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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第三十五話
58/75

境界線

挿絵(By みてみん)

――それは、フォトンエネルギーが熱く輝いていた日のことだった。


青い海と白い砂浜、そして、隣には朱色の髪の女性。


美しい色彩を体で感じ、今、ザックは平穏という中にいた。



「そういえば、ソシノさん。いつまでメリアに居るつもりですか?」


「ずっと居てもいいかな。ここは静かだし、潟躍達も居るしね。」



波の音に乗せ、朱色髪の女性、ソシノが返事を返す。



海から吹く潮風を、二人は大きく吸い込んだ。


同じ風でも、一つ一つ感じるものが違う。遠い海の香りを運んでくる風は、潮の香りがいっそう強く、ソシノは何よりそれが好きだった。



「無柳にも教えたかったな。潮風の香り…」



言う最中、ソシノは砂浜に腰を下ろした。と、思いきや、急に立ち上がり、慌てて口を開いた。



「潟躍達に連絡するの忘れてた!」



聞いて、ザックも「しまった」と苦笑い。


二人はこれから、潟躍達にアフィリエイターのいろはを教える約束をしていたのだった。が、先に荒らしを相手にしなければならなかったため、そちらを優先した結果、すっかり潟躍達との約束を忘れてしまったのだった。



「ま、いっか。ザック、うまい言い訳考えておいてね。」



言って、ソシノはザックを見た。


そして、困り顔のザックに、思わず笑いをこぼしてしまう。


ザックもつられて笑顔を見せた。



小さな笑いは、小さな幸せを二人に感じさせていた。


このままずっと笑っていられればそれでいい。ザックがそう心で呟いた時… それをあざ笑うような気配が現れた。


荒らしとは違う、気味の悪い気配。遠くの砂浜に目をやった時、ザックは正体を知り息を飲んだ。


ソシノは気付いていないのか、潟躍にテレパシーを送るべく、目を閉じていた。


そしていざ、テレパシーをしようとした時、ザックに一言小声でつぶやく。



「今日の特訓内容を決めてから連絡したほうがいいかな?」



質問したにも関わらず、ザックからの返事はない。


少々立腹し、文句を言ってやろうかと瞳を開けるソシノだったが…




「ザック…?」



ザックは、右手を横に伸ばし目の前に立っていた。



それは、ソシノを庇うようにも見え、視界を遮りような動作にも思えた。


どちらにしろ、そうされる意味が解らないソシノは、再びザックを呼んだ。



「美しい場所だな。実にいい。」



返った声は、ザックのものではなかった。


だが、ソシノはその声が誰の者か知っていた。



「音吏…!」



勇んで叫んだ割に、ソシノの顔は青ざめ、明らかな動揺を見せていた。



「君たちの知り合いが場所を教えてくれたよ。もう逃がしはしない。」



音吏は、構いなしに近付いてくる。


しかし、ザックはそれを許さない。



「ザックか。シオンに深手を受けたにしては、やけに回復が早いな。」


