67.歴史家は微笑む
フレデリックは何とも言えない気持ちになりちらりとレナードとアイザックを見ると、ふたりも何とも居心地の悪そうな顔で顔を見合わせた。
「いや、王立植物園の薬草園は東の離宮を模したものだとグレアムが教えてくれたのだが……まさかこんな理由でできたものだとは思わなかったぞ……」
「僕、これから王立植物園を見る目が変わりそうです……」
「俺はまともに行ったこと無いから今度行ってみます。一回ちゃんと見ておいた方が良さそうだ」
王立植物園の薬草園は全体から見ればほんの一角だ。地味な植物も多いためさらりと見て終わってしまう者も多いのだが、まさか薬草園が植物園の始まりで主役だったとは。
「エヴァレット嬢に案内を頼んでみるか?エヴァレット嬢は王立植物園も絶対に詳しいだろう」
「可能であれば王立植物園所属の研究者のような方にご案内いただいた方が良いのでは?むしろエヴァレット嬢もお話を聞きたがるかもしれませんよ」
「ああ、そうかもしれない。できるならリリアナさんと兄上も誘いたいな」
「ほっほっほ!命を守るための薬草園でございますからな。毒草も多く取り扱っておりますがそれもまた、人のためにございます。若人がそうして興味を持ってくださることは老骨にとっても実に嬉しいですな」
ちらりとまた扉の方を見れば、グレアムが目を開いて静かに微笑んでいる。「行けるか?」という思いを込めてフレデリックが首を傾げれば、グレアムは笑みを深くしてゆっくりと頷いた。きっとグレアムが手配してくれるだろう。
「なあ、イングラム翁。僕の記憶だとジョージ一世も毒殺だったと思うんだが」
「左様でございます。王立植物園を作った二年後に毒殺されております」
「世知辛いな……」
毒殺されないために対抗手段を作った王もまた毒殺されていた。そんな時代だと言ってしまえば簡単だが、同じ王族としてフレデリックは身につまされる思いがする。
「………頭がこんがらがって来た」
「大丈夫ですか?レナード」
「人名が多すぎる」
いつもぼんやりとした顔をしているレナードだが、今はぼんやりというよりぐったりだ。途中を省いているとはいえ何人もの国王が出てきている。名前が出ただけですでに七人だ。たぶん。
アイザックが心配そうに覗き込むと、レナードは「名前は無理だ」と首を横に振っている。
「民族としては千年を越えますが国となってからも四百年以上続く大国でございますからね。現王ウィルフレッド陛下は三十二代目であらせられますよ」
にっこりと笑ったイングラム翁を、フレデリックは改めてじっと見た。この気難し気で優し気な歴史学者の頭にはどれだけの知識が詰まっているのだろう。フレデリックにはとてもでは無いが覚えられそうもない。
ちらりとアイザックを見れば、何か線でつないだ図のようなものと木のような絵、間に沢山の文字をノートに書きこんでいる。フレデリックの側近の頭にもどれだけの知識が詰まっているのだろう。
「今日はあと何人だ?」
「王家の谷のお話まではあと五代ですかな」
「いけるか………?」
フレデリックがレナードを見ると、レナードは眉間にしわを寄せて「頑張る…」と目と目の間を軽く揉んだ。
「ほっほっほ!続けますぞ」
「ああ、頼む」
フレデリックがしかつめらしく頷くと、イングラム翁は笑みを深めた。
「せっかくですのでひと足飛びに本日の本題に入りましょう。王家の谷についてですな」
王家の谷という言葉にレナードがぴくりと反応した。アイザックもまた姿勢を正し、フレデリックもじっとイングラム翁を見つめた。
「王家の谷とは王太子となる者を決める場所でございました。場所はすでにご存じの通り。洞窟の奥はいくつもの分かれ道があり罠のある場所もございます」
「やはり一筋縄ではいかない場所だったんだな」
「いいえ、罠は大したことでは無かったのです。一番の問題は人でございました」
静かに話し始めたイングラム翁にフレデリックも頷いたが、イングラム翁はゆっくりと首を横に振った。
「人?」
