タルパの星
――誰も居ない静寂な建物の中、潟躍は一人立っていた。
辺りは光が満ち、暖かさがあるが、殺風景な光景は無機質な冷たさを感じさせた。
広々とした室内の中、なにかを探るように歩を進める潟躍。
とその時、それを拒むかのように突然強い風が吹き荒れた。
その風は一カ所に集まると、竜巻上に巻き上がる。
竜巻の中、人影がうっすら見え隠れしていた。
その正体は、若い男の荒らしだった。
荒らしは怒りを露に睨みつける。
だが潟躍は笑っていた。
その手には、光り輝く、長方形。リリから貰ったパープルプレートが握られていた。
それを胸元に運び、両手で力強く挟み込む。その途端、潟躍から凄まじいエネルギーがほとばしり、荒らしは思わず後方へ退いた。
掛け声と共に、潟躍は荒らしに向かった。
その勢いは、普段の潟躍よりいっそう速く、荒らしが感知出来ないほどだった。
スピードを生かし、両手で構えた棍を力強く横に振った。
それは、ものの見事に荒らしを捉え、その動きを止めさせた。
壁がきしむ音が一つ。荒らしの浄化を知らせるように鋭く鳴った…
浄化を見届ける潟躍。その表情は自信に満ちていた。
よほど一人で浄化できたのが嬉しかったのか、喜々としてマティスへテレパシーを送った。
マティスがそれに応じるなり、今の出来事を少し過剰に話し始める。だが…
『お前さんの馬鹿騒ぎに付き合ってる暇はない。』
聞くや否や、マティスは一方的に通信を切った。
耳が痛むほどの沈黙が続く…
潟躍はその中にしばらく身を置いた。
それから数分。
気味の悪いこの静寂も、いつしか寛ぎの場となっていた。
そろそろ部屋から出ようかと、潟躍がゆっくり立ち上がった時、ネムからテレパシーが入り込んだ。
喜び、それを受けとると、潟躍は武勇伝を話し始めた。だが、ネムが返した一言を聞いた途端、血相を変えて叫びをあげた。
『すまん!今すぐ行く。』
テレパシーを切り、潟躍は一目散に建物の中を走り抜けた。
リリからパープルプレートを貰って一ヶ月。マティス達は今日その効果を試すべく、個人で活動し、荒らしの浄化に努めていた。
三人が今居る場所は「シント」という田舎町。
そこは、ヴァースと比較的近い場所にある町である。
そのため、ヴァースと類似する部分が多く、大陸を開拓して間もない人々が利用していた「ビル」という建物が多く残っていた。
潟躍は、その町にある巨大な廃墟ビルの中で、荒らしの浄化を行っていたのだった。
ネムの連絡を受け、そこを飛び出した潟躍は、チャットルームへと歩を進めた。
そこで、ある重要な依頼の打ち合わせがあるのだが、その事をすっかり忘れていた潟躍は、急ぎ現場に向かう羽目となったのだった。
アフィリエイターは時間に厳しくなくてはならない。
約束を守ることが信頼へと繋がるため、依頼の話に遅れることは名声にも響いてくるのだ。
なんとかチャットルームに着いた潟躍は、ひとまず時間を確認した。
遅れた… いや、間に合った。
むしろ急ぎ過ぎたか、二十分ほど余裕がある。
呼吸を整え、チャットルームの扉を開けた。
鈴の音が耳に伝わり、人の声が交差する。
ここは、先ほどの廃墟の中とは比べられないほど暖かかった。
混んだ室内の中、ネムの姿を探し、歩き回る。その時、小さな声が耳に入り込んだ。
「わたしが一番乗り。」
声の方を振り返ると、テーブルに座るネムの姿があった。
依頼者もそこに居たが、マティスの姿が見られない。
「マティスは多分、例のアレ。潟躍みたいに忘れてる訳じゃないよ。」
冷ややかな視線を送り、ネムが言った。
依頼を忘れていたことを指摘され、潟躍は口笛を吹いてごまかした。
依頼者は、そんな二人を不思議そうに覗き込んだ。
それに気付き、潟躍は声を掛けた。
「マティスは荒らしを浄化した後、いつも弔いか何かをしてるんですよ。案外信心深いとこがあるって言うか…今もそれで遅れているんですよ。」
言い終えた直後、チャットルームの扉から、人の訪れを知らせる鈴の音が響いた。
「間に合ったな。」
約束の時間を五分ほど余し、マティスがチャットルームに姿を現した。
全員揃ったことを確認し、依頼主は自己紹介を始めた。
「僕はヤーニ。ヤーニ=ファイスと言います。」
ヤーニは、見た目が貧相でとても弱々しい印象を感じさせる、肉体年齢十八才前後の少年だった。
マティス達も自己紹介を終え、握手を交わした。
だが、手を握るヤーニは、なぜか冴えない表情を浮かべていた。
さらに、やたらに周囲を見渡し始め、マティス達の方を見ようとしなかった。
