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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第四十一話
64/75

空の心

挿絵(By みてみん)

――この日、ワイスの空は赤く輝き燃えていた。


それは、喧騒とは無縁のサムの家も染めていく。


輝きに照らされてか、サムもまた高揚とし瞳を光らせていた。


テレパシーを終えた直後のこの視線… さぞや嬉しい事があったのだろうと、ルシータは察し微笑みかける。



「うん!久しぶりに風花さんから連絡があったんだ!」



嬉々とするサムには、この時ルシータの表情が変化したのを察することが出来なかった。


テテが居なくなって三日後の今日。風花からの連絡を待ちわびていたルシータにとって、サムの話はまさに吉兆のそれだった。


サムに角が立たぬよう、慎重に言葉を選び、どんな話をしたのかを聞く。


すかさずサムは、風花が連絡出来なくて謝って来たことを伝えた。



「あ、それと父さんと仲良くするようにって言ってた!」



和やかな会話ではあったが、ルシータの表情は明らかに変わっていた。


テテが一緒に暮らしていることは、しばらく連絡をしていなかった風花には解るはずがない。


だが、風花は知っている。それが何を意味するか… ルシータは不安を覚えつつ次の連絡を待つことにした。



そしてそれは、四日の後実を結ぶ事になる…



「サム!」



四日目の今日… ルシータが買い物に行っている最中、扉を強く(しな)らせちぃは突然現れた。



「ち、ちぃ!」



サムは目を点にし、迫ってくるちぃを見つめていた――






―――――――――






――その頃、ザックは、輝かしい光の波を眺め歩いていた。


その強く打ち付ける荒波を見る度、脳裏に「あの日」の事が蘇る。



――『おまえは私達の手で浄化されなければならない。』



その言葉を思い出した時、一気に記憶が押し寄せ、過去へと流されていく。


そこは、今居る地と同じ、遠くに大陸が見える美しい海辺だった――






――「ザックか。シオンに深手を受けたにしては、やけに回復が早いな。」



音吏の言葉に、ザックは無言の敵意を打ち返した。


後ろに立つソシノを庇い、敵意を憎悪に変えていく。


波の音と風の音が入り交じる中、音吏の低い声が、不気味にうねりを上げた。



「時に、ソシノ。お前は荒らしを下らないやり方で救っているそうだが… せめてもの償いのつもりか?」



聞いて、ソシノは俯いた瞳をはっと見開き音吏を見やった。


その表情から、「何の事か」といった感情が読み取れ、音吏は口元を緩ませた。



「お前がアセンションの時後込みしたせいで、今の世は不完全となり、荒らしという概念が芽生えた。その償いではないのかと言っておるのだよ。」



ソシノは、顔を海よりも青くし、波のうねりより強く首を振り、今の話を否定した。



「やはり覚えていなかったか。信じないのは勝手だが、残念ながら現実だ。」



音吏は、ソシノの反応を待っていたかのように話を続ける。


黙らせようとするザックに対し、手のひらを翳し威嚇した後、その全てを口にした。



アセンション時、新世界を切り開くワンダラーの一人だったソシノが、迷いや恐怖を抱いてしまったため、今の不完全な世界となった事。


荒らしはその不完全の象徴。負の感情という概念を世界に残してしまったために、荒らしという存在が生まれた…



「その証拠に、お前がいたあの地だけは、今もしっかり形を成し、海の底に眠っている。」



旧文明の存在が強く残るのは、それだけアセンションが行き渡っていない事を意味する… それは、ソシノも知っている事だった。



「お前が荒らしを引き付けるのもそれが原因だ。因果の元に、結果は向かっていくものだ。」



――ソシノがいる周りは、無条件に魂を劣化させ、荒らしなりうる魂を多く作る。



そして、ソシノと接触した荒らしは、より強いネガティブオーラを纏い、新たな荒らしの芽を生むのだと言う。



その言葉は、ソシノの心を完全に破壊した。


荒らしを引き寄せるのは魂質に過ぎない…そう言われていただけに、事実を隠されていた悲しみは、よりソシノを混乱させた。


更に、自分が今までして来た荒らしに対する行為すら否定された事は、立つ気力すらも奪っていた。



ザックは、必死に励ましの言葉を投げかけるが、石に(きゅう)



