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阿部澪

作者: 逆さ藤
掲載日:2025/12/21





「それで、ここに呼び出してなんなのよ?」

 私はそう言って目の前の男性を問いただす。相手は大きな身体を縮めるようにして、もじもじとしていた。ドリンクバーのコーヒー。そこに刺さったストローを回している。

「——ああ、その、だな」

 スカジャンに大柄な体躯。こんなのが街中を歩いていたら道を勝手に開けるだろう。それくらいの威圧感がある。というのに、彼の性格はそれとかけ離れているのを私は知っていた。

「菅野。あんた変わんないのね。私より年上なんでしょ? 何? デートでもそんな感じ?」

「ちち違う……、言いづらい、から」

 ゆっくりと喋る。ごつい四角の顔。分厚い印象しか与えない菅野からは張りこそあるが気弱そうな声が聞こえていた。ジャージの上下しか着てない私に変なときめきでも覚えているのだろうか。

 そう思って、ため息をついた。

 こいつはいつもこんな感じなのだ。私も一応まだ若い女だが、どいつもこいつも女性としては興味を抱いてくれない。元自衛隊という経歴や、女性にしちゃ脂肪が少ないという理由で男女関係になかなか発展しないのである。

 菅野も同じだ。実際、まだ自衛隊に席がある彼には仲のいいWAC(女性自衛官)がいるはずだった。

「……なあ」

「ああ、はい。何? さっきから焦ったいのよあんた。さっさと言ってはい三、二、一」

「阿部、幽霊って信じてるか?」

 ストローでかき回している氷の音がやけに澄んで聞こえた。昼下がりのファミレスで、そんな音すぐにかき消されてしまうだろうに。

 私の名前を読んだのは分かる。阿部澪というのが私の名前だ。少し前、自衛隊にいた頃には阿部一士とでも呼ばれていただろうが。

「何を言い出すのかと思えばさ、何を言ってんのあんた? 高校出たてのひよっこじゃないじゃん。もう曹でしょ?」

「あ、ああ、三等海曹。アメリカ留学もさせてもらった」

「立派な中間管理職じゃん。凄いよ」

「確かにそうなんだが。参ってるんだ」

 実際大柄な身体を震わせている菅野三曹。少なくとも一任期であっさり自衛隊を退職してしまった私なんかとは雲泥の差で、立派な正規の公務員である。

 その菅野がわざわざ時間を取ってくれと懇願し、渋々応じた私の前でたっぷりと時間を浪費した挙句に、相談する内容が幽霊。

 バカじゃないのかと一笑に付すのは簡単だった。

「参っちゃダメでしょ三曹。部下が見てる。こわーいこわーい上官じゃないとさ」

 部下には怖い上官として扱われるかもしれないが新人時代はこの菅野もいじめの対象だったのである。大柄だがすっとろく、朝の整列にも遅れ気味だった。

 どこでもそうなのかもしれないが、現場仕事の多い自衛隊ではすばしっこい方が重宝され、大きな力持ちは鈍いのであまり重要視されない。

 私は当時を思い出し、その頃の思い出話で茶を濁そうとした。そっちの方が楽だ。幽霊話など碌でもない。

「怖い上官の演技は上手くなった。で、本題の、本当に怖い幽霊の話なんだが」

「だからなんで私なのよ」

「……凛に聞いたぞ」

「あのバカ」

 菅野の彼女は私の同期だ。高校出たばっかで心細い私は同じように心配ごとばかりの川勝凛にあれこれと相談していたのだった。

 自衛隊は女社会ではない。結構な体育会系でマッシヴな世界だから、弱音を吐くと一発でやられる。そんな中に紛れ込んだ女の私たちは肩を寄せ合い喧嘩もしながら我慢して任期を全うし、私は先にドロップアウトして彼女は残ったのである。

「お前、結構名のある神社の娘なんだろ? 神主の娘とか」

「だから?」

「いろいろ知ってるんじゃないのか? 俺よりも知ってる」

「知ってたから何よ」

 イライラとした。実家が神社なのも神主の娘なのも確かだが、だからなんだというのか。その娘がそっち系じゃなけりゃならないなんて話もない。

 実家の話は出来るだけ言ってなかった。どこで言ったのかさえ覚えていない。

「だから、相談に来た」

「ふざけんな。来られても困るっての」

「いいから頼むよ。怖いんだから」

 その言葉に嘘はないだろうが、だからと言って頼られても困るってもんだ。

「適当に塩飴舐めて水飲みな」

「それで大丈夫か?」

「知らん」

「なあ、そんなむくれるなよ。謝礼するから」

「金? 飯?」

「ず、ずいぶんだな。おい」

「まあね」

 今の私にとって日々の食事は死活問題。容赦などしてられない。かじれる脛はかじるタイプなんだ私は。

 自衛隊を辞めたはいいが、結局日銭は必要で、なんのかんのとアルバイトばかりだから大分貯金が乏しくなってしまった。

 このままでいいとは思っていないが、このままでも別に困らない。姉ちゃんは不貞腐れてるだの弟に言われたな、殴っておいたけど。

 適当にあれこれ頼んだ。菅野はドリンクバー頼んでおいてコーヒー一杯しか飲んでいない。

「なんか取ってくるけどいる?」

「……コーヒーで。お前太るぞ」

「あんたは胃に穴が開くね」

 私にもあいてくれればいいのにな。食欲旺盛ってのは困ったもんだ。

 

「食ったな……、お前確かに食ったよな」

「ああ、はいはい。いただきましたよ。そんな心配そうな顔しなさんな。ちゃんと報酬分は働きますって。はいどうぞ、言ってくださいな。どんな幽霊? 海坊主? それとも置いてけ堀?」