その行動が気になり、マティスはヤーニを問いただす。すると、ヤーニは申し訳なさそうに呟いた。
「実は、もう一組来る予定が…」
その時、マティスの後ろに二人の人影が現れた。
一人は体格のいい男。もう一人は勝ち気そうな女性だった。
「待たせたな。」
体格のいい男がそう言うと、ヤーニに握手を求めた。
そして今度は、マティス達の方を見、話し掛けた。
「俺はロード。こっちは真予。光栄だ、有名人と組むことが出来るとはな。」
マティスはそれには目もくれず、ヤーニに向かってどういうことだと問い詰めた。
ヤーニが言うには、今回の依頼は、元々ロード達に引き受けて貰ったものらしい。
だが引き受けた直後、テレパシー通信でマティス達からも引き受ける知らせが入り、断ろうにも断れない状態になったのだという。
依頼内容は、シントにある巨大地下空洞内の荒らしの浄化。
いくらなんでも、荒らし一人を浄化するのに六人掛かりは多すぎる。
不服なマティスは、ヤーニを鋭く見つめた。
「出来れば、僕もロードさん達だけのほうが…その方が色々楽というか…」
その言葉に、思わず文句を言いそうになるマティスだが、アフィリエイターとしての意識が、それを寸でで止めさせた。
冷静に仲間と話し合いをし、その結果、今回の依頼はキャンセルすることでまとまった。
だがそこへ、思わぬ誘いが舞い込む。
「マティスさん方、俺達は是非あなた達と一緒に行動したいのだが、いかがだろうか?」
自分を低くし、ロードは言った。
一緒に行動したいというが、その表情からはマティス達に対する挑戦的な威圧感が滲み出ていた。
誉れ高いマティス達を出し抜いて、自分達が一躍有名になろうという魂胆なのだろう。
理由はどうあれ、挑戦を仕掛けられたのでは、おめおめ引き下がる訳にはいかない。マティス達は、それを受けることにした。
かくして、依頼は始まった。
ヤーニの話では、シントにある一番巨大な地下空洞に荒らしは出るという。
地下空洞は広いため、二班に分かれ行動することで一致した。
さっそく身支度を始めるマティス達。
ロード達は、それを面白そうに眺めていた――
――一方、こちらはザックが滞在している町、ワイス。
その町外れに立つ一軒家から、ザックの旧友「サム」の声が響いていた。
「すごい。やっぱり都会は違うな。」
サムは目を輝かせ、ザックの写真集を見つめていた。
写真を見せて貰ってからの三日間、毎日それを眺めるのが日課となっていた。
手を使えないサムに変わり、ルシータが写真を一枚一枚めくり、話し掛ける。
写真を一枚見るごとに、瞳の輝きが増していった。
サムは自然をあまり知らない。
それ故に、写された美しい花々、眩しい緑がとても愛おしく、輝いて見えていた。
今日は、小うるさい来客のちぃが居なく、サムとルシータの二人だけが家に居た。そのためか、珍しく静かな時間が流れていた。
その間、ザックはというと、近くのチャットルームに滞在していた――
―――――――――
――チャットルームの一席、紅茶を片手にチャネリングを行うザックが居た。だが、その表情は暗く、なにか深く考え込んでいる様だった。
また、窓の外も、いつも見る明るさは無く、異常なほどの暗闇に包まれていた。
それは、「夜」が原因で起きたものである。
そのためか、街の活気も薄く感じられた。
しばらくし、チャネリングを終えたザックは、そんな夜の町を抜け、足早にサムの家へと向かった。
手に持った小さなランプが、夜道を淡く照らしていく。
夜は、空気中のフォトンエネルギーが消滅して起きる現象。
それは、フォトンエネルギーを生命力としている人類にとって危険な状態である。
そのため夜を歩くには、エネルギーを蓄えた携帯用のランプを用いるのが常識であった。
町にも、夜に備えて貯蔵していたフォトンエネルギーを放出する街灯があるが、それでもランプがあったほうが安全なのだ。
音が無く、光も少ない町の中は、寂しいながらもどこか新鮮な気分にさせてくれる。
数十分歩いた末、ようやく眼前に家の光が広がった。
夜道もたまにはいいが、やはり光は恋しいもの。灯りを見るとホッと一息落ち着いた。
道を示すように闇を切り裂き進んだランプも、家からこぼれる光により、その役目を静かに終えた。
扉を叩く音を聞き、中に居たルシータは、ザックが帰って来たことを知った。
扉を開け、深く息を吸いながら、ザックが中へと入り込む。
その姿を見るなり、サムは身体を揺らし喜んだ。
