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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第三十七話
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闇を抜けて

挿絵(By みてみん)

――「マティスの奴、まさか一人で巻の所に言ったんじゃ…」



マティスの帰りが遅い事を心配した潟躍が、呟くように言った何気ない一言。


それは、三つ巴の石に座っていたネムを、有無をいわさず立ち上がらせた。


うかつだったと、自身を自虐する。


マティスの性格を考えれば、これまで自分達を利用してきた巻をほうっては置かないだろう事は、想像に容易い事実。


だが、ヤーニとの戦いで疲労している身という状況が、ネムの冷静さを乱していた。


すぐさまネムは、過去の透視を行いマティスの足取りを鑑みた。


だが、途中なぜかマティスの姿が霧が掛かったようにぼやけ、うまく透視を行えない。


ならばと次にした事は、マティスが追ったであろう巻の足取りの透視。


巻がこの三つ巴の石に居た事は予想が付いていた。そのため、ヤーニと戦う前に怪しい行動をした者が巻だと結論付け、透視を行う。



――居た。



一人、挙動不審に海岸の方向へ向かう少女。


的を少女に絞り、いざ行かん…



そして一時間後、二人は海辺へとやってきた。



「潟躍、こっち。」



ネムは短く言い、潟躍より早く走り出す。



視界に広がる白い砂浜が、勢い良く上下する。


息を切らし、肩で風を切るネムだったが、突如砂塵を巻き上げ動きを止めた。



「…潟躍、あれ。」



ネムが指差した先… そこには無数の傷がついたパープルプレートが落ちていた――






―――――――――






――「どうやらヤーニはここでやられちゃったみたいですね。」



リリは俯き、か細く言った。


後ろには、クレロワとクルトの姿があった。


拳を握り、珍しく怒りを露わにするリリに、二人は何も言えなかった。


ここは、先ほどまで潟躍達が居たパワースポット「三つ巴の石」。


リリは、音吏が最期のネメキネシスを用い伝えた事実を受け、ここに足を運んでいたのである。


音吏が残したもの… それは、無柳の正体に関する事実だった。


無柳はプロジェクションタグを所有しているため、奪い取る必要があった。だが、無柳の凄まじい力の前には、いかに進化派でも太刀打ちできない。


それを解消するのがヤーニなのである。


だが、そのヤーニは、リリがいくらテレパシーを送っても返事を返さなかった。


気になり、リリが向かった訳だが、結果は…



「音吏に続いてヤーニまでも…か。」



クレロワが重い口を動かした。


リリは、重い三つ巴の石を軽く押し、僅かに動かした。


石の下を張う木々の根は、短く軋む音をあげる。それを聞きながらリリは、短く口上した。



「ママンからも連絡がありません。恐らくは…」



それだけ言って、岩に腰を下ろした。


沈黙の中、クレロワとクルトは同じ思考をしていた。


同時に仲間を三人も失ったリリは、さぞ心苦しいことだろう… シオンの時の嘆き様からも、それが容易に鑑みれた。


クルトの本音としては、進化派の悲報はこの上ない事だった。だが、同時に湧き上がるリリを悼む気持ちもまた、紛れもない本心だった。



「ヤーニはきっと還ってきます。わたしが一番よく知ってます。」



二人の心を見抜いてか、リリは立ち上がり元気に言った。


気を紛らわす演技か、はたまた気を使っての虚勢か… 余計な心遣いをさせてしまったと感じたクレロワは、リリに深く頭を下げた。



だが、リリの視界にそれは映らない。


見るのはただ一つ、空に浮かんだ七色の虹。



「じじが言ってたの。またきっと会えるって。その意味を考えてたんだけど、ようやく解ったの。」



リリは笑顔を見せると、自信満々開口した。



「アセンションを成功させて、わたしがレインボーに進化すれば、タルパも容易に行えます。それでみんなを作ればいいのです。」



人差し指を立てるいつもの仕草で、そう笑顔で言い放つ。



――悲しんでいる暇はない。



嬉々とするリリからは、そんな気迫が見え隠れしていた。


