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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第一話
3/75

アップ・ザ・ロード

挿絵(By みてみん)

――「さて今回は、アセンションにより人類はどのような変化を遂げ、進化をしたのか、それについて詳しく解説していきたいと思う。



章一「人類の神秘の軌跡」


アセンションを遂げた新人類の特徴。


一.フォトンエネルギーが体内に取り込まれることにより遺伝子細胞が活性化。


二.取り込んだフォトンが魂へと伝わり、そこから生体磁場(オーラ)が作り出される。


三.オーラにより、個別を認識。オーラに色彩を与え色による意思表示を出来るよう進化。

(チャットリング能力)


四.色彩の活性化。

それにより、旧人類では認識不可能であった色彩が見えるようになる。自分だけの色を持ち、自分にしか見えない色など、その色彩感覚は旧人類の遥かに上回る。


五.音感の活性化。

色彩と同じく、旧人類では認識不可能であった音を知りえる事ができる。それによりチャネリング、テレパシー等の能力が拡大していった。


六.寿命の増加。「魂寿命」の確立。


七.思念の実体化。


八.少し先の未来が見える。


九.睡眠時間の減少、食物摂取の減少。


十.「バイオレット」「クリスタル」と呼ばれる新人類が誕生。




…このように我々人類は、新次元の生物へと進化を果たしたのである。


そして、我々にとって最も特質すべき進化は「魂寿命の確立」だろう。それは・・・」



「はい!」



淡々と、本を読み聞かせていた声が、子供の声でかき消えた。



ここは、とある山中に建つ一軒家。


古めかしい木造の家の居間に、本を読む若い男、そして子供が二人、それぞれ丸椅子に座っていた。



「質問かな?」

 


若い男は、手に持ったクレロワ著作本「ガイア・アセンション」を一旦下方に下げ、優しく呼びかけた。


子供達は、手を上げハキハキと元気良く質問を返す。



「チャットリングってどういうこと?」



質問に対し、男は無造作に伸びた短い髪を左手で掻きながら、宙に右手の人差し指を突き立てた。そして、それを鉛筆に見立て、文字を書く動作を始める。宙をなぞったその先には、なにやら文字らしきものが見えた。



《ザック・ルーベンス》



緑色で書かれた名前。どうやらこの男の名前らしい。


それを見た途端、子供の一人が指を差して驚いた。


そしてザックの真似をし、文字を書く動作を始め出す。が、宙にはなにも残されなかった。


自分には出来ない事に気付いた子供は、肩を落とし落胆した。



「もう少し大きくなったら出来るようになるよ。みんなが持ってる力だからね。」



落胆する子供の頭に優しく手を置き、ザックはにこやかに話し掛けた。


掌の温もりは、頭を通じ笑顔を生ませた。


一部始終を隣で見ていたもう一人の子供もまた、笑顔を作っていた。


だが、それはなにやら無邪気なそれとは違い傲慢さを秘めていた。


ふいに、自信に満ちた表情でその子供は立ち上がる。


そして、ザックと同じように指で文字を書くしぐさを始めた。


なぞった後には…



《シェイン》

《カイン》



見事、二人の名前が(つづ)られていた。



それを見、先ほど(なだ)められ機嫌を戻した子供が、「いじわる」と言い、再びふてくされた。


「いじわる」と言われ、得意げな顔をしているのはシェイン。それを悔しそうに見つめているのはカイン。二人は兄弟だった。



《しずかに》



ザックは、うるさく騒ぐ二人を指先で制止した。


文字が無言の圧力となって二人に伝わり、部屋は一斉に静まり返った。



「チャットリングは、俺みたいに色々な場所を行く人は、必ず覚えなきゃならないものだよ。覚えるにはどうすればいいか、解るよね?」



「勉強!」



姿勢をただし、敬礼。旧文明でいう軍隊の如き振る舞いである。


そしてカインは、兄よりも嬉々とし、「何か作り出してみて」とねだり始めた。



思念の実体化のことか… ザックはそう思うと、二人が持つ本を指差し、そこに書かれた一節を黙読させた。



(――思念の実体化は、地球磁場が強い場所でのみ行える能力である。)



