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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第二話
4/75

荒らしを前に…

挿絵(By みてみん)

――四方を山で囲まれた街「スパンセ」


その街を囲む山の一角、美しい森が緑を織りなす場所に、一軒の家が建っていた。


母一人、子二人の緩やかな時間が流れる家。


そんな場所に、ある一つの影が落ちた。



「荒らし」という不吉な影が。




※マップ内の赤い○が現在所在地。今の場合はスパンセ。



挿絵(By みてみん)



――猪を退いてから数時間後。ザック達は、無事に家へと着いていた。


子供部屋には、いつになく勉強に勤しむシェイン達。そしてリビングには、レリクが一人座って居る。



レリクは目を閉じ、眠っているかのように動かなかった。


やがて閉じた瞳を開いたかと思うと、怪訝(けげん)な表情を浮かべ、ため息をついた。



(――やっぱり今の時間はなかなか来れないか…)



そう呟き、再び瞳を閉じる。



レリクがなにやら悩み事をしている時、ザックは家の外で、激しく身体を動かしていた。


森の緑を瞳に映し、大きく深呼吸。


脚を肩幅くらいにまで開き、呼吸を落ち着つかせた。


肩幅まで開いた脚を屈伸させ、両腕を右側に軽くのばす。


右脚で地面を思い切り蹴りだした。そのまま身体を宙に浮かせ、左腕、左脚を後ろ側に引き上げ、全身を回転させる。


そして、右脚を大きく内回りに蹴り出し、地面に着地した。


これを、続けざまに何度も何度も繰り返した。


シェイン達は、その光景を二階の窓から不思議そうに覗き見ていた。



「ザック、なにしてるの?」



高い声が空へと響き、消えていく。


ザックは額にうっすら汗を浮かべ、手を振った。



「一緒にやるかい?」



二人は大きく頷き、無邪気に笑うと、下に続く階段を勢いよく降りていった。


そして、来て早々、シェインははしゃぎザックの真似をする。


カインもそんな兄に影響され、真似を始めた。



気合い十分。

二人は脚を肩幅くらいに開き、しっかり地に着け腰を落とした。腰に()えた拳を左右交互に突き出し、それを永遠繰り返した。


互いの動きを意識してか、表情は次第に真剣になっていく。



「ザック、バイオレットとクリスタルについては解ったけど… "荒らし"については良く解らないんだ。」



拳を突き出し、息を荒らげながらシェインは言った。



「クレロワさんの本をもう一度読んでみようか。」



ザックもリズムよく拳を打ち出し言葉を返す。



言われたシェインは、一旦運動を止め、地面に置いたクレロワ=カニールの書「ガイア・アセンション」を手に取った。






――項目「荒らし」



先に述べた通り、人類はアセンションを遂げ、それぞれクリスタルとバイオレットという種に進化した。だが、それらとは別に、もう一つの種が存在する。


新人類に共通することに「肉体の機能が停止した場合、魂は肉体から離れ、周囲に宿り再生を待つ」という特徴があることは、既にご存知だろう。


その魂が、周囲に宿る過程で、「変異」を起こすことがある。



肉体から離れた魂は、脆弱な存在であるため、すぐに周囲の物質に宿らなければ消滅してしまう。だが稀に、魂そのものが、過剰進化を遂げ、通常の魂とは異なる存在になることがある。


それが第三の人類「荒らし」である。


荒らしの魂は、いわば「精神体」であるため肉体を持たずとも、魂そのもののみで活動出来る。


魂が持つ生前の肉体のイメージを元に、魂の形を生前の姿に形成し、形態を維持しているのが荒らしである。


だが荒らしは、膨大な生体磁場(オーラ)を持つため、自身がその力に耐えきれない場合も多い。


その理由から、多くの荒らしは、生前に固執していたことに対し異常な執着を見せ、感情を暴走させ、いずれ自我を失う。



なお「荒らし」という名の由来

は、強力な生体磁場により一時的に地球磁場に影響を与え、ラグ(時差)を生じさせることからきている。


元々は「ストーム」と言われていたが、「地球磁場を荒らす存在」という言葉が転じ、荒らしと呼ばれるようになったのだろう。


また、荒らしは、我々の生体磁場にも悪影響を及ぼすことがある。


その理由から、我々にとっては最も脅威な存在であると言える。



荒らしの特徴は、意味不明なチャットリング文字、そして理解不能な言葉を発することであるため、そのような者を発見した場合、なるべく近寄らないようにし、荒らしを浄化する専門家に任せるのが賢明な判断である――






