魔女の元に売り払った娘を返して欲しいだって?
鬱蒼とした木々が生い茂る森の奥深く、突然現れた一軒の小屋に一行は安堵したようにため息をついた。
「森の魔女殿のお宅はこちらか?」
一行の中で一番身分の高そうな男が、片手で小さな娘を引きずって、高圧的な態度を崩さないままに小屋の扉を叩いた。
「……はいはい、全く。最近のお客は気が短いねぇ」
そう言いながら扉を開いた魔女の姿は、物語に出てくる魔女よりも気品があり、姿勢が良かった。
物語と同様なのは真っ黒なローブと真っ黒な瞳、そして真っ黒なうねった長い髪くらいであった。
「中にでも入って、お茶でも飲んでいくかい?」
「はん、魔女の出すお茶など飲めるはずなかろう。この娘の買取を頼む」
突き出すように押し出された娘が魔女の前に転がると、目をうっそりと細めた魔女が笑った。
娘の肌は雪のように真っ白く、絹のように流れる金色の髪は美しく、怯えていてもなおキラキラと輝く瞳はどんな宝石よりも美しい。服装はボロボロであってもその美しさが陰ることはなかった。
「ふーん……いい魂の持ち主だ。よかろう。魔女との契約だ。あとから取り戻そうとしたりしても、二度と返せないけど……いいかい?」
二度と返せないという言葉に娘がびくりと震えるが、男は鼻で笑って返答した。
「女王陛下の機嫌を損ねた愚娘だ。二度と必要とすることはない」
「ふーん……じゃあ、契約書と大金貨十枚だ。書き終わったら持っていきな」
「大金貨十枚!? 不要な娘がとんだ大金になったな」
ざっと視線を流した男が契約書にサインした瞬間、契約書は空を翔び魔女の元に戻った。魔女が何やら唱えると、契約書は燃えてなくなった。
「帰るぞ。皆の衆」
大金の入った袋を嬉しそうに握りしめた男がそう言うと、一行は振り向くこともなく帰っていった。
「……お父様」
一つ、涙をこぼした娘に、魔女は手を差し出して言った。
「さぁ、お嬢さん。あんたは今から自由の身だ。国に戻って復讐がしたかったら手伝ってやるし、平民として一人生きていきたいのなら、援助してやろう。お前は何を選ぶ?」
魔女の言葉に目を丸くした娘は跪き、魔女の手を取り言った。
「魔女様。わたくしはあなたに買っていただいた身です。対価を支払わせてください。侍女として魔女様の身の回りのお世話をさせていただけたらと思います。その中で、もしご慈悲をいただけたら、魔法をわたくしに教えてください。いつか魔女様のお役に立てるように学びたいのです」
魔女は嬉しそうにひひひと笑って言った。
「お前の心意気を気に入った。弟子にしてやろう。その前にまずは魔女といえば林檎だろう。アップルパイがちょうど焼き上がる頃だ。入っておいで」
「林檎なんて貴重なものを……?」
目を丸くした娘の手を引き、魔女は小屋の中に消えていった。そして娘に向かってウィンクしながら言ったのだった。
「魔女には、魔女の姿と表の世界での姿があるんだよ。お前もよーくそれを覚えておくといい」
魔女が取り出したアップルパイは、チョコレート色の林檎を蜂蜜でキャラメリゼして、シナモンシュガーをかけてバターたっぷりのパイで包んで焼き上げた豪華なものだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「魔女殿! 魔女殿はいるか!?」
年月が経ち、幼さの残っていた娘も美しい少女へと成長した。いつものように魔女と二人、小屋の掃除をしていると、以前よりも老け込んだ一行がやってきた。
「……お父様」
「お前はあちらに隠れていな。なぁに悪いことは起こらない。それはお前が一番よく知っているだろう」
「魔女様……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「弟子を守るのも魔女の役目。魔女との契約を破ろうとする奴らには痛い目に遭ってもらわないとね」
うししと笑った魔女を見て、安心したように笑った娘は、奥の扉へと消えていった。扉が閉まる前に一度、心配そうに振り返りながら。
「おやおや久しいね。相変わらず騒々しい客だねぇ」
「魔女殿! 娘を返してもらいたい!」
ざっと武器を構えた一行に魔女は不敵に笑って返答した。
「魔女との契約を破る気かい? せっかくだから、一度いらぬと言った娘を取り返そうとする理由でも聞いておこうか」
だいたい見当はついているけど、と魔女は口の中で呟いた。
「国に神託が降りたのだ。魔女の元に捨てた娘が聖女であると、な」
