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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第四十三話
66/75

聳え立つもの

挿絵(By みてみん)

――ザック達がビンズとの一件を終えて、九日目。


人知れず、今日も誰かが命を落とし、誰かが新たな息吹に心を踊らせる。


そしてここ、「ボンセクイテン」でも、何かが目を覚まそうとしていた。


一面の蓮の花が咲き誇る沼地の一角。「それ」は光を纏い、人の形を為していく。


風が一陣、桃色の蓮をくすぐった時、少年がそこに立っていた。



「そうか…僕はあの時…」



脳裏に思い起こすのは、動けない自分に冷笑を見せ、短刀を突き立てる男の姿。


それが鮮明になるにつれ、憎悪が体を駆け巡る。


と、そこに、急なテレパシーが舞い込んだ。



『ついに復活ですね!待ってましたよ、ヤーニ!』



リリの甲高い呼び声を、ヤーニは歯ぎしりをして聞いた。



『何しろずっとあなたの気配を探ってましたからね。ようやく肩の荷が…』



溜まらず途中でテレパシーを終え、空を見上げる。



リスボーン直前、マティスに言われた話が、リリとの再会の喜びを拒んでいたのだった。



――(欠陥を残してまでお前に設定したものはなんだろうな。魂をクラインの壷に送る能力か?いや違う。もう一つ、なにかあるはずだ。)



マティスの狂言だったと思えば幾分か気は収まるが、ヤーニ自身、薄々気が付いていた。


リリは、自分には解らない何かを設定していることを。


ワンダラー感知、なにものを寄せ付けない障壁、無尽蔵に近い生体磁場、瞬間再生、キャプチャー、タグ、そして、浄化した魂をクラインの壺に送る設定。



(――他に何があるっていうんだ。)



憤る心を煽るように、蓮の花の香がやって来る。


ヤーニにしてみれば、リスボーンの地がここだった事も、怒の対象であった。


パシェルと、ロータスコラージュの少女の顔が蓮と連なった時、咄嗟に思念波で周囲の沼地を消し去った。



(――僕には、もはや何も必要ない。)



ヤーニが空けた深い闇は、自身の心を映すように、不気味に唸りを上げていた――






―――――――――






――「どうしたのかな。照れてるのかな?」



テレパシーを無理やり切られたリリは、首を傾げ一人呟く。


再びテレパシーを試みるが、ヤーニは通信に応じなかった。


きっと体験したことないリスボーンに心が乱れているのだろう… 思うと、リリは部屋にある長椅子に腰を下ろし目を閉じた。



(――クレ、ヤーニが復活しましたよ!)



まるで自分の成果を自慢する子供のように、ヤーニの復活を祝うリリであった――






ヤーニが居るボンセクイテンから東の位置に、「ハーゲンムルバ」という都市がある。


大陸五大都市に数えられるこの場所は、土地の全てが白い砂地に覆われており、ビルのように天高く伸びる岩が数多く点在する世界的にも珍しい地である。


また、ここには建物というものが存在しない。

岩をくり貫き洞窟を作り、その中で生活するのが基本的なスタイルであるためである。


それらは通称「岩ビル」と言われこの地の象徴として見られていた。


そんな地に惹かれ、その昔生活の大半をここで過ごした男がいた。



(――変わらないものだな。)



砂漠の一角に寂しく立つ、人々から忘れ去られた岩ビルを、マティスは一人見上げていた。


こここそ、かつてマティスが生活の中心としていた場所だった。


退化派の長として過ごしたこの岩ビルは、過去の象徴として昔と変わらず佇んでいた。



マティスはヤーニを打倒後、邪魔となるワンダラーを、生み出したタルパ(無柳)から魂を伝い染み出る力を用いて探し当て、アンチを続けていた。ここに来たのもその一環であったが、終えても尚一週間近く腰を据えているのは、計画の円滑さから来る余裕もあるが、ひとえに居心地の良さを感じるからであろう。


だが、その暇は突然崩れることになる。



(――…この気配は。)



空から近づいて来る不穏な気配。 誰にも感知出来ないほど些細な事だったが、ワンダラーの力を取り戻し、更なる感覚を身に付けていたマティスには、それが嫌と言うほど理解出来た。



(――ヤーニか!)



あの状況から還って来れるとは… まさかの事態に、思わず音がなるほどの歯ぎしりが起きる。



そして、そのヤーニはというと…



(――気配が消えた?)