クレロワは、先ほどとは違う敬意を持った礼をし、改めてリリに忠誠を誓った。


クルトもまた、無意識に頭を下げていた。


クレロワの真似ごとではない。ましてや、敬意を示したわけでもない。


相手に対する、漠然とした恐怖から、クルトはそうせざるを得なかったのだ。



「そうだ。気分転換にデフォメの協力でもしようかな。丁度今人手が空いてるんでしょ?」



はしゃぐリリの声は、頭を下げる二人に、それぞれの感情を与えるのであった――






――始めに感じたのは、複数の呼び声だった。


次に、まぶたを刺す淡い光。


それに刺激され、ルシータはゆっくりと目を開けた。



「ルシータさん!僕の事解る!?」



視界に、涙を浮かべるサムが入り込んだ。



「ルシータさん…良かった。」



隣に居るラーソは、涙こそ溜めてはいないが、強い疲労を体に溜めているようだった。


ここはサムの部屋。倒れたルシータを、ラーソはここに運んでいたのである。



連れてきた時、部屋にはサムの他に一人の少女が居た。だが少女は緊急事態だと察すると、足早に外へと消えたため、完全に入れ替わる形でルシータは部屋に入り込んでいた。


慌てるサムに、ラーソは「荒らしと戦ってこうなった」とやんわりと伝え、ルシータの看病を始めた。


部屋にはベッドのような気の利いたものは無かった。そのため、思念紙をシーツ変わりに使い、昏睡したルシータを見守る。


その小一時間後、ルシータは目を覚ましたのだった。



「…そうか。わたし…」



言い掛けて、ルシータは口をとっさに噤んだ。


音吏にやられた、などと言えば、荒らしを相手にして傷付いたと信じるサムを、混乱させる事になる。そう思っての事だった。



「でも、その荒らし、凄く強いんだね。ザックまでやられちゃうなんて。」



サムは再び涙を浮かべ、そう言った。



――ザック。



名を聞いた時、ルシータは無意識に起き上がった。



まだ寝ているようラーソに促されても、仁王立ちを決め、周りを見る。



向こう側に、誰かが寝ていたと思われる思念紙の毛布が敷かれているに気が付き、ラーソに問いただした。



「…ルシータさんが倒れている間…どうしてもザックさんが気になって戻ってみましたの。そこに、ザックさんが倒れてて…」



それだけ聞いて、ルシータは理解した。


そして同時に思い出す。



ネメキネシスにより苦しむ中、ザックが別の男に姿を変えた事。その男が振り向いた時、苦痛が和らぎ、やがて意識が遠くなったという事を。



次にルシータは、ザックが今どこに居るかを聞いた。


ラーソは、どこか怯えるように口上した。



「ザックさんが目覚めたのはほんの五分くらい前です。その後、大切な用事があるって行って、飛び出していきましたわ。」



聞いて、ルシータも飛び出した。



部屋には、目を丸くするサムと、口を開けるラーソが残された――






内心、もう居ないだろうと感じていたルシータだったが、意外にもその瞬間はすぐに訪れた。



「ルシータさん。病み上がりに急な運動は良くないですよ。」



カメラを手に、ザックは広間の中心に立っていた。



ルシータの安否を確認し、満足したのか、その表情には笑顔が浮かんでいた。


だがつかの間、急ぎの用があるといい、体を半霊化させた。



「…その用事は、ヤーニと戦うマティス達の援助でしょうか?」



ザックは目を丸くし、その通りだと返した。



「なら、大丈夫です。もう決着は付いてます。ヤーニが浄化させるという結果で。」



ルシータが言うには、仲間がその現場に居て戦いを観察し、報告していたのだという。


ルシータの仲間となると…



「安心して。煽り屋ではありません。わたしの数少ないワンダラー仲間。」



その言葉を信じ、ザックは体の半霊化を解いた。


そして改めて、やはりルシータは煽り屋を利用し、進化派と敵対していたワンダラーだと気づく。



「前に、あなたがミレマの異変を話さなかったら、俺は恐らくシオンの計画に気付かなかった。あなたが俺をミレマに行くよう仕向けたんですね。」



ルシータは臆する事なく、「そうです」と即答した。


だがなぜ… 全てを話してくれたなら、協力していたかもしれない。そうすれば、煽り屋を利用するような真似もしなくて済んだものを… そう思わずにはいられなかったザックは、やや口調を荒らげ問いつめた。



