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サフィームゲート  作者: 弥七輝
第五話
14/75

二つの情景

挿絵(By みてみん)

――その日、ザックは街から離れた湖畔に来ていた。


森に囲まれ、清い水を湛えたこの湖は、ファンクスが誇る場所である。


そこにザックが向かう理由はただ一つ。写真を撮るためである。


ザックが歩く隣には、一人の男が歩いていた。


その男は陽気な表情を浮かべているが、ザックの表情はどこか優れない。


それというのも、隣にいるこの男が全ての原因だった…


男と会ったのは昨日の事――






―――――――――






――チャットルーム。


そこには湖畔に向かう支度を終えたザックがいた。


勇んで行かんと店を出ようとした時、それを見た街の者に呼び止められた。


聞けばここ数日、湖近付近で異変が起きているらしい。


巷では、荒らしの仕業なのでは…と噂されているこの異変。


街の者は、ザックの身を案じ制ししたのだった。だが、それでもザックは行う気を失わなかった。


荒らしが居ても、尚向かおうとするザックは、肝が据わっているのか、はたまた図太いだけなのか。


が、さすがに問題があったのでは、写真に集中出来ないのも事実。


そこでザックは、チャットルームにて護衛を依頼することにした。


募集をかけること数十分。ようやく一人の男が話に乗ってきた。


「ビンズ」と名乗ったその男は、コーヒーを豪快に飲み干すと、再びそれを注文し、依頼そっちのけで口に運んだ。


飲み終えて、満足したのかザックを見、自信満々こう言った。



「俺一人いれば三人分のお釣りが来る。」



腕っ節に自信があるのか、やたらと自分を強く主張する。ビンズとはそういう男だった。



「…解りました。」



ザックは戸惑いながらもそれを承諾した。


そうした内、外の天気はだいぶぐずつき、雨の槍。これでは写真も困難なため、行くのを明日にし、その日は幕を下りた。


そして翌日――






―――――――――






――「…てな具合で、みんな匙を投げてた事件を、俺が華麗に解決したって訳よ。」



翌日となり、いざ一緒に行動してみると、長々と自分の過去の武勇伝を語るビンズに、ザックはすっかり調子を狂わされてしまった。



「あんたも凄いと思うだろ。」



そんな気持ちはつゆ知らず、ビンズは口を閉ざすことなく、陽気に歩を進めていった。



一方、そんなザック達の遥か後方、複数で歩くグループの姿があった――






――「わたし達より早く、ここに来た人達が居るみたい。」


「なら急いだ方がいいってわけか。」



後ろを歩くのはマティス達であった。


だがその一行に、見知らぬ少女が加わっていた。


湖に大勢で押し掛ける理由は、もちろんピクニックなどではない。街の者達が言っていた荒らしの浄化のためである。


マティス達は、遺跡探索の他に、荒らし浄化のスペシャリストということでも名を知られていた。


マティス達の手に掛かれば、荒らし一人の浄化など朝飯前。


一緒に歩くこの少女は、そんなマティスの名を知り依頼をかけた依頼主であった。


少女は、肉体年齢十七歳前後といったところか。幼さを残しつつも、凛としたその表情は、大人の表情を覗かせていた。


この少女とマティス達が出会ったのは、ザックがビンズと出会った時とほぼ同時期。はじめに声を掛けたのは少女の方だった。



――湖畔の荒らしに関して、街の者も知らない事情を知っている。



そう告げた少女は、静かに事情を語り始めた――






――――――――――






――少女には、年の離れた弟がいた。


好奇心が旺盛で社交的、なにより元気が取り柄だというその少年は、ある日湖畔にやってきた。



「湖畔には、夜にだけ咲く花がある。その花は美しく光り輝く神秘の花。」



そんな噂話が、少年の好奇心を刺激した。


少年には大好きな姉が居た。


幻といわれる花を、その大好きな姉に手渡したかった。


そして少年は湖畔に向かい、一人その場で夜を待った。


だが――





―――――――――






――「弟が居なくなって、もう数ヶ月経ちました。街の人がいう荒らしは湖畔に出るって…だから…」



そう言い、少女は涙ぐんだ。


話を聞いていた潟躍も、瞳を潤わせていた。


続きを聞きたいが、これ以上少女の口から言葉は出てこない。


だが、これだけでも事情は十分把握出来た。



「報酬は?」



落ち着きを取り戻したばかりの少女に、マティスはそっけなくそう言った。


そんなマティスに、潟躍は思わず困惑の表情を浮かべる。


少女はポケットをまさぐると、紙幣を取り出しマティスにやった。



