軌絆道々(ききどうどう)
――ここは、スパンセの隣にある街「ファンクス」
自然豊かなこの街は、広大な湖と、美しい自然公園で名を馳せている街である。
最も賑わいをみせる街の中心地には、旅人の姿もいくから見られた。
そのような者達に重宝されるが、チャットルームである。
どの街も、チャットルームを中心に栄えたと言っても過言ではなく、「チャットルームを見れば街の盛りが解る」という言葉があるほどだ。
もちろんここ、ファンクスもその例外ではない。
そして、今日のチャットルームはというと…
※地図上の紫マークは、移動前の土地、赤いマークは移動後の土地。
「光栄です!こんな所でマティスさん達に会えるなんて!」
一人の男が声を荒らげ言った。更に、周りも同調し、祭りのような騒ぎとなっていく。
男は酷く興奮していた。
目の前に座る、男二人、女性一人のグループが、どうやら騒ぎの発端のようだ。
――マティス、潟躍、ネム。
人々が口々にその名を呼び、沸き立った。
それもそのはず。
この三人は、先日クレロワのチャネリングにて伝えられていた者達で、偉大な発見を成したことで知られる人物だからだ。
「いつここに来られたのですか?」
マティス達に話す男は、元々依頼の話しで来たのだが、先ほどから質問の雨あられ…まるで依頼の話をしなかった。
「昨日ジョウントタグを使ってね。まあその分、ずいぶん旅費をばらまいてしまったが。」
ややうっとうしいと言った感じの受け答えから、マティスはこの話題を好いてないのが見て取れた。
それを知っているのか、仲間の一人「ネム」が、なだめるようにマティスの肩を叩いた。
そして、仲間の男「潟躍」が、マティスに変わり本題を進めた。
「そろそろ本題といこうじゃないか。」
この一言で、依頼をしに来た男もようやく目的を思い出した。
「か、潟躍さん…失礼しました。実は・・・」
話によると、最近ある時間帯になると、線路付近に荒らしが現れるらしい。
それをなんとかして欲しいというのが男の依頼だった。
さらに話を聞いた所、荒らしが現れるという場所は、ここからたいして遠くはない。
「行くの?」
なにやら眠そうな顔をし、ネムが呟いた。
(――今からでも悪くはないか。)
マティスは潟躍の方を見た。
その目は、すでにやる気に満ちていた。
「…決まりだな。」
―――――――――
――マティス達が居なくなった室内は、火が消えたように静まり返った。
そんな所に、ザックがのそのそとやって来る。
入るなり、大きく深呼吸し、人を捜す素振りをし始めた。
今日は、とある用件で人と待ち合わせをしていたのだった。
ふと視線を送った先に、特徴的な文字が書かれたテーブルがあるのを見つけた。
《!》
それは、目印にと待ち合わせた人物が示し合わせたものだった。
だが、なぜ「!」なのか…
(――確か、頑張るって意味があるとか言ってたっけ。)
ザックはテーブルに近づき、そこに座る女性に話し掛けた。
「ラーソさん、ですね。」
名前を呼ばれ、女性は静かに頷いた。
二人は握手を交わし、お互いの自己紹介を始めた。
この、ラーソという人物との関わりは、数日前に遡る――
―――――――――
――それは、ファンクスに着いた直後、夜の心配がないかを調べていた時のことだった。
ザックは、気象予知者を探し、送信している情報を受信した。
「送信者…ラーソ。」
――内容――
『今日と明日は夜の影響、磁場変化等の心配はありません。みなさん全力で外出しましょう!』
(――ん…?)
送信者の名前に見覚えがあった。
そう。この間レリクが言っていた名だ。
あの時は、この占術師の占いで荒らしの浄化を楽に出来たのだ。
近くに居るのならば、是非その礼をしたい。そう考えたザックは、テレパシーでラーソにその旨を伝えた――
―――――――――
――そして今、件のラーソ初対面。
両者向き合い、いざ対話。
「ザックさん、お待ちしておりましたわ。」
物腰を柔らかくラーソは言った。
だがザックは、眉間を硬くしラーソを見つめた。
気象予知の時と、なにか雰囲気が違う…
ザックの疑問に「特に変わっていませんわ」とラーソは返す。
「わたくしは、ラーソ=ボローニと言う者です。よくソボロなどと言われておりますが…」
突拍子のない話にザックは再び硬直した。
「ラーソ=ボローニ。間を取って、そぼろです。」
なるほど、ラー「ソボロ」ーニと言うわけか… 一人納得し、頷くザック。
「この呼ばれ方結構気に入っておりますの。わたくし自身そぼろっぽい顔だと思っておりまして。」
そぼろっぽい顔…
束ねられた美しい黒髪、全てを見通すような澄んだ瞳からは、どちらかといえば美人な印象を受けるが…
意外に茶目っ気があるのか、それとも変わった性格なのか。
ザックは、少し不安を感じつつも、不思議といつになく安らいでいる自分に気づいた。
軽い雑談を交えながら、話は本題に差し掛かる。
「この前はあなたの占いで助かりました。」
そう言い、ザックは懐からパワーストーンを取り出した。
「あ、この間のパワーストーン占いでございましたか。あれ、当たっちゃったんですね…」
聞くや否や、ラーソはなぜか落ち込んだ。
普通、自分の占いが、誰かの助けになれたと知れば喜ぶものだが…?