「はん。だから言ったじゃないか。いい魂の持ち主だ、と。それで、聖女とわかったから返して欲しいだって? あたしは魔女だ。美容のためにあの子を食べちまったとでも言ったら、どうするつもりだい?」
一瞬怯んだが、男は気を取り直して言った。
「ならば、お前を女王陛下の元に連れていくだけだ」
「ふーん……。じゃあ、一月後。あたしの方から出向いてやろう。魔女は夜会を希望だ。せいぜい周辺の国々でも招待して、壮大な夜会を開いておくれよ」
一行の武器を一瞬で取り上げ、無効化した魔女の力量に、息を呑んだ男が返答する前に、一行は魔女の魔法によって空へと打ち上げられた。
「ひぃぃぃ」
「お、お助けを」
叫び声が上がる中、魔女は高らかに笑って言った。
「せいぜい、豪華絢爛な夜会を開いて待っておきなと、女王に伝えるんだな」
⭐︎⭐︎⭐︎
周辺の大国や友好国、敵国まで招いて行われた夜会は、女王の威信をかけて行われた。城中が蝋燭で明るく照らされ、魔術師によってさまざまな魔術が披露された。夜会も終盤に入る中、まだあの魔女の姿は見られない。
「まだ来ぬか……魔女は本当に来ると言ったのだな? 公爵よ」
「は、確かに“夜会を開けば魔女の方から出向く”と言いましたし、招待状も送りました」
「その招待状は受付されておらぬだろう?」
「聞いてこい」
沸々とした怒りを抱きながら、公爵が部下に指示を飛ばした。部下が駆けていくのを見た後、女王と公爵が顔を合わしたところ、大陸を統一するのではないかと言われている帝国の女帝が顔の前に扇を広げて、笑いながら話しかけてきた。
「お忙しそうだな」
「エミリア帝!?」
突然の女帝の声かけに、女王と公爵は飛び上がり、周囲は静まり返った。
女帝の後ろには、その後継者候補と呼ばれている美しい娘が同じように扇で顔を隠して付き従っていた。
「私の話を聞く時間はあるか?」
女帝の言葉に、声を裏返した女王が言った。
「よ、よろしければすぐに部屋を用意しましょう。はよ準備せよ」
「いや、ここでよい。そう時間もかからぬ話だ」
そう言った女帝はどこかをちらりと見て、女王に言った。
「私は面白い話を聞いた。そなたら、魔女と取引したそうだな」
目を細めてそう言う、女帝の表情は冷たく、読めない。どう返答するのが正解かと女王が困惑する中、先ほど走っていった公爵の部下が戻ってきた。
「ご、ご報告します! 魔女宛の招待状はもうすでに受付されている、と」
「お前、エミリア帝の御前だぞ!? って、すでに受付されていると!?」
部下に怒鳴りつけた公爵は、その返答に驚愕を隠さず反応した。
「貴国の一大事であろう?」
そう言って扇を閉じて笑った女帝の顔は、色は全く違うのにどこか見覚えがある容貌で……。
「魔女!?」
思いっきり腰を抜かしながら、女帝を指差しながらそう叫ぶ公爵に、女王の顔は怒りに染まった。
「お前、エミリア帝に無礼な!」
「ははは、よいよい。やっと気がついたか、男よ。あたしとの契約を破るとは、愚かなことだ」
笑った女帝の後ろに控える娘を見ると、娘は男を見て男にだけ聞こえる小さな声で言った。
「……お父様」
何の感情も篭らないその声に、男は驚愕した。捨てた我が子に縋りつこうと這って近寄ろうとする男の前に、だんと足を置いた女帝はにやりと微笑んだ。
「弟子を守るのは、あたしの役目でね」
そう言った途端、男の姿は影に包まれて消えていった。
「魔女との契約は強力だ。契約を違反したら、存在が消える、きちんと契約書に書いてあっただろうに」
女帝がそう笑ったところ、魔女と娘以外、男の存在を覚えていなかった。
「……エミリア帝。我が国では聖女を探しておりまして……」
娘が聖女であることは覚えていて、そう口を開いた女王に、女帝はにこりと微笑んだ。
「この子はあげられぬが、そちらの国に聖女を与えてあげよう」
女王の表情に喜色が浮かんだその夜、王国は消滅してエミリア帝国の一部となった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「魔女様。わたくしにもお世話をさせてくださいと、いつも言っているではないですか」
身の回りを手早く整えた魔女に娘は言った。
魔女はしししと笑って、返答した。
「未来の女帝に、そんな仕事はさせられないねぇ。かわいい娘よ」
ハッピーハロウィン!!!
ということで魔女のお話を書いてみました!