「わたしがちょっとした事情で貯金していたものです。これでよければ。」



見ると、少女が貯めたにしては十分過ぎる金額が用意されいた。



それを見、マティスは依頼を請け負うことにした。



そして今、一向はそれを達成するため湖畔に来ていたのだった――






湖へと向かう道中、マティスはいつになく静かだった。


いつも無口なネムはさておき、いつも騒がしい潟躍は、隣を歩く少女と会話を弾ませていた。


少女の気を考えれば、そっとしておくのがベストといえる。


だが、これは妙に張り詰めた空気を和らげようとする、潟躍なりの気遣いだった。



「なるほど、君はアフィリエイター志望だったのか、それであれだけの貯金が。」


「はい、占術師として世界を巡りたいと思ってまして。」



"アフィリエイター"とは、チャットルームを拠点に仕事をする者達。マティス達もアフィリエイターである。



「本当は、今日が占術師としての第一歩を踏み出す日でした…」



少女はそう小さく呟いた。


それを聞き、潟躍は理解した。弟は、そんな姉の出発を祝おうと、幻の花を探しに行ったのだと。



「いい弟さんじゃないか。でもいいのか?せっかくの貯金を俺たちに渡して。」



聞かれ、少女は「それが礼儀です」と年齢らしからぬ律儀な返答をした。


だが本音は違っていた。


資金を投げ打ってでもすぐに弟に会いたい… それが本心であり今の少女を支える唯一のものだった。


潟躍達が話す中、先頭を歩いていたマティスが、突然ぴたりと歩みを止めた。その姿勢は、戦闘態勢に変わっていた。


茂みを揺らす些細な音を瞬時に察知しての行動だった。


そして案の定、茂みから一体の巨体が現れた。


巨大な影… それは鋭い爪を持った豚に似た獣、「ガゼカ」だった。



二本足で立ち上がり、ガゼカは腕を振りかざす。


巨大な唸りが、敵意となってマティス達へと迫る。


それぞれが、一瞬で行動を決断し、動き出した。


怯える少女には、ネムが作ったウォールタグが、ガゼカには、マティスの右拳が。


その戦いは一瞬で決まった。


クリスタルであるマティスにとって、猛獣は荒らしより扱いやすい。


振り下ろされた爪を右手で受け、がら空きとなった胸元へ左拳をめり込ませる。


巨大は大きな音を立て倒れ込んだ。



「さすが、俺の出る幕が無かったな。」



潟躍が口笛を鳴らしマティスをねぎらった。


怯える少女を落ち着かせ、一向は目的の湖畔を目指し、再び歩き始めた――






――ザック達は、一足先に目的地の湖畔に来ていた。


カメラを手に、ザックは湖畔に歩み寄る。


レンズに湖畔の情景を反射させ、ザックはシャッターを押した。



「題して、二つの情景ってとこか。」



湖畔の水面(みなも)、そしてそれに反射した周りの情景が、カメラに収められた。



それにしても素晴らしい風景だ。


このまま湖畔を見ながらの休憩も悪くない。そう思うと、いつものリンゴ飴を口へ放り、丁のいい木影を見つけ、そこに腰を下ろした。


小鳥のさえずりが耳を(くすぐ)る。


鼻を通るのは、緑の匂い、土の匂い、そしてなにやら芳ばしいコーヒーの香り…


隣に目をやると、ビンズがコーヒー豆をまるで飴を舐めるかのように頬張っていた。



「これか?これを食べるとな、血が騒いでくるんだよ。」



豆を砕く心地よい音を立て、ビンズは言った。


なるほど、口の中がコーヒーミルというわけか…


体に悪そうに思えるが、美味しそうに食べるビンズを見ると、なにも言うことは出来なかった。


そろそろ戻ろう…そう思い、ビンズに言おうと振り向いた矢先、異変が起きた。


口へと放り投げられたコーヒー豆が、宙に浮かんだまま制止している。


ビンズも同じくその動きを止めていた。


これはすなわち、時間流の大変動、ラグ(時間のズレ)が起きているという証。


ビンズの目にも、ザックは止まって見えていた。


ラグは荒らしが居る時に多く発生する。つまり、この近くに荒らしが居る可能性が高い。


ラグは静まりそうもない。そう判断したザックは、目を閉じ身体中に流れるフォトンエネルギーの低下を試みた。


エネルギーを低下させれば、タキオン反射が活性化し、ラグにも対処出来るからである。



「よし。」



ラグを克服したザックは、そのまま身構えた。


と、同時にザックの横を勢い良くなにかかが横切った。



「…大丈夫ですか?」



それはビンズだった。



「あんたが固まったままだったから、俺が守ってやったんじゃないか。」



焦りの表情でビンズは言った。


「守っていた」ということは、その対になる存在がいるということになる。


案の定、湖の水面にそれは居た。



(――子供の荒らしか…)



