光る闇
――古の文化が残る都市、ヴァース。
この都市を、他の街の者はこう言った。
「あそこは不思議な力を引き寄せる」と。
そんなヴァースに引き寄せられてか、今日も不思議な気配がこの都市を訪れた――
―――――――――
――巨大なビルが立ち並ぶヴァースの中で、ひときわ高く聳えるビルがあった。
それは、クレロワが所有するビルである。
クレロワ=カニールの名にちなみ、このビルは「カニールガーデン」と呼ばれていた。
カニールガーデンは、シンクロニシティ(集団でチャネリング動画を作る技術)を行う施設が充実したビル。ここから無数のチャネリング動画、そしてデフォルメーション(思念をデフォルメして流すアニメーション風のチャネリング)が全世界に配信されている。
ビルを活用する者は、クレロワに雇われたチャネリング放送作成者が殆どだが、そんな彼らでも一度も入ったことがない部屋があった。
その部屋こそが、クレロワ専属の占術師、リリ=アンタレスの部屋である。
そこは、クレロワでさえ入るには許可が必要なため、部屋には普段、リリ一人しかいない。
が、今日はそんな場所から、話し声が聞こえていた。
「待ってました。ようこそ、ヴァースへ!わたしのタルパさん。」
胸に飛び込んでと言わんばかりにリリは両手を広げてそう言った。
今、目の前に立つ者は、先ほどヴァースを訪れた未知の気配の主だった。
微笑を湛えたその人物は、「ヤーニ=ファイス」と名を名乗り、過剰な仕草で一礼した。
「偉大な〝ワンダラー〟リリ。少し来るのが遅れちゃったね。」
自己紹介を終え、ヤーニはそばにあった長椅子に腰を下ろした。
少年のような外見とは裏腹に、その雰囲気は、他を寄せ付けない貫禄を漂わせていた。
ひとしきりくつろいだヤーニは、リリを見、得意気に話しを始めた。
「でも遅れはしたけど、リリの設定した通りの力は備わってるよ。手みやげに、ワンダラーを一人消しておいたからね。」
知らせを聞き、リリは無邪気な笑みを見せた。
鼻歌混じりで小気味良く窓際まで歩き、そこから覗く景色を眺めた。
ヤーニも窓際に立ち、同じようにその景色を見つめた。
今日のヴァースは夜である。
ビルから溢れる光は、まるで満天の星空の様に輝いていた。
リリは、それを瞳に映しながら穏やかな口調で語り始めた。
「綺麗でしょ?わたし達が造った街。古い時代じゃこの景色が発展の象徴だったのよ。」
綺麗というが、その目は醜いものを見ている風にヤーニには思えた。
「どうして"進化派"のわたしが、こんな懐古的な街に住んでるか解る?…あの日のことを忘れないため。あの忌まわしい記憶を。」
言う最中、その手が微かに震えているのを、ヤーニは見逃さなかった。
「人は、あの時より大分ましになったけど、それでもまだ足りない。だから…」
そこまで話した時、真顔だったその表情が、突然笑顔に変わった。
そして、ヤーニを見ると、指を差し、右目を小さく短く閉じて可愛らしくこう言った。
「だから、今度は成功させましょう。アセンションを!」
ヤーニは何も言わず頷いた。
――新たにこの世界がアセンションを果たすには、しなければならないことが三つある…リリはそう話すと、ヤーニにそれを教えた。
アセンションを拒むワンダラー達の排除。
インディゴの確保。
「ディセンション」という現象の抑止。
「細かいことは、今度わたしのお仲間が来た時伝えるわ。それよりも、今すぐあなたにやって欲しいことがあるの。」
リリはまるで子供のようにはしゃぎ、ヤーニに耳打ちをした。
「解った。やってみるよ。」
ヤーニは一旦別れを告げると、タグを作り始めた。
<a href="tel-av:0904636…"> </a>
タグは、ヤーニを光の中へいざなうと、その姿を消し去った。
ヴァースの夜。闇に光が溢れる中で、光りの中に闇が居た――
――ザックは、ワイスからスパンセへと列車で移動を始めていた。
窓の外を眺めていたが、十時間以上続く心地よい振動により、次第に景色を霞ませ始めた。
そして気が付くと、ザックは窓を流れる風景ではなく、記憶の中を流れる古い夢を見始めていた――
――桜の中を、ザックとソシノという女性が歩いていた。
桜の風景は心を満たしていくが、それもつかの間、不気味な気配が道を遮る。
突如、若い女性の荒らしが、二人の前に現れた。
「ソシノさん。今は荒しに構わないでおきましょう。それより、写真を撮りに…」
