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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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60.そのまんま

 スペンサー侯爵家を訪ってからの数日間、フレデリックたちはは今まで通りの平穏な日々を送る…ことは結局できず、胃痛持ちの宰相がついに倒れてしまったり、クリスティーナの七歳の誕生日にクリスティーナの希望で東の離宮へ行ってひと悶着あったり、非常にに慌ただしい日々を送っていた。


 それでも傍らに側近と侍従が変わらずいてくれる日々はフレデリックにとってとても充実しており、なのですっかり忘れていたのだ。母から茶会を設定したと言われていたことを。


 剣の稽古が終わり、道具を片づけ着替えをするために中央棟に戻る道すがら、フレデリックはぴたりと立ち止まり頭を抱えた。


「僕はどうすれば良いだろう?」


 突然止まったフレデリックに、後ろを着いてきていたアイザックが驚いてとっさに横にずれた。アイザックは剣の稽古の間、基礎体力をつけるために一緒に運動をするようになった。


 前を行っていたレナードも足を止めると不思議そうに首を傾げた。


「何がです?」

「明日、茶会なんだ」

「茶会?何かありましたっけ?」

「いや、公式の茶会じゃないんだ」


 ふるふると首を横に振るとフレデリックはまた歩き始めた。汗は拭いたが早く着替えないとこのままでは冷えてしまう。


「僕も何も聞いていませんね。公式では無いということはどなたかから謁見の依頼が入りましたか?」


 後ろと前を歩いていたアイザックとレナードがフレデリックの左右に並んだ。


「謁見の依頼ではなく僕が母上にお願いしたんだ」

「茶会をですか?」

「いや、茶会と言うか話す機会が欲しいと……」


 そう、フレデリックが頼んだのだ。彼女と会って話がしたいと。だが、レナードとアイザックを取り戻そうと必死だったフレデリックはまさかこんなにすぐだとは思っていなかったのだ。母の庭の薔薇がちょうど見頃だから茶会を、と言っていたのだからすぐなのは当たり前だったのだが。


「へぇ、誰とです?」


 レナードががちゃりと応接室の扉を開けた。最近ではこの中央棟の応接室がフレデリックたちのお決まりの部屋となっている。


「フェアフィールド公女だ」

「は?」

「え!?」


 最後に応接室に入ったアイザックがらしくもなく扉をばたん!と大きな音を立てて閉めた。部屋で茶の準備をしつつ「おかえりなさいませ」と微笑んでいたグレアムがぱちくりと、黒の瞳を瞬かせた。


「あの、フレッド様。春の茶会でフェアフィールド公女とその……少々、意見を激し目に交換されていましたよね?」


 アイザックが目を泳がせつつも言葉を選んで言った。喧嘩をしていた、と言ってくれても良かったのだが。


 スペンサー侯爵家に行った日から、アイザックとレナードにはフレッドと愛称で呼んでもらっている。敬称もいらないと言ったのだがそれは駄目だと断られた。今のところは。


「ああ、その件でだ」

「叱責するんですか?」


 ひょいひょいと鍛錬着を脱いでレナードが首を傾げた。相変わらず着替えはレナードが一番早い。フレデリックも練習はしているが脱ぐのも着るのも中々上手くなってはくれない。


「そんなことはしない。いや、内容によって多少の叱責はしなければいけないかもしれないが…」


 フレデリックがもごもごと言い淀むと、こちらもシャツの釦に手間取っているアイザックが眉間にしわをよせ釦と格闘しつつ言った。


「ではどのようなお話をなさるのですか?」

「ああ…僕はその、色々なことが見えていなかっただろう?だからあの茶会の時、公女が怒ったのにはきっと理由があると思うんだ」

「ああ、だからあの時は公女の暴言を不問とされたのですね」


 感心したように顔を上げたアイザックに、何とか釦を掛け終わったフレデリックが眉を下げて首を横に振った。


「いや、あまりにも酷い暴言だったから呆然としてしまっただけなんだ。『性格が悪い』なんて初めて言われたからな」

「まぁ、王子に対してはっきりそんなことを言うやつはいないですからね、普通」


 すでに着替え終わり途中からずれてしまっていたフレデリックのシャツの釦を掛けなおしながらレナードがにっと口角を上げた。


「そうだな、思い返せばたとえ思ったとしても王族に対して口にするべきではない、あの場ですぐに叱責すべき暴言だったんだが…。ただ暴言そのものよりも、公女にそう言わせてしまった理由の方が気になるんだ」