ザックは一瞬躊躇(ためら)うが、ビンズは既に臨戦態勢、戦う気満々といった様子で荒らしを見ていた。



「子供だって容赦しないぜ。」



水面に立ち、荒らしの間合いへと詰め寄る。


どうやらビンズはバイオレットらしい。



一気呵成(いっきかせい)。雷の如き激動が荒らしの方へ突き進む。


が、直後…ザックの横を、ビンズが風となって飛動した。




「…やるじゃないか。」



吹き飛ばされて、がぜんやる気が出たらしく、懲りずに荒らしに向かっていく。


なんとかたどり着き、ビンズは肉弾戦で荒らしを攻め立てた。


だが、荒らしはそれを馬鹿にするような素振りで避け、まるで通用しなかった。


荒らしに対し、不器用な格闘を見せるビンズを見、ザックは確信した。


口は達者だが、腕はからきしということを。


羊頭狗肉(ようとうくにく)とはこういうことか… ザックは思いながら掌を開き、荒らしの方にかざした。


その直後、荒らしは勢いよく吹き飛んだ。



「ビンズさんはここに居て下さい。」



呆然とするビンズを後目に、ザックは吹き飛んだ荒らしを追った――






―――――――――






――荒らしは、湖から数百メートル先まで飛ばされていた。


荒らしと言えど、相手は子供。


出来れば相手をしたくない。


されど、子供と言えど相手は荒らし。


このままこの場所に留まるならまだしも、街に出れば驚異と化す。



「お兄ちゃんも僕をいじめるの?」



決意し、身構えた直後、怒りと悲壮を込めた目で荒らしが話し掛けてきた。


それを聞き、ザックは思わず息を飲む。

(――暴走していない?)



