因果の風
――ここは、フムリダという街を囲む山中。
雑草が生い茂る広大な高原の中、なにやら犇めき合う人々の光景があった。
皆一様に前方を見、歓声と熱狂を贈っている。
それは、今日ここで開催される、とある大規模なイベントのためだった。
イベント主催者はクレロワ=カニール。
視線を一心に受け、クレロワは旧文明の機器「マイク」を手に話し始めた。
『今回、私がここまで大規模にデフォルメーションの制作風景を公開するに至った理由は、ひとえに私共の技術を皆さんに知って頂きたいからに他ならない。すでに噂が立っているため、ご存じな方も多いとは思うが、私がこれまで放送を行ったデフォルメーションは、旧文明の遺産、ディスクに記されていた物語を独自に編集し放送したものである。
私はそれを見る度思うのだ。記された物語は旧文明から我々に送られたメッセージではないのかと。事実、それらの物語はアセンション後の地球を予想したかの様な内容のものが多く、また、完全に知り得ていたのではないのかというほどのものまで存在する。
さて、今回新たに始めるこの「高速起動隊」はその最たる例である。我々はそれを如実に現し、更なるクオリティーの向上と共に、皆様にお伝えしたい。』
クレロワが話し終えた途端、犇めき合った観衆は付和雷同。とりあえず騒げと賑わった。
『下らん戯れだな。これで本当に奴らを誘い込めるのか?』
歓声に紛れてクレロワに響くテレパシー通信。
それは、溢れる観客にもみくちゃにされ機嫌を損ねるシオンのものだった。
『このイベントにはリリも来ると言う話を広めている。リリを狙うこの絶好の機会を、奴らは見逃すまい。』
――自身の身分を最も生かした方法で、リリの暗殺を企てる者達をおびき寄せる。
その計画を建てたのはクレロワだった。
シオンは、おびき寄せられたリリ暗殺を目論む者を排除するため、この会場に招待されていたのだった――
―――――――――
――一方、ここは、イベント会場から数十キロ離れたフリムダ山中。
草木が少ないこの山は、剥き出しの岩肌が無機質感を漂わせていた。
山道とは言うが、ほぼ無秩序な道のりを、ザックは浮遊し上がり、マティスは高く跳躍し登っていた。
そして、二人の後ろをついて回る伊達メガネを掛けた青年が一人。
仕切りに首を動かし、青年は辺りに神経を尖らせていた。
「…あ!また来ましたよ。」
青年の声と共に、彼を過敏にしていた張本人が空からやって来る。
全長約十五センチ。棒状の体で素早く宙を飛び交うのが特徴のスカイフィッシュである。
「…キラさんは俺の後ろに。」
ザックは、数え切れないほどの
大群の中に思念波を放ち、複数体を撃ち落とした。
ザックの声に応え、「キラ」という青年は、後ろに身を潜めた。
彼は、ザック達にとある依頼を行った依頼主だった。
その話は昨日の事――
―――――――――
――山中に出現した荒らしの浄化をしてほしい。
フリムダのチャットルームで一息付いていたザック達に、キラは突然そう告げた。
「明日フリムダ山中で大規模なイベントがあるのをご存知でしょうか?そんな時に荒らしが居たのではイベントが円滑に出来ないと思いましてね。」
話によると、キラは明日行われるというイベントを無事に終わらせたいという思いから、障害であるこの山に巣くう荒らしの浄化をしたいらしい。
そして、出来れば自分をイベント会場まで護衛してほしいと告げた。
依頼が荒らしの浄化と知り、マティスは俄然やる気をたぎらせた――
―――――――――
――そして今、マティスはひたすら無言に努め、無数に迫るスカイフィッシュを切り落としていた。
だいぶ数が減ってきた… 空を見てそう感じたザックだが、その直後、再び空を覆う群れを見ることになる。
(――仕方ない。)
体を半霊化させ、いよいよ本気になろうとした、その時…