「音吏、これ以上…ソシノさんを傷付けさせはしない。」



ザックは、音吏を思念波で上空高く吹き飛ばし、自身もまたそれを追った。



動揺し、動けぬソシノに変わり自分が場所を変えたのである。


雄大な海原と、広大は青空の境界線で、二人の死闘が始まった。



「お前は無柳の居場所さえ話せば見逃してやってもかまわん。だが、かの女だけは私の手で排除する。」



音吏は、海に思念波を放った。それにより飛散した飛沫を、サイコキネシスにより操り、四方八方からザックを攻め立てる。


避けきれないと判断したザックは、両手で前方を防ぎ、ダメージを最小限に抑えつつ、音吏の元へ前進した。



「どうしてそこまでソシノさんを付け狙う?もう十分罪は償っているはずですよ!」



ザックは叫び、思念波をいくつも繰り出した。


さしもの音吏も避けきれず、海面へ大きく吹き飛んだ。


だが、海に飲まれる直前にテレポートを行い、どこかへと消える。



「あの女は、我々ワンダラーの汚点。洗い流し、清めた時、初めて我々は新たな一歩を堂々と踏み出せるのだ。」



声がしたと同時、ザックの周りに渦の壁が現れた。


あっという間に隙間なく渦は出来上がる。それは徐々に中にいるザックとの距離を縮めていった。


ザックはテレポートを思い立つが、時既に遅し。


渦に飲み込まれ、哀れその身体は飛散した。



「無柳が居ないとこの様か。哀れの極みだな。」



遠くの海へと落ちたザックを、音吏は優雅に上空から眺めていた。



だが、沈んだザックの変わりとばかりに、海中から何かが複数飛び出す。


それは音吏を再び動かした。



赤く輝く丸い物体。それは、ブロックタグにより作られたヒヒイロカネだった。


青の間を滑空する無数の赤は、音吏を容赦なく攻め立てた。


海面に浮かび上がったザックの目にも、その光景は映っていた。



「ソシノさん!逃げてください!」



声を振り絞り叫んだつもりが、傷付いた身体と波音のせいでまるで響かない。


だが、心配とは逆に、音吏は球体に取り囲まれ、危機に陥っていた。


思念波で押さえ込み、ほとんどの球体を弾き出したが、打ち漏らした一つに、音吏の焦りは加速する。


たかが一つ、受けるまでもないと避ける構えをした矢先、音吏の身体は金縛りにあったが如く硬直した。



「…迂闊だったか。」



傷付きながらもサイコキネシスを行うザックを見、音吏は思わず悪態付いた。


球体に弾かれたらたまらない。


冷静にしつつ、どこか焦りを感じながら、音吏は強引に右手を前方へ動かした。


途端、球体は液体状に変化し、水しぶきを上げて海面に落下した。



そして、自身の動きを抑止するサイコキネシスが弱まった事を確認すると、すぐ様ザックを振り向き、同様に右手を伸ばした。


ザックの動きは、不気味に止まった。


指一つ、眉一つ動かす事なく、また、海に落下する様子もなく空間に佇むその姿は、明らかに異常だった。



「…ネメキネシス。」



ソシノは再び震えた。



「覚えていたか。まだ完全には扱えんが、これぐらいならば容易い事だ。」



ザックは、ソシノに向かう音吏を呼び止めようとするが、無論、声は出ない。