「わたくし、占術師を辞めようと思ってますの。最後と思い行ったのがザックさんが受信した時の占いでした。」
才能がないのか、最近占う力が弱く、ろくに占術師の活動が出来ていない…そう小さくラーソは言った。
なら、なおさら占いが当たって喜ぶはずだが…
「人を占うと言うことは、一対一で相手を理解した上で行うものだと思っております。それ以外で人を占うのはおまじない、わたくしはそう考えております。」
ラーソがいうには、この間のパワーストーン占いは、その行為を否定するために行ったものだという。
だが結果は皮肉なことにそれとは逆だった。
ラーソは遠い目で窓の外を見つめ、さらに独白する。
「わたくし、誰のために占いをしたいのか解らなくなりましたの。」
占いに対し、そう考えるようになった時から、次第にその能力を発揮出来なくなったのだという。
それ以来、好きでしていたはずの占いを、今では何となく、漠然とした思いで行うようになったいた…
話を聞いていたザックは、ラーソという人物に、なにか自分と重なるものを感じた。
ザックには写真の他に旅の目的があった。
その旅を改めて考えてみよう… 次第にそんな気持ちになっていた。
「ラーソさんとは気が合いそうです。」
「わたくしもそう思いますわ。」
そしてしばらく、自身の旅話で話しを沸かせた。
どれくらい時間が経過しただろう。
ザック自身、こんなに話し込んだのは久しぶりだった。
「あ、ついでに一ついいですか?」
ザックは文字を書き、それを見せた。
《闃ア繧 蜈峨k 荳九&縺》
「これ、なんて書いてるか解りますか?」
それは以前、ザックが浄化した荒らしが放った文字だった。
荒らし特有の「文字化け」と呼ばれる特殊文字である。
占術師と呼ばれる者達は、文字化けを解析する力にも秀でているため、ザックは試しにと聞いてみたのだった。
「少々お時間をいただければ可能かと。」
予想的中。
「ではお願いします――」
――その頃、依頼を引き受けたマティス一行は、目的の場所である郊外の線路へと着いていた。
「ネム、荒らしは来そうか?」
聞かれ、ネムは静かに瞳を閉じ、なにかを始める素振りを見せた。
瞳を閉じてから数秒後、身体に流れるフォトンエネルギーが、徐々にだが低下し始めた。
これは「未来予知」を始める準備運動のようなものである。
身体を巡るフォトンエネルギーを低下させることにより、タキオン反射を活性化させ、今見ている場所の数分、数時間、果ては数日後を見ることが出来るのだ。
その予知率は百発百中を誇る。
(解析、未来予知を参照)
「…後十分程度でここに来る。」
言葉少なくネムが言った。
荒らしとは意外と早い対面になりそうだ。
「ネム、潟躍、準備はいいか?」
頷くネム。その隣で腕を回し、ややオーバーな仕草で潟躍が応えた。
そして、三人は線路の横に佇んだ。
時間と共に通り過ぎる汽車に思いを馳せつつ、荒らしが来る時をじっと待った。
荒らしがラグを発生させた場合、列車の運行に支障が出、事故を起こす場合も少なくない。
それはなんとしても阻止する必要があった。
ネムが予知した時間が迫る。
―――――二十分。
――――十五分。
―――十…
――五…
そして…
「来たな。」
潟躍が二人に合図を送る。
案の定、線路の上に荒らしは現れた。
年老いた風貌の、男の荒らしだった。
三人が目の前に立ちはだかると、荒らしは身体から無数の文字を出し威嚇した。
《驍ェ鬲斐□、豸医∴繧》
「邪魔だ、消えろって書いてある。」
「これはまた、ずいぶんな歓迎だな。」
緊張感のないネムと潟躍の会話をよそに、マティスは冷静に状況を分析し戦略を立てた。
「ネム、手筈通りに。」
ネムが応え、静かにチャットリングを始めた。
《<meta http-equiv="Refresh" content="10;URL=http://iwaba/mversus/">》
書いた文字はタグである。
だが、タグは地球磁場が強い場所でなければ反映されないはず。
一見、ネムの行為は無意味に思えた。
が、しかし…。書き終えた数秒後、その場に居た全員が輝きだし、次第に消えていく。
これは、陰舞のアバター時、助産士が行ったタグの光景に酷似していた。
荒らしと対峙する際には、三人一組が良いとされている。
一人はクリスタル。
二人目はバイオレット。