「そこの三人。この俺が加勢してやるぜ。」
軽々しい言葉と共に、突然下方から両手にグローブをはめた男が飛び出し、スカイフィッシュ撃退に加わった。
男の出現により、スカイフィッシュはみるみる数を減らしていく。そして、不利と感じたのか、仲間を連れ逃げ出した。
ザックが男に礼をしようとした時…男は指を鳴らし、こう言った。
「あんたの力はこんなものじゃないはずだ。」
この物言い…そして、そこはかとなく漂うコーヒーの匂い…ザックはそれに見覚えがあった。
「ビンズ…さんですか。」
ゆっくりと振り返ったその姿は、案の定、以前ファンクスの湖で知り合ったビンズであった。
再会したビンズは、以前のあの頼りなさからは想像出来ないほど、凛々しい雰囲気を発していた。
「あれから鍛え直したからな。それと…守るべき者がある強さってやつか。」
言い終えて、ビンズは再び微笑した。
「驚いた。潟躍みたいな奴だな。」
ビンズの態度を見、マティスは言った。
それを受け、ビンズは「俺みたいにイカした奴が二人も居るとは驚きだ」などと茶化してみせた。
雰囲気は変わっても、相変わらずのお調子者のビンズは、自然とザックを笑顔にさせた。
どうやらビンズも、イベントに参加するため登山しているらしい。
「あ、マティスさん。会場はもうすぐそこなのでビンズさんに護衛をして貰います。今から荒らしの方へ向かってくれませんか?」
キラはそう言い、荒らしが現れるという場所を教えた。
随分距離はあるが、依頼とあっては仕方がない…二人は早速現場に向かうことにした。
ここで、ビンズと再びの別れ。
「そういえば、守るべき者って誰なんですか?」
それを受け、ビンズは瞳を輝かせ、自信満々返答をした。
「今回のイベントの主役、クロンちゃんさ――」
―――――――――
――ビンズと別れてから数時間。
荒らしの居る地に向かう道のりは、険しいながらも自然豊かで美しく、なにより空気がおいしく感じられた。
スカイフィッシュの事を考えれば、カメラは持ってこなくて正解だったが、ザックは内心この一望する広大な自然を撮れないことにもどかしさも感じていた。
「思念写真があるじゃないか」とマティスは言うが、ザックは頑なに首を振る。
目的地に着き、辺りを警戒し荒らしを探った。
その時、マティスは長年の経験から、周囲に漂う異様な雰囲気に気が付いた。
(――荒らしが居た気配がない?)
通常、荒らしが頻繁に現れる場所には、わずかな生体磁場が感じられるのだが、ここにはそれが無かった。
考えられる事は二つ。
キラが出現場所を間違えたのか、はたまたわざと居もしない場所に誘ったのか…
「もう少し調べてみましょう。」
一抹の不安を抱えながら、二人はその場に留まった――
―――――――――
――イベント会場。ここは、一層の熱気を見せていた。
高い人気を誇るクレロワのデフォルメーションには当然ファンも多かった。それを間近で見たいという熱狂的なファンが押し掛けていたのだ。
そして、伝説めいた人物、リリも登場するかも知れないとあっては、祭り好きの血が騒がない訳がない。
だか、中にはそれらとは関係なしに群がる人影もあった。
それは、イベントの中心人物「クロン」を見たいが為に来た者達である。
賑わった会場は、クレロワの合図で静まり返った。
「皆様も知っての通り、デフォルメーションは思念をデフォルメして皆様に提供するチャネリングである。それは通常、チャネリング施設でシンクロニシティ(数人が一カ所に集まりチャネリングを行う行為。)により行われるが、我々はそれとは少し異なる方法で制作を行っている。ではそれを今からお見せしよう。」
言い終え、クレロワは背後に立つ女性に合図を送った。
促され、女性は観衆の前に姿を現す。
リボンの付いた三角帽子に、黒いコートの出で立ちをしたその可愛らしい容姿を見るなり、観衆は怒号にも似た歓声を送った。