「ザックさ…いえ、無柳。フランシスって人、知ってる?」



ザックの質問に、ルシータは突飛な話を送り返した。


心当たりが無いザックは、首をかしげるだけだった。


土煙と、深緑の香りが、場の空気に入り込む。



「いつか話したことがあったわね。わたしが昔、旅をしていた時があったって。」



ルシータは目を閉じ、少し間を空けた所で話を続けた。


クリスタルのフランシスが常に先頭を歩き、バイオレットの二人がそれに続く… そんな古い旅の記憶を。



「フランシス、パシェル、そしてわたし。あの時はいつも三人だった…」



ザックは質問をしたことも忘れ、話に聞き入った。



「わたしは彼を…好きだった。パシェルもそう。わたし達はただ、毎日笑っていられればそれでよかった。」



――だが、そんな日々は突然終わりを告げた。



バイオレット、いや、邪魔なワンダラーを排除すると告げた一人の男の出現によって…



「俺(無柳)…ですか?」



節目がちに言うザックに、ルシータは何も返答しなかった。


ただ滔々と過去を語り、遠い日に心を投じる。



「狙いはワンダラーのわたし達二人だけだった。わたしは彼を庇うつもりだったの。」



だが、結果は逆だった。


無柳の襲撃を受け、フランシスを失った後、二人は身を寄せ合うように無柳から逃げた。



「さっき、なぜ自分に協力を頼まないかと聞きましたね?…無柳の知り合いだったあなたが信じられなかったの。ザックと無柳の関係は有名だったし。…結局あなたが無柳だったのだけど。」



