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短編読み切り

LOOP

作者: 空野 翔
掲載日:2026/01/25

まただ…

目覚めはいつも、同じ白い天井。

一本の細いひびが斜めに沈黙を刻んでいる。 朝の光がその傷に触れる瞬間、 世界はもう一度、息を吹き返すふりをする。その傷跡を眺める瞬間、心の奥底で何かがざわつく。

これは現実か? それとも、永遠に続く悪夢の断片か?

でもそう思ったのは、最初のほうだけ。今はもうない。

今日もまた、この牢獄から逃れられない。私は知っている。

何万回の朝が、それを証明してきた。

今は、諦めを超えた虚空。


私は田中真理。 かつては26の秋だった。 今はただ、秋の残像。


カレンダーは10月17日を、 金曜日の柔らかな嘘を、 永遠に繰り返す。数えるのが面倒なほど、同じ日々を繰り返す。何度も繰り返す10月17日だ。


最初は叫んだ。「これは贈り物だ。やり直せる、無限に」最初は興奮の炎が燃えていた。

そう自分を騙し、希望の糸を紡いだ。

心の中で、数え切れないループが渦巻く。

しかし、糸はすぐに絡まり、解けなくなった。

いろいろ試したすべてが、嘲笑うように何もかも失敗する。

宝くじの数字は当たるが、翌朝には消え、救った命は、次のループでまた失われる。

東京タワーの風に身を委ね、 死さえも試した。

恋人の声は、呼びかけるたび薄くなり、死の試練は、ただ痛みを増幅するだけ。

心は、次第に疲弊していく。「なぜ私だけが?」という疑問が、夜毎に胸を(えぐ)る。

怒りが爆発し、壁を叩き、叫び、世界を壊そうとした。

だが、壊れるのはいつも自分だけ。

けれど朝はいつも優しく、残酷に訪れる。

やがて怒りは灰になり、 灰さえ風に散って 残ったのは静けさだけ。

抵抗は、砂漠の砂のように滑り落ちる。

感情は色褪せ、今ではただの影。抗う気力さえもうない。


朝6時。 アラームの前に目が開く。

部屋の無音が、心の空白を映す。呼吸一つが、重く、意味を失う。

「今日も同じか」と、胸の奥でつぶやく。

その声は、自分にしか聞こえない。


毎朝、鏡の前に立つ。変わらぬ顔を指でなぞる。鏡の中の私の顔は、 相変わらずの肖像画。この皮膚の下に、何か違うものが潜んでいる気がする。


コンビニの自動ドア。 「おはようございます」の声は、機械のように冷たい。

梅のおにぎりを手に取る瞬間、ふと、味の記憶がよみがえる。

何千回食べても変わらぬ味。心は飽きを通り越し、無感覚になる。

「これが永遠の味か」と、苦笑いが浮かぶ。

だが、笑みはすぐに消える。感情を費やす価値がない。


住宅街の道。

赤い落ち葉が三回転して地面に着く。その軌跡を、私はもう数え切れないほど見届けた。その予測可能性が心を苛む。「すべてが決まっているなら、私は何だ?」

自由の幻想が崩れ落ちる。

風の匂いが秋の記憶を呼び起こす。

かつての喜びが、悲しみが、苦痛が、幸せが、すべてが遠い幻のように疼く。


電車の中。同じ車両、同じドアの影。変わらぬ人並み。

隣の少女のイヤホンから漏れるメロディは、永遠に同じサビで肩を揺らす。もはや曲を覚えてしまった。


会社。

「おはよう、田中さん」上司の目は、いつもと同じ無関心。

デスクに座る瞬間心は沈む。「この仕事に意味はあるか?」

ループの中で達成感は蒸発する。

ただ、手を動かす。まるで機械のように…

最初のうちは会社を休んだり、今までの記憶を頼りに仕事をバリバリこなした。

結局何をやってもまたループするから、どの位前からかは普段通りに仕事をした。


昼。

屋上の縁に腰を下ろす。雲の形が、昨日と同じ。空の青さが、心の孤独を映す。

いつもと同じ鳥が飛び、いつもと同じ街の音や人々の声。

ループを何度も繰り返していても、心は時々別の場所をさまよう。希望を見いだそうとしている。

「抜け出せたら、何をする?」そんな妄想が時折訪れる。

だが、すぐに現実が潰す。「抜け出せない」と。


夕暮れの公園。ベンチに沈む。

子供たちの声が遠く、母親の呼び声が、犬の遠吠えが、すべて予定された子守唄のように響く。

ここで長い時をただ眺める。風が頰を撫でるたびに涙の予感がする。だが涙は出ない。乾き切った魂から、何も流れ出ない。

「私はまだ生きているのか?」疑問が、胸を締めつける。


沈む陽はオレンジから紫へ、ゆっくりと命を抜いていく。

沈む陽の色が、オレンジから紫へ。その移ろいが、心の喪失を象徴する。

「美しいのに、残酷だ」

私はその色を何度飲み込んだことか。


家。

湯船に浸かり、体を温める。だが心は冷たいままだ。

冷凍のチャーハンを温めビールの泡を見つめる。

テレビのニュースは、同じ言葉を繰り返す。ミュートにすると、静寂が襲う。

心の声が、大きくなり、「終わりたい」とささやく。

だが、終わりはない。

夜が降りる。

午後10時を過ぎると、眠気ではなく、強制的な闇が降りる。

体が抵抗を諦め心が折れる。

何度「起きていよう」と試みるが、無駄だと知っている。

絶望が優しく包む。


午後11時50分。

ベッドに横たわる。天井のひびが暗闇で嘲る。

心は、最後の抵抗を試みる。

「今日こそ、越えられるか?」だが、答えはいつも同じ。


午後11時55分。

心臓の音だけがゆっくりと大きくなる。まるでカウントダウンのように。

「また朝か」と諦めの溜息。恐怖と安堵が、混ざり合う。


午後11時59分。

ぴたり、と。世界が溶ける。

暗闇の向こう。

そして、次の呼吸。

目覚めはいつも、同じ白い天井。

一本の細いひびが、朝の光に照らされて今日も静かに微笑む。

私はため息を落とす。

その音さえ、もう何万回目のエコー。

ただ思う。

今日も午後11時59分まで。

そしてまた、同じ10月17日の朝が来る。

ループの心理は、深く、底なしの井戸のように。

そしてまた落ち続ける。

永遠に。残酷に。


―終わり―



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