――シェイン達は、懸命に本に食らいついていた。


ザックはそんな二人の前にしゃがみ込むと、ゆっくりと口を開いた。



「荒らしは、思いだけで生きてる人たちでね。悪気がなくても周りに迷惑を掛けちゃうんだよ。」



二人の目をしっかり見据え、話しを続ける。



「でも荒らしも苦しいから…誰かが苦しいのを取り除いてあげなくちゃいけないんだ。今君達の母さんがそれを出来る人を探してるんだよ。」



しきりに首を縦に振りながら、二人は話しを聞いていた。



(――荒らしは危険…だから早めに…)



お互いの顔を合わせ、再び頷きあった。


なにやら考えがあるようだが…



そろそろ戻ろうかと、ザックは家の方へと足を運んだ。


シェインはその場に残るといい、カインもそれに従った――






―――――――――






――家の中が外気を纏う。


軽やかに扉を開け、長い廊下を歩くザックだったが、どこかその足取りは重かった。



着いた先の居間には、深い溜め息を付き椅子に座るレリクが居た。



荒らしの専門家を探しているのだろう… ザックは思い、レリクに結果を聞いた。


間を空けず、すかさず「否」が返ってくる。



「一件だけ良さそうなのがあったんですが、来るのに時間が掛かるって…」



そう言い、レリクは視線を下ろした。


それを見、ザックは声を上げた。



――自分が行く、と。



たちまちレリクの目は丸くなる。


自信故の余裕か、ザックは何度断られても調子とやる気を崩さなかった。



悩んだ末、レリクは聞き入れる。

無茶をさせる気負いからか、報酬をさしだそうとするが、ザックは首を横に振り、断った。


そして、カメラを手に取り一言。



「俺はこれ以外で稼ぐつもりはありません。」



体調は万全。行くなら今かと、ザックは立ち上がり歩き出す。扉に手を掛け、出ようとした矢先、小さくレリクが呟いた。



「…前にここの森に用があるって訪ねて来た人が居たんです。でもその人は行ったきり帰ってこなかった…」



――人は、肉体の機能が停止した時、魂を肉体から切り捨て、自身を護るため周囲の物に宿る。


物に宿った魂が、再び肉体に戻る時、大抵は自分に思い入れがある場所へと戻り、そこで肉体を再生させる。


荒らしに変化した者でも、それは変わらない。


もしレリクが言うように、その人が荒らしなら、用があって訪れたこの森に執着し、留まっている可能性が高かった。


沈黙した後、レリクが奥の棚から何かを取り出し、それをザックに渡した。



「さっき"チャネリング"した時、ラーソって人から聞いたんです。オーラの基本色が緑色の人は、今日これを持っていればオーラが溢れ返るって。」



ザックの手に、赤く輝く美しい宝石が握られた。


パワーストーンの一種、レッドオニキスである。


危険な目に遭わせるのだから、せめてものお礼を…それが精一杯の感謝の念だった。


ザックはオニキスと、レリクの真心をポケットにしまい、外の景色へと消えていった。



庭先に出、再び深呼吸…と思ったが、どうやらそれどころではないらしい。



外に居たはずのシェイン達が居なかった。


ふと、先程の二人の表情が、ザックの脳裏に思い浮かんだ。


荒らしのことを話した時、二人はなにかを決意しているようだった。


――荒らしの元へ向かったのだろう。



そう直感しザックは走り出した。


レリクに伝えようか…そう考えたが、言うのを止めた。


まだそうと決まったわけではない。今話しても余計な心配を掛けてしまうだけだ。


そしてなにより、時間を無駄にしたくはなかった――





―――――――――






――森は光に満ちていた。


空気中のフォトンエネルギー量が、光のコントラストを左右する。今日の森は、影を消すほどに輝いていた。


だが、この美しい場所も、今は荒らしが猛威を振う森である。



そしてその危険な場所には、ザックの予想通りシェイン達が居た。


目的は、やはり荒らしの退治。


二人は歩幅を合わせ、着々と荒らしとの距離を縮めていく。



だが突如、カインが何かに気付き、指を差した。



恐る恐る見た先には…




《蜈峨k荳九&縺》



なんとも奇妙な文字が羅列されていた。


チャットリング文字だろうか…

奇妙な文字は、不気味さを感じさせた。



「文字化け…近くに荒らしが居るぞ。」



シャインは興奮し、早足に歩き始めた。


カインは焦り、走ってそれを追いかける。



懸命に、全力で…


だがなぜか一向に追いつけない。



(――走るのなら僕の方が早いのに…)