読み終え、ここでは出来ないことを知り二人は仲良く落胆した。

「詳しい話は難しくなるから置いといて…」



言いながら、ザックは次に教える事を模索した。


――少し先の未来が見える…


この項目に目を付けるが、まだ二人には難しいだろうと考え、断念。さらなる思考を巡らした。



ザックが悩む中、二人は教科書の続きを急かした。


意外に楽しんでいるらしい。



促され、ザックはひとまず次のページをめくり、読み聞かせた。






――「アセンションを遂げた世界は、常に光の力(フォトンエネルギー)に満たされている。


人類を含む生命は、そのフォトンエネルギーを体内に取り入れたことにより、これまで眠っていたとされる力を呼び覚ますこととなる。


これが俗に言う「生命アセンション」である。


そして、アセンションを遂げた人類は、大きく分けて二つの種に進化を遂げ繁栄していった。


それが先ほど述べた〈バイオレット〉と〈クリスタル〉である。


ではこれから、二種の大まかな共通点、相違点を述べていこうと思う…」






――とその時、後ろの扉を小さく二三叩き、長いブラウンの髪をした女性がやって来た。


「レリクさん」とザックは直ぐに呼び、その頭を深く下げた。


女性―レリクも一礼し、シェイン達を見やる。


母親なのだろう… 勉強をしている事を喜び、二人を労う様子は、それを無言で物語っていた。



シェイン達は気を利かせたのか、自分達の部屋で勉強してくると言い、足早に部屋を出て行った。


二人のみとなった部屋には、変わりに妙な静寂が居座った。


それが長居する前に、レリクはザックに話し掛けた。



「子供達に付き合って頂き、ありがとうございます。おかげであんなに勉強嫌いだった子達が自分から勉強を…」



――自分から学ぼうとする。


その心が美徳とされるこの世界は、自ら学びたいと思わないかぎり他人は強要してはならない。励みたいと思った時、それが大人への大一歩。



「俺は助けて貰った恩を返しただけですよ。」



ザックは申し訳なさそうに言った。



「あの日…」


・・・


ザックの脳裏に、「あの日」のことが浮かびあがった――






――その日は晴れ。空気が暖かく、いつになく気持ちのいい日だった。


いつも移動に使う「自転車」という器具を軽快に走らせ、ザックは山中を駆け巡っていた。


ここは何度か足を運んでいた場所である。


肩から小さなカバンをぶら下げ、坂を下っていく。


ふと見晴らしのいい場所を発見、自転車を止め深呼吸。



肩から下げたカバンからなにかを取り出し、顔の位置まで引き寄せる。


それは、乾いた短い音を出し、広い空間を響き渡らせた。



(――いい感じに撮れたな。)