よほど、写真が気に入っているのだろう。ザックを呼ぶ声には以前より尊敬の念が込められていた。
ザックは、サムの頭を撫で微笑んだ。
だがその目は、先ほどのチャットルームの時の用な、暗く陰気な雰囲気を感じさせた。
「なにかありまして?」
ルシータの言葉に、ザックはしばらく間を空けるが、やがて事情を話し始めた。
「用が出来て、明日にはここを出なきゃならなくなりました。」
聞いた途端、ご機嫌だったサムの機嫌が斜めに傾いた。
「しばらく居られそうだって言ってたのに…」
用では仕方がないのだが、子供のサムには、それを理解出来ても、納得することは難しかった。
ザックは、不機嫌そうに体を揺らすサムを構いつつ、目的地はスパンセだと告げた。
スパンセといえば、ここからだと列車を使って三日ほどで着く場所にある。
ワイスの周辺は、この先ずっと夜が続くため、スパンセ行きはそれが収まるまで待った方がいいのでは… ルシータはそう言うが、ザックは急用のため急がなくてはならないと告げた。
明日には出発する身。だが、このままサムと仲違いで別れるのは気が引ける。
ザックは、ルシータに頼み事を一つした。
それを二つ返事で承諾すると、ルシータはサムに近付きこう言った。
「今日一日、ザックさんが旅の話しをしてくれるそうよ。」
サムは、ルシータが話し掛けた方が機嫌を直すのが早い。
そのことを知っていたザックは、ルシータに伝言を頼んだのだった。
案の定、サムは呆気なく機嫌を直した。
少々ずるいやり方に感じるが、とりあえず事態は収まった。
ザックは、サムの隣に腰を下ろすと、天井を見上げた。
天井は、サムが自然に少しでも触れれるよう、一部に穴を開けていた。
今日のワイスは夜。
そこから星が綺麗に見えていた。
それを眺めながら、ザックは旅の話をし始めた――
――地下空洞へと向かっていたマティス達は、数十分掛け、その入口へと辿り着いた。
その昔、沈んだ遺跡を参考にして造られたというこの地下空洞は、今では近代遺跡の一つとして有名な場所である。
中は広々としており、フォトンエネルギーが充満している為、思いの外明るいが、湿気により陰気くささを感じさせた。
荒らしが好みそうな場所だけに、マティス達は慎重に探索しその気配を探った。
同じく荒らしを探すロード達は、それとは逆に、無計画に空洞内部を探索していた。
それは、自信があってのことだったが、荒らしをマティス達より先に浄化したいという、対抗意識の表れでもあった。
躍進するロード達。その眼前に、狭い一本通路が現れた。
終わりが見えないほど長い通路。ロードはその先に妙な気配を感じていた。
荒らしかも知れない… そう思い、先へ進もうと足を踏み出す。だが、真予はなぜかその場に立ち尽くし、動こうとしなかった。
「なんか、嫌な感じがする…」
ロードは、笑いながら真予の肩を叩くと「臆病風に吹かれたか」と言い、茶化した。
それがやる気を出させたのか、真予はいつもの勝ち気な性格を取り戻し、勢い勇んで通路の中を歩いていった。
一歩進むごとに感じる強い気配。
この先に荒らしが居るのを確信した。
やがて、通路を抜けた二人を待っていたものは、驚くほど巨大な広間だった。
広い空間の中、所々に立つ太い柱は、神殿のような雰囲気を感じさせる。
「…なんか変じゃない?」
ここに着くなり、真予が荒らしとは違う妙な気配に気づいた。
と、その時…
「待ってたよ。ここなら誰にも邪魔されない。」
突然、響いた男の声。
その声に、ロードは思わず声を漏らした。
「ヤーニさんかい…?」
途端に拍手が鳴り響いた。そして、その音と共に、柱の影から依頼者ヤーニが現れた。
「どういうことだ?」
手に持った長剣を向け、ロードが叫ぶ。
ヤーニは、そんなロードをからかうように微笑した。
その姿は、先刻のひ弱な印象とはかけ離れたものだった。
「荒らしなんてここには居ないよ。全ては君をおびき寄せるためさ。"ワンダラー"さん。」
意味の解せない話にはこれ以上は付き合えない… そう思いロードはここから離れようと真予の手を取った。
だが、その時気が付いた。真予の手がかすかに震えているということを。
それは、強気な真予がめったに見せない動揺だった――
ロード達が広間に居る中、マティス達は、広間に続く長い通路を進んでいた。
荒らしの気配を探り慎重に進む。緊迫した状況だったが、潟躍だけはマイペースに今日のパープルプレートでの戦果を話していた。
これまで三人一組を絶対としてきたため、今日のような個人活動は新鮮であった。