「どっちでもねえよ……。いいか、本当にやってくれるんだな?」

「解決は別報酬」

「ふざけんな。てめえで払え」

 気弱だが、さすが曹に昇進したし昔みたいに弱々しいジャイアンみたいじゃダメらしい。身長差がかなりあるからかそこそこ怖い。

「まあ、冗談」

「冗談じゃねえんだよ。ホトホト参っているんだぞ、こっちはよ」

「そうカリカリしないで。じゃ改めて話を聞かせてよ」

 

 ※

 

 冬の海、だったという。

 その日、菅野たちは演習を行なっていた。

「さっむ」

 冬の艦上は霜が降り、ところどころ滑るようなものだ。そんな中で、佐世保で勤務していた菅野たちは渋々沖合に艦を展開させた。菅野の役目は航海科の信号員で、その日も自身の持ち場である右舷で仕事をこなしていた。他艦との発光信号を行い、問題なし、だった。

「ああ、ヤダヤダ」

 さっきから無駄口が多いが、結局兵隊から恐れられる下士官役の曹でも中身はこんなものなのだろう。慣れててもしんどいのは変わらない。

 そう言いながら、毎日の仕事をこなしている時、急に目の前に艦らしきものが見えたのだという。

 

「不審船、とか?」

「ありえねえよ。そんなんじゃない。それなら海保の網にかかるよ。こっちは護衛艦だ。それよりでかいんだぜ」

 ふーむ、と私は息を呑んだ。

 不審船はニュースでよく聞くが、大体その三倍くらいは侵入してきていると見ていい。しょっちゅう侵入を試みては追っ払われている。

 だが、それはどれも漁船に毛が生えたようなちっぽけなものだ。流石に海自の護衛艦より大きな不審船など聞いたこともない。海保を抱き込んでいない限り、領海に入る前に即バレする。

「それで、どうしたわけ?」

「ああ」

 カラカラとコーヒーの氷を弄びながら、菅野は話を続けた。

 

 菅野はすぐさま右舷に不審な艦あり、と艦橋に伝えた。もし相手が発砲したらというような最悪の未来を頭に入れながらの連絡だったという。護衛艦は蜂の巣を突いたようにそれぞれが動き出した。

 全員が配置につき、合戦用意——つまり、いつでも仕事が出来るようにしたわけだ。

 朝方の霧に包まれた相手はだんだんと近づいてくる。速力は二〇ノットほど。菅野はジリジリと大きくなってくる敵艦に怯えていた。当然だ。護衛艦はでかい。相手はそれ以上に大きい。そんな大きなものは早く動いているようでもゆったりとした動きだ。

「朝だからさ、もやだか霧だかわかんねえんだが、敵艦にびっしり張り付くみたいになってんだ。距離も不確かで、訳がわからねえ。こっちも誰か聞かなきゃならんだろ? ほら、専守防衛だから、うちは」

「焦ったいなあ」

「そういうなよ。お前もよくわかってんだろ?」

 悠長だが、仕方ないのだろう。私なんかやらかしにやらかしを重ね、ついには海自を辞めさせられたが目の前の菅野はそうじゃなかった。ギリギリの状況でもやるべきことを行なっていた。

「それで、俺の仕事だ」

「信号?」

「そうだよ。無線が通じないってんで俺が発光信号行ったんだ。なんだけどな……」

 貴艦ノ所属如何ナリヤ。

 そんな古風なメッセージを送ったらしい。しかし、相手は意に介さず突っ込んでくる。いよいよ射程圏——という時に。

「俺は見てたんだ。ずっと相手をさ。護衛艦よりでかいんだから視界は相手でいっぱいのはずだった」

「まー、そうでしょうね」

「消えたんだよ」

「は?」

 消えた?

 発光信号を送っても返事はない。艦長ももうこれまでと思ったのか撃ち方用意を命令した。護衛艦の主砲が敵艦に向き、あといくつかで発砲、という時に。

「霧だかもやだかというやつが消えた時に、艦も一緒に消えたんだ」

「ハーン」

「信じてないだろ、お前」

「無理だって、信じろってのが。それにさ、よくある話でしょ? 蜃気楼とかそんなんだって」

「いや、絶対あれはそんなんじゃなかった」

「ああ、そうなの」

 熱がこもっていく菅野に対して、私はだんだんと興味が失せていった。

 ——どこにでもあるような怪談話をこいつが経験しただけじゃね? 

 シンプルな海の変な話ではあるが、その分どこそこであってもおかしくない話だ。

「で、困ってるってのは?」

「困るだろ、それは。変な艦が領海にいたんだぞ。普通に怖いし、その、困る。死にたくないしな」

「ま、それはそうね……」

 多分、この恐怖感ってのも海自以外じゃ特に通用しないのだ。平和な日本じゃ命の危機だなんて老人が運転する普通車に相対する時くらいで、敵の砲火に倒れるなんて想像すらしないだろう。

 実際、艦隊勤務している菅野もそこら辺の想像はしてはいても実感はない。菅野らにとって嫌なのはシケとか嵐とかで単純に睡眠時間が減るのが億劫という、実に端的な理由だったりする。

「でだ、ここまでが先週の話だよ。オフレコだぞ」

「はいはい。それで何を困ってるの?」

「凛がなんだか様子が変なんだよ」

「それ、早く言いなさい」


 菅野はどうでもいいが、凛が相手なら話は違う。私はすぐに立ち上がった。





「気を付けぇ!」

 いきなりなんだ。私は面食らった。


「たるんどる!しっかり立て!そこの金髪!なんて髪だだらしない!」


早口の大声で喚き散らす方がおかしいと言いたいが、ぐっとこらえた。


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