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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第六話
17/75

五分咲き

挿絵(By みてみん)

――「ザック、見て。綺麗に咲いてる。」



長い朱色の髪を風に(なび)かせ、一人の女性が後ろを歩くザックに声を掛けた。


目の前には、一面の桜模様が広がっていた。


それを眺めるザックは、素晴らしい色合いの情景に目を奪われていた。


小高い丘から見る桜の情景は、言葉を無くすほどに美しかった。


女性は側にあったベンチに腰を掛け、大きく両腕を空へと伸ばした。


女性の隣で、ザックはカメラを手に、鮮やかな風景を切り取っていく。



「いい眺めですね、ソシノさん。」



そう話しかけるものの、ザックの意識はレンズ越しの風景に集中していた。


一枚、二枚… 角度を変えて撮り続け、四枚目。



「あっ」



ふっと入り込んだ人影が、四枚目の写真に紛れ込む。



「ソシノさん、駄目じゃないですか。」


「だって、撮ってばっかりでつまらないんだもん。」



ザックの言葉に、ソシノはカメラを見つめ膨れた顔で言った。



「すみません。ソシノさんのもきちんと撮りますよ。とっておきの場所でね。」



風に吹かれ、ひらりと落ちる桜が一枚、膨れたソシノの顔へと舞い落ちた。


その瞬間を、ザックはすかさずカメラに収めた――






――「退屈でしたね。昔話が長すぎました。」



空を見上げながら、ザックは隣を歩くラーソに言った。


ここは、ファンクスにある広大な自然公園。


二人は、桜の写真を撮りにこの地を訪れていた。


桜の写真を依頼したのはラーソ。撮影場所を決めたのはザックだった。


撮影場所は、この広大な公園の中にある桜並木。そこに着く間、退屈しのぎに話したザックの昔話が、思いの外盛り上がった。


辺りを見渡すと、桜の木々に五分咲きの桜が恥ずかしそうに咲いていた。


ラーソはこの桜を、今聞いたザックの昔話と重ねて眺めていた。



「でも素敵な話でしたわ。その人はザックさんにとって大切な人なのですね。」


「大切な人…自分の中では恩人ですね。」



そう言い、ザックは少し寂しげな笑みを浮かべた。


話しながら歩いていると、周りを囲む桜達が、二人の五感を刺激した。


目は桜、耳は風音、鼻は花香(かか)


それぞれに感じられるこの感覚、これを癒やしというのだろう。


二人は同じことを考えながら、目的の場所である桜並木を目指した。



そして――






―――――――――






――「すごい…」



二人の目の前に、見事なまでに咲き誇った桜が飛び込んだ。


「ラーソさんの予報通りですね。」



通常、このように見事に桜が咲くのは珍しいことである。急激な温度の減少、すなわち空気中のフォトンエネルギーの減少が長く続いた後でなければ咲くことはない。


ファンクスは、滅多に起こらない一週間近く続いた「夜」に覆われ、昨日ようやく光を取り戻していた。


この条件なら桜が咲くはずとラーソは考えたのだった。


桜並木を下から見上げると、眩しい青空と美しい桃色の色彩が心へ染み入る。



「そういえば、今の話くらいからですね。風景しか写さなくなったのは。」



眺めならがザックが呟いた。


この桜を見、以前の思い出が蘇り、懐古の念が沸いたのだろう。ラーソはそう思いながら、ザックと二人、しばらく空を見上げていた――






――『ヴァースに着きました。今そちらに向かいます。』



時を同じく、マティスも空を見上げていた。


こちらの空に映るものは、高い桜の木々ではなく、空に伸びる摩天楼。


マティス達は、これまでファンクスに滞在していたが、とある人物の急な呼び出しによりここ「ヴァース」へとやって来ていた。


ヴァースとは、大陸五大地域に数えられる都市で、チャネリング放送先進地として知られる場所である。


また、考古学先進地の顔も持つヴァースは、その特性からデジタルからアナログへと移行した今の時代でも、デジタルな面をわざと残し、文化として発展させてきた。


目の前に広がる摩天楼もその一つである。



「急ぐぞ。どうやら向こうは急ぎの用らしい。」



マティスは仲間に告げると、足早に歩きだした。



歩くこと数十分。



その足は、とある巨大な建物へと吸い込まれていった。



挿絵(By みてみん)