「あれだけの力がいつでも使えたら、もう俺一人で十分だよな。」
興奮に拍車が掛かり、思わず口にした一言。
言い終えた時、鋭い視線が潟躍を刺した。
視線を辿ると、珍しく強張った表情を見せるネムがいた。
(――失言だったか…)
潟躍はようやくそれを知り、二人に頭を下げ謝った。
「これから一人でやりたいなら勝手にしろ。その方が静かでいい。」
マティスは冷たく言い放った。
そんなマティスに、反省していた潟躍も少し苛立ちを覚えた。
張り詰めた空気が続く中、三人はようやく広い空間へとたどり着いた。
「ここ…なにかあった。」
真予同様、ネムも空間の異質さに気が付く。そして、なにがあったのかを探るべく、目を閉じると未来予知の要領で過去の透視を始めた。
そこでネムが見たものは、思いも寄らぬ光景だった――
―――――――――
――初めに見えた光景は、震える声でヤーニと話す真予の姿だった。
「あなた…何者?」
「僕は、君のようなワンダラーを駆除するよう設定された"タルパ"さ。」
ヤーニはそう言うと、右腕を肩の位置まで上げ、掌を上に向けた状態で腕を伸ばした。
すると、掌の上に光が現れ、そこからタグのような文字が浮かび上がった。
《<a href="http://all" vibration="select" viblength="10"> </a>》
それを見た途端、真予が張り裂けんばかりの声を上げた。
「逃げて!、ロード・・・」
―――――――――
――過去の透視を終えたネムは、肩を落とし、うつむいた。
最後に見た光景… それは、ロードをかばい、ロードもろとも消えていく真予の姿だった。
「…バイブレーションタグ。」
そう呟き、唇を噛んだ。
マティスと潟躍は、今の話を聞き、異常な事態であることを理解した。
「ワンダラー」そして「タルパ」。
聞き慣れない言葉を使うヤーニは、普通ではないことを意味していた。
「とりあえずここを出よう。」
マティスの決断に、二人は静かに従った――
――ザックが旅話を始めてから、数時間が経過した。
これまでの見てきた風景や出来事で、家は大いに盛り上がる。
意外にも、サム以上にルシータが旅話を喜んでいた。
それは、ルシータも自分の過去を思い出していたからだった。
アフィリエイターとして、様々な場所を巡った日々。
今はワイスを中心に、サムのような人達の介護をする事が主なため、旅話がたまらなく愛おしいのだった。
ザックもまた、そんなルシータに過去の自分を見ていた。
「俺にもルシータさんみたいな人と旅をしていた時期がありましたよ。…その人は、桜のような人でした。」
そう言ったザックの表情は、なんだか寂しげな風にルシータには見えた。
「見て見て!」
物思いにふける二人に、サムの呼び声が入り込む。
どうやら星空を見てほしいらしい。
促され見上げると、光を放ちながら流れ落ちる星の光景がそこにあった。
一つ二つと流れる星は、やがて無数に降り注ぐ。
星空は夜だけのものである。
星空の写真は、ザックも何度か写していたが、今日の星空は特別に思えた。
「今見えてる星は、本当はあの場所にはもうないんだよ。俺たちが見ているのは星の幻影なんだ。」話が難しいのか、サムは首を傾げた。
そんなサムに、ザックはあることをさせ解らせた。
サムは言われるがまま、身体に流れるエネルギーを低下させた。そしてそのまま目を凝し、星空を眺めた。
すると、先ほどまで輝いていた星は、始めから存在しないかのように消えていた。
タキオン反射を活性化させるこの行為。サムが行った事は、占術師が未来予知を行う時に用いる方法と同じものだった。
占術師以外の者では、瞬時に行うのは難儀な行為。だがサムは、通常より技術が優れていたため、容易にそれが行えた。
「サム君凄い。占術師だってそんなに速く出来ないのよ。」
ルシータが頭をなでる度、サムが熱をもっていく。
サムは、少年らしい単純さをもっていた。
二人に誉められ、いつか占術師になって世界中を回る、そんなことを考え始めていた。
それは、小さいようで大きな変化。夢を持った時、誰にでも訪れる心の輝きだった――
―――――――――
――翌日となり、出発の時間がやってきた。
用事が済んだらまた来る… ザックの言葉にサムは身体を揺らし頷いた。
夜の中、星は静かに旅路を行くザックを見守っていた――
第八話「タルパの星」 完
八話登場人物集
※イラスト協力者「そぼ∵ぼん」
※登場人物一部割愛
ヤーニ=ファイス
ロード
真予