そう言うが、ソシノは既に荒らしの方へと移動していた。
そして、透き通った身体で荒らしに対し華奢な腕を振るう。
「ソシノさん!」
慌ててザックが加勢に加わった。
手をかざして思念波を作り、荒らしを後方へ吹き飛ばす。
更に追撃を加えるため、テレポートを行い、その背後に回り込む。そして、左右の腕を交互に突き出し、片足を荒らしの胸の高さまで蹴り上げた。
よろめき、倒れる荒らし。そこにソシノの作り出したタグが向かう。
<ul><li> </ul>
それは、光球タグにより作られた光弾だった。
光弾が直撃し、荒らしは静かに浄化していった。
「危ないじゃないですか。」
「だって、わたしのせいだから…わたしのせいで荒らしは…」
そう言い、ソシノはうつむいた。
ザックはそんなソシノを優しくなだめるが、ソシノの機嫌は直らない。
「ザックはやっぱり解らないのよ。わたしの気持ちなんか。」
涙を浮かべ、ソシノは叫んだ。
それに対し、ザックは一枚の写真を手渡し言った。
「桜は散ってもまた咲きます。願いもまた、続ければいつか花開く。教えてくれたのはあなたですよ。ソシノさん。」
気付くと、ソシノの頬を温かいものが伝っていた。
ザックの言葉が身に染みて、それが心に浸透し頬を流れる。
それは、悲しいからではなかった。
「ありがとう。ううん。ごめんなさい。ザックが一番辛いよね。」
泣き顔を見せるソシノに、ザックはにこやかに笑いを返した―――
―――――――――
――夢の中に滞在するザックを乗せた列車は、休むことなく走り続けていた――
――一方マティス達は、シントの地を離れメロゴースという場所を訪れていた。
そこは、広大な草原の中にある美しい街である。
シントからだいぶ移動を重ねたため、マティスを除く二人は、少なからず身体に疲れを覚えていた。
疲労という概念を持たないクリスタルとは違い、バイオレットは肉体的に脆弱であるため、長旅は体に影響してくる。
が、しかし、流石はアセンションを遂げた新人類。少しの水と少しの食事ですぐに万全となるのだから便利なものだ。
チャットルームに腰を据え、そこで体調を整えると、すぐに依頼が無いか確認を始める。
マティス達に、旅の目的地など存在しない。
荒らしを浄化し回るのが目的なため、荒らしが居る所にマティス達は居た。
まるで、荒らしに執着するかのように浄化し回る日々。
そんな日々は、ここメロゴースで新たな極地を迎えることになる…
「馬鹿な。荒らしの報告が一件もない。」
マティスが珍しく驚いた口調で言った。
チャットルームで依頼を探していたマティスだが、荒らしの依頼がまるでないこの街が信じられないようだった。
なぜなら、アフェリエイターとして活動して以来、荒らしの報告がないことなど只の一度も経験がないからだ。
下手なアフェリエイターでは、荒らしは一時的な浄化しかされず、しばらく経てば再び現れる。
そのため、荒らしは意外なほど減らず、街には一軒くらい必ず報告があるのが常だった。
三人はしばらくチャットルームに居座り、依頼の更新があるかを調べることにした。
待つこと数時間。ようやく一件の報告が確認された。
『荒らしの浄化をお願いします。荒らしは年老いた姿をしています。場所は…』
それはひどく簡素な内容だったが、ひたすら待ち続けたマティス達にしてみれば、さほど気になる事ではなかった。
依頼が指定した場所は、ここから数十キロ先の草原地帯。
野生のブルーローズが多く生育する地であった。
向かう前に、事前にそれぞれの戦略を決め、役割を話し合う。
その結果、今回は三位一体で攻めるため、パープルプレートは使わない事で一致した。
戦略も決まり、早々と身支度を整えると、三人は依頼内容の場所へと向かった。
目的地までの長い道のりを、マティスが先頭を歩き、二人はそれに続いていた。
…と、いうよりマティスが勝手に一人で先を進んでいるようだった。
潟躍は、それをふてくされた表情で見つめていた。
ネムがそれに気付き、小声で話しかける。
「まだこの前の引きずってるの?」
この前のマティスの冷たい態度…
今、潟躍がマティスに対し感じていることは「仲間意識はあるのか」ということだった。
思えば、いつかの少年の荒らしの時も、話を聞かず一方的に浄化をした。
「そんなマティスだからこそ、わたし達はついて行った。そうでしょ?」
ネムの言葉に、潟躍は驚嘆した表情を浮かべた。
「…そうだったな。」