建物の一室、そこで三人を待っていたのは、考古学の権威でありチャネリング放送の権威でもあるクレロワ=カニールであった。



「よく来てくれた。ゆっくりして行きたまえ。ジョウントタグの旅費は私が払おう。」



促され、三人は用意された席に腰を下ろした。


クレロワは急な用を詫び深く一礼した。


マティスは、テーブルに並べられたワイルドベリーティーを飲み終えると、クレロワに用件を聞いた。


聞かれ、クレロワは黙って一冊の本を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


「サフィーム」と書かれたその本は、マティス達にとって馴染みのあるものだった。



「そう。これは君たちが見つけたものだ。すっかり文字が消えていたが、私の専属の占術師が解析してくれたよ。それを今臨時で放送したくてね。」



どうやらマティス達に、その臨時放送に出演してほしいらしい。


それを知り、潟躍が声を張り喜んだ。


だが、それとは対称的に、マティスはというと…



「俺達はアフィリエイターだ。それ以外の何でもない。勘違いして貰っては困りますね。」



出演する気満々な潟躍に対し、マティスは不機嫌そうに言い放つ。


ネムはいつもと変わらず、我関せずといった感じで動かなかった。






それから数分後…



潟躍は、出演をする際の利点をこれでもかと並べ、なんとかマティスを説き伏せていた。


渋々ながらも席を立つマティス。そして、それに従うネム。その足は、クレロワと共にチャネリング放送室へと入っていった。



チャネリング放送室。そこは、なにもない白い空間だけの場所だった。


大々的なチャネリングをするには、複数人が互いの意志を疎通する必要があるため、このような室内が理想的になる。


そこでは、クレロワの配下と思われる人物が複数、マティス達を待っていた。



「ではこれより、チャネリングを始める…」



クレロワの号令で、いよいよチャネリング放送が始まった――






―――――――――






――『以前お伝えした、マティス達アフィリエイターが発見した一冊の本。それに記されていたのはアセンションを遂げた後の我々の世界を予期するものだった。今回、その内容を一部お伝えしようと思い、この臨時放送に流すに至った。それでは早速始めたいと思う…』



『――地球が、フォトンベルトに入り、人類はアセンションという名の進化を遂げる。そこは、神秘と科学とが融合し合う世界となるであろう。


物に魂が宿り、生命、物質がともに神格化。


世界は三次元から四次元へとアセンションを遂げる。


そこは思念のみで創造される高次元の世界。


人の意思が世界と同化。 それに伴い人類の政治、経済、思想、文化が一つとなる。


紙幣の概念は無くなり、互いの感謝が(かて)となる。


デジタル世界はアナログへと移行。


各々のエゴは存在せず、全ての意志はエコへと還る。


人類は、二つの種に分かれ繁栄を遂げる。


「インディゴ」「レインボー」がその種である。


これらの人類は、やがて一から世界を作り上げていくであろう――




…いかがだろうか?



我々に当てはまる部分もあれば、当てはまらない部分もあることに気づいただろう。


これは単なる予想であり、それが外れただけに過ぎない。と言われれば、確かにそうかも知れないが、私はこの記された内容に、それだけでは片付けられない何かがあると感じるのである。


