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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

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鬼と少年が望むモノ

作者: 高丘楓
掲載日:2026/02/24

 腹が減った。

 喉が渇いた。


 里の掟を破った俺は里を追放され、そして、魔族領でも人間領でもない、『境界の大森林』とも呼ばれている、誰も立ち入らないような鬱蒼とした森の中を彷徨っていた。


 人間と戦ってはいけない。人間領に足を踏み入れてはいけない。

 要するに、人間と係わるなという掟に俺は背いた。


 仕方なかったんだ。

 狩りに出かけていた里のガキの一人が人間の冒険者の奴らに連れ去られそうになったから、俺はそれを阻止する為に戦った。

 俺達『鬼族』の角や内臓は、人間にとって薬の素材になるらしい。鬼族特有の赤い肌が目印になりやすく、鬼狩りというものが人間の間で流行っていた時期もあった。

 昔から魔族領に侵入してくる人間は、何の遠慮もなく、人間以外には生きる権利が無いと言うような勢いで俺達を襲ってくる。


 人間に係わると碌なことにならねぇ。


 中には魔族にも友好的な人間が住んでる国があったりもするし、魔族でも人間領で普通に生活している奴らもいる。

 が、奴隷として生きている奴らだっている。

 冒険者になって同族に仇なす奴らだって。


 だから俺は、人間が嫌いで、人間領に行くことも拒んだ。


 森を何日も彷徨い、水場を探し、自分が生きる為の場所を探し、そして、石清水とせせらぎ、そして小さな池を見つけて腰を下ろす。

 きれいな水にありつけたのは何日ぶりか。

 雨水をすすり、泥水をすすり、草や木の実、弱っている小動物の血肉で飢えを誤魔化してきた俺は、久しぶりに飲む冷たい透明な水に喉を鳴らす。


 ただの水がここまで美味い物だとは思わなかった。


 存分に水を飲み、落ち着き、そして辺りを見回す。

 水場として問題はなく、魚もいるように見える。これだけ条件がそろっているのなら、ここは俺が住める場所になりえるのだろうかと。


 「辺りにどっか雨露をしのげそうな場所はねぇのか……?」

そう呟きながら、石清水の周りを歩き、洞窟でもなんでも、屋根がある場所を探した。

 しばらく歩くと、小屋と呼ぶには粗末で、継ぎ接ぎと穴だらけの建物を見つけた。

 人の気配はしない。

 昔に誰かが建てて、そのまま放置したような―――。


 だが、そいつは都合がいい。俺が有効活用してやる。

 そう思ってボロいドアを開けてみると、意外にもボロいなりに整理されて、多少の生活感を感じさせる部屋が俺を出迎えた。

 そして、部屋の片隅に寝転がる小さな子どもの存在が目に入った。


 人間の子どもだ。


 「……誰かいるの……?」


 小さな声が俺に問いかけてくる。

 答えるかどうかに悩み無言になっていると、子どもは起き上がってふらふらとした足取りで近づいてくる。


 痩せている。

 髪の毛もぼさぼさで、手入れなんてできていなさそうだ。


 それでも嫌な匂いがするとかではないから、しっかりと水場で水浴びはしているのだろう。そう考えていると、子どもは俺の近くまで来て声をかけてきた。


 「あの、お客さんなんて初めてだから、その、なんのお構いもできないですけど、よかったらゆっくりしていってください」

 頭を下げてお辞儀をして、椅子をすすめてくる。

 俺の体格には些か小さいが、俺は壊さないように用心しながら椅子に腰を下ろした。


 「この家に、他に人はいないのか?親とか」


 俺の問いかけに、人間がコクリと小さく頷いた。


 都合がいい。孤児か。

 だが、この人間を、しかも子どもを追い出してまで自分が生きようとするのは、俺が毛嫌いしている欲深い人間と同じなんじゃねぇかって思えたら、流石に同じ畜生には堕ちたくなかった。


 「……そうか、悪いことを聞いたな。すまねぇな。旅の途中で休憩場所を探していたら目に入っちまったからよ、俺はこれで出ていく。……この辺りは魔獣が少ねぇみたいだが、十分気をつけろよ、坊主」


