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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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4.健康ジュースじゃない!

 リリアナの視線の先、フレデリックもネトルをじっと見つめていると、先ほどまでは気付けなかった細かい棘が葉にも茎にも無数に散っていることに気が付きフレデリックはぞっとした。


「感謝するエヴァレット嬢。ネトル……覚えたぞ。触ってしまった場合はどうしたらいいだろう?」

「まずはすぐに触れたところを水で洗ってください!とげとげが残るとどんどん腫れて酷くなっちゃうので」

「そんなにか……」


 眉をひそめて人差し指を立てたリリアナにフレデリックは思わずのけ反った。


「はい!それはもう見事に真っ赤に!で、洗い流したらこれです」


 リリアナが指さしたのはネトルのすぐ側、どこかホウレンソウを思わせるような、どこにでも生えていそうな艶々とした植物だった。


「何だ……葉っぱ?」

「はい!これ、ドックリーフって言うんです。なぜかネトルの側にはたいてい生えてるんですけど、これをこすりつけて草汁を刷り込むとましになります。本当は重曹で洗えると良いんですけどね……重曹持ち歩く人っていませんからね」

「そ、そうだな。重曹……厨房か洗濯場…掃除くらいか?」

「うわあ殿下!よくご存知でしたね!?さっすが、国のことだけじゃなくお料理や家事まで分かるんですね!」

「いや、褒められるようなことでは……」

「いいえ、すごいですよ!だって殿下の生活では使わないことでしょう?興味を持ったからこそ調べたんですよね?興味を持てるっていうのは、すっごいことなんですよ!!」

「そうか、そういうものか……」


 いつの間にかリリアナの口調がずいぶんと砕けているがフレデリックは少しも不快にならなかった。むしろ真っ直ぐにフレデリックを見つめる深い緑の瞳も手放しに誉めてくれるその口調もこそばゆくて面映ゆいが嫌ではない。

 先日、初めての茶会に出るまでフレデリックの周りはレナードたちリンドグレンの兄弟と妹以外は大人ばかりで男女ともに近しい年齢の者たちとはあまり関わったことがなかったのだ。家族ではない女性に素直に良い感情を向けられるということがこんなにも心地の良いものなのだとフレデリックは初めて知った。


 ふと、茶会で出会ったあの失礼な少女の真っ直ぐな物言いと視線が頭に浮かんだが、リリアナの楽し気な声に思い出した事実ごと霧散した。


「あ!殿下あれあれ!キイチゴありますよ!」

「キイチゴ?あのケーキやジャムのか?」

「ですです!まだ時期的に少し早いはずなんですけど……熟れてるのも少しありますね!」

「これはこのまま食べられるのか?」

「ええ、これです。このぷちぷちがしっかり膨らんでる赤い実、この辺が食べごろですね」


 リリアナがこれです!とひと粒採って見せてくれた。赤く艶々とした実はみずみずしく、甘い良い香りがする。

 それまで黙って着いてきていたレナードも疲れた顔で辺りを見回していたアイザックもキイチゴを見た途端に目を輝かせて走り寄って来た。


「摘んでいきましょう、運が良かったですね」

「キイチゴって何だか可愛らしいですね、殿下!」


 誰もが嬉々としてキイチゴを摘み始めた。まだ青く小さな実が多いが奥の方にも茂みは続いているようだ。フレデリックも摘もうかと思い奥の茂みの方へ近づくと、ふと更に奥の方に柵のようなものがあるのが見えた。

 後ろを確認すると少し離れた場所に護衛の騎士がふたり立っている。キイチゴを探しているようなふりをしてフレデリックはゆっくりと柵の方へと近づいてみた。


「これ……ここが立ち入り禁止区域の境目か」


 ちょうどキイチゴの茂みが途切れるあたりに木製の柵があり、更に綱が張り巡らされている。一定の間隔で立ち入り禁止区域の札が立っているのも見える。キイチゴを採っている振りをして覗き込むと、獣の通り道だろうか、ちょうど茂みに隠れるように柵が一部壊れているのが見えた。