ハーゲンムルバの上空、怪訝な表情で地上を見下ろしていた。


いまだワンダラー感知の力を取り戻していないヤーニであったが、一際目立つ奇妙な気配は、なぜか探る事が出来たのだった。だが、ハーゲンムルバに来た途端、その気配は突如消え去った。まるで逃げるように… 


考えた末、ヤーニはある結論を出した。


相手も自分の気配を感知したに違いないと。


面白い、と慣れもしない舌なめずりを決め込むと、感知を更に強め、気配を探った。


その最中、ヤーニは一つの違和感を覚えていた。


どこかで会ったような、そんな既視感が相手の気配から放たれていたのだ。


更に深く、相手の深淵を覗き込む。そしてついに、その気配の主を理解した。



挿絵(By みてみん)



(――そんな…あり得ない。)



息は荒くなり、強く握られた掌には爪が深く入り込む。



――マティス=ハーウェイ。



その名を口にしては、否という語で打ち消した。


マティスはワンダラーではない。それが枷となり、決定的な答えを出せないでいた。


だが、出来る限り冷静となり考える。


本当にマティスはワンダラーではないのか?



対峙した時に見せた、異常なまでの知識量。タルパはもちろん、その特性まで知っているとは、改めて考えると妙だった。



――マティスはワンダラーだが、何かしらの方法でその事実を隠し、逃げ果せていたのではないか…


自分でも下らないと蔑んだ説が、いつの間にか定説へと変わっていく。


整合性よりも想像力を重んじる、ヤーニらしい思考であった。



(――間違いない。マティスはワンダラーだ。)



決断と同時、それに異を唱えるかのごとく、下方から球体状の光が

向かって来る。


寸でで気付き、とっさに身をよじり回避する。


光球タグだと解った時、今度は勇ましい声がやってきた。



「荒らしってのはお前だな。迷惑になる前に消えてもらうぞ。」



見ると、屈強な男が五人、目をぎらつかせて立っていた。



「なるほど、流石は"闘志の地"と言われるハーゲンムルバだ。勇ましいアフィリエイターをゴロゴロ飼ってるみたいだね。」



ヤーニは地に降り立つと、準備運動とばかりに右肩を回した。


幸い、周りは白い砂地が広がるだけで人の気配はまるでない。


少し派手目に、一度で浄化してやろう… 込み上げる笑いを隠し、バイブレーションタグを作り出す。だが、放とうとした瞬間、それを寸でで制止した。



(――まてよ。こいつら使えるかも。)



閃く中、五人の男達は、「こっちから行くぞ」と威勢を放ち立ち向かう。


ヤーニは一歩も動かず、迫り来る男達を眺めていた――






―――――――――






――岩ビルが、長く聳え立ち(ひし)めく中心地。


その中にあるチャットルームは、強い熱気に包まれていた。



「本当か!今までにない禍々しい奴だってのは!?」



一人の男が、席に座るマティスに対し、興奮気味に声を上げた。



周りも同調し、マティスの返答を期待する。



「…本当だ。」



俯き加減にマティスは呟いた。



それに反し、周りは皆顔を上げ、喜びの声を上げていた。



マティス程の男が恐れを成す存在なら、倒した場合アフィリエイターとして名を上げられるだろう…それが高揚感をもたらしていたのだが、熱気の本当の根元は、この土地特有の気質にあった。


ハーゲンムルバは、チャットルームが非常に多く、旅人の憩いの場として機能するには有り余るほど存在していた。


その利用者の見込めないチャットルームは、いつしかアフィリエイターの育成場として利用され始め、リンクタグでリンクされた空間は、互いの武芸を競い合う闘争の地となっていた。