無柳が姿を見せなくなったと知ったのは、フランシスを失って半年後の事だったという。


その後ルシータは、パシェルと袂を分け、新たな人生を送った。


助産師、介護人としての日々を送っていたルシータだったが、その思いは在りし日の中から抜け出せないでいた。


だが、三十年が過ぎようとしたある日、それは起きた。


何度目かのフランシス追悼のために訪れた草原の地で、ネメシストーンに出会ったのは。



「あれは丁度、二年くらい前だった。フランシスからの贈り物だって、あの時は思ったわ。」



それは、これまでの虚無感のはけ口を見つけた瞬間だった。


膨大な力は、憎しみを晴らすための原動力となりルシータを突き動かした。


矛先は、タルパを作った退化派及び、争いの火種を生んだ進化派に向けられた。


醜い争いをするワンダラーという存在自体に嫌悪していたルシータは、ワンダラーを極力仲間には加えなかった。


そこで目を付けたのは一人の煽り屋だった。


煽り屋の男に対し、力を与えると唆した後、信用を得るべくネメキネシスの片鱗を見せた。


感銘を受けたその男は、ルシータに言われるがまま煽り屋に情報を広め、みるみる仲間を増やしていった。それは、一年足らずで煽り屋の同盟が出来上がるほどに拡大した。



「でもまさか、その煽り屋がサム君を狙うとは思わなかったけど…」



これまで冷静に話していたルシータだったが、この時少しだけ伏し目がちになったのを、ザックは見逃さなかった。


だがルシータは、それを隠すように話を続けた。



「サム君の登録書にザックの名前があった時、わたしは言葉を失くしたわ。」



聞いてザックは、初めてルシータと対面した時に遡った。


あの時思うことがあったのだろう… 初見で見せた、心を射抜く様な眼光を思い出し、ザックはそう感じていた。



だが今、ルシータはザックに憎しみを感じていないと言う。


目の前に居るザックは、キャプチャーを行う無柳であると知っても、憎悪を向けることが出来なかった。


フランシスを浄化した時に見せた強い敵意は、今のザックからは微塵も感じられなかったのだ。


おそらく無柳も様々な経験をし、多くの事を学んだのだろう… そう思わざるを得なかった。



「でも、あなたを利用したのは事実だし、あわよくば彼らと共倒れをと思ったのも事実。…どう?助けたのを後悔した?」



ルシータの挑発めいた発言に、ザックはすかさず首を振った。


そして、口から出たのは感謝の言。



「あなたは、ここから逃げようと思えばいくらでも逃げれたはず。ですが、あなたはサムを気遣い、ここに残った。」



――サムを見捨てなかった。だから、自分も見捨てない。



笑顔で話すザックを見、険しかったルシータの表情がフッと和らいだ。



「あなたには適わないわ。無柳、いや…ザックさん。」



二人の対話の終わりを告げるよう、庭に、無数の新緑が舞い上がった。



数分後――






―――――――――






――サムは涙を浮かべ、目の前のザックに叫びを上げていた。


その周りには、ルシータと、神妙な表情を覗かせるラーソがいた。



「嘘だ!父さんは荒らしになんか負けないもん!」



揺らした枝が、ザックの頬を微かに掠めた。



――父、テテは、近くに現れた荒らしと戦い重傷を負った。


そう聞いたサムは、必死に否定し、喚いていたのだった。



「テテさんは今、危険な状態なんだ。それはどう目を逸らしたって変わらないよ。」



ザックはサムの目を見据え、諭すように言った。


気遣いのない容赦のない言葉を浴びせるが、それにはある考えがあった。



「でも、俺ならテテさんを助けられるかも知れないんだ。」



それを聞き、サムのしおれた葉が真っすぐ伸びた。


ザックは、さらにゆっくりと話を紡ぐ。


助けるには自分の力を沢山使わないといけないという事。


そのため、チャンスは一度だけだという事。


そして…



「もし、その力をサムに使えば、サムのコラ化も直せると思う。でもテテさんに俺の力を使ったら、そのチャンスは消えちゃうけど、いいかな?」



それこそ、ザックが問いたかった事だった。



「…僕の事なんか別にいいよ。それより早く父さんを助けて…」



サムは、溜めていた雫をついにこ床に零した。



「やっぱり、サムは強い子だ。」



葉が茂る頭に手を乗せザックは微笑む。


その後、徐に庭先へと歩を進めた。


着いた先は、一本の木の下。


それは、先刻までテテだった木である。



「やはりネメキネシスで?」



追ってきたルシータが真顔で言った。


ザックは頷くと、その姿を無柳に変える。



「さっきサムに言った事は本当です。俺の力はめったな時には使えない…」



両手を広げ、髪を靡かせ、まぶたを閉じて深呼吸。


ザックの姿に戻ると同時、樹皮がめくり落ちるように、幹からテテが現れた。


突然の出来事に、テテは慌てふためき辺りを見回す。



「ザック!?何でここに!俺は一体?」



理由は解らないが助かった…喜びが沸き上がるが、直後、ルシータの蔑むような視線を受け、萎縮。両膝を地に付き、がっくりとうなだれた。


ルシータに続き、ザックも苦悩し言葉を送った。



「あなたの事は全て聞きました。残念です。初めて会った時、目を輝かせてサムの話をしていたあなたはもう居ないのですね。」



テテは何も言わず、額を地に付け震えていた。


ザックは手を差し伸べない。


突き出すものは、哀れむように放つ言葉。



「これだけは知っておいて下さい。あなたが見捨てたサムは、あなたを救いたいと必死に叫んでいた事を。」



テテは、ついに涙を地面に落とした。


濡れた土は、ザックの目にしっかりと焼き付いた――






―――――――――






――一時間後。


この広間には、変わらずルシータの姿があったが、ザックの姿は無かった。


変わりに、未だ晴れない表情を浮かべるラーソが居た。


ルシータから無柳の事を全て聞き終え、混乱していたのだから仕方が無い。



――無柳はタルパにより作られた者。