眼前の広がる、澄んだ空と森の緑が、手にした物に映し出されていた。


それはかつて「カメラ」と呼ばれていた物。進化とともに消え去った旧世代の撮影機器である。


ザックは、時代錯誤とも言えるカメラを手に、美しい景色を撮る「写真家」だった。


山は自然の宝庫。いつ来ても、別の表情を覗かせてくれる。


上機嫌なザックは、どんどん山深くを進んで行った。


だが…


それがいけなかった。



澄み渡った青空が、みるみる内に暗くなり、ザックの心も暗くなる。


数時間後、辺りは闇に包まれ、山は「雪」に覆われた。


あっという間に降り積もる雪は、ザックを完全に孤立させた。


自転車を置き、歩いて帰ろとしたのだが、結果は――






―――――――――






――「あの時はさすがにもう駄目かと思いましたよ。」



力尽き、倒れたザックを、レリクが見つけ助けだした…という流れなわけだ。


この世界に生きる住人にとって必須といえる行為、「天気予知」をおろそかにしたが故の事故…

本来ならば馬鹿にされても文句は言えない事だった。


地球は、宇宙にある「フォトンベルト」という高エネルギーの光の帯に包まれている。当然それは地球の気象を大きく変化させた。


空気中がフォトン(光子)で満たされた地球は常に光に、暖かさに包まれている。

そんな環境では寒さは無縁。だがまれに、空気中のフォトンが消滅し「夜」という現象が起きることがある。


夜は温度を低下させ、雪を降らすこともしばしば。そして夜はフォトンをエネルギーとしている生命にとっても過酷なもの。ザックはその過酷な環境に巻き込まれたのだった。



「まったく、言い訳も出来ない愚行でした…まぁおかげで雪の写真が撮れましたけどね。」



言って、ザックは苦笑した。


ふと、視線をレリクから横にある窓へと向ける。今なお降り続く雪が、静寂の中を跋扈(ばっこ)していた。



「さっき気象予知の人に聞いてみたんですが、雪はまだまだ降るそうです。でも夜はそろそろ明けるみたいですよ。」



レリクの話を聞き、ザックの頭に何かがひらめく。


夜が明ければ危険は減少する。数時間程度であれば、積もった雪も溶けることは無い。


画策することはただ一つ。 夜明け直後の安全な時に、山の雪景色を収める… 写真家故の好奇心だった。


カメラのレンズが鋭く輝く。


一言礼をいい、身支度を始めるザックの瞳も、カメラに負けじと輝いていた――






―――――――――






――丸一日近く続いた夜が開け、鳥達が朝を唄い出す。


外に出て、まず始めにすることは深呼吸。


自然の空気を大きく吸い込みながら、周りの景色を見渡した。


見事な銀世界は、雪の冷たさを忘れさせるほど美しかった。


白を踏むと、土の茶となり、足跡になる。


ザックは、それを無数に作り進んでいった。


あまり遠くには行けない。


目標を、近くの森にし、いざ行かん。



だがその前に…



「子供はついて来ちゃ危ないぞ。」



ザックの一声に驚いて、後方の木の陰から恐る恐るシェイン達が現れた。



「…雪道くらい平気だよ。僕たち"クリスタル"だし。」



カインは得意げに話した。


さしずめ、身支度をしている間に勉強の続きをしたのだろう。



「ザックもクリスタルでしょ?」



言いながら、ザックの首にぶら下がったカメラを覗き込む。



「イチガンレフカメラってやつだよね!」



よほど珍しいのだろう。カメラを見る目はレンズ以上に輝いている。


その光る瞳を見ながら、ザックは頭を悩ませた。



「クリスタル」とはいえ、二人はまだ子供。連れて行くのが不安だった。



――クリスタルは、アセンションによって肉体を飛躍的に進化させた人類である。


そのため、その身体は疲れを知らない。


だが、それでもやはり子供は心配だった。



「もう夜は来ないから大丈夫」と、二人は仕切りに訴える。



ザックはついに説き伏せられ、渋々ながら二人を連れて行くことにした。



そしていよいよ、森の中へと足を踏み入れる――






――数時間後。

森の中には、辺りを見回し先頭を切るザックと、後ろを黙々と歩くシェイン達が居た。


二人の口を塞いでいたものは、シェインの手に握られた一冊の本。


カインは横から覗き込み、兄に負けじと目を細め、書いてある文章を読んでいた。






―――――――――






「項目『クリスタル』


アセンションを達成した新人類の一種。


人類の半数以上はこのクリスタルに分類される。


肉体の進化に伴い、


・病気という恐怖からの解放。


・疲労というしがらみからの解放。


・再生能力の向上。


・寿命が拡大。それに伴い、魂の寿命を取得。


「魂の寿命」それは肉体が尽き果て、失われても、魂があるかぎりその命は繰り返される、というものである。


言うなれば、我々人類にとって肉体の寿命より、魂の寿命こそが大切であると言えるだろう。


魂そのものはとても脆弱な存在。


むき出しの状態では簡単に消滅してしまう。


肉体とは、そんな脆弱な魂を守る鎧だと思えば解りやすいだろう。



肉体が傷つき、その機能を停止させた場合、魂は自身を守る入れ物がない状態になる。