通常、荒らしはその強い生体磁場により、自我を蝕まれ理性を無くす。そのような場合は、もやは浄化する以外に救う手はない。


だが、この少年は自我がある。


ザックは少年に、自分の事が解るのかを聞いた。



「解るよ。そんなことより、僕って凄いでしょ。いろんな事が出来るんだよ。」



そう言い、少年は周囲の木々をなぎ倒して見せた。


荒らしとしての力を楽しんでいる。そうザックは直感、そして同時に危険を察した。


自我があっても、力に溺れているのなら、それがやがて暴走の引き金になる。


やはり迷う暇はなさそうだ。


ザックは、半物質半霊化した身体で宙を舞った。


競走をしている気なのだろう、少年は笑いながら逃げていく。


ザックは、周りの木々をすり抜け少年を追った。


少年はそんなザックを睨みつけた。途端、木々が薙ぎ倒され、惨事。竜巻の後のような無残な光景が広がった。


それでもなお、ザックは加速を止めなかった。


いくら振り払っても追ってくるザックに、少年は焦りを見せ始めた。


いつしか攻撃も単調になり、動きが簡単に読めるようにまでなっていた。


ザックは好機とばかりに身体を加速させた。


少年は思念波を放ち迎え撃つ。ザックは加速したスピードをそのままに、宙で身を横に回転させ思念波を避けると、ついに少年に追い付いた。


追いつき、スピードが衰えぬ内に少年の腹部へ右拳を見舞った。


その拳は、加速した分、重い一突きとなっていた。


少年の思念波をかわすと同時に、攻へと転じるザックの技術。それが、少年との鬼ごっこを終わりにさせた。



「今のは…」



気になって二人を追ってきたビンズも、戦いを目にした途端その技術の高さに驚嘆した。


まるで素人とは思えない格闘センス、それはビンズ自身が思い描く戦い方だった。


拳を受けた少年は、地にへたれ込んだまま動かなかった。が、やがて、痛い痛いと泣きべそをかき暴れ始めた。


そんな少年に、ザックは歩みより、深く一礼。一言詫びると、優しく少年に事情を聞いた。



「姉さんのために探し物してたら湖に落ちて…その後直ぐに夜が来て…だけど早く姉さんを喜ばせたくて…」



言い終える前に、少年は大きく口を開け泣き出した。


その姿は、とても先刻暴れていた荒らしとは思えない。


ザックは、泣きじゃくる少年の額を人差し指で弾くと再び諭すように言った。



「その姉さんは今の君を見たらどう思うかな?悲しむと思わない?だから早く戻らなきゃ、自分の身体にね。」



指で弾かれた額を赤く染め、少年は静かにザックの話を聞いていた。



「戻り方は解るよね?」



少年は笑顔で首を縦に振った。


自我を持つ荒らしは荒らしに非ず。


対話で解決出来るのならそれが一番。そう考えるザックは、それを見事に実行してみせた。



「ありがと、お兄ちゃん。」



少年はそう言い湖へと戻っていった。



一件落着。



腕を伸ばし、深呼吸。



「…あんた、そんな実力があるのに、なんで俺なんか雇ったんだ?」



一部始終を見ていたビンズが、労うより早く問いただす。



「買いかぶりすぎですよ。ビンズさん。」



ザックはなぜか、悲しそうにそう言った――






――湖畔を目指し歩いていたマティス達も、ほどなくし、湖畔の美しい情景を視界に捉えた。


着いてまず、景観を軽視し荒らしの気配を探りだす。


目を凝らすと、水面に何かが浮かんでいるのを確認。マティスが近寄ると傍らの少女もそれに気づき、その名を呼んだ。


名を呼ばれ、荒らしは驚き振り返る。



「ミユ姉さん…」



荒らしの少年が漏らした一言は、ザック同様マティス達を驚かせた。


自我があるなら元に戻れるのでは… そう潟躍は言うが、マティスは首を横に振った。



「荒らしは浄化されるためにある存在だ。」



マティスはネムに武器を求め、ネムはそれを承知した。


少女は、潟躍と共に必死になり見逃すよう懇願(こんがん)した。だが、マティスは武器を手に少年に切りかかる。



「僕は…戻ろうとしてたのに。」



少年の表情は、悲しみから怒りに変わっていった。


初めはマティスの猛攻を避けるだけだったが、次第に拳を握りだし、ついにその力を向けた。


だが、時すでに遅し。


マティスの刃は少年の身体を切り裂いた。



「姉さん…」



少年が最期に残した一言は、憎悪でも、恨みの言葉でもない。それは、自分が愛する者の名だった。


少年が消えた時、少女にも立つ気力が消え、力なくその場に崩れた。


やがて、悲しさと憎しみを込めた瞳でマティスを睨み、森が震えるほどに大きく叫んだ。



「悪魔!わたしは絶対あなたを認めない、あなたのようなアフェリエイターにはならない!」



そんな少女に、マティスは黙って背を向け、小さく呟いた。



「…それがいい。」



その声は、背を向けて発したのにも関わらず、少女の耳にはっきりと伝わった。


潟躍は、泣きじゃくる少女に、昨日受け取った報酬を返した。



「俺にはこれは受け取れない。」



そう言い、視線をマティスへ向けた。その目は、明らかな疑念に満ちていた。



「お前も解っているだろう。…俺にはこの生き方しかないんだ。」



マティスと潟躍の睨み合いはしばらく続いた。


その間、ネムはただじっと二人を見つめていた――






――一方、ザック達はもうすぐ森を抜ける所へと歩を進めていた。


いい写真は撮れた。


途中、出会った少年も、荒らしから戻れるだろう。


今日のところは思い残すことはなにもない。


隣のビンズを除いては…



「決めた。俺はあんたを目指すぜ。」


「…いきなり何ですか?」



ビンズの目は本気だった。


先ほどのザックの戦いに、すっかり触発されたらしい。



「俺はもう一度鍛え直すぜ。そしていつかあんたを越す。」



指を指し、高々とビンズは宣言した。


ザックは、見えない所でため息をついた。



「どうせ目指すなら、こっちの方にして下さい。」



そう言い、ザックは一眼レフカメラを指差した。


そのレンズは、不思議そうにカメラを見つめるビンズの姿を映していた――




第五話「二つの情景」 完











五話登場人物集


※イラスト協力者「そぼぼん」

※登場人物一部割愛



ビンズ


挿絵(By みてみん)


ミユ


挿絵(By みてみん)




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