 探るような手つきで食器を触って、水を出してくれようとしていた子どもは、手を止めて俺のことを探すように視線を動かした。

 その様子を見て、俺は気づいた。


 この坊主の目が見えてねぇことに。


 正確には、しっかりと見えていない、光だけを頼りに見ているような視線の動かし方だった。


 「あ、あの、ごめんなさい。あの、旅の人にお願いしちゃいけないと思ってはいるんですが、その、……今日だけでも、泊って行ってもらえませんか?」


 頭を下げて坊主が言う。

 少しだけ体が震えている。


 「理由を聞いてもいいか?……俺は魔族で、鬼族の男だぞ?」




 昔ここには、人間の国を追われた人間の夫婦が住んでいた。

 その二人の間に生まれたのがこの坊主、リュカだった。

 生まれつき視力が弱かったリュカだったが、二人の愛情を一身に受けて穏やかに成長していった。


 しかし二年ほど前、リュカが八歳のときに二人は病に倒れ、そのまま帰らぬ人になった。


 生きる術は二人から学び、明るい時間なら小屋の横の畑や近くの森の植物を採取して、なんとか食いつないでいた。

 魔獣がここに来ないのは、両親がそれなりに高位の魔術師だったらしく、魔獣と瘴気除け永続的な結界をこの周辺に張っているかららしい。


 逆に言えば、リュカは死ぬまでこの結界の中でしか生きられないということだ。

 それに、リュカの視力はいずれ失われてしまうだろう。

 そうなると、自然とここで朽ちるしかないのだ。


 少しでも光や輪郭がわかるうちにここから旅に出たとしても、この森から出ることはきっと叶わない。




 ―――だから、寂しくなった―――。


 ―――だから、話せる誰かが来てくれたことが嬉しくて、離れたくなかった―――。




 リュカはそう言って、俺を引き留めた。


 そして俺は、見捨てることができずに、それに応えた―――。




 一日だけのつもりが、気が付けばリュカを放ってはおけず、季節が一巡するほどの時間をリュカと共に生きた。


 種族を気にせずに頼ってくるリュカを、俺は見捨てることができなかった。

 そして、居場所を無くしてしまった俺に、ここにいて欲しいと、居場所をくれたリュカに、少しでも礼をしたかった。


 手入れが行き届かず荒れていた家は修繕し、暖を取るための薪も、食べるための野草や果物や魚も、俺ができる範囲でしかないが、それなりに生活に困らないように整えることができた。

