただのお調子者ではない。


五体満足でいるザックに喜びつつも、その異常な事態を直ぐに理解した。



「ヤーニはどうした?まさかお前一人で…」



聞かれ、これまで笑っていたザックは急に黙り下を向く。



あの異常な力を持つヤーニを一人で… 有り得ない結果が事実となったと言うことは、考えられることはただ一つ… 潟躍は結論にたどり着くが、途中で踵を返した。



「…なんであれ、お前は俺たちの旧友だ。さぁ、チャットルームに戻ろうぜ。」



ザックに右手が差し伸べられる。その手は、風で舞った白い砂で光輝くように、ザックの目に焼き付いた――




第四十四話「伸びた温もり」 完








四十四話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




潟躍(かたやく)


挿絵(By みてみん)


美波


挿絵(By みてみん)


ヤーニ=ファイス


挿絵(By みてみん)


無柳(むりゅう)


挿絵(By みてみん)


リリ=アンタレス


挿絵(By みてみん)

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