「ここから入れる、か」


 今はあまり時間もなく詳細に調べるのは難しい。下手に近づけば護衛が来て穴に気づいてしまうかもしれない。そうなればこの穴はきっとふさがれてしまうだろう。

 フレデリックはいくつか熟れている実を探して採ると皆の方へと戻った。ちらりと護衛を確認すると先ほどの位置から動いていないようだ。フレデリックたちが気にならないように距離を取ってくれているのだろう。


「殿下!結構採れましたよ!」

「すごいな、時期より早いとはいえ思ったより採れるものなのだな」


 キイチゴ摘みが良い休憩になったのかそれとも興奮で忘れたのか、げんなりしていたアイザックの顔色も随分と良くなっており、レナードもどことなく楽しそうだ。そんなふたりをにこにこと、リリアナとキースが寄り添って見守っている。フレデリックが採ってきたキイチゴを籠に入れると「来月にはもっと沢山採れますよ、ジャムにできるくらい」とリリアナが嬉しそうに微笑んだ。


 来た道を戻りながらまたリリアナが色々な薬草を摘んでいく。この三週間、フレデリックもそれなりに学んだつもりだったが聞き覚えが無い名前が多く、あとでまた教えて欲しいと頼むとリリアナは今日採れたものの一覧と説明の資料を作ってお届けしますね!と笑顔で請け負ってくれた。


「うーん、これは健康ジュースって言うか、美味しいジュースになっちゃいますね……」


 森を出て皆で一度着替えをし離宮の厨房へ入ると、先に着替えを終え並べられた草花や実を眺めていたリリアナが腕を組み難しい顔でうなっていた。


「何か駄目なのか?」

「駄目じゃないんですけど、実験にならな、いえ、効能が低そうだなって」

「今、実験にならないと言わなかったか?」

「気のせいですよ、殿下。リリーは語彙に乏しいんです。薬草や野草の知識は多いんですが」

「そうか……まぁ、それで良い」


 失言に気付いているのかいないのか相変わらず唸っているリリアナを見てキースが苦笑している。もとより実験台だと分かっていて来ているので、フレデリックも特に咎めるつもりはない。


「なんかすいません、殿下」

「いや、味が良さそうならそれに越したことは無いな」


 レナードが頭を掻きながら眉を下げ苦笑いをしている。珍しい様子にフレデリックも笑った。未来の義姉とレナードの仲も悪くなさそうだ。


「少しミントも加えてさっぱりジュースにしちゃいましょう!さあ、潰していきますよ!!」


 材料が決まったのか、エプロンを付けたリリアナがワンピースの袖をめくった。口元がにんまりと、とても楽しそうに上がっている。


「こっちのエルダー?とリンデン?の花はどうするのだ?」

「それはオトギリソウとノコギリソウと一緒にハーブティーにしちゃいましょう!シロップを作ると美味しいんですけど今から漬けても飲めるのはしばらく後になるので。シロップにしたものは出来上がったらお城にお届けしますね!」

「そうか、感謝する……良い香りだな」


 エルダーもリンデンも花のひとつひとつは小さく地味だ。だが寄り集まって咲くその姿は愛らしく、そして何より香り高い。決して派手ではないが一度その存在に気づくと来年も楽しみになるような、そんな花だ。小さく愛らしく、甘くそれでいて爽やかな青みを感じる香りのこの花々は少しリリアナに似ているとフレデリックは思った。


 リリアナの今日の健康ジュースは若干青い風味のする甘酸っぱいジュースになった。どうもフレデリックが口にするのにあまりにも不味くてはいけないと、採ってきたすぐりとキイチゴ以外にも果物を用意してくれていたらしい。「これは健康ジュースじゃない………!」とリリアナは納得のいかない顔をしていたが、キースとレナードはとても嬉しそうに沢山飲んでいた。もちろん、フレデリックとアイザックも美味しくジュースとお茶をいただいた。


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