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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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66.歴史家は語る

 正宮の、騎士棟とは反対側には夜会などに使われる大小のホールなどがある建物が三つある。その中のひとつ、最も正宮から遠い建物の奥にある風通しの良い談話室が今日の歴史の授業の教室となった。

 この建物は小さな門から入って馬車を横付けできるし、この部屋は窓はあるが一般開放されている正宮の中庭からはかなり離れているので窓を開けていても意図して忍び込まなければ覗かれることは無い。


「東の宮が建てられましたのは建国から二十五年後、今から約四百年ほど前。当時王都で流行した疫病から王族の血筋を逃がすため、また特効薬の研究のために建てられた宮とも呼べないほどの小さな施設でございました」


 椅子に深く座り、少し枯れた良い声で朗々と語るのは今日のフレデリックたちの師となる前伯爵…イングラム翁だ。

 七十代と聞いているが足が悪い以外は背筋もすっと伸びた、学者らしい少し気難し気な風貌の立派な老紳士だ。


「特効薬……ということは当時から東の離宮は薬草園だったということか?」


 フレデリックが質問をすると、イングラム翁は目元を優しく緩めた。


「左様でございます。今ではハーブを中心とした薬効のある植物が主でございますが、長い間、薬を作るための毒草を多く栽培する場所でございました」

「毒草……」

「はい。毒と薬は表裏一体。毒性の強いものほど薬としても優れた薬効を見せるものが多いのでございます」


 毒が別の毒を打ち消すために使われることをフレデリックも知っている。フレデリックも幼い頃から少しずつだが毒を摂取しているし、強く反応が出過ぎた場合は別の毒で中和したりもしている。その毒が加工されて薬にもなっているのだと、王妃宮の侍医も言っていた。


「そうか。では今ある薬もそこで開発されたものもあるのだろうな」

「左様でございます。今では簡単に治癒するような病もかつては死病でございました。当時はまだ男爵家であったエヴァレットを中心として多くの特効薬が東の宮で開発されました。皮肉なことに東の宮と研究施設を作られた二代目国王ファーディナンド陛下も特効薬が完成する三年前に熱病で崩御されております」

「そうか……エヴァレットはそんな時代からすでに医療の一族だったのだな」

「左様でございますね。そのためエヴァレットの姓を冠する者は禁止区域とされる場所の一部に許可なく立ち入ることができる特権がございます。東の宮の森であれば第一立ち入り禁止区域から危険区域の手前まではエヴァレットの領域でございます」


 リリアナは、とても生き生きと楽しそうに離宮の森を飛び回っていた。あの時は半分ほどしか共に回れなかったが、どこに何があるのかを熟知しているかのようにリリアナはフレデリックたちを導いていた。今思えば、キイチゴへと導いたのもきっと偶然などでは無かっただろう。穴について知っていたのかは分からないが。


「そうか。離宮の森はエヴァレット嬢にとってはまさしく庭だったんだな…」

「俺や兄上が一緒の時は入ってませんでしたが、一緒じゃないときは禁止区域にも入ってるのかな」

「どうでしょう。エヴァレット嬢とキースさんが一緒ではないところを想像できませんね」


 頷き合うフレデリックたちを見てイングラム翁は「ほっほっほっ」と楽しげにくしゃりと笑った。笑うと気難しげに下がっていた口元がくっと上がり、白い眉が下がり目尻に沢山のしわが寄る。まさしく好々爺といった感じのとても優しい笑顔だ。

 フレデリックも釣られて笑うと、イングラム翁は笑んだままひとつ頷いた。


「さて、続けますぞ。その後第五代国王ウィリアム一世陛下の時代に帝国との戦争が勃発いたします」

「二十年戦争だな」

「左様でございます。その頃には東の宮は規模を大きく広げており、様々な人道に悖る毒の開発も進められておりました」

「毒と薬は表裏一体、か」

「はい、まことに残念なことにござりますが」


 フレデリックが頷くと、イングラム翁もまたゆっくりと頷いた。


「第七代女王メアリー陛下が戦死なさった翌年に終戦を迎えますが、辛くも勝利はしたものの王都まで攻め込まれ王都は甚大な被害を受けました。再建までの間、東の宮が仮の王宮として使われることとなりました」