 リュカが外の話を聞きたがった時には、魔族領の話をした。


 いつか外の世界を見てみたいと、少し寂しそうに言ったとき、俺は何も答えてやることができなかった。


 リュカは俺に感謝し、せめてもの礼として、力仕事をした後の体をマッサージしてくれたり、二人で住むこの家の掃除や、ちょっとした料理を頑張ってくれた。


 歪な関係かもしれないが、この生活も悪くないと感じていたある日、リュカが病に倒れた。


 高熱が続き、浅い呼吸を繰り返しながら日々衰弱していく。

 泉の水で冷やした布をきつく絞りリュカの額に乗せ、少しでも栄養をつけさせるために果物を絞った汁を混ぜた水を少しずつ飲ませ、汗を拭き、看病を続けた。


 しかし、五日経っても熱は下がらず、リュカからは生命力というものが感じられなくなってきた。


 「……ごめん……なさい……」

弱々しい声でリュカが謝る。

 もう何度目の謝罪かは覚えていない。

 気にするなと言い、頭を撫でる。そうすればリュカは少しだけ楽そうな顔をするから。


 だが、今日は違った。

 苦しみで潤んだ目で俺を見て言葉を続けてきた。


 「……ボクが死んだら、……ボクを食べていいよ……」


 「バカなことを言うな。魔族だからといって、人間は食わん」


 「……うん……、知ってる……。でも、ボクの魔力を、……吸収できるはず……だから……」


 両親が高位の魔術師というだけあって、リュカはその話を知っていたようだった。

 きっと耳にしただけなんだろうが、それをずっと覚えていたリュカは、本当に両親の声を忘れないように、大事に守って生き続けてきたんだろう。


 「だから、ボクが死んじゃったら、ボクの魔力だけでも、一緒に、外の世界、つれていって欲しくて……」


 「リュカ。……お前は疲れているんだ。絶対に病気は治る。……それで、体力が回復して、お前が元気になって安定したら、一緒に外の世界に行こう」


 確信なんて無い。

 治す方法もわからない。

 だが、弱気になってしまったら最後だ。


 「人間と魔族が一緒に生活している国がある。そこに行って、一緒に暮らそう。旅もしよう。うまい物も沢山食べて、お前の両親の分まで長生きして―――」


 「うん。―――楽しみにする―――」


 弱々しく微笑んで、瞳を閉じて、苦しそうな呼吸と共に眠りにつく。


 どうにかしてリュカを守りたい。

 だが、俺には何もできない。病を癒すために必要な力も持たない。


 考えて考えて考えて、髪の毛をかき乱しながら、手に当たる感触で少しだけ頭がクリアになる。

 そして、俺は藁にも縋る思いで、クリアになった瞬間に閃いたことを実行した。




 「―――おはようございます、おにいさん」


 体が冷えないように、抱きかかえるように寝ているリュカが目を覚まし、昨日よりも落ち着いた声でそう伝えてきた。


 「おはよう、リュカ。……良さそうだな、調子」

「はい。…………おにいさんが、ずっと助けてくれてたから……」

「そうか。……良かった」


 リュカが小さな腕を俺の体に回して抱きしめてくる。


 初めてのことだった。


 「あの日からずっとそばにいてくれて、ありがとう……」


 紡いだ声を繋ぎとめるように、優しくリュカを抱きしめ返す。


 「居場所をくれたのはリュカだ。今の俺がいるのは、お前がいて欲しいと願ってくれたからだ」


 額に額を当て、リュカの熱が下がっていることを確認する。


 「今は眠れ。ずっとそばにいる」


 この言葉に安心したのか、リュカは再び眠りにつく。

 穏やかな寝息が顔に当たり、赤鬼の顔をより赤く染めさせる。




 ―――鬼族の角が人間にとっての薬になる―――。




 人間による鬼狩りの原因となった伝承があった。

 それによって、あの日の鬼のガキも冒険者に襲われていた。


 嘘か誠かはわからない。

 だが、俺にはもうそれしか手段がなかった。


 どうせ放っておいたら死ぬかもしれない命ならば、俺の角で生きることができるのかもしれないのなら、最後に試して、駄目なら二人で死ねばいい。


 家の外にあった大き目の石で額に生える二本の角の内、左の角を強く叩いた。


 俺が持てる物はこれだけだ。これで俺の居場所を作ってくれたアイツが生きられるのなら安いものだ。

 命は何にだって一つだ。

 鬼族のプライドだろうが矜持だろうが、角を惜しんで守れるはずだった者すら守れないほうが、一つの命として恥ずことだ。


 頭に響く激痛を噛み殺し、強く歯を食いしばった影響で口に血の味がしても叩き続け、そして、意識が飛びそうになったタイミングで角が折れた。


 ふらつきながら歩き、折れた角を岩の表面に力をかけながら滑らせ、削って粉にしていく。


 ある程度まとまった量の粉ができたことを確認したら、それをもって家の中に入り、そして、水分補給用の果物の汁に混ぜて溶かし、リュカに飲ませた。

 咽ながらも、体が生き残ることを求めるかのように準備した分は全て飲み干した。


 その様子を見て俺は安心し、リュカの体を包み込むように横になり、そして意識を手放した。




 「おにいさんの角…………」

優しく触れる手が俺の角が折れてしまった断面を撫で、以前触れた時と違うことに気づく。


 「狩りの際の不注意でこうなっただけだ。気にするな」


 きっと何かに気づいているかもしれない。

 だが、背負わせる必要も無い。


 「それよりも、調子はもういいのか?」


 「はい。おにいさんのおかげで、もう元気になりました」


 やわらかい微笑みが俺に向けられる。


 「それに、最近なんだか、前よりも見えるんです。綺麗に、輪郭も、色も」


 前よりも安定して進む足取り。

 まだはっきりとはしていないのかもしれないが、それでも、あの薬はリュカの視力も少しだけ回復してくれたんだと感じた。


 「おにいさんが、前よりももっとちゃんと見えて、嬉しいです」


 「怖くないのか?お前の親と違って、人間じゃねぇし、大男で赤い肌した鬼だぞ?角も牙も生えている」


 「おにいさんが怖い人だったら、ボクのわがままを聞いてくれたり、一緒にいてくれたり、看病してくれたり、励ましてくれたり…………。……そんなこと、絶対にしてくれないですし。……ボクは、おにいさんのこと、大好きです」


 今まで視線が朧気だったはずなのに、今は俺の目をしっかりと意識して見ている。

 その視線がこそばゆくて逸らしたくなってしまうが、リュカにとって不義理だと感じて、俺もリュカの目を見る。


 「だから、やくそく。…………楽しみにしてます」


 約束。


 そうだ。約束だ。


 それがリュカの生きる希望になっていたのなら、それに背きたくはない。


 そっと近づき、壊さないように腕を回し、そして、優しく抱きしめる。


 俺はこんなにも小さな存在につながれていて、今ここにある違う命が愛しく思えるほどに、リュカが大事だ。


 「ありがとう……リュカ……」


 「おにいさん……。ボクを見つけてくれて、ありがとう……」


 小さな手が温かい。


 ―――人間だから、鬼だから、魔族だから、大人だから、子どもだから―――。


 そんな、誰かが決めた境界が全て溶けていくような、夢に俺が溶けていく錯覚が、なんとも心地良かった。だから、俺とリュカの境界線が消えた今、俺は体を屈ませ、落ち着いた声でリュカの耳元で言った。


 「―――いつまでも一緒だ。一緒に生き続けよう、リュカ―――」


 小さな手に力がこもる感触を愛おしく思い、俺はリュカの耳元で優しく笑った。

 

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