いつもの陽気な笑みを見せると、潟躍はマティスに負けまいと、足早に歩を進めた。
そして潟躍は、誰よりも早く報告場所を訪れた。
ブルーローズの香りが立ち込める中、報告通り、年老いた荒らしがそこに居た。
潟躍に追いついた二人は、頷き合うと「仕事」を開始した。
まずネムが、いつもの通りペーストタグでパワーストーンが装飾された武器を取り出した。
それを手に取りマティスと潟躍は身構える。
対する荒らしは、その場に浮遊したまま微動だにしなかった。
好機と思い、猪突猛進突き進む潟躍。
一歩も動かず、荒らしの動きを予測するネム。
二人の思考はすでに荒らし浄化に向いていたが、マティスだけはそれに反した考えを巡らせていた。
(――なにかおかしい。)
考えの最中、突然潟躍が隣を勢い良く通り抜けた。
ネムはそれを受け止めると、荒らしに対し睨みを効かせた。
すると、荒らしの身体から文字が放たれ、複数のタグが現れた。
《<u>l<li> </ul>》
それは光球タグだった。
タグで作り出された光弾は、三人に向かい放たれる。
ネムは、ウォールタグでそれを防ぎ、潟躍は手にした棍で光弾を弾く。
その後、潟躍は真っ先に荒らしに向かったマティスのフォローに回った。
マティスに向かい放たれた光弾を、潟躍は棍を力強く投げ飛ばし消し去った。
驚き動揺する荒らしを見、ネムはラインタグをその身体に巻き付けた。
マティスは、それを追撃しようと荒らしの懐に入り込む。
一撃、二撃と、手にした短刀を荒らしに振るい、最後に胸元へと渾身の一撃を突き立てた。
それは見事に直撃し、荒らしは静かに消滅した。
――だが。
突然、ネムがはるか前方を指差した。
その先、草原の中に寂しく立った木の上に、消滅したと思われた荒らしが居た。
無傷でそこに立つ荒らしを見、流石に疑問が湧き起こる。
「…お前さん、何者だ?」
聞いて、荒らしは冷笑を浮かべた。そして、マティス達の前に来ると、ふざけたように言った。
「ヲコため、まッアビナカチワ。…なんてね。」
言い終えた途端、大口を開け笑い始めた。
「この前会ったじゃないですか。マティスさん。まさかこんな形で会うことになるとはね。」
突然、年老いた姿が、水がはじけ飛ぶかの如く周囲に消え、中から十八歳前後の若い少年が現れた。
それは三人にとって見覚えがある姿だった。
「ヤーニ…か。そんな真似も出来るとは。」
三人は一箇所に集まり、不気味に佇むヤーニを見据えた。
笑うヤーニと、睨むマティスのコントラストが、辺りにとけ込み混ざり合う。
「この街のインディゴは僕が全部頂いたよ。彼らは必要な人材だからね。」
インディゴ…それはこの前クレロワが話した名だった。
今の話は気になるが、それ以上にヤーニの存在そのものが三人には気掛かりだった。
荒らしの姿になりすますことが出来、凄まじい力を秘めた存在… このまま黙って見逃す訳にはいかなかった。
「君達は少し暴れすぎらしい。悪いけどお仕置きさせて貰うよ。」
ヤーニが手をかざすと、光が掌に集まり、それが力へと変わっていく。
不気味な者に宿る光。それは、この前見たような文字となり、タグへと変わった。
「…させない。」
とっさにネムがラインタグを作り、ヤーニの身体を拘束した。そして、縛り上げたまま勢い良く引き寄せた。
タグを見て、ロード達を消滅させたものだと察しての行動だった。
引き寄せられ、こちらへ迫るヤーニに、普段のネムとは思えぬ力強い蹴撃を決め込む。
真横に蹴り出された脚底を胸部に受け、ヤーニは勢い良く吹き飛んだ。
すかさずマティスと潟躍は、ヤーニに追撃を掛けるべく詰め寄る。
が…
そこに、ヤーニは居なかった。
ふと、ネムは背後に異様な気配を感じ振り返る。
「なかなかやるね。次は僕が行くよ。」
その瞬間、ネムの目に飛び込んだものは、信じられない光景だった。
《<hr size="100">》
それは、タグの中でも基本的なラインタグであったが…。そのラインは、通常より圧倒的に質量の大きいものだった。
基本的にラインタグは、1~10までの数字をラインの太さとして設定出来る。
だが、ヤーニが放ったものは、それを遥かに凌ぐ100。
それは、ネムの心を凍らせるには十分過ぎるほど禍々しいものだった。
列車を思わせる巨大な光の帯は、ネムをあっという間に飲み込み押し出した。
それを見届けると、ヤーニは新たなタグを作り出す。
タグは、チャットリングを用いて作るのが普通だが、ヤーニは身体から溢れるエネルギー、または空気中のフォトンエネルギーを瞬時にタグにすることが出来る。