「ああ、ここで東の離宮が王宮になるのだな」

「はい。メアリー陛下亡きあと王配殿下を摂政として第八代エドワード一世国王陛下が若くして即位され、約二十五年をかけて現在の正宮前庭の一角に王宮が建造されました」


 グレアムが以前、離宮で教えてくれた通りだった。ちらりとグレアムを見れば、聞いているのかいないのか、扉の横で黙って目を閉じ立っている。


「今の正宮はその頃の建物ではないのか」

「今の建物は更に百年近く時代が下がってから建てられたものにございます。エドワード一世陛下の時代の王宮は正宮ひとつよりも更に小さな宮殿でございました」


 そういえば、東の離宮についての本もあまり無かったが、その時代前後についての詳しい本自体が王宮図書館にあまり無かった。ほとんどの本が二十年戦争についての本で、その頃の王国についての本が無かったのだ。


「そうか……当時の絵などは残っているのか?」

「王宮図書館の禁第一区画に建築時の図面と完成予想図が残っておりますよ」

「禁区画にあるのか!」

「貴重な資料でございますので。第一区画ですので司書に申し付ければ誰でも閲覧可能でございます」

「そうか……一般区画は蔵書の半分にも満たないのだったな……失念していた」

「ほっほっほ、司書に言えば区画ごとの蔵書の一覧もございますぞ。今の殿下でしたら禁第二区画まで司書立ち合いであれば閲覧可能でございましょう」


 禁第一区画ならば立ち入り時に記名をする必要があるが、中で本を読む分には特に何の規制もされない。

 イングラムが編纂した王国正史などは禁第二区画にあるのでそもそも立ち入りが厳しく、禁区画を使うという頭が無かったのだ。


「それでも全てではないのだな……」

「一部は陛下か王妃殿下の許可が必要でございますれば」

「なるほどな……」


 もしもフレデリックが禁区画の本を読んでいたら何か変わっていただろうか。いや、それでもきっと行っていただろうなとフレデリックは頭を小さく横に振った。


「さて、どこまでお話しましたかな?」

「第八代国王エドワード一世が宮殿を二十五年かけて建てたところまでです」


 首を傾げたイングラム翁にノートを広げたアイザックがすかさず答えた。答えようとしていたのか、イングラム翁の黒板を挟んだ反対側に座っているワーズワース子爵が口を少し開けたまま眉を下げて笑った。


「おうおう、そうでございました。二十五年かけて宮殿を作りさあ遷都を…と思ったところエドワード一世は毒殺されましてございます」


 イングラム翁がにっこりと笑った。


「毒殺」

「はい、毒殺。当然、毒は東の宮産でございます」

「当時の王宮で育てた毒で国王が毒殺、か………複雑だな」

「はい。更に複雑なのはその後三年間の間におふたり、国王が毒殺されております」


 フレデリックはぎょっとした。確かにその辺りで国王が次々と崩御したとは聞いているが、ほんの数年の間に国王が三人も毒殺されたなどとは習っていない。


「流行り病と聞いていたぞ、そこは」

「はて、そうでしたか?」


 ワーズワース子爵を見ると、とぼけるように首を傾げて笑っている。これはあえて言っていなかったのだなとフレデリックにも分かった。きっとまだフレデリックが知るべきでは無かったところへとつながる事実なのだろう。


「ほっほっほ、まぁともかく。毒殺を免れた第十一代ジョージ一世陛下が遷都をいたしまして。東の離宮産の毒に対抗するための解毒剤の研究のために東の離宮の薬草園を模した植物園を作りました」

「まさかそれが王立植物園か?」

「ご名答にございます!いやあ、良くお勉強されておられますな!」


 イングラム翁が嬉しそうに何度も頷き、「ほっほっほっ」と実に楽しそうに笑った。


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