「緊張しているか」というクレロワに対し、女性は気丈に振る舞うが、その足は僅かに震えていた。
「こ、今回…わたくしクロン如きにこのような歓声を送って下さり、あ、ありがとうございます。」
緊張に言葉を詰まらせ、クロンは思わず下を向く。
その時、一人の男の張り上げた声援が、会場を突き抜けクロンに届いた。
見ると、そこには宙に浮き手を振るビンズの姿が。
ふざけた行動だが、その突拍子もない行動は、クロンに勇気をもたらした。
クロンの変化に気付いたクレロワは、好機とばかりに次の行動に移った。
背後に置かれた巨大な檻。それが厳かに開かれた時、観衆は驚嘆しどよめいた。
放たれたものは、スカイフィッシュ。
それは縦横無尽に宙を舞い、クロンをあっという間に取り囲む。
だがクロンは、自分の背丈ほどの長剣を手に、竜巻と似た風圧で迫るスカイフィッシュを切り落とし始めた。
突然の騒動に動揺していた観衆も、その勇ましい活躍に歓喜の声を上げた。
『賢明な皆様は、なぜこのような僻地でデフォルメーション作成を行うのか、疑問に思った事だろう。それは、私自身が実際に作り上げるキャラクターの動きを現実の人物の動きと照らし合わせて作り上げるためである。』
クロンを物語の主人公、飛び交うスカイフィッシュを物語に登場する飛行物体に見立て、クレロワはその動きを観察。
その情報は、カニールガーデンに要るプロバイダー達にも送られるため、空想だけでは表現仕切れない、躍動感ある見事なデフォルメーションが完成するのだ。
クロンは、これまでもこうした協力をする事でカニールガーデンと契約をしている人物で、その存在は一部にしか知られて居なかった。だが、次第に熱狂的なファンが付くようになり、一躍その名は世界中に知れ渡る事となったのだ。
「クロンちゃん、さすが!勇ましい!」
人一倍熱狂し、叫ぶビンズも、クロンの熱狂的なファンの一人である。
もう一度歓声を送ろうと、大きく息を吸う。
だがその時… 騒ぎの中に紛れて響く悲鳴が、ビンズの耳に飛び込んだ。
何事かと、浮遊し見渡した時、思わず言葉を失った。
数千ものスカイフィッシュが会場を飲み込み、蜘蛛の子を散らし逃げ惑う大衆の波。
これほどのスカイフィッシュの大群は異常だった。
そして、いつになく凶暴なスカイフィッシュに、ビンズは異常が起きていると直感した。
強力な生体磁場は弱い物に影響を与える…
(――荒らしの仕業か。)
途端にクロンの事が頭をよぎり、慌ててその姿を探す。
焦りが、必死で取り繕った冷静さを飲み込まんとした時、ようやくその瞳にクロンが映し出された。
ホッと一息… かと思いきや、焦りの種がまた芽をつける。
戸惑うクロンの後ろを、何者かが放ったタグの光弾が襲い、その身体が飛散する。
光弾の軌跡を辿ると、そこにはキラが立っていた。
キラは、倒れたクロンを抱きかかえると、混乱に乗じ姿を眩ました。
慌てて追い掛けようとしたビンズだが、スカイフィッシュがそれを阻んだ――
―――――――――
――「これはリリを狙う者の仕業なのか?」
思念波で複数体ものスカイフィッシュを消し去りながら、シオンはクレロワに言った。
――突如飛来した、生体磁場の影響を受け暴走したと思われるスカイフィッシュ。そして、その騒動に紛れ居なくなったクロン。
一つ思い当たる節があるクレロワは、シオンにこの場の過去の状況を透視するよう依頼した。
目を瞑り、シオンは身体のエネルギーを低下させる。
暗闇の中に、鮮明に情景が映し出されていく。
伊達メガネを掛けた者がクロンを連れ去る光景が。
「やはりか…熱狂的になるあまり、自分だけのものにしたいと考える、旧文明の蛮人にはよくある行動らしい。それを今の時代で見れるとは、これもディセンションが為せる業ということか…」