そんな背景から、ハーゲンムルバは「闘志を呼び起こす地」と言われ、血の気の多い屈強のアフィリエイターが数多く居るのである。



マティスの周りで沸き立つ者も、無論、我こそは一番と考える者達。


その気質をマティスに利用されているとはつゆ知らず、男達は我先にと装備を整え、戦いの準備を始めていた。


だが、高揚した空間は、開いた扉の外気を吸った時変化を起こす。



「もうだめだ、あれは…化け物だ…」



息急き切って現れた男は、かすれた声でそう言うと、扉に(もた)れかかり倒れ込んだ。



「あんた、確か真っ先に向かった奴らの…」



男を知っているらしい客の一人は、呼びかけた後、他の仲間について聞いた。


男は頭を抱え、首を振る。だが、僅かに残った闘志を燃料に、火の手の原因を話し始めた。


ただ一人生き残ったという男は、自身の最大の力で生体磁場を放ち、周りに居た数十頭のオンザ(豹に似た大型の猛獣)を操り、件の少年に向かわせたという。


だが、途端に、オンザは光り輝き消え失せた。



「俺は意味が解らないで呆然としてたよ。だが、奴は言ったんだ。ストレージタグで取り込んでやったんだって。」



男の身体が震えると同時、室内の空気も不穏の声で振動した。


ストレージタグで生命を取り込む事は、理論上有り得ない。


だが、件の少年はそれを造作もなく、しかも複数やってのけた。



改めて理解した時、先ほどまで威勢はどこへやら… 男達は口を閉ざし、引きつった顔を互いに向けた。



「それと、奴は言ったんだ。自分は荒らしじゃなく、タルパだって。誰よりも超越した存在だって…」



よどんだ空気が流れる中、マティスは一人、ジョウントタグで新たな地への旅路についていた――






――生き残った男の話は、小一時間後、瞬く間にチャネリングで世界中に広められた。


机上の空論でしかなかったタルパの出現は、世界中を震撼させ、脅威と興味を与えていた。



『それと奴は、ワンダラーとマティスを連れて来いって言ってた。断れば都市ごと破壊するって…』



チャネリングを強制的に終了し、リリは勢いよくソファーから立ち上がった。



「こんな目立った事して、一体どういうつもりなんですか!」



けたたましく叫び、激しく詰め寄るが、相手はヤーニではなくクレロワだった。



「おそらく、リスボーン後の不安定さと、ワンダラー感知が働かない事への苛立ちかと…」



困惑しながらも、クレロワは冷静に分析し答えをはじき出す。


リリは怒髪天を突いたまま、ヤーニに何度もテレパシーを送るが、すべて梨のつぶて。ますます怒りを蓄積する事になる。



「…こうなったら、突撃あるのみです。」



直接会いに行こうと威きり立つリリを、クレロワはとっさに制止した。


世間は今、誰がタルパを成功させたかで沸き立っている。もしリリがヤーニの前に現れたら、おそらく疑いを持たれるだろう。


タルパは非常に高度な技術で、多大な生体磁場を維持したものでなければならない、というのが一般的な意見。条件を満たしているリリは、まさに疑いの対象としてふさわしかった。