その状態はとても不安定なため、僅かな動揺でも魂の寿命を縮めてしまう。


そこで魂は、周囲の物質に宿ることで仮の入れ物を手にし、肉体が再生されるまで待つのである。やがて完全に再生された時、魂は再び元の肉体に宿り、生を取り戻す。



これが、クリスタルの輪廻のサイクルである―――






――気が付くと、シェイン達は教科書を手に音読していた。


少々気が散るが、熱心なのはいい事だ。


ザックは、それよりも森の美しさに見入っていた。


目の前には、まさに「幻想的」という言葉がピッタリな光景が広がっている。


木々に積もる雪に目を奪われ、歩いた雪道の足跡さえ愛おしい。


すでに写真の構図は決まっていた。


ザックはしゃがみこみ、下から木々を見上げるように写真を構えた。


木々の圧倒的な存在感を表現するための撮影方法である。


シェインは、自分も一緒に映すようザックにねだった。だが、すぐさま否が返ってくる。



「俺は、風景写真専門の写真家でね。」



ザックは、言いながらカメラを構え、シャッターを押した。



が…



おかしい。確かにシャッターを押した筈。にもかかわらず、音がまるでしなかった。


写真が撮れているかを確認した矢先、時間差でようやくシャッターの音がした。



故障かと思い、試しにもう一度シャッターを押してみる。


が、やはり結果は同じ。


なぜか時間差でシャッター音が発せられた。



「これってまさか… ラグってやつじゃない?」



様子を見ていたカインが、兄のシェインに話しかけた。


平静を装うが、その顔は不安を滲ませていた。


シェインは頷き、弟同様表情を強ばらせた。



(――ラグ…か。こうも頻繁に起こるってことは…)



ザックは厄介そうに呟いた。



「地球の磁場が、まれに強力な生体磁場により変異を起こし、時間の流れが重くなる…ザックさんが言ってたやつだね。」



カインの言葉に、ザックは小さく頷いた。



「磁場を荒らす存在が近くに…」



突如、木々が揺らめき始めた。


同時に、茂みから巨大な影が現れ、三人に襲いかかる。


巨体を生かして突進を仕掛ける威圧的な影。


それは鋭い牙を備えた猪だった。



「二人とも、ここから動いちゃ駄目だよ。」


ザックはそう言い、シェイン達の反対方向に走り出した。



――この猪も"ラグ"の影響で暴れ出した。



そう感じたザックは、怯えて動けぬシェイン達を救うため、わざと目立つように移動し、猪の意識を自分に向けさせたのだった。


ザックは、そのまま更に猪を自分に集中させ、引きつけた。


カメラを近くの木の枝に吊し、姿勢を低くする。



臨戦態勢のザック。


猪突猛進の猪。



人間と同じく、猪もまたアセンションを遂げている。その力は並ではない。


端から見れば優劣は明らかだった。


だがザックは、猪の突進を、風に吹かれる柳のような身のこなしで受け流していた。


その光景は、周りで揺れる葉の動きと調和し、美しくすら感じられた。


兄弟二人は揃って感心し、恐怖を飛ばし歓声を送る。



ザックの舞いは更に続いた。



猪の突進を寸でで避け、同時に右拳を素早く突き出す。


それは、見事に猪のわき腹を捉えた。


後ろからは、喜び叫ぶ兄弟の声が聞こえてくる。


クリスタルの力なら、猪といえどまともに受けたらひとたまりもない。


シェイン達は、勝利を確信していた。



「あれ…?」



ひとたまりもない…はずなのだが、猪からはさしたる打撃は見られない。


むしろ、ザックの方が苦しい表情を浮かべているように見えた。


異変はそれだけではない。



「身体が…」



ザックの身体が透けている。


その時シェインは、先刻の勉強を思い出した。



(――バイオレットはクリスタルとは違い、肉体と共に、魂の進化をより進めた者。故にその力は魂の力を引き出せる。)



と、思い起こしていた最中、シェインの耳にカインの短い叫びが入り込む。


ザックを諦めたのか、猪は振り返り、シェイン達を見据え突進を始めたのだ。



「危ない!」



叫ぶと同時、ザックは動いた。


猪の突進に、二人は思わず目を(つむ)り座り込む。耳に入る猪の足音が、より恐怖を加速させた。



だが、その足音は急に止んだ。


気になり、恐る恐る目を開ける。


途端、二人は驚愕の声をあげた。



猪が宙に浮いていたのである。


猪は、巨体に見合った見事な音をたて地面に落下し、そのまま意識を失った。



「魂の力に依存する者は、旧世代でいうサイコキネシスを扱える。それが…」



シェインが話す最中、ザックがそれに続き言った。



「それがバイオレット。実施勉強みたいになっちゃったね。」



ザックは苦笑した。


森の木々は、何事もなかったかのように、涼しげに揺れていた――




第一話「アップ・ザ・ロード」 完












■一話登場人物集

※イラスト協力者「そぼぼん」



ザック=ルーベンス


挿絵(By みてみん)


シェイン


挿絵(By みてみん)


カイン


挿絵(By みてみん)


レリク


挿絵(By みてみん)



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