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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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40.銀の森の主

 深いため息をついて片手を腰に当てもう片方の手で目元をおおった母を見て叔父が苦笑した。


「まあ、兄上の気持ちは分かるんですけどね…ただ、俺はもう暴食蛙グラトニーフロッグに食われる大きさじゃないんでね………」

「うん、分かってはいるんだけどね、思い出しちゃって」


 叔父がぽん、と父の丸まった肩に手を置くと、父がその叔父の手に自分の手を重ね「まだ怖いんだよね、君が食べられちゃいそうで」と眉を下げた。


「あ!大冒険!!」

「おう、それだそれ」

「ねえちょっと、私知らないのだけど」

「そうだな、セシリアと兄上は見合いすらまだだったしな」


 声を上げたフレデリックに叔父はにかっと歯を見せて笑った。昨夜聞いた父と叔父とゆかいな仲間たちの大冒険のお話で、叔父は巨大な暴食蛙にうっかり呑まれかけたのだ。


「まさかレオ、あなた暴食蛙の餌になりかけたの……?」

「まぁ、腹の中に頭は入ったな」


 懐かしむように目を細めた叔父に、母は何とも言えないように半目になった。薄っすら口まで開いてしまっている。


「レオ………後で詳しく」

「おう、後でな」


 はああああ、と大きなため息をついた母に叔父がまた苦笑いをした。こんなに表情の豊かな母をフレデリックは初めて見た。主に困惑や苦悩の表情であることが実に残念ではある。


「叔父上、昨日のお話、本当だったんですね……?」

「何だ、嘘だと思ったか?」

「いえ、叔父上たちならもしかしたらとは思いました」

「ちょっと誇張したり誤魔化したりした部分はあるがおおむね本当だな」

「そう、ですか……」


 またも両手でこめかみを揉みながら「まさかウィルの蛙嫌いって…?」と母が呟いている。確かに目の前で自分の弟が蛙に吞まれたのを見たら嫌いを通り越して恐怖になるのも分かるかもしれない。

 もしもフレデリックの目の前でクリスティーナが呑まれたら……駄目だ、想像だけでもフレデリックは王家の谷を埋めたくなった。


 三人三様、父と母とフレデリックがそれぞれに違う理由でため息をついたのを見て、叔父が「そっくりだな」と楽しそうに笑った。

 そうしてまた背筋を伸ばし後ろ手に手を組むと、凛々しい顔を作ろうとして失敗したのかほんのりと口元に笑みが浮かんでいる。そんな叔父も格好良いとフレデリックは思った。


「まぁ、ともかく、だ。そんなこんなで我々が目を離した隙に殺気から逃れた銀大蛇シルバーパイソンが威嚇を行い、リンドグレン侯爵令息がとっさに立ち向かい怪我を負いました。その後すぐにもう一匹に対応していたジャック・タイラー以外の三人が再度出ようとしたところ陛下が混乱したまま表に出ようとしまして、一度止めましたが結局振り切って飛び出しましたのでベンジャミン・フェネリーがクロスボウで蛇の目を射り、顔が上がったところで私とジェサイア・オルムステッドで仕留めました。もう一匹はジャック・タイラーが引き付け、大型沈黙後にジャック・タイラーとジェサイア・オルムステッドで対処。ジャック・タイラーを先行させて各騎士団長に第一級機密扱いで事後処理を命じ、その後は王子たち三人と陛下を保護して王宮に帰還いたしました」


 叔父が一度そこで止めると、母がじっと父を見た。


「…………ウィル」

「うん」

「またしばらく外出禁止」

「はい………」


 いつもより一段低い声で言った母に、少し伸びかけていた父の背がまたぐっと小さく丸まった。


「あの」

「なあに、フレッド」

「父上が王宮から出ないのは父上が出たくないのではなくて、もしかして…」

「出ると何をするか分からないから目が届かないときは禁止しているのよ、私が」

「ああ……そういう……」


 フレデリックは父が外に出たく無いせいで視察にも出ず社交もせずにいるのだとばかり思っていた。だが真実はどうだ。やはりフレデリックの知らないことがまだまだ沢山あるということだ。


 何とも悲し気な父に「仕方ないですね」などとは間違っても言えないが、かと言って庇うこともできないフレデリックが言葉を探していると、叔父が「んんっ」と軽く咳払いをした


「続けるぞ。仕留めた銀大蛇は二十六メートルの大型と十三メートルの二体。大型は銀の森で保護対象となっていた個体の一体と判断されます。推定五十歳前後の雌で、銀の森の主の伴侶になり得る個体だったかと思われます」

「銀の森……川の向こうのですか?」


 離宮の森は川で分断されているがその向こう、銀の森と呼ばれる広大な森とつながっている。


「ああ、そうだよ。王家の谷が蛙池になってからは時期になると銀の森から川を渡って捕食に来てたんだよ。で、銀の森に戻って繁殖する」

「銀の森の主って、『王大蛇レックスセルペンティス』ですか?」

「それはただの伝説だな。確認されている最大級の銀大蛇は銀の森では主と呼ばれる三十メートル級だ。王大蛇は六十メートルあったとされてるからな。でもまぁ、蛇は実際の長さよりかなりでかく見えるから伝説の蛇も実際は三十メートル級だった可能性もあるな」


 十三メートルでも十分大きいと思うのにフレデリックたちが対峙した銀大蛇は二十六メートル。王大蛇はその約二倍以上。想像もできない大きさだが、それはもう普通に森には住めない大きさだろう。

 森の木々の上からひょっこり銀の頭が出てしまっている様子を想像して少し可愛いと思ってしまい、フレデリックはぶんぶんと頭を強く横に振った。


「叔父上、保護対象…って?」

「銀大蛇はその全身が薬になる。しかも性格が大人しいし毒も無いからな、乱獲された歴史があるんだよ。元々の生息地では絶滅したところもある」

「絶滅……人のせいですか?」

「そうだな、そんな自然の摂理に反することをするのは人間だけだ」

「そんな……」

「だから王家の目の届く銀の森ではある一定以上大きくなった個体は保護対象になってるんだ。ちょうどいい餌場もあるしな。あの場所は立ち入り禁止区域というより保護区域なんだよ。密猟に入るやつが出ないように餌場の場所を伏せてな」


 フレデリックはこぶしをぎゅっと握りしめた。


 全身が薬になる、それは人間にとってはとても有用でありがたい生き物だろう。だからと言って人間の豊かな暮らしのために生きられないほどに他者を搾取するのはどうなのだろう。

 フレデリックのご先祖たちが、搾取し続けるのではなく保護し守ろうと考えることができる人たちで本当に良かったとフレデリックは思った。


 ふと、フレデリックの心に何かがか引っかかった。それが何なのかは分からないがとても大切なことのような気がして、フレデリックは握ったこぶしをそっと自分の胸元に当てた。


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