私は思う。この世界はまだ未完成、つまり・・・・・』






――小一時間にも及んだチャネリングは、無事終わりを迎えた。


行ったチャネリングは、数時間後に配信となるとのことだった。



「ずいぶんと雑な放送をしたものだ。」



クレロワに対し、どこか冷ややかな態度でマティスは言った。


確証も無しにただ発見された資料を、さも真実であるかのように話したクレロワに、どうしても納得が出来なかった。


普段おちゃらけている潟躍でさえ、今の放送には疑問を感じていた。


そんなマティスに、クレロワは意外な言葉を投げかけた。



「君たちは私がデフォルメーションを作成しているのは知っているだろう。見たことがあるかね?」



デフォルメーションとは、思念や想像をそのまま流す通常のチャネリング放送とは違い、思念をデフォルメして流す技術のことである。


デフォルメされた放送は、いわゆる「アニメーション」と似た風であるため、主に子供に人気がある。



「…興味ありませんね。」



眉をひそめるマティス。続く潟躍は、「ファンです!」と子供のようにはしゃいでみせた。


そして、これまで黙っていたネムが小さく呟いた。



「…わたしも好き。」



聞いて、マティス達は言葉を失った。


一番興味の無さそうなネムが、まさか好きで見ていたとは…、ネムに関する予想外の収穫に、妙な笑いがこみ上げた。



「まあいい。とにかくそれなら話が早い。」


クレロワが椅子に深々と座り、落ち着き払った様子で言い放った。



「なぜそのような事を言ったか。なぜなら、あれも発掘品の資料を参考にして生まれたものなのでな。」



マティスを除く二人は、大きな反応を見せた。


クレロワが流すデフォルメーションは、極端に言えば超能力に目覚めた主人公が悪の超能力者と戦うという物語が大半だった。


それを知っていた潟躍は、クレロワが言いたいことを理解するのに、そう時間は掛からなかった。



「なるほど、つまり旧人類が描いた超能力の物語とは、進化した人類の世界と、その能力を予想していたもの、と言いたいわけですか。」



クレロワは大きく頷いた。



「詳しいことは明日話そう。今日は疲れたろう。ここでゆっくり休んで行きたまえ。」



それからしばらく後、いよいよチャネリングが世界中に流れる時間となった――






――クレロワの臨時放送は、当然ザック達も受信していた。



『――私は思う。この世界はまだ未完成、つまり・・・・・』


「つまり、五分咲きの世界ってことですか。」



チャネリング中、ふいに入ったザックの声に、ラーソは驚き目を開けた。



「おかしな話ですよね。」



放送に驚くラーソとは対照的に、ザックは冷静な態度でそう言った。


さほど感心を示していないのか。ザックはなにも聞かなかったかのように、いつものペースを崩さなかった。


目の前に広がる満開の桜並木。ザックにはこちらのほうがよほど魅力的なのだろう。


カメラを手に、桜並木を写し取っていく。


一枚、二枚… 切り取られた風景はどれも素晴らしく、思念写真とは別の魅力を映し出していた。



「少しお休みになられては?」



一心不乱にカメラを構えるザックに、ラーソはそう語り掛けると、ポケットから小さな飴を取りだした。


それは、世間で最近もてはやされている通称「運勢飴」である。


受け取り、ザックは首を傾げた。


ラーソは、こういったおまじないのようなものは否定的だったはず。


気になり、ザックはそのことを聞いた。すると、ラーソはこう言った。



「この間のザックさんとの話しの後、色々考えまして。少し視野を広げて見たくなりましたの。」



ベンチに座り、更に話しを続けた。



――自分の固定概念により、自分の好きな道を見失っていた。


固定概念は、一度ついて回ると呪いのように離れない。


でも、解くきっかけは意外なほど多いもの。本人はそれに気付かないだけ。


昔を振り返るように語るラーソ。そして、話し終えるとベンチから立ち上がり笑顔で言った。



「呪いを解いてくれたのはザックさん、あなたの一言でしたわ。」



ザックが言ったお礼の一言。


それがラーソに「向き合う力」を与えたのだった。


苦手な多人数占いを積極始めて以来、占う能力が回復して来たらしい。


ラーソはラーソなりに変わろうとしている、ザックはそう感じた。


それが極々小さな変化だったとしても、自分がそのきっかけになったのは素直に嬉しかった。


だが、反面少しもどかしい気持ちになる自分に気付いた。



「話は変わりますが、さっきの放送どう思いましたか?」



なぜかそんな言葉が口に出た。



「わたしは…」



どもりながらも言いかけた時、ラーソの表情が急に変わった。


そして、なにやら辺りを仕切りに見渡し深呼吸をし始めた。


異変に気付き、ザックも辺りを見渡した。


そして、先ほどよりも空気が重くなっている事に気が付いた。


空気が重い時は、ラグが起きる前兆だとされている。


そこから考えられる事と言えば…