迫るスカイフィッシュを片手で軽くあしらい、クレロワは重いため息を付いた。
リリを狙う者をおびき寄せるつもりが、とんだ蛮人が釣れた… 落胆するクレロワとは対称的に、シオンは笑みを浮かべていた。
「ワンダラーでもない貴様には解らないだろうが、蛮人の排除は、ディセンションの抑止に繋がるのだ。」
そう言い、シオンは嬉々とし駆け出した――
――ビンズは必死にクロンの行方を追っていた。
キラが荒らしを使い、今回の騒動を引き起こしたのは確実。
そして、荒らしはスカイフィッシュを使い会場を荒らした。
あれほどのスカイフィッシュを使うには、当然大群で生息している場所に行かなくてはならない。
そう予想し、やって来たスカイフィッシュの巣とも言える洞穴の前には、案の定、その存在が確認出来た。
若い男の荒らしは、ビンズを見るなり思念波を放ち、その身を数キロ先へ消し飛ばす。
「依頼人に、誰もここには近付けるなと言われているのでな。」
吹き飛んだビンズを追撃し、荒らしは言った。
だがその声はビンズには届かなかった。
頭の中にあるものは、クロンのみ。
――邪魔をするものは全て倒す。
その闘志に呼応する様に、グローブに装飾されたインカローズが輝いた。
思念波と独自の体術を武器に、獅子奮迅。
蹴り上げる荒らしの脚を手首で払い、眼力から放たれた思念波を身をクルリと回転させ避ける。
その勢いを利用し、ビンズは右拳で荒らしの顔面を強打した。
やや不器用な動きだが、その動きはどこかザックの姿を思わせた。
不利と感じたのか、荒らしは不意に空中高く浮上した。
ビンズがそれを落とそうと、力強く思念波を繰り出す。
だが、その思念波は荒らしの眼前でかき消えた。
荒らしを覆う、半透明の四角い障壁。それは、ウォールタグによるものだった。
ビンズは舌打ちし、再度思念波を繰り出すが、やはり届かない。
ならばと、ウォールタグに向かった時、そこから複数の赤いラインが現れ、ビンズの身体をあっと言う間に縛り上げた。
「タグの併用…だと。」
ビンズの言葉に、荒らしは歪んだ笑いを見せた。
力強く絡まるラインは、ビンズの動きを封じると共に、その体力を奪っていった。
荒らしがゆっくりと手をかざし、思念波を向ける。
ビンズが覚悟を決めたその時…
「なるほど、詰めの甘さも潟躍そっくりだな。」
その声がビンズの耳に届いた時、身体に絡まるラインタグが、快刀乱麻。瞬く間に解かれ消え失せた。
そして、荒らしの居る方からは轟音が。
見ると、ウォールタグは消え、荒らしは地に伏していた。
「ビンズさん。遅くなってすみません。」
地に伏した荒らしに思念波を放ち、ザックが笑顔で言った。
「さすが、俺の見込んだ男だ!」
そう言いビンズは、ザックに荒らしを任せると、クロンの下へと駆け出した――
――その頃、クロンは心地よい花香に誘われて、閉じた瞳をゆっくりと開いた。
視界に入った光景は、一面の花畑。そして、その中に笑顔で佇むキラの姿。
ここはどこかと問い、身体を動かそうとした時、クロンは自身が置かれた状況を知らされた。
クロンの両手足は、赤いラインで縛られ、体は後ろの樹に括り付けられていた。
着飾ったコートはスカイフィッシュに切り刻まれ、露出した肌の周りは赤く染め上がる。
「だいぶ弱ってるね。僕が痛みを忘れさせて上げるよ。」
縛られたクロンの体を、伊達メガネ越しにまじまじと見つめ、キラは言った。
舐めるようなその視線に、クロンは思わず顔を背け、頬を赤らめた。
「ここは君のために用意した空間だ。誰にも邪魔されない。君はずっと僕と一緒に暮らすんだ。」
ゆっくりと、クロンの反応を楽しむ様に、その頬を撫でながらキラは更に話し掛けた。
誰にも邪魔されない二人の世界に、心酔し、「コレクション」を撫で回す。
キラは顔を近付け、躊躇するクロンの唇を指で優しく触れた。
嫌がるクロンを見つめながら、今度はその唇に自身の唇を近付ける。