そしてもう一人は、このネムのように「場所に関わらずタグを反映出来る人物」である。
そういう者達は「タグ師」と呼ばれ、人種を問わず存在する。
消えたマティス達が次に現れた場所は、岩がむき出しになった殺風景な所だった。
ネムがタグによりリンクした空間である。
「…もっとマシな場所にして欲しかったぜ。」
「よそ見してちゃ駄目。」
潟躍の冷やかしを、ネムは賢しく受け流す。
「来るぞ。」
荒らしが手をかざした途端、マティス達が立つ地面が音を立て抉られた。
無駄話をする時間は、もはやなさそうだ。
潟躍が、ネムに目で指示を送る。
それを受け、ネムは両手を掲げ、左右の指で文字を書き始めた。
右手、左手、それぞれの人差し指が書いた文字は、ストレージタグにより体内に取り込まれた物質を、再び取り出す「ペーストタグ」
《<img src=http://Saberu>》
《<img src=http://Kon>》
二人の身体が輝きだし、マティスの前には短刀が。潟躍の前には長い棍が現れ、それぞれの手に握られた。
両方の武器に、パワーストーンが装飾されていた。
荒らしには、生身で挑むより、こちらの方が断然有利なのである。
パワーストーンにより自身のオーラが増幅される上、武器固有の殺傷力が加わるため、効果的な打撃を与えられるのである。
それはバイオレット、クリスタル問わず言えることであり、事にクリスタルは、パワーストーンがなければ荒らしに触れられないため、必要不可欠である。
マティスと潟躍は二手に分かれ、荒らしを攻め始めた。
氷の上を滑るように、潟躍が地面を移動する。
瞬く間に荒らしの前に詰めよると、棍を力強く唸らせた。そのうねりは、見事荒らしを圧倒した。
その間、マティスは膝を大きく屈指させ、五十メートルを優に超える跳躍をし、上空から荒らしを迎え撃つ準備を整える。
荒らしが潟躍の攻撃を避け、上空へと浮遊すると察しての行動だった。
とその時、潟躍は荒らしの思念波で勢いよく吹き飛ばされた。
潟躍を見送ると、荒らしは上空へ浮上した。
やや過程は違ったが、マティスの予想は的中。思わず口元がほころんだ。
マティスの元へ荒らしが近づく。
捉えた。
重力に従い落下するマティスは、その勢いを利用し、短刀の刃を荒らしに斬り落とす。
荒らしの身体(魂)が、気体の如く二つに裂かれた。
これほどのダメージ、ただでは済まないだろう。
マティス達は一箇所に集まり周囲を警戒したが、その場は静まりかえったまま変わらない。なにも起きそうな気配はなかった。
終わったか… そう感じた、その時だった。
突如、岩の破片が一つ二つと宙に浮く。それは無数の石つぶてとなり、マティス達に降り注いだ。
その一つ一つが、荒らしのオーラを纏っているため、バイオレットでも直撃したら只では済まない。
それならば、とマティスはこの状況下、これまでの経験から、一番の打開策をはじき出していく。
「ネム!」
《<div style="border: solid 3px red">nemu.mathisu.katayaku</div>》
ネムはマティスの考えを理解し、とっさにタグを書き上げる。
タグを書き終えると、赤い光の枠がマティス達を取り囲むように現れた。
枠には光の壁が張り巡らされ、それが岩の雨を遮る防壁となり、攻撃をはじいていく。
続いてマティスは潟躍の名を叫んだ。
待ってました、と潟躍が猪突猛進突き進む。
飛び交う岩の弾は、依然ネムが作り出した壁に集中していた。
急に飛び出した潟躍に動揺したのか、荒らしの攻撃の手が一瞬緩む。
だが、すぐに気を取り直し、今度は潟躍に攻撃を集中させた。
潟躍は、バイオレット特有の高速移動、そして空中移動でそれを見事にかいくぐる。
それを見て、マティスの顔は綻んだ。
荒らしは今、限りなく無防備な状態。
ネムが今すぐタグを解除しても、それに気づかないはず。
マティスは、その隙を突くことにした。
飛び交う岩弾を、潟躍は全神経をもって切り抜ける。
マティスの狙い通り、荒らしの意識は完全に潟躍に向いていた。
端から見れば、この作戦は、潟躍一人を危険な目に合わせる無謀な策に映るだろう。
しかし、この三人にとっては違っていた。
お互いを信頼しあい、各々の性格を理解しているからこそ成し得るものがある。