耳に伝わるのは高い悲鳴、瞳に写るのは傷を深めていくソシノの姿。


歯がゆさと、外へと出ない叫びが、心の淵を暗く染めた。



「そういえば、僅かな時間だったが、昔語り合った事があったな。アセンション後の世界を。それを自ら崩壊させた罪、今こそ浄化するがいい。」



音吏は、やっとで浮遊するソシノに、トドメとばかりに右手を向けた。


だが、ソシノは臆さない。


瞳に光を宿らせ、僅かに生じた音吏の隙を見抜き、その胸部を手を向けた。



「…馬鹿な。」



音吏の胸元から赤いしぶきを吹き出し、青の中へ落ちていく。


胸部を貫いたものは、後方から伸びたつらら状に硬質化した海水。それは、サイコキネシスによって操られた水の槍だった。



「…わたしはあなた達を認めない。アセンションは… 人類の進化は、他人が促すものじゃないもの!」



致命傷を受けた音吏は、次第に肉体から魂を切り離していった。



――危機を脱した。



ホッと胸を撫で下ろしたソシノだったが…



音吏の右手は、ソシノに向かって伸びていた。



「これでお前も終わり…だ。」



その後、音吏は光となり消え果てた――






――サムの家の庭先。


ザックは、追憶の中の苦渋の出来事を音吏に話し終えた。


その表情は、怒りと悲しみに包まれていた。


対する音吏は、変わらず能面顔を決め込んでいた。



「そうか。あの時ぶりだったか。…ソシノはあれからどうなったかね?」



その態度は、ますますザックに火を注いだ。



「あの時は無柳の居場所を聞くためお前を生かしておいたが…今はそうは行かんぞ。奴はいよいよという時、嫌でも現れるだろうからな。」



音吏が言い終えた時、ザックは瞬時に思念波を繰り出した。



音吏は、数十キロ先の森の上まで吹き飛ばされたにも関わらず、不敵な笑みを浮かべていた。


青と緑の境界線の中、音吏に追いついたザックは、構えもせず無策に肘打ちを繰り出す。


音吏は、肘を払うと同時、右膝をザックの腹部に見舞った。



「詰まるところ復讐というやつか。下らん。実に下らん蛮行だ。」



――あの時…音吏がソシノに放ったネメキネシスは、魂に取り込まれた状態のフォトンエネルギーを、徐々に濃縮していくものだった。


それは、分解タグ(魂に取り込まれたフォトンエネルギーを超濃縮させ、灼熱の苦痛を半永久的に受けさせるタグ)と非常によく似たものだった。


受けた場合、もはや助かる術はない。


と、いうことは、受けたソシノはもう…


ザックは、ソシノがその後どうなったかは語らなかった。


ただ沈黙し音吏を攻めるが、口の代わりに傷がどんどん増えていく。


一方で、優位に立つ音吏だが、得意のネメキネシスを使う事はなかった。


音吏のネメキネシスは、不完全な擬似的なものであるため、一度に複数を対象にする事は出来ない上、掌をかざし目の前で強く意識したものでなければならなかった。そのため、素早く右往左往するザックの様な動きには不得手といえた。また、簡易的な事しか現実化出来ない上、使える回数も生体磁場的に限られていた。まさに奥の手ともいえる力だった。