唇が重なる…その瞬間。
「恋慕の果てに、自分だけのものにしようと考える。いかにも低俗な思考だな、蛮人。」
誰も居ないはずの空間に、突如響いた鋭い声… キラは思わず肩をビクつかせ辺りを見渡した。
すると、隔離されていた花畑が、みるみるうちに消滅し、無骨な岩壁が周りを覆う、洞穴へと変わっていった。
そこには、見下す視線を送るシオンの姿が。
何者かと問いただすキラ。
蛮人アンチの専門家を名乗り歩み寄りシオン。
二人の邂逅を、クロンは後ろの岩壁に寄りかかり、放心して見つめていた。
他人のリンクタグに造作もなく介入でき、不気味な雰囲気を発するシオン… キラは冷静な顔付きとは裏腹に、阿鼻叫喚の心境でいた。
だが、一つだけ強気で居られる事があった。
「僕を殺してなんになる。またすぐ魂は戻ってくるさ。」
言って、安堵感が増したのか、キラは落ち着き払い薄ら笑いを浮かべた。
シオンはそれにも負けない屈折した笑みを見せると、ペーストタグを書き上げ、身体から一冊の本を取り出した。
「この"真死録"には、旧文明時の蛮人が行った人の殺め方が記録されてある。それを一つ一つ試したら、貴様の魂はどれくらい保つかな?」
シオンが言い終えた時、キラは額から冷たい汗を流していた。
次の瞬間、キラは勢い良く後ろに吹き飛び、クロンが座る岩壁の隣に激突した。
剥き出しの岩の壁は破壊され、叩きつけられたキラは、声も上げず悶えていた。
シオンは、うずくまるキラの前に立つと再びペーストタグを書きながら、腹部めがけ右足を蹴り上げる。
身体から現れたものは、ヒヒイロカネで作られた長い棒だった。
「…何度見ても禍々しいものだ。」
言いながら、地に投げ出されたキラの右手にその棒を振り下ろす。
そこから数十分。執拗なまでの暴行が続いた。
両手足を真っ先に潰し、肉体が滅びぬ程度に痛み付ける。
キラはクリスタルのため、肉体の傷はすぐに回復するが、その度シオンは暴行を繰り返した。
そうすることで魂は次第にストレスを感じ、その寿命を短縮させ、やがて完全な死に至る。
もう止めてとクロンは叫ぶ。その声もかすれて来た頃、シオンはようやく動きを止め呟いた。
「私の一番の喜びは、貴様のような蛮人を始末する事だ。」
一瞬の隙を付き、キラは力を振り絞ると、脱兎の如く逃げ出した。
だが…
《<a href="http://<hr si…>"》
シオンが放ったタグが、疲労しきったキラに向かう。
それが身体が触れた時、キラは音も無く消え去った。
それを見るシオンは、滅多に見せない高笑いを見せていた――
―――――――――
――「クロンちゃん!」
数分遅れで、ビンズはクロンの居る洞穴を訪れた。
そこに広がっていた光景は、水溜まりと間違うほどの血溜まりと、洞窟の奥で小さく震えるクロンだった。
そこに、荒らしの浄化を終えたザック達も駆けつける。
「…突然誰かが来て、キラ…さんを。」
途切れ途切れに話すクロンを見、ビンズは溜まらずその体を優しく抱きしめた。
「今は何もかも忘れよう。ごめん…何も力になれなくて。」
震えるクロンより更に震え、ビンズは囁く。
その声に、クロンは先ほど声援を送ってくれた者だと知り不思議と安堵感を覚えた。
「あ、ありがとうございます。…あなたは暖かい方…ですね。」
しばらくそのままでいる二人を気遣い、ザックとマティスは洞穴を後にした。
外に出、ザックは珍しく深呼吸をせずに考え込んでいた。
執拗な暴行、発した不気味なタグ… クロンが話した特徴の男にザックは心当たりがあった。
「…シオン=ダオリス。」
つぶやき言った小さな声を、マティスは小耳に聞いていた――
第十七話「因果の風」 完
十七話登場人物集
※イラスト協力者「そぼぼん」
※登場人物一部割愛
クレロワ=カニール
シオン=ダオリス
ビンズ
キラ
クロン