「嘘」という言葉を連呼し、ソシノはただ泣き崩れる。


音吏はその半狂乱を楽しむかの如く、面白おかしく言葉を紡いだ。



「解ればいい。だから潔く…」



だが、言葉の続きはザックが許さなかった。


音吏の手のひらが一瞬逸れたのを見ると、一目散に飛び付き、拳を振るう。



「音吏、これ以上ソシノさんを傷付けさせはしない。」



音吏を思念波で上空高く吹き飛ばし、自身もまたそれを追った――




――『ザック…!』



記憶の中、そこに居ないはずの男の声が突然響いた。


ハッと現実に戻り、辺りを見る。ザックの心と共鳴する様に、海面が慌しく揺れ動いていた。


呼び掛けた男と共に、ザックはさらに海を睨んだ。


やがて波は、みるみる高さを増し、ザックを飲み込まんと向かってきた。



「来るぜ!」



隣にいた男は叫び、手にした棍を奮う。


そのまま波に突撃した時、今度はザックが叫びを上げた。



「潟躍!今はまだ…」



その時、波の中から奇妙な姿の生物が無数、水弾の如く飛び出した。


全長約一メートルほどの、エイに似た姿で水泳する「ジェニー・ハニバー」という生物である。


エイとはいうが、その悪魔の様な形相からはお世辞にもかわいらしさは感じられない。



無数のジェニー・ハニバーに頭から激突され、潟躍は悶えるが、それでも戦う姿勢を崩さなかった。



手にした棍に力を込め、横一文字に振りかざす。


思念波を纏った一撃は、たちまち波を切り裂きジェニー・ハニバーを撃ち落とした。


ザックもまた、無尽蔵と思える数で縦横無尽に飛び出すそれらを、砂塵を巻き上げ止めていた。



数分後… 白い砂浜は、波に飲まれるジェニー・ハニバーの亡骸で覆われていた。



「お疲れさん。今日も快調だな。」



両手に持った棍を頭上で振り回しながら、潟躍は勝利の咆哮を響かせた。


ザックがここ、メリアに来てから、既に四日が経過していた。


そして、潟躍と共にアフィリエイトを行うのはこれで三回目。


今日の依頼は、海辺付近に現れた荒らしの浄化。


その途中、荒らしの生体磁場で暴走したと思われるジェニー・ハニバーと遭遇したのであった。



ザックは近くに荒らしが居るはずだと言い、気を抜いている潟躍に警戒を促した。



「でもお前と一緒に荒らし浄化なんて、何年ぶりだったっけな?」



潟躍は、どこか嬉々とした歩みを進めていた――






――「ちぃちゃん!」



買い物から帰ってきたルシータは、開口一番その名を呼んだ。



珍しく静かに語り合うサム達に面食らったが、何より突然の訪問に驚きを隠せない。


テテが遠出してから一週間。今日でテテが戻ってくる事になっていたため、ちぃの訪問はタイミングとしてはギリギリと言えた。


ぶっきらぼうに挨拶をするちぃに対し、ルシータは気さくに呼び掛ける。


サムと一緒に遊ぶちぃは、紛れもない子供の姿を映していた。


ちぃに対する疑問は邪推だったのか… ルシータに罪悪感が芽生えた時、脳裏にテレパシーが入り込んだ。



『ルシータ君。そろそろ家に着くが、そっちの調子はどうだい?』



脳天気なテテからの連絡だった。



最寄りの観光地へ足を運んでいたらしく、連絡の内容は専ら手土産の良し悪しの話だった。



「あ、そろそろ行かないと!」



突然、テテのテレパシーを遮る程の叫び声が室内に響いた。


ルシータはテテの土産話をやんわりと返すと、連絡を切り目を開けた。


なにやら慌てて帰ろうとするちぃと、それを止めようとするサムがそこに居た。


理由は解らないが、(しき)りにちぃは帰りたがり、制止するルシータをも振り切って、ドアノブに手をかけた。だが、扉は開く事は無かった。



「サム!?どうしたの?」



サムは、葉を萎れさせ、悶え声を上げていた。


慌てて駆け寄るルシータより早く、ちぃは走る。



「どこか痛む?」



近付き、サムの顔を覗き込んだ時、ちぃは全てを理解した。



「…騙したわね!」



健康そのものの表情には、嘘という言葉が塗られていたのだ。