ザックは、音吏の一連の動きや仕草からそれを察し、無策ながらも素早く動き、ネメキネシスを発しさせない様努めていたのだった。



そしてついに、傲慢に構える音吏の顔面に、空気を歪曲させた脚撃を決めた。


よろめく音吏に、追撃とばかりに踵を落とす。


だが、直撃する瞬間、その姿がふっと消えた。


ザックもとっさにその場を離れる。


死角からネメキネシスを行うと読んでの行動だったが…



音吏は地上の森へと降下していた。


気付いたザックは、不規則に姿を消しながら近付く。


音吏は掌を開き、力強く伸ばした。



だが、向いた先はザックではない。それは、右側の茂みに伸びていた。



「気づかぬとでも思ったか。」



茂みの中、蠢く影が一つ。 そこから現れた者は…



「流石ね。」



音吏と戦う前、ザックに言われラーソと共に逃げていたはずのルシータだった。


当然ザックは驚くが、それよりまず、音吏のネメキネシスを受けたであろう身の心配をした。



「大丈夫。わたしにはこれがありますから。」



手に握ったネメシストーンを見せ、ルシータは言った。



ネメキネシスは概念原回路を通じ行う行為。


音吏がルシータに向けネメキネシスを発現した時、ルシータも音吏に対しネメキネシスを行ったため、二つの能力は概念原回路内で相殺し、効力は無効化されていた。


得意の能力を掻き消された音吏は、さぞ苦渋を浮かべているだろう… ザックは思うが、当の本人は、飄々としていた。


何もする素振りを見せないその様は、勝ち誇っている余裕すら感じられた。


ザックは構わず駆け出した。だが、慢心した音吏の顔が近くに迫った時、耳に、攻撃の手を思わず緩めるほどの悲鳴が届いた。



音吏を警戒しつつ振り返ると、ルシータがうずくまり悶え苦しんでいた。



「私のネメキネシスは、本来の半分以下の力しかない贋作だ。だが、その女のものは、それ以下のガラクタだ。」



ルシータの力では、音吏の力を完全に防ぎきることが出来なかったため、今になり効力が働いてきたのだった。


悶えるルシータの様は、ザックにいまわしい記憶を蘇らせた。



――苦しむソシノ。それを前にし、どうにも出来ないもどかしさに駆られる自分の記憶…



音吏は、かつてソシノに放ったネメキネシスと同じ効力をルシータに与えていたのだった。



「今回は特別に早い効き目があるようにしておいたがね。」



ザックに対する見せしめか、音吏は面白おかしくそう告げた。


このままではルシータの消滅は確実。


思った時、ザックは空を見上げ、大きく深呼吸をした。


青を映した黒い瞳に、決意の光を見せながら――






――一方、ここクシミでは…



「そうか。あなたがマティスか。音吏から聞いてるよ。」



潮の香りの中、マティスは白い砂浜に立っていた。



今、目の前に据える十八前後の少女は、ザックが探していた相手である、進化派の一人「巻」だった。



この浜辺付近に来ることを察知していたマティスは、先回りし待ちかまえていたのだった。



だが、何故…



音吏に騙され、巻が進めるインディゴ確保の計画に荷担してしまった負い目からか?


それとも、単に騙されていたことが憎かったのか…



それに、ヤーニと対峙していたはずなのに、どうやってここに先回り出来たのか… 巻は対峙しながら思考した。


だが、マティスが手にした短刀を下方に落とし、強制リンクタグを作った時、その思考は停止する。



「…こ、ここは!?」



リンクした先は、石造りの壁で作られた細長いゴシック調の部屋だった。


天井は高く、規則正しく存在する柱は、神殿のような高貴な雰囲気を漂わせていた。



巻は浮き足立ち、仕切りに部屋中を見渡していた。


一見するとただの思念部屋だが、巻には違って見えていた。


マティスは慌てる巻を見、何かを確信した様な眼光を見せた。



「ここを知っていると言うことは、やはりお前がそうか。」



声の反響が静まった時、口元を緩ませさらに話す。



「お前の事は、音吏から聞いた時から気になっていたが… 名前と悪趣味なリターン(肉体を若返らせる行為)までしているから探すのに苦労したぞ。」



言われ、巻もまた、確信した。



――マティスは、自分を知っている。それも、リリ達ですら知らない様な部分さえも。


改めて考え、理解した時、全身から汗が吹き出るほどの恐怖に駆られた。


巻は、リリ達進化派に所属する以前、退化派に身を置いていた。


今居るこの部屋は、かつて退化派が拠点としていた場所。



それをマティスがリンクさせたという事は…


たとえ冷静とは言い難い状況でも、それだけははっきりと理解出来た。


悟ったと同時、半霊化し、一目散にその場を離れる。


マティスは、逃げ出した巻を探すべく歩を進めた。


敵意はなく、むしろ穏やかささえ感じる、小気味よい歩みだった。



巻は、部屋の四方を素早く移動し逃れていた。


元々戦いの経験が少ないため、迎え撃つより逃げの一手がまず頭に浮かぶのだ。


だが、強制リンクタグから元の場所に戻るには、一定の時間が経過するのを待つしかない。


無効化タグがあれば別だが、巻はそれを扱えない。


舌打ちが、一瞬部屋を響かせた。



時間が来るまで逃げ延びる覚悟を決める。その一方で、マティスについて改めて思考した。


口振りやこのリンク空間から、マティスは退化派の者である事は明白。だが、不可解なのは、その魂がクリスタルであるという事。


ワンダラーは皆バイオレットであるため、明らかな矛盾がそこにあった。



(――まさか…)