「居ますね。近くに。」



二人は辺りを警戒した。


ザックが四方八方気を巡らせる中、ラーソは目を閉じ静かに気配を探り始めた。


そして、その気配を捉えると、方角を指差しザックに告げた。



「ここから少し行った場所に…」



その指は、北の方角を差していた。


早速そちらに向かってみる。すると… なぎ倒された桜木の中、それは居た。


まだ若さが感じられる、女性の荒らしだった。


その姿は、舞い散る桜と相俟(あいま)って、不気味さと儚さを感じさせた。


荒らしは気付くなり、特有の不調和なオーラを放ち、こちらを威嚇した。



「荒らしは水辺と暗い場所を好むって話ですが桜でも見に来たんでしょうかね。」



ザックは場の空気を和らげようと、冗談混じりの皮肉を言った。


…が。



「桜を楽しむ荒らしなんて聞いたことがありませんわ。この人は破壊衝動を抑えられないだけかと。」



ザックの冗談は、桜のように虚しく散った。


だが、呑気で居られる時間は、もはやこれまで。


このまま引き返しアフィリエイターに報告するか、荒らしをどうにかするか、ザックは選択を巡らせた。


荒らしはすでに、不気味なオーラを向け臨戦態勢に入っていた。



「…ラーソさんはここに居て下さい。」



ザックは決断し、ラーソが止めるより早く、宙へと浮上した。


空に伸びる木々よりも更に高く、ザックの身体は舞い上がる。



「らほチヲ…こッエナソウ。」



荒らしもザック同様、空へと昇り同じ位置へとやって来た。



(――よし。)



ここなら、桜とラーソに被害を出さずに荒らしを浄化できる。


ザックの狙い通りに事は運んだ。



ふと、見渡しのいいこの眺めに、ザックは再び昔のことを思いだした。



(――ソシノさんの時もこんな事があったっけ。)



一瞬、荒らしを目の前にしていることを忘れるほど、ザックは物思いに老け込んだ。


荒らしは当然その隙を見逃さない。



《謨」繧九′縺・>》



無数のチャットリング文字を身体中で作り出す。すると、途端に周囲で物凄い竜巻が起き始めた。


それは、意思があるかの如くザックに向かい、あっという間にその身体を飲み込んだ。



竜巻が消えた時、ザックの姿も消えていた。



だが、竜巻で吹き飛ばされた訳ではない。


ザックは竜巻を避け、瞬間的に荒らしの背後へと回り込んでいた。


荒らしがそれに気付くより早く、掌打(しょうだ)を思い切りぶつけ、その体(魂)を跳ね飛ばした。そして距離が開いた所で、今度は右腕を勢い良く横に振った。



振った箇所から風の刃が現れ、かまいたちのように、荒らしに向かい飛んでいく。


それは、見事に対象を切り裂いた。


今の一撃により、荒らしは明らかな弱りを見せた。


決めるなら今が好機。そう判断したザックは懐に手をやった。


そこにあったものは、以前レリクから貰ったパワーストーン「レッドオニキス」。



今日の幸運石はオパールだったことを思い出したが、今は気にしている暇はない。


ザックは、弱りながらも向かってくる荒らしを左手であしらいながら、オニキスを右手に握りしめた。


赤い閃光が、ザックを包み込む。


そこから一筋の光が走り、荒らしを突き抜けた。



光が消え、後に残ったものは、ザックの拳を腹部に受け、浄化していく荒らしの姿だった――






―――――――――






――「この中から、好きな写真を選んで下さい。」



心配して駆けつけたラーソに対し、ザックが最初に掛けた言葉は、依頼した写真のことだった。


その写真は、心配事を忘れさせるほど暖かく、美しいものだった。



「あ。」



突然、ザックがなにかに気付き、カメラを構えた。



その先には、桜に重なる様に伸びる柳の情景があった。



「素敵な構図です。」



興奮気味にザックが言った。


一枚、二枚とシャッターを押し、三枚目…



「あ!」



三枚目… それは桜と柳、そして横からふいに入り込んだラーソを写した。



「人を写す事を恐れない。これがその第一歩ですわ。」



可愛らしく笑うラーソは、桜のように美しく、ザックの瞳に焼き付いた。



依頼を終え、二人は帰路につく。


帰り道、桜並木を抜けた所で、ザックは急に立ち止まり振り返った。



「それでは、また会いましょう。」



大きな声で周りを響かせ、そして小さく礼をした。


そこには人は誰も居ない。あるのは桜並木だけだった。



「ザックさん、やっぱり変わってる。」



ラーソの言葉に、ザックは笑ってこう返す。



「俺もそう思います。」



気付けばラーソも笑っていた――




第六話「五分咲き」 完






六話登場人物集


イラスト協力者「そぼ∵ぼん」


※登場人物一部割愛




ソシノ=ロッサム


挿絵(By みてみん)


クレロワ=カニール


挿絵(By みてみん)


ラーソ=ボローニ


挿絵(By みてみん)

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