ちぃを呼び止めるためとはいえ、やって良い事と、悪いことがある。ルシータは思い、いつもより強くサムを諫めた。


嘘を纏った顔は、みるみるうちに泣き顔へと変わっていく。


と、そこに、扉の鳴き声が響いた。



「今帰ったぞ!もちろん土産付きだ。」



嬉々とした声は、濁った空気を余計にかき混ぜた。


ちぃはなぜか硬直し、声の主テテを見る。ルシータは戸惑いながらも帰りを労った。


そんな二人にはお構いなしに、テテはサムへと歩み寄った。



「泣いてるのか?悪かったな… 留守にして。」



どうやら会えた喜びで泣いているのだと勘違いしたらしい。テテは勢いよく立ち上がると、サムを笑わせるべく、道化師の如く滑稽な振る舞いをし始めた。


その狂言に拍車がかかり、後ろに二三、あわやちぃを蹴り飛ばす程に後退した。



ルシータは、咄嗟に後ろを注意するよう促した。その声で、これまで硬直していたちぃも我に返りハッと頭を上げた。



「ん…なにかあるのか?特に危なくなんかないぞ?」



テテは、唖然と後ろのちぃを見やる。



…否。



その目は、ちぃを見るというより、床を見るような広い視野で見つめる目だった。



「テテさん…まさか、見えてない?」



聞かれても尚、テテは何の事かと問いただす。


その時、ルシータにある言葉がよぎった。



―インビジブルコラージュ。



その存在、そしてその存在が起こす全ての事を周りが認知出来なくなる、世界的にも稀なコラージュである。


ルシータの脳裏を覗き見たのか、ちぃは話し掛けられる前に一目散に駆け出し部屋を後にした。



「ルシータさん!お願い!追って!」



サムの涙混じりの叫びに、ルシータは心を揺さぶられた。



「僕には何だかよくわからないけど…ちぃが悲しんでるのは解ったよ。だって、初めてだもん、ちぃがそんなの流すなんて。」



震える指が示した先には、床に落ちた小さな雫が広がっていた。



「だからお願い…ちぃを追って!」



百も承知、とルシータは大きく頷いた。


胸に、サムと同じくらいのちぃ対する悲しみを抱き、赤く焼ける空の下を駆け出した。


部屋に残されたテテは、訳も分からず、ただ途方に暮れていた――






―――――――――






――「そろそろ到着だな。」



重苦しい色に包まれているメリアの空の下。荒らしの浄化を終えたザックと潟躍は、メリアの集落地へと向かっていた。


仲間の待つチャットルームが近付く度、緊張の緒が綻んでいく。


だが、いざチャットルームに着いた時、再び緒はきつく締められた。



「おい、あれ…」



潟躍が見やる店の入り口… そこには円を作り賑わう群集が。


騒ぎの原因は円の中心にいる男らしいが… 口元を光らせ、もがき苦しむ様は不気味としか言えなかった。


だが、潟躍は、男の口元で光るものの正体、そして、それが意味する事は何なのか、良く知っていた。



「あいつ、まさか!」



ザックに男の事を任せると、潟躍は急いで店の中へ飛び込んだ。



室内は、外と同じくテーブルを囲む円陣があった。


皆騒ぎ立て、何を言っているのか伝わらないが、それでもはっきり聞こえる声があった。



「ネムさん…ちょっとやりすぎですわ。」



それは、テーブルに座るネムに対し戸惑いを見せるラーソのものだった。



「やっぱりお前か!」



群衆を掻き分け、潟躍はネムに詰め寄り事情を聞いた。



「ちょっとうるさかったから口を塞いだだけ。」



いつもと変わらず能面顔を決めるネム。


しかし、潟躍は見逃さない。コップを持った右手が、怒りで震えていることを。


騒ぎを何とか沈め、野次馬を撤退させた後、潟躍はラーソに事情を聞いた。



一緒に占術活動をしていた時、一人の男がマティスの話を始めたのが、騒動の始まりだという。


マティスが居ない事を良いことに、男は陰口にも似た言葉を零し、次第にそれはエスカレート。



「俺は前からあいつが過大評価されてると思ったんだ。不甲斐なくリスボーンしたらしいが、ついにぼろが出たって事か。」



その言葉がネムの癇癪玉に触れた。


瞬時にラインタグを作り、それで男の口元を締めあげる。