しばらく考えた時、ある考えが頭をよぎる。


リリに報告しなくては、と、テレパシーを始めようとした矢先…



「察しがついたか。」



閃く巻を貫く、マティスの短刀。



背後から突き立てられた刀身は、鋭く右胸を貫通していた。



苦しむ巻を見据え、マティスはラインタグを作り左右の腕を縛り上げ、追い討ちをかける。


身体のエネルギーはそれにより外に拡散され、巻はテレパシーはおろか、満足に話すことすらかなわなかった。



「…もう随分になるな。お前が奴らに手のひらを返してから。」



マティスは、巻の胸元に刺さった短刀から手を離し、一人つぶやく。


今、脳裏に浮かぶものは、大勢の仲間と共に、無限に広がる空間にいる光景の記憶だった。


自分達を取り囲む集団、それにより次々に消滅していく仲間達…



「お前が俺たちを売るとは思わなかった。ましてやクラインの壺まで渡そうとしてたとはな。」



――かつて、退化派の前身「ブリッジ」が作りあげたクラインの壺は、アセンションに必要なフォトンエネルギーが貯蔵された思念世界。


その中からフォトンエネルギーを一度に解放する「プロジョクションタグ」を、巻は進化派に入る手みやげに教えようとしていた。


クラインの壺を奪われたら、もはや退化派に勝ち目はない。


だが、進化派がそれを手に入れる事はなかった。


巻の罠にはまり、無限空間にリンクされ、仲間共々襲撃を受けたマティスは、大打撃を受けながらも最後のあがきを決めていた。


プロジョクションを使い、フォトンエネルギーを全解放し、クラインの壺を空にしたのである。


だが、プロジョクションタグは、人の概念原回路を無差別に通じ、フォトンエネルギーを解放するものである。


それを知っている進化派は、力を合わせ概念原回路を制御していた。


そのため、マティスは思うように解放する事は出来ず、結局、解放先は自分の周辺のみという小規模なものに留まった。


さらに、せっかくの多大なフォトンエネルギーを吸収しても、バイオレットでは魂を著しく劣化させる毒になりかねないリスクがあった。


しかしマティスは、魂を劣化させるリスクを負いながらも、膨大なエネルギーを利用し、一人のタルパを作ることに成功した。


絶大な力と設定を宿したと同時、プロジョクションタグをタルパにのみ扱えるように改変。


マティスが消滅しタルパが生まれた時、すでに周りの仲間は一人残らず消滅していた。が、その場にいた進化派もまた、タルパにより全て無に還る事になる。



「…だが俺は、こうして姿を変え生きている。なぜかはお前も気付いただろう。」



――マティスの魂は消滅してはいなかったのだ。



タルパを作り終えた後、自らがクラインの壺に入り、危機を脱していたのである。


元々はアセンション不達成者を隔離し、魂の洗浄を目的とした空間がクラインの壺である。


そこに入ったマティスは、ネメシスウェーブによる魂の洗浄を受けながらも、自我を保ち続け、好奇を待った。


そして時は流れる。



進化派は、巻が教えた、クラインの壺に魂を入れる独自タグを使い、再びフォトンエネルギーを集め始めていた。


それこそが、マティスの待っていた事だった。



――入り込んだ魂の一つに融合を図り、洗浄が済んだ後、クラインの壺を抜け出す。


苦難の末、それをマティスは成功させ、新たに世界に降り立った。


融合した魂はクリスタルであり、ワンダラーである本来の魂は弱まっていたが、マティスはその不安定な状態のまま、実に二十年あまりを荒らし浄化のアフィリエイターとして生き続けた。