泣き出しそうになるのを必死でこらえる。


シェインもその異変に気付いていた。


そして、それが「ラグ」が原因だということを知っていた。


ラグ、そして先ほどの不気味な文字を前にし、次第にシェインの心も曇りだす。


だが、今更引き返せない。再び決意し、歩こうとしたその時…



「わ!」



目の前を、突然何かが高速で横切った。



「…子供がこんなとこに居たら危ないぞ。」



聞き覚えのあるこの声… それはザックのものだった。


ザックは、腰を抜かしたシェインを笑顔で宥め、落ち着かせた。


と、そこに、ラグで遅れていたカインも追いつき、二人の名を呼んだ。そして気がゆるんだのか、声を上げ兄弟揃って泣き出した。


泣き声が小さくなるにつれ、ラグの異変も次第に弱まる。数分後、無事に異変はなくなった。


一段落を迎えた所で、ザックは二人に帰るよう促したが、二人は首を横に振り聞き入れない。



「平気だよ。俺たち死んでもすぐに戻って来れるもん。荒らしなんかと違うよ。」


「荒らしは悪い奴なんだろ!だから僕達が…」



捲くし立てるその口は、雲雀(ひばり)の如くやかましい。




《しずかに》




そんな雲雀を、ザックは指先一本で黙らせた。チャットリング文字が、強く二人の瞳に突き刺さる。



「…荒らしはみんな、なりたくてなった訳じゃないんだよ。」



声の調子を落とし、諭すように語る。


胸に宿るは、荒らしについて理解させなければという使命感。


考えた末、ザックは二人を連れ、先へ進むことにした。


ここから少し先、小さな広間があったはず。そこにきっと荒らしは居る。ザックはそう予感していた。


そして、その予感は的中する――






―――――――――





(――居た。)



荒らしは不気味に佇んでいた。


その外見から、若い男だと解るが、その身体は強力な生体磁場によりぼやけていてよく見えない。


更に周りには、身体を囲むように、奇妙な文字が(つづ)られていた。



《闃ア繧》

《蜈峨k》



やがて、三人に気付いた荒らしは、鋭い視線を送り威嚇(いかく)をはじめた。



「見てれば解るよ。荒らしがどんなものかって。」


「…ザックさん、戦うの?」



巻き込まないよう、ザックは二人を荒らしから遠く離れた場所に置いた。


そして、直ぐに終わると笑顔で告げ、荒らしの元へと歩を進めた。


改めて荒らしの近くに来た時、その生体磁場の凄まじさがよく解った。魂を突き刺すような敵意がザックを襲う。



「…戻る気はないですか。」


「サカに…ヌア゛らち。」



説得してみたものの、荒らしは不気味に言葉を連ねるだけだった。


それは、荒らし特有の行動であり、自我を失っている証拠である。


こうなればもはや、見境無く人を襲う獣と同じ。救う手は一つしかない…


ザックは、息を深く吸い、気を引き締めた。そして、地を勢いよく蹴り出し荒らしに向かった。


地を滑るように移動し、荒らしに詰め寄る。その勢いを利用し、拳を強く突き出した。荒らしは避けきれず、その拳を腹部に受け、まごついた。


本来、荒らしには物理法則の概念は通用しない。


普通に拳を打ち出しただけでは、その実態を捉えることは不可能。だが、それが出来るのは魂の力が上昇したバイオレットだからと言うところか。



「ゆら…らち。」



荒らしも黙ってやられるわけではない。宙を舞い、拳を振り回しザックを攻めた。


荒らしは魂そのものの存在であるため、魂の力はバイオレットを凌駕する。


そのため、その拳を受けただけで、魂に大きな傷を受けてしまう。避けて戦わなければならない。


ザックは、昨日の猪を相手にするかのように、その拳をヒラリと流した。


後ろにステップ、踏み込んできた荒らしにカウンター気味の一撃に加える。


拳のインパクトにより、荒らしは少し後方へ退く。が、突如勢い良く宙へと浮上した。



《荳九&縺》



荒らしから大量の文字が現れる。同時に周りの木々が、葉を落とすほどの揺らめきを始めた。


枝は折れ、葉は舞い狂う。



次の瞬間、折れ枝が意思を持つかの如く、凄まじい勢いでザックめがけ一斉に飛び出した。


バイオレットの肉体は、クリスタルより脆弱である。飛び交う枝に突き刺さっただけでも傷を受けてしまう。



(――少しまずいか。)



