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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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71.最後の確認

 ぼんやりと、フレデリックは窓の外にぽっかりと浮かぶ月を眺めていた。思い返せば本当に、今日はあまりにも濃い一日だった。この数ヶ月でフレデリックの認識は大きく変わったと思っていたが、まだまだ、知らないことがあまりにも多すぎる。


 イングラム翁はあの後「名残惜しいのう」と眉を下げ、「また参りますからの」と楽しそうに肩を揺らして帰って行った。


 そうしてあまりにも多くのことを聞かされたフレデリックたち三人は呆然としたままグレアムに連れられて中央棟のいつもの応接室へ戻り、呆然としたままグレアムにテーブルに付かされ、呆然としたままグレアムに茶を飲まされた。


「言えることが何もないですね」


 目を閉じたまま椅子の背もたれに寄りかかっていたレナードがぽつりと言うと、アイザックもぼんやりと眺めていたカップの水面から目を上げた。


「消化不良を起こしそうです…」


 はぁ、とふたり同時にため息を吐き、そうして同時にフレデリックを見た。そしてまた、ふたり同時に顔を見合わせた。


「楽しそうですね、フレッド様」

「お顔が笑っていらっしゃいますよ」

「そうか、僕は今笑っているのか」


 フレデリック自身に笑っているつもりは無かったのだがどうも顔は勝手に笑っていたらしい。


「特に面白いわけでも楽しいわけでもないんだ。何だろうな。笑うしかない……?」


 自分でも自分の感情が分からずに首を傾げると「ああ」とレナードが頷いた。


「それなら分かります。状況があまりにも理解できないと笑いますね。俺も森の奥でけたけた笑ってて驚かれたことがあります」

「森の奥でけたけた……?」


 その状況がまったく想像できず、フレデリックの頭が少し冷えた。


「王家の谷でも平気だったのに…それはどんな状況だ?」

「はぐれて迷って鉤爪狼タロンウルフの群れに追っかけられて運良く崖から落ちて登れるところも無いのに救出が来なくて五日目とか?」

「笑えるのか、それ……」

「出血が無くて水さえ有れば意外と笑えます。笑うと聞こえるらしくて助けが来るんですよね」

「笑えないです、レナード……」


 アイザックもぼんやりしていた目がはっきりとレナードを捉えて眉が寄っている。まさかの話で目が覚めた。さすが森の民リンドグレン、命がけの笑い話だ。脳筋になる理由が垣間見えた気がする。


「よろしいでしょうか?」


 フレデリックが半笑いでレナードを見ているとグレアムが静かに言った。


「グレアム?どうした?」

「本日のお話についてです」

「ああ、何だ?」


 フレデリックが頷くと、グレアムはレナードとアイザックを見て、またフレデリックに視線を戻した。


「まず最初に。本日お聞きになった内容はご家族であろうと誰であろうと一切の口外が禁止されております。万が一漏れれば家にもかかる重い罰則もある内容とお心置きください」


 それは授業の前にも後にも何度も聞いている。漏れればその漏らした相手も含めて処罰の対象となる。どちらにしろ、内容が恐ろしくて到底口にできない。


 三人で硬い顔で頷くと、グレアムもまたひとつ頷いて続けた。


「それを踏まえた上で…レナード君とアイザック君は正式にフレデリック様の側近になりました」

「ああ、そうだな?」

「そのため、本日は陛下の許可で東の離宮と紫に関わるお話を聞いていただきました」

「父上の許可だったのか」


 フレデリックも気になってはいたのだ。フレデリックはもちろんふたりにも聞いてもらうつもりだったが許可については何も聞かれていない。

 むしろフレデリックは立太子前なのでまだ次代の王として公式には認められていないのだ。本来ならばフレデリックもまだ聞くことを許されないはずだった。


「はい。ですので、これが最後の確認です」

「ん?何のだ?」


 グレアムは一度視線を落とすと、目を上げ口元に微笑を浮かべたまま口を開いた。


「おふたりはこのまま、側近になりますか?殿下は側近としておふたりをお側に置かれますか?」


 どういうことか分からず三人で顔を見合わせていると、グレアムが眉を下げた。


「本来であればこの段階で意思を確認するべきではないのですが………」


 ひと呼吸置き、グレアムは続けた。


「ひとつでも国の裏側を知れば行動が規制されます。知ることが増えるほど、内容の重要度が高くなるほど身動きが取れなくなります。つまり、側近以外の道を選べなくなる、ということございます」

「逃げられなくなる、ということだな?」

「ありていに申しあげればそういうことでございますね」


 それはそうだろう。秘密というのは知る者が増えれば増えるほど守りにくくなる。守るためには知る者を何らかの方法で縛るしかない。時代が時代なら自由だけではなく命ごと無かったかもしれない。


「そうか……僕には王太子という道しかないが、レナードとアイザックには別の道もあるのだな」

「はい。ですので、これ以上詳しいことを聞いてしまわれますとお立場が難しくなります。今でしたらわたくしの一存で何とでもなりますので…」


 にっこりと笑うとグレアムは続けた。


「このまま、共に歩まれるということで、よろしゅうございますか?」

「今決めるのか?」

「多少の猶予はございますが時間が経てば経つほど難しくなるかと存じますよ」

「そうなのか……」

「はい。ですので今では無くとももしも無理だと思われましたら即座にわたくしにお知らせください。できる範囲のことはいたしますので」


 にこやかに頷くグレアムに、フレデリックたちは顔を見合わせた。

 ふと気づいたことがあってグレアムを見ると、小さく首を横に振られたのでフレデリックは今は聞かずにグレアムの問いに答えることにした。


「僕はふたりがいてくれたら嬉しいからこのままで良いと思っている。ただ、今日聞いた話だけでも重いからな………これから先辛くなったらふたりには我慢せずにすぐに言って欲しいとは思う」

「僕はむしろ光栄です。知ることで更にフレッド様のお力になれるなら…きっと足りない覚悟だと思いますが、これからも何度でも覚悟し直します」

「俺は何でも良いです。俺の主はフレッド様なので。変わんないです」


 そう言って笑い合ったフレデリックたちを見て、グレアムは小さくため息を吐くと切なげに微笑んだ。  


「承知いたしました。何かあればすぐにわたくしにご相談くださいね。必ず何とかいたしますから」

「ああ、分かってる。グレアムで無理なら叔父上が来てくれて、叔父上で駄目なら母上が来てくれるんだな!」

「左様でございますよ」


 フレデリックが少しおどけたように言うと、グレアムはにっこりといつもの穏やかな笑みを浮かべた。レナードとアイザックも少し不思議そうにはしていたが、特に何も言わずに頷いていた。


 その後は迎えが来るまでいつも通りの雑談をし、アイザック、レナードと帰って行った。

 次にふたりが来るのは明日の午後、剣の稽古の予定だがフレデリックにはその前にグレアムに聞いておきたいことがある。


「グレアム」

「いったんお部屋に戻りましょう、フレデリック様」

「分かった、行こう…夕食前に終わるか?」

「フレデリック様次第でございますよ」

「それもそうか」


 グレアムは呼び出しの紐を引き、間もなくして現れたメイドに片づけを任せるとそのままフレデリックを先導してフレデリックの部屋へと戻った。


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