目的は、ただ一つ。


浄化した荒らしの魂を、自らの魂に吸収させるためである。


吸収するごとにクリスタルの部分は弱まるため、それを利用し本来のワンダラーとしての魂を取り戻そうという考えだった。



「再びワンダラーとなれば、作り上げたタルパを使って、クラインの壺を取り戻せるからな。」



マティスは、さも愉快そうに話していた。


事実を知る度に顔を歪めていく巻が、堪らなく可笑しかったのだ。


そして、更に追い込みは続く。



マティスは、タグを作り巻の前に突き出した。



それは、音吏に進められ、インディゴ確保計画に加わった際に教えられた、魂をクラインの壺に保管することが出来るタグ「#A0S#」だった。



「俺が馬鹿正直にこれを使うと思ったか?」



マティスは、教えられたタグは使わず、これまでクシミに集まった荒らしを、自身の魂に送り込んでいたのだった。


また、ネムにも偽のタグを教えていたため、音吏達はマティスを利用するどころか、逆に利用される形になっていた。



「お前らには感謝している。邪魔なワンダラーを排除してくれた上に俺の力を取り戻す役に立ったんだからな。」



そう言うマティスの身体は、半透明に変わっていた。


音吏達の計画に加わって以降、マティスは荒らしの魂を急激に吸収していった。そして、先刻のヤーニとの激しい戦いが引き金となり、マティスの魂は、元のワンダラーとしての力をほぼ取り戻していたのであった。更に、邪魔であり脅威だっだヤーニを倒すことが出来た事は、マティスにとって大きな追い風となっていた。



――邪魔者は大分減った。



そう告げ、マティスはトドメとばかりに不気味に笑う。


全てを聞いた巻は、苦しさと悔しさで顔を歪ませていた。



「悔しいか?良い反応だ。だが、お前に裏切られた時の俺は、そんなものじゃなかった。」



言うと、再び巻の胸に刺さった短刀に手をやり、深々と突いた。


巻は、遂に呼吸をする事を諦め、なにもいわず消えていく。



――排除完了。



事をやり終え、マティスは短刀をしまい一息着いた。


何気なく下方に目をやった時、大理石の床に輝くパープルプレートに気がつく。


巻が所持していたものだろう。


そう思い拾った時、仲間の潟躍達の顔が脳裏に浮かんだ。


これまでの流れは計画通り。巻を排除した後は、もう会うことはないだろうと心に思い行動してきたが、どこか虚無感が湧き上がる。



だが、すぐに払拭し、今後すべき事を思考した。



(――後は、無柳を待つだけか。)



マティスはパープルプレートを放り上げ、思念波を放った。



潟躍達と別れを告げるかの様に――






――ワイスの森は、依然ルシータの叫びで揺れていた。


その声を頼りに、茂みを掻き分ける影が一つ。


息を切らし、走るラーソである。


一緒に逃げていたはずのルシータが、突然姿を消し、まさかザックの元へ向かうとは… ラーソはその行動力に驚くと共に、無謀さを嘆いていた。



そして、当のルシータは… 音吏のネメキネシスにより、確実に魂を消滅させていた。


もはや時間は残されていない。



「この女は煽り屋を利用し、我々と敵対してきたワンダラーだ。お前と知り合いらしいが、お前も利用されていたのではないか?」



音吏は、ルシータからネメシストーンを奪うと、瞬く間にコーヒーに変えた。そして、余裕の表れか、ザックへの攻撃を止め、ティータイムを決め込む。



その間ザックは、空を見上げていた。


ひとしきり眺めた後、拳を握り、鋭い視線を音吏に向ける。



「見捨てて私にあながうか。賢明だ。」



だがザックは、向かうどころか不意に目を閉じ、両手を広げた。


心の中で、ソシノの名を呼び、闇から抜ける。


途端、森が騒ぎ始めた。


その時、息を切らしラーソが茂みからやって来る。


ザックの後ろ姿を確認し、叫んだ瞬間…


ザックは、両手を天に仰いだ。


気のせいか、その姿がぼやけて見える。


音吏が目を細めた時、それは起こった。



「馬鹿…な。」



一瞬であった。


ザックの身体が、水が弾けるように周囲に消え、別の姿の男が現れたのは。


それは、長い髪を柳の様に垂らし、消え入る表情で佇んでいた。



音吏は絶句し、ラーソもまた、ザックを呼ぼうとした開けた口を、別の理由で開け続けていた。



(――ソシノさん。すみません。)



風に揺られる木々は、物言わぬザックの変わりに鳴動し続けていた――




第三十五話「境界線」 完








三十五話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛




ソシノ=ロッサム


挿絵(By みてみん)


音吏=穢土(おんり=えど)


挿絵(By みてみん)


マティス=ハーウェイ


挿絵(By みてみん)


モバンの巻


挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)

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