その直後に潟躍が来たという流れだった。



「あんなネムさん初めて見ました。きっとよほどの事だったんでしょう…」



ネムと一緒に活動を始めて四日間。直ぐに打ち解けるほど馬が合う関係だっただけに、 今回の騒動はラーソを不安にさせていた。


一方ネムは、先ほどの騒ぎに辟易(へきえき)したのか、目を閉じチャネリングを始めていた。



「…あいつは誤解されやすいが、結構多感な奴なんだ。特にマティスの話になれば尚更な。」



溜め息をした後、潟躍はラーソを連れ、店の外へと出た。


先刻の騒動とは一転して静まり返った店先には、ザックだけが立っていた。


どうやら、今し方口を縛られていた男はタグ師により解放され、逃げるように居なくなったらしい。



溜め息がまた一つ、潟躍の乾いた心に吹きすさむ。



「…あれからもう三カ月以上だもんな。心配するなって方が無理だよな。」



空を見上げ、潟躍は言った。


黒く淀んだ不気味な雲は、泣くのを忘れただ靡く。



「俺たちはあいつのおかげで変われたからな。ネムは特にそれに感謝してて、あいつに恩を感じてるんだよ。」



恩人の文句を言われれば、ムキになるのは当然の真理。ましてや今は、また会えるかさえ解らない状況である。ネムの気持ちは痛いほどに理解できた。


暗くなった二人を見た潟躍は、笑顔を作り、どこかへ行こうかと誘い出した。



「今のあいつにはそってしてやるのが一番だろうしな。」



ラーソはそれに(だく)を示す。だが、ザックはというと…



「ちょっとネムと話してきます。」



諾でも否でもない返事は、潟躍の体を傾げさせた。


そしてやや強引に、ザックはチャットルームへと向かった。



入って早々、お茶を注文。そのまま一気に、ネムが座る席の前に腰を下ろす。


呼び声に気づいてネムが目を開けた時、注文していたクオーツティーがテーブルに置かれた。


一瞬、左目と左手が微動したのを確認すると、ザックは会話を切り出した。



「前に一緒に旅をした時、よく彼が飲んでたのを思い出しましてね。」



マティスの話をそれとなく振るには、絶好の話題と言えた。


狙いが功を奏し、ネムの気も話題に向かう。



「あの時わたしが注意してたら、マティスは一人で行ったりしなかった。」



自虐の言葉を、ザックは自分の事のように聞き入った。



「大切な人、だったんですね。」



聞いたネムは、しきりに「恩人」と言う言葉を投げかける。


それがぶつかった時、ザックの心にソシノが現れた。無くそうと努めても無くなることがないその面影…それが鮮明になるにつれ、対照的に心が冥暗(めいあん)に覆われる。



「心が空っぽになったような、そんな気持ちになりますよね…」



ザックは、無意識にそう投げかけた。


直後、「当たり前」とやや尖った声が突き刺さる。



「マティスはわたしを、わたし達を変えてくれたから…まだ、それを返してない。」



やはり、ネムは自分と同じ… 聞いてザックはそう思わずにはいられなかった。


その、無くした後の虚無感こそ、恩人や、情というしがらみを超えたものなのだと、ザックは悟っていた。


この長旅で知った境地であったが、同時にそれは、誰もが当たり前のように理解するような単純なものでもあった。



「そういえば言ってましたよ。ネムは誰よりも優れた占術師だって。」



明るく言った一言は、空っぽだったネムの中によく響く。



「嘘。マティスはそんな事言わないし。」



初めてネムは笑いを見せた。


つられてザックも、「今度聞いてみては」と言いお茶を濁す。



「今度、か。…会う時の楽しみが増えた。」



心なしか落ち着いたその(おも)は、影をなくし光明していた――






――赤く焼けた空の下、ルシータは家から飛び出したちぃの行方を追っていた。


森を抜け、小さな沼へと繋がる獣道をひた走る。


その傍らで思い起こすは、町で聞いた一つの話。



――ずっと以前、とある二人がアバターに失敗し、互いに消滅。子も生まれなかったという負の物語。


だが、子は生まれていたのではないか?