「残念ながら私も行くことは出来ない。だが丁度今、手の空いている打ってつけの者が居るのだが、いかがだろうか?」



クレロワの数分に及ぶ説得により、リリはようやく落ち着きを取り戻した。



「じゃあ、わたしはヤーニの気配に変化がないか見てることにします。」



再びソファーに腰を下ろすと、その黒い瞳をゆっくりと閉じた――






―――――――――





――脅威を告げるチャネリングは、離島のメリアにも届いていた。



「…ヤーニがリスボーンしたみたいだね。」


「ワンダラーとマティスを呼びつけるなんて、何を企んでるんだか。」



潟躍達のいつもの日常が、静かに崩れた瞬間だった。


戦力不足に加え、勝つ見込みは限りなく低い。だが、このまま見過ごす事は、二人の内に宿った「正義」が許さなかった。


それに、マティスを指名する理由も知りたい… 互いの同意を求めることなく、各々は支度を始めた。



「死にに行くわけじゃない。それは肝に銘じとかないとな。」



そう言い静かに笑う潟躍は、ネムの心に久方ぶりの火を灯した――






――ザックもまた、静かに火種を燃やしていた。


周りでは、沸き立つサムとちぃの声が響いていた。


そう。ここは、ワイス。


旅も一段落し、ザック達はしばらくここに身を置いていた。だが、ヤーニに関するチャネリングは、その暇を崩壊させた。



「どうか御無事で。」



明るく言ったものの、ラーソの声には、不安と心配が色濃く乗せられていた。


ザックは気付き、逆に笑顔を見せ元気付ける。


と、そこに、俯き加減でルシータがやって来た。



「本当に大丈夫?やっぱりわたしも…」



ザックは、聞き終える前に首を振り否を出した。



「俺の力を最大限に使えば、きっとヤーニを止められます。ですから、心配入りません。」



ヤーニと対峙するには、常人はあまりに脆弱。人数が多いほどその分犠牲者も多くなる。ザックはそれを危惧し、一人で戦う意志を固めたのだった。



「ザック、また行くの?」



サムとちぃも、去りゆくザックに別れを告げた。


まだヤーニのチャネリングを知らない二人は、脳天気に「お土産(みやげ)をよろしく」とはしゃいでいた。



「うん。お土産楽しみにね。」



子供の笑顔に気をほぐされた後、ザックは力強く扉を開けた――






―――――――――






――ハーゲンムルバのチャットルームは、先ほどとは違い、妙な静まりをみせていた。


十人ほどしか中に居ないためであるが、それ以上に、皆ヤーニに対し怯えているからであろう。


そんな室内の奥の方。淡い光に包まれ、潟躍達が姿を現した。


ジョウントタグで瞬間的にこの地へ降り立ち、やる気と闘志を(みなぎ)らせる。



「あなた達は出来る限りヤーニを欺いて…」



ふと、入り口付近のテーブルから女性の声が聞こえてきた。


(よど)んだ空気の中、それは異常なほど澄んでいた。気になった二人は、自然と女性の方へ向かっていく。


ブロンド色の髪を左右に束ねた、きらびやかな後ろ姿に、潟躍は思わず色めき立つ。だが、女性の会話を聞いた時、それは一気に揺らめきたった。



「ヤーニには普通に行ってもだめ。タグと、ピラミッドパワーが勝負の鍵よ。」



力説する内容は、本来潟躍達だけが知っているものである。


だが、女性はまるで当事者の如く振る舞い話している。


問い詰めようと、潟躍は肩に手を向かわせる。だが…



「来るのを待ってたわ。潟躍さん、ネムさん。始めまして、になるかな。」



潟躍の手は、驚きで宙で留まった。



「わたしは美波。あなた達の事は良く知ってるわ。」



立ち上がり、後ろを向くと、美波は右手を差し出した。


勢いに呑まれ、二人は思わず握手を交わす。


興奮しているのか、美波は交わった右手を上下に揺らし、「待ってました」とリズムよく口ずさむ。


そして、先ほど話し合いをしていた者達を一人一人紹介し始めた。



その最中、潟躍達はそれぞれ思考を巡らせる。


美波と言えば、ハーゲンムルバの指導者。そのような人物が表立って現れるのも驚きだが、なにより、自分達を知っている事が一番解せなかった。


悩む潟躍だが、ネムはどこかでこの女性と会ったような違和感を覚えていた。


そして、まじまじと美波の顔を見た時、快刀乱麻を解き放つ。



「思い出した…あの時、ヤーニとの戦いに巻き込まれてた人…」



潟躍もまた、言われてようやく思い出した。



「そう。あの後あなた達の戦いをこっそり見てたの。今後の資料の為にね。」



美波は一度微笑むと、自分はワンダラーであると告げた。


本来隠すべき事をざっくばらんに話すのは、さしたる事ではないという考えか、それとも覚悟の表れなのか…



「あなた達にも参加してほしいな。ていうか、強制参加になると思うけど。」



言うが早いか、半ば無理やり空き椅子へと二人を招き、老若男女の輪に加える。



潟躍達は強引な美波にすっかり後込みするも、何をしようとしているのかという事だけは、語尾を強くし言うことが出来た。



――ヤーニの討伐。



美波は冗談めいてそう答えた。



しかし、言うほど簡単な事ではないのは、美波も知っているはず。


ネムは潟躍より早くどうやるつもりだと反論した。


美波はなぜか、横にある窓から覗く空を、ずっと見上げていた。


雲の流れ、形を調べるようなその表情は、始めてみせる真顔だった。



「うん。きっともうすぐ来る…だからもう少し待って。」