「はい。当時、この儀式が廃止となるまで国王が崩御するたびに王家の谷に血の濃さは関係なく紫の瞳を持つものが集められました」
「濃さには関係なく?」
「左様でございます。現在は紫を持つ方で現国王に近いところから第十位までを継承権者としておりますが、当時はいつ血が入ったのか記録に無くとも平民であろうとも王家の紫を瞳に宿してさえいれば継承権が発生しておりました」
「それはまた……」
現在の王妃宮が、ひとりの王のために沢山の妃を集めた後宮と呼ばれる場所であった時代があることをフレデリックも知っている。王だけではなく、財力さえあればひとりの人間が複数の妻や夫、更に愛人までを持った時代があったのだ。
その血筋が更にまた沢山の妻や夫や愛人まで持ったとすれば、把握できない血縁が沢山いたとしてもおかしくはない。
「そうして王家の谷に集められた継承権者たちは供をふたり選び、三人で洞窟の中へと入って行きます。そうして最初に奥にある祭壇から石を持ち帰ったものが次代の王太子と認められました」
「適当な石を偽造することはできなかったのか?」
「そうですな。石には特殊な加工が為されまして、毎回違うものが用意されておりました。しかも儀式が始まる寸前に石が用意されましたので、石を用意する者を抱き込めば不正も可能だった、程度にございます。石を用意する者もその日の朝に無作為に毎回違う方法で指定されておりましたので事前に買収も難しかったかと」
「なるほどな」
一応の不正対策はあったようだ。それにしても多くの王太子候補にその供がふたりずつでは、あの窪地と洞窟の中はさぞかし人でいっぱいであったことだろう。
窪地に人がぎゅうぎゅうと詰まっているところを想像してフレデリックが少し口元を震わせていると、イングラム翁が声を一段低くした。
「不正はできませんでした。ただし、洞窟の中は無法地帯でございました」
「無法地帯?」
「左様でございます。ばれさえしなければ脅すことも殺すことも厭わない。それこそ谷から洞窟まで死屍累々といった惨状でございました」
「言葉が出ないな……」
つまり、洞窟の中で殺し合ったのか。王太子の座を巡って。
そうなると王太子候補本人の力量も問われるが供となるふたりの選別が非常に重要になって来る。石の不正はできなくとも供の買収はできてしまうだろう。強い味方を連れていると思っても洞窟に入った瞬間に敵になりかねないのだ。考えるだけでもぞっとする。
「はい。しかも王太子が何らかの形で亡くなったり王太子として存続できなかった場合は何度でも何度でも召集され機会が与えられます」
「あー……」
フレデリックは自分がどんどんと苦虫を噛みつぶしたような顔になるのが分かった。
「この時代、王の在位は決して短いものではございませんでしたが王太子が王太子として立てる時間は大変短く、王になれたものは王太子となった者の十分の一以下でございました」
「つまり残りの十分の九以上は…」
「毒全盛期でございますね」
「僕は幸せだな………」
はああ、とフレデリックは大きく息を吐いた。
現在、この国には紫の瞳を持つものが父と祖父を除けば十二人おり、現王である父に血が近い者から順に十人に王位継承権がある。
フレデリックは幸い父の長子であり、尚且つ最も貴いとされる混じりけの無い濃紫の瞳を発現している。現在この瞳を持つのはフレデリックと叔父、ウェリングバロー大公の三人だ。
何より、王位継承権を持つものは皆、何と言うか…無欲な家の者が多い。当代で最も人数が多いのはイーグルトン公爵家で十人中四人だが、王国の良心の二つ名は伊達では無い。
「ほっほっほ!左様でございますな。少なくともこの時代よりはかなり幸せな時間を生きていらっしゃると思いますぞ」
「心からそう思う」
フレデリックが噛みしめるように言って頷くと、イングラム翁は目を細め、「大切なことですぞ」と少し悲し気に微笑んだ。そうしてひとつ息を吐くと、グレアムがいつの間にか用意した茶をひと口飲み、イングラム翁は続けた。
「そうしてそのような時代が続き、ついに十五代女王エリザベス陛下を残し全ての紫が絶えましてございます」