次の瞬間、ザックの身体が半透明に変わり始めた。


それは、より魂の力を引き出す時に見られる現象である。いよいよ本気という事だ。


その間も、枝の雨は止まずに降り注ぐ。


ザックは、その雨の中に自ら飛び込んだ。


このままでは、枝が身体に突き刺さる。だが枝はザックの身体をすり抜けていった。半透明の状態は、肉体より魂に依存した存在になるため、荒らし同様、物理法則の概念は存在しなくなるのである。


宙を浮遊し、自在に動くその躍動は、まさに風。


だが、その「風」はいつまでも吹かなかった。


突如、後方からの大きな衝撃により、ザックは地へと落ちていく。


地に手を着き、受け身を取るが、予想以上に受けた傷は大きかった。



「ザック!」



たまらずシェインが叫びを上げた。


ザックをはじき飛ばした荒らしは、追撃とばかりに迫り来る。


シェイン達は反射的に目を閉じた。


目を開きたい…でも怖くて開けない。


やっとの思いで瞼を開けた時、予想外の光景が、二人の瞳に飛び込んだ。



倒れているのはザックではなく、荒らしの方だったのである。


その手には、赤いオニキスが握られていた。



「パワーストーン…たまには使ってみるものですね。」


荒らしは苦痛で表情を鈍らせていた。



(――よし。)



ザックは、靴の隙間にオニキスを押し込むと、そのまま地を踏み出し、荒らしの元へ駆け寄った。


気合いを込め跳躍し蹴り出した空中回し蹴り。


先刻、ザックが練習していたものである。


オニキスによって増幅されたその一撃は、荒らしを切り裂くように直撃した。


「蹴り裂かれた」荒らしは、次第に力を弱めていく。


やがて、空気中のフォトンエネルギーに吸収され完全に消え去った。



消えゆく魂は、二度と戻ってくることはない。



彷徨(さまよ)う魂を、人の手によって消滅させる。人はこれを「浄化」と呼んだ。



「怖かったかな?」



ザックは、震える二人に笑顔で言った。



「うん…だって無茶ばっかりするから。それに…」



――何より死が怖い。


そう言おうとして開けた口は、涙声を先に放ってしまう。



もし自分が荒らしになったら… そう考えるだけで、二人の心は涙で沈んでいった。



「まだ荒らしを倒したいと思うかい?」



問われた二人は、直ぐに首を横に振った。


荒らしが、苦しみもがいていたのがよく解った。そして、それと対峙するザックもまた、辛そうだったのがよく解った。



(――みんな、荒らしになりたくてなった訳じゃない。)



先刻のザックの言葉が身に染みた。



「ザックさんも… 僕達もああなっちゃったりするのかな…」



カインの言葉に、ザックは頷いた。


生命に絶対などない。たとえ、限りのない命を手に入れた人類でも、怪我を、そして死を恐れることは大切なことなのだ。



「今感じたことは忘れちゃだめだよ。」



ザックの言葉は、涙で沈んだ二人の心を優しく掬い上げた――






―――――――――






――「本当にありがとうございました。」



数時間後。



家の庭先には、頭を下げ、礼を言うレリクが居た。


その先には、身支度を終えたザックが居た。



ずいぶん長居をしてしまった。


だが、そのぶんいい写真、そしていい思い出を沢山作れた。



「ザックさん!」



シェインとカインが駆け寄り、別れのあいさつを言った。


その瞳は少し寂しげだった。



「そろそろ行かないと。大丈夫、また今度来るよ。」



聞いて、二人の表情から影が消えた。



(――おっと…)



なにか思い出したのか、ザックは懐に手を掛け、小さな手帳を取り出した。



「ザック先生から君たちへ、ちょっとしたクイズを出そう。」



白紙のページを開き、指でなにかを書き出した。



そして、何か文字が見えるかとページを見せ問いただす。



言われ、二人は覗き見るが、そこには白紙のみで何も書かれていなかった。



ザックは「自分だけに見える色」である事を書いていたのだった。


ではなぜそうしたのか、またなにを書いたのか。それが二人に出した特別クイズだった。



「今度会った時までの宿題にしよう。」



二人は顔を膨ませた。



「では、お元気で。」



ザックは背を向け歩き出す。



次第に小さくなっていく影。


その後ろ姿を、二人はしっかりと見つめていた――




第二話「荒らしを前に…」 完













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