美波は、一人分の空席を指差した。


その直後、中央のテーブルが光を生み出した。



「ザック!?」



光から現れたザックを見、潟躍が始めに口を開いた。


驚き、ザックも名前を返す。


ネムは静かに座り、美波は予想通りとしたり顔を見せていた。



「久しぶりね。ザックさん。」



美波の呼び掛けに、またもザックは驚愕で顎を開く。



ヤーニと対峙する前に出会った、天気予報が得意な女性だったはず… はっきりと思い出した時、美波の右手がやってきた。



「あなたにも参加してもらうわ。」



美波はヤーニ討伐の話の同意を求めるが、一向にザックの右手は延びてこない。


乗り気でないことは、その表情から明らかだった。


察した美波は、肩を叩きザックを諭す。



「解ってる。犠牲がないように一人で行こうとしてるのね。でも大丈夫。ここのみんなは、危険を承知でわたしの話に乗ったの。」



そして、息が掛かるくらいの距離に寄ると、内緒話をするかのようにそっと耳打ちをした。



「無柳としての力はそう使いたくないんでしょ?それが出来るならそうした方がいいと思うんだけど。」



それが、ザックに決定的な(くさび)を打ち込んだ。


「何の話しだ」と聞いてくる潟躍達にはお構いなしに、なぜ自分の事を知っているのかと息急ききった。



「あなたの事、ルシータから聞いてるからね。」



聞いてザックは、以前ルシータが言っていた事を思い出した。



(――数少ないワンダラー仲間が居るって言ってたっけ。)



美波の事は理解出来た。


だからといって犠牲を出したくない事は変わらない。しかし美波の言うとおり、出来る限り力を使いたくないのも本音だった。



「…わかりました。ですが、いざとなったらすぐみんなを連れて逃げて下さい。」



ザックが加わった所で、いよいよ話題は本題に移る。



時間が差し迫っているため、呑気に挨拶は出来なかったが、潟躍達にとってザックの登場は何よりの励みとなっていた。


人一倍やる気を見せ、美波の打ち出す作戦に耳を傾ける。



「メンバーはわたしを含めて十二人。そのうちタグ師は七人。それぞれが重要になるから気を抜かないでね。」



どうやら、美波の作戦ではクリスタルかバイオレットかより、タグ師かタグ師ではないかの方が重要らしい。



タグ師は後援、非タグ師は前衛とし、リーダーをそれぞれネムとザックに決める。



「ヤーニはタグしか受け付けない。でもタグを受けたほんの数秒だけは無防備になる。そこが付け目よ。」



ヤーニに触れることが出来るザックは、出来るだけ積極的に攻め立て、他の者は近付く振りをして攪乱(かくらん)。タグ師のラインタグ、光球タグ等で一時的に動きが止まった時、一気に攻め立てて即撤退。



これが大筋の流れだった。



単純だが効率的。しかし、決定打に欠ける上、ヤーニの思念波の対処法が決定的に欠如していた。


ネムがそれを指摘すると、美波は予想していたかのように指を鳴らし即答した。



「そう。これはあくまでヤーニの気を引くもの。本当の目的はネムさん、あなたにあるの。」



ヤーニと対峙するタグ師は、七人中三人のみだという。


ネムを含む残り四人は、はるか数キロ先にある岩ビルの上に配置すると美波は言った。



その目的は四つ。


一つは、ヤーニが広範囲にタグや思念波を放とうとした時、ヤーニを強制リンクタグで一時隔離し事態を避ける事。


二つ目は、ヤーニに悟られないよう、目の届かない位置で数キロ範囲のピラミッドパワーを作り出す事。



飄々(ひょうひょう)と話すが、その内容はあまりに無謀だった。


ネムはもちろん、ザックや周りの者達もこれには苦言を示した。



「ネムさん、パープルプレートはまだあるわよね?」



突然の美波の質問に、ネムは渋々「あと一回分はある」と頷く。



「パープルプレートで力を増したネムさん。そこに、三人のタグ師の力が加わったら理論的には可能な話よ。」



美波が言うには、ネムと一緒に配置したタグ師は、エネルギー供給のためだけに参加させたらしい。



確かに可能性は増すが、やはり危険なのには変わらない。ネムは首を縦には振れなかった。



「やるしかないわよ。ヤーニだっていつまでも待ってくれない。ぶっつけ本番だけど、みんなならきっと出来るって信じてるわ。」



美波の言うことは最もだった。



時間が無いという言葉が引き金となり、ネムもついに同意した。


途端に響く、雄々しい叫び。


皆体を軽く動かし、来るべき戦いに身を震わせていた。



「さっきは言いそびれたが、また会えて嬉しいぜ。これが終わったら一杯やろう。」



潟躍が、暗い影をのぞかせるザックに話し掛ける。



つかの間の会話を弾ませる二人を尻目に、ネムは飲みかけのオブシディアンティーを机に置いた。


戦いが終わったらまた飲もう… そんな気持ちを一緒に添えて――




第四十三話「聳え立つもの」 完








四十三話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




ヤーニ=ファイス


挿絵(By みてみん)


マティス=ハーウェイ


挿絵(By みてみん)


潟躍(かたやく)


挿絵(By みてみん)


ネム


挿絵(By みてみん)


美波


挿絵(By みてみん)

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