それは、荒らしでも可能な技術「スクリプト」だが、ヤーニはその比ではない。
《<a href="http://all" vibration="select" viblength="10"> </a>》
作り出したタグは、任意の空間のフォトンエネルギーを超振動させ物質を破壊する、極めて危険な「バイブレーションタグ」である。
間一髪、二人はそれを避け、潟躍はヤーニの正面に、マティスは背後に、それぞれ武器を構え攻めいった。
今なら捉えられる。確信に満ち武器を振るった。
それが見事ヤーニを捉え・・・
ない。
二人は一旦離れると、再度攻め立てた。
右手に武器、左手にはパープルプレート。
是が非でもヤーニに一矢報いたかった。
増幅された力を利用し、力一杯武器を振るう。だが、やはりどうしてもヤーニに触れることが出来ない。
双極性の磁石の様、どうにもままならないことだった。
「面白いもの持ってるね。」
ヤーニは、二人をあざ笑い造作もなく吹き飛ばした。
その衝撃で、パープルプレートが手から離れる。
地がえぐれ、無数の岩が飛び出してマティスに向かい降り注ぐ。
岩の雨の洗礼を受けるかと思われた矢先、岩は何かにぶつかり、粉微塵。四方八方に飛び散った。
それは、ネムのウォールタグによるものだった。
ネムは傷付きながらも二人の元に向かい、そしてマティスの危機を救ったのだった。
そのタグは、主の気力に同調してか、通常よりも強力だった。
ヤーニの岩弾にも動じない堅牢さを見せつける。
「やるね。ならこれはどうかな?」
拍手を送りながら、ヤーニはタグを作り出した。
<xm…
その途端、防いでいた壁が光に分散し消滅した。
「…無効化タグ。始めて見る。」
鋭い口調でネムが言った。
進退此極まる。マティス達は追いつめられていた。
「その力…なるほど、お前さんクラインの壺から生まれたタルパだな。」
聞いて、ヤーニは初めて笑い以外の表情を見せた。
「…その通り。クラインの壺まで知ってるとは驚きだよ。ワンダラーでもない割に。」
――アバターは親に依存するが、タルパはそれを超えるもの。アバターでは不可能な様々な願望を子として設定し作ることが出来るのがタルパである。
その方法は長年不明とされているが、マティスはそれを知っている風だった。
「僕の手に掛かった人は、全員クラインに入るように設定されている。そして、全てを凌駕する力を僕は与えられているんだよ。」
それを見せ付けるように、ヤーニは両手を広げ、無数のタグをスクリプトし光弾を作りだした。
その数、数百。それは、熟練したタグ師でもなし得ない事だった。
念力により操られた光弾は、縦横無尽に乱れ飛ぶ。
それをうまく切り抜けていくが、一つ、また一つと直撃し、マティス達は次第に気力を無くしていった。
全ての光弾が消えた時、立つことさえ出来なくなっていた。
このままでは全滅必死…
その時、マティスはネムを見つめた。
ネムもまたマティスを見、静かに頷いた。
力を振り絞り、マティスは立ち上がる。
そして今度は潟躍を見、その名を呼んだ。
呼びかけに潟躍が応えたその時…
「な…」
潟躍の胸に、突然痛みが走り、目の前に赤い景色が広がった。
マティスが握った短刀は、潟躍の胸を綺麗に通過していた。
そして潟躍は、次第に光輝き消え果てた。
「あ!なんて事を!」
ヤーニが叫ぶが、マティスはお構いなしにネムと会話を始めた。
「しばらくの別れだ。早く戻ってこいよ。」
「…約束する、必ず。」
マティスの短刀が、今度はネムを貫いた。
そしてネムは、潟躍同様、光輝き消滅した。
「お前に倒されればクライン行きだ… だが、俺の手でならそうはなるまい。」
ヤーニは小さく舌打ちをした。
――少し痛い目に合わせるだけ。
そうリリから言われていたため、追い込みすぎたことを後悔した。
「行くぞ。チートなタルパめ。」
向かってくるマティスを見、ヤーニもヤケとなった。
バイブレーションタグを作り、それを放つ。
全身にそれを受け、マティスの身体は紙切れのように吹き飛んだ。
周りのブルーローズは震え出し、鳥達が恐怖を唄う。
ヤーニはしばらく佇むと、あきれた様子でその場を後にした――
第九話「光る闇」 完
九話登場人物集
※イラスト協力者「そぼぼん」
※登場人物一部割愛
マティス=ハーウェイ
潟躍
ネム
ヤーニ=ファイス
リリ=アンタレス