他者が認知できない存在、インビジブルコラージュとして…


それがちぃだとしたら、全てが繋がる。


ザック等のワンダラーや、特殊なコラージュ体であるサムに見え、テテには見えなかった事の疑問もそれで説明が付く。


そこまで考えた時、近くの沼辺から、すすり泣く声が聞こえてきた。



「ちぃちゃん…」



沼を見下ろす、蔦に覆われた樹の陰。ちぃは丸くなって泣いて居た。


ルシータは宥め、あやしつかせるような声でこれまでに抱いた疑問を口にした。



インビジブルコラージュの事、そして、風花はちぃ自身ではないかという事…その度、ちぃの首は大きく縦に振られた。


だが、サムの寂しさを紛らわすために来ていたのかという話の時、その首は横に動いた。



「寂しかったのはあたしのほうなの。サムにはあたしが見えたから…でも、もう居られない。」



インビジブルコラージュの孤独はよく解る。


だからこそ、姿が見え、交流出来るサムのような者を拠り所にするのも解る。


だが、「もう居られない」という言葉だけは、理解する事が出来なかった。



「きっとサムに馬鹿にされる。あなただってそうに決まってる。みんな、みんなあたしを馬鹿にして嫌うの。」



言うと、ちぃは口を閉ざした。


心までも閉ざしてしまうような、強い孤独を帯びたオーラに触れた時、ルシータは思わず息をのんだ。


コラージュを新人類らしからぬ姿とし、忌み嫌う者が居る事は、介護師の経験から知っていた。


ちぃは、インビジブルコラージュを感知出来る僅かな存在、例えば、ワンダラー等をすがる思いで探したのだろう。だが、出会っても邪険に扱われ、その度心に壁を作って来たのではないか… ちぃから放たれる強い負のオーラ、そして、サム以外には気を許さなかった事からも、それが伺い知れた。


地に落ちた無数の雫が土を削り、泥を帯び始めた頃、ルシータはその重い口を動かした。



「ちぃちゃんは寂しかったからサム君の元に来た。でも、それだけじゃないはずよ。だって、居なくなった後も、風花としてサム君を見守っていてくれたじゃない。」



これまで下ばかりを見ていたちぃだったが、この時初めて顔を上げた。



「ちぃちゃんはそんな気遣いが出来る優しい子。サム君にもそんな優しさがある。」



たとえ、ちぃの事実を知っても、サムは蔑んだりはしない。いや、同情したりもしないだろう。あくまで対等に、ちぃという一人の人間と接するはず。


サムとはそんな子なのだとルシータは語る。


そして、自分もそうだと口にした時、ちぃの元にテレパシーが届いた。



『ちぃ?』



ちぃはギョッとし、立ち上がる。



テレパシー主はサム。だが、ちぃはサムに固有周波数を教えていないため、連絡を出来るはずが無かった。


出来るとすれば、風花に対してのテレパシー。



(――あたしだって知ってたんだ…)



全てを悟り、ちぃはただ黙ってサムの声を聞いた。サムもまた、風花の事は触れず、話を続ける。



『ちぃ。あれじゃまるで僕がいじめたみたいで気分悪いよ。だから早く帰ってきてよ。』



気付けばちぃは笑っていた。


空っぽだった心に、確かなぬくもりが宿っていき、それは涙を押しやった。



『馬鹿サム。またイジメてあげるからね!』



ちぃに悟られぬよう、ルシータは静かに踵を返した。



もう自分の出る幕はない。テレパシーをするちぃの表情から、そう鑑みる事が出来たのだった――




―――――――――






――「もう行くのか?」



その頃、ザック達は、潟躍達に別れを告げていた。



「寂しくなるな」という潟躍に、「またすぐ会える」とにこやかにザックは返す。


次の目的地は、ミノセロという辺境の島。


今回の旅の核心にして、最後の場所となる地だった。



「じゃあ、またね。」



ネムはラーソに別れを告げ、二人の旅路を見送った。


空を濁らせていた暗雲は、ひび割れ晴れ間を覗かせる。もうじき完全な晴れがやってくるだろう。



「わたくし、空には雲があった方が素敵だと思ってます。だって、青いだけじゃ寂しいですもの。」



見上げて話したラーソの瞳に、厚い雲が押し寄せる。



「雲もまた、空を着飾るものですからね。」



ザックは、カメラのレンズを空へと翳した。


乾いたシャッター音は、雲を揺らすように、空へと響き、消え入った――




第四十一話「空の心」 完








四十一話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




潟躍(かたやく)


挿絵(By みてみん)


ネム


挿絵(By みてみん)


サム


挿絵(By みてみん)


ちぃ


挿絵(By みてみん)

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