「殿下らしいと言えば殿下らしいですね」


 できましたよ、とレナードがぽんぽん、と手の甲でフレデリックの首元を叩いた。「ああ、すまない」とフレデリックが頷くと、「いえ」と笑ってレナードはアイザックの釦を直しにかかった。


「では、それについて問われるおつもりで茶会を?」


 素直にレナードに直されながらアイザックがフレデリックを見た。アイザックも下の方を掛け間違えている。まだまだシャツは難しいようだ。


「ああ、そのつもりで母上にお願いしたんだが…こう、いざ明日となると、何から話し始めれば良いのか悩んでしまってな」

「なるほど。確かにあの日は険悪な状態で別れましたから、最初の掴みが難しいですね」


 アイザックもまた眉を下げて頷いた。周囲から見てもやはり険悪だったらしい。

 フレデリックがズボンにシャツを仕舞いベルトを締めると、フレデリックの後ろを確認したレナードが「良いですね」と頷いた。


「そうなんだ。僕はその…怒らせた側ではあるが、怒るべき側でもある。聞きたいこともある。事と次第によっては謝るべきだとも思う。言いたいことと聞きたいことは思いつくんだが…どうすれば良いのか…」


 アイザックの着替えも終わるとグレアムが「お飲み物をどうぞ」といつものテーブルの椅子を引いてくれた。


「そのまんまで良いんじゃないです?」


 三人で定位置に座るとレナードがいつも通りのぼんやりとした表情でさらりと言った。


「そのまま?」

「はい。そのまんま、今日は聞きたいことがあったから来てもらった、で。で、まず聞きたいことを聞いて公女の言い分を聞いて、あとはその内容で考えれば良いんじゃないです?聞かないことには分かんないですしね」

「確かに。公女は何と言うか…こう……弁の立つ方でいらっしゃいましたから、下手なことを仰るとまた…議論になるかもしれませんしね。まずはお聞きになりたいことを聞いてしまうのが良いかもしれません」


 出された飲み物のグラスにまずはフレデリックが口を付ける。

 今日の午後の茶…というか飲み物はリリアナ特性レモングラスのシロップの炭酸割りだ。謝罪あらため感謝の手紙に薬草園で作った花束を添えたところ返事と共に送られてきた。すっきりとした甘さと香りが癖になる逸品だ。鍛錬後の体に染み渡る。


「そうか…そうだな。今回は話がしたいのだから、口論になりそうな可能性はできる限り排除するべきだな…最初は」


 フェアフィールド公女は中々に気の強い…物事をはっきりと口にする令嬢に見えた。クリスティーナも気が強いがそれとはまた違う強さだと思う。


「謝罪なさるかどうかは殿下のお気持ちでよろしいかと思いますよ。深く頭を下げることはお控えいただきたいですが…素直さは殿下の美徳でもありますから」


 そう言ってアイザックは微笑んだ。そうしてレモングラスのソーダを飲むとほうっと嬉しそうに息を吐いた。


「そうだな、そうしよう。グレアム、注意点はあるだろうか?」


 後ろで微笑みを浮かべて三人を見守っていたグレアムを振り返ると、グレアムは「いいえ」と首を横に振った。


「思う存分にどうぞ、殿下」


 にっこりと笑ったグレアムに、なぜだか喧嘩も存分にやって来いと言われた気がしてフレデリックは「そうか…」と呟いてレモングラスのソーダをごくりと音を立てて飲みこんだ。


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