――多くのワンダラーを浄化し回っていた過去があること。



言われた事を思い出す度、ラーソは泣きたい衝動に駆られるのであった。


もう昔の無柳とは違う…今は、写真が好きな、穏やかなザックなんだと自答するが、その心に生まれた霧は消えない。



「あなたってほんと優柔不断ですね。」



ルシータがあきれ気味に言った。



「そんなあなたを変えてくれたのもザックでしょう。」



言われ、ラーソは溜まらず目を閉じた。



『一緒に旅をして、自分というものを見つめ直しましょう。』



かつてザックが語った言葉が脳裏を走る。


そして、その(まぶた)の奥には、変わらぬ笑顔で佇むザックが居た――






そして今、ザックは茂みの中を歩いていた。


半霊化し、高速で移動。チャットルームに行きつき、ジョウントタグでクシミに移動。そして再び半霊化…



一連の流れを繰り返し、ものの数時間でここ、三つ巴の石に繋がる道へとザックは来ていたのだった。


ルシータから潟躍達の安否は聞いていたが、やはり自分の目で確かめなければ落ち着かないもの。


視界が開け、やがて三つ巴の石が見えてきた。


だが、それより先に眼前に現れたものは、岩前に佇む潟躍達だった。



「遅かったな。ザック。何回あくびをしたかわからんぜ。」



ザックの想像以上に、二人ははつらつとしていた。


無事を喜び、ザックは安堵の溜め息を付くが、潟躍達に近付いた直後、再び不安を巡らす事になる。



冗談をいう潟躍の目は、けっして笑っていなかったのだ。


なにか憂いがあるのか… 辺りを見回したザックは、悩まずともその原因を理解した。



「マティスさんは…」



途端、二人の表情が暗く沈んだ。



言ってはいけない事だったのだと、ザックは思い知らされた。


潟躍がうつむく中、ネムはザックを見据え、これまでの経緯を説明した。



「…そしてわたしたちは海岸に行ったの。そこで、これを。」



差し出したものはパープルプレートだった。



「多分、これ、巻の持ってたものだと思う。」



マティスはヤーニと戦う直前、潟躍にプレートを渡していたため手元には無いはず。だとしたら、落ちていたそれは、まず間違いなく巻の物だろう。


パープルプレートには無数の傷があった。


それを見、ネムは思う。


激しい戦いだったのだろうと。



「あの場所を透視したら、マティスが思念空間にリンクしてたのが見えた。その後、誰も出てこなかった。きっとそこで相打ちに…」



そこまで言って、ネムは沈黙した。


パープルプレートを握る手は、僅かだが震えていた。



「彼のおかげで、音吏の…進化派の計画を阻止できました。」



ザックは、潟躍達に進化派の事や、自分がいままで阻止してきた経緯を告げた。


この状況で話すべき話題ではないかもしれない。だがザックは、マティスがただ無駄に命を散らしたのでは無く、危険な計画を阻止したのだという事を、潟躍達に知ってほしかったのだ。



――彼こそ、本当のヒーローです。


ザックが語ったその言葉は、二人の心に沁み入った。



「あいつはいつも、おいしいとこを持っていくんだよな。」



潟躍の表情は、心なしか晴れていた。



時間は流れ、閑静としていたこの場所に、複数の声が生まれていた。


ヤーニとの争いという事実は浄化され、この地は元通りのパワースポットとしての機能を果たしていく。


潟躍達にも笑顔が戻っていく。


楽しむ人たちを眺め、潟躍は一旦故郷であるメリアに戻ると告げた。



「考えてみればマティスは簡単やられるタマじゃないしな。きっと戻ってくるはずだ。俺達が出会った場所に。」



憂いを吹っ切り、次にすべき事を潟躍達は見つけていた。だが、それとは逆に、ザックは未だ暗い部分を引きずっていた。


この先どうするのかとネムに聞かれ、変わらず写真撮影の旅を続けると告げるが、その表情はやはり暗い。


進化派は一度に戦力を削がれ、もう再起は出来ないだろう… 事態は解決しているにも関わらず、胸にあるのは歓喜ではなく乾期のように(かな)びる心。



「また一人旅でも始めます。」



ザックが言った、その時だった。



「わたくしも是非、写真巡りをしたいですわ。」



周囲の声に混じり、背後から聞こえた女性の声。


ザックは、それを誰よりも知っていた。振り返ると、そこには…



「ずっとここで立ってましたのに、気付いてくれないなんて心外です。」



人混みに隠れるようにラーソは立っていた。


ザック同様、半霊化とジョウントタグを駆使し、更に足取りを掴むため過去の透視を行いラーソはここまでやってきていた。


その顔にある疲労を見るだけで、ザックはその激動を理解出来た。



誰か、と問う潟躍達の声が聞こえぬほど、ザックは慌ててラーソを見やる。



――どうしてここに?


――自分の秘密を知ったのに、なぜ?



ザックの質問責めは、やや立腹したラーソの返事で制止した。



「ザックさん。あなたがなんであれ、わたくしにはどうでもいいことです。まだ、いつかの約束を、お互い果たしていませんわ。」



そう笑顔で話すラーソを見、ザックにも自然と笑顔を生まれていた。


先ほどまでの乾いた心は、独りきりになる故の虚無感か… 理解した時、自然と出るのはラーソへの礼。



「ラーソさん。ありがとうございます。それから… よろしくです。」



二人は、三度目となる堅い握手を交わした。



「なんだか知らんが、めでたしめでたし!」



潟躍達は脳天気に手を叩き、そんな二人を祝福した――



第三十七話「闇を抜けて」 完








三十七話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




潟躍(かたやく)


挿絵(By みてみん)


ネム


挿絵(By みてみん)


ルシータ


挿絵(By みてみん)


ラーソ=ボローニ


挿絵(By みてみん)

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