この戦いから、いかに三人が長い間、共に行動しているのかが伺えた。
荒らしの意識が偏ってある間、ネムは両手を使い、一つのタグを書き上げていく。
左指は、左から右へ。右指は右から左へ。別方向からタグを書いていった。
そうすることで、一つのタグを書き上げる時間を短縮させる事が出来る。
《<hr size="3">》
ネムの前に、帯状に輝く光が現れた。
それは、鞭のような形状となり、ネムが手にすると、しなやかに地面へと垂れていった。
フォトンエネルギーを帯状に濃縮させることができる「ラインタグ」というタグがある。これはそれにより作り出された光鞭だった。
振り回された光鞭は、荒らしに向かい伸びていった。
獲物を仕留める蛇の如く、はては獲物に飛びつく獅子の如く、風を切り裂く一筋の光。それが「闇」を確かに捉えた。
「カクあ゛。」
突然のことに、荒らしは反応が出来ずまごついた。
飛び回っていた岩弾も、荒らしの力が行き届かなくなったのか、地に落ち只の塊となり果てた。
マティス達に勝利の風が吹いた。
マティスは短刀を横に持つと、荒らしに向かい駆けだした。
パワーストーンが怪しく光る。
空を切り裂く短刀が、荒らしの身体を音もなく通過した。
――斬。
「クォーツ。幸運の石もお前さんには不幸の石だったかな。」
横一文字。荒らしは見事に切り裂かれ、次第に弱まり消えていく。
荒らしが完全に消えたと同時に、ネムによりリンクされていた空間が元の軌道へと戻った。
「お疲れ様。」
「お疲れさマティスっ…てか。」
ねぎらいの言葉が乱れ飛ぶ中、マティスは一人空を見上ていた。
澄んだ青空が瞳に広がり、マティスの心に染み入った。
「俺はもう少しここに残る。」
まだここに用があるようだった。
「またいつものやつか。じゃあ先に行ってるぜ。」
そう言い、二人はその場を後にした――
――一方、ここはチャットルーム。
ザックは固唾を呑み、ラーソに依頼した文字化け解析を見守っていた。
数分経過し、無事解析は終了する。
《蜈峨k》
「これは… 光る。」
《荳九&縺》
「これは… 下さい。」
光る。そして、下さい。それらの文字を繋げてみても、適切な意味は見いだせない。
「もう一つありますわ。」
《闃ア繧》
「…花を、ですわ。」
…花を、光る、下さい。
(――光る花。)
その時、ザックは閃いた。
「光る花。ブリザードフラワーのことですね。」
――ブリザードフラワー。
それは、夜になり、雪が降った時にのみ見ることが出来るという幻の花である。
あの荒らしは、何かを探しに森に入ったとレリクが言っていた。
ということは、ブリザードフラワーを求めていた可能性が高い。
ザックはすっきりとした表情を浮かべ礼を言った。
「解析だけでそんなに喜ぶなんて、変わっていますのね。」
変わり者に変わっていると言われ、思わず笑いがこみ上げる。
今日はなんとも楽しい日だ。
ザックは笑いをこらえ、心の中で再びラーソに礼をした。
そろそろ行こう、そう思い席を立つ。
「あ、宜しければ登録させて貰えますでしょうか?」
ラーソが慌てた様子で呼び止めた。
「登録」という言葉に、ザックはなにやら悩み始める。が、しばらく後、受ける旨をラーソに伝えた。
そして間を空けず、懐から手帳を取り出した。
それは、シェインに見せた手帳と同じものだった。
ラーソもまた、同じく手帳を取り出すと、それをザックの手帳と交換した。
互いに交換した手帳に、チャットリングでなにかを書いた後、再び本人の元へと返す。
書かれたページを見、内容を確認した後、書かれた文字の上を自分の字でなぞり始めた。
二人が先ほど書いてた文字は、個人周波数と互いの名前である。
周波数はチャネリング、テレパシーに必要になるもの。
それを交換すれば、互いにいつでも連絡が取れる。
その周波数を読んだ後、自分にだけ見える色で書き直し記録するのだ。
そうすることで、他者に情報が漏れることはない。
「今度はゆっくり占って差し上げますわ。」
ラーソの右手がザックに伸びる。
「楽しみにしています。」
ザックも右手を伸ばし、握手を交わした。
こうして、違う道を歩く旅人達は知り合いになり、絆を深めていく。
今まさに、新たな絆が生まれたのだった――
第四話「軌絆道々」 完
四話登場人物集
※イラスト協力者「そぼぼん」
マティス=ハーウェイ
潟躍
ネム
ラーソ=ボローニ