38.冒険の裏側
リビーのお相手については『捨てられ騎士の失恋未満と赤い花について』にて。
叔父がもたれていた椅子からひょいと立ち上がるとフレデリックの隣に並んだ。
「うんまぁ、上出来なんじゃねえの?この年にしてはさ」
呆然と叔父を見ていると、ぐしゃぐしゃとフレデリックの頭が揺れるほどに撫でられる。途端に、どうしようもないほどの安堵がフレデリックの胸に広がった。
そんな自分がやっぱり情けなくて、フレデリックがせめて泣くまいと唇を引き結び必死で涙を飲みこむと、叔父をじっと見つめていた母がため息を吐いた。
「レオ……甘いのよあなた」
「そうだな、俺は甘いな。でも俺たちも散々甘やかされただろ?」
叔父が笑いながら肩を竦めると、母が「そうだけど」と眉間にしわを寄せた。
「レオ……」
不安そうに呟いた父に、叔父が振り向きにやりと笑った。
「さて、甘々だけどな。フレデリックなりに考えて頑張った結果だからな。約束通り助けてやるよ。言っときますが、今回は兄上のためじゃありませんからね?兄上の良いようにはしませんよ?」
「う、分かってる。レオ、頼むね……」
しょんぼりと肩を下げた父に「はいはい」と笑った叔父が背筋を正して後ろ手に手を組んだ。一度目を閉じ、次に目を開けた時には初めて見る人かと思うほどまとう空気が変わっていた。まるで騎士のようだと、フレデリックは思った。
「王妃殿下に王弟ライオネルがご報告申し上げる」
いつもより少し低い声ではっきりと、叔父は続けた。
「此度の件、以前より第一王子フレデリックの侍従グレアム・ブライからは報告が上がっており、図書館での貸し出し履歴等から王子が何らかの形で王家の谷について知り、興味を持っていることも判明しておりました。そのため私から、逐次報告の上様子を見るようにとグレアム・ブライに命じておりました」
ぎょっとしてフレデリックが叔父を見上げるも、叔父はまっすぐに母を見たままフレデリックを振り向くことは無かった。
いつから叔父は知っていたのだろう。いつの間にグレアムは気付き、叔父に報告していたのだろう。裏切られたというよりも、さすが大人だとフレデリックはなぜだか妙に安心した。
「春の段階で王子が森に入ったこと、および立ち入り禁止区域の柵に異常があることは事前に下見に行かせたグレアム・ブライにより確認済みでしたがそのまま放置するように指示。王子が二度目の離宮訪問をグレアムに依頼した時点で動くであろうことは予測ができておりましたので、第一騎士団団長補佐カーティス・ラトリッジに腕が立ち、信用に値し、自らの判断で立ち回れるだけの器量のある騎士の選抜を依頼しました」
しっかりとフレデリックたちの行動は予測されていた。グレアムは下見にまで行ってくれていた。フレデリックの知らぬところでどれだけ守られていたかの一端が見えたようでフレデリックは遠い目になった。
「待ってちょうだい」
「はい」
「なぜ、行くと分かっていて分かっていて止めなかったのかしら?」
母が無表情のまま問うと、叔父はほんの少しだけ口角を上げてさらりと言った。
「それが王家男子というものでございましょう?」
「はぁ………いいわ、続けて」
疲れたようにため息を吐くと、母はさっさと続けろとばかりに右手をぱっぱと振った。それを見た叔父が少しだけ笑みを深くするとまた表情をきりりと戻した。叔父はやはり格好良い。
「カーティス・ラトリッジが選抜したジャック・タイラー、ケネス・コーツ両名にも離宮の森と王家の谷の現状及び銀大蛇の繁殖期であることも含めて起こり得る可能性を予測できる限り全て伝え、処罰対象になる可能性があることも含めて説明した上で第一騎士団長にも報告、王弟ライオネルの名の下で任に当たらせました」
ジャックとケネスの名が出たところで母の眉がピクリと動いた。右手を少し上げて叔父を制止すると、母は後ろに控えていた三つ編みの侍女を振り向いた。
「リビー、何か聞いていて?」
「ちらりと。理由は教えてくれませんでしたが次の任務で処罰があるかも、とは。でもやるなら自分がやりたい、って言ってました」
「そう……続けてちょうだい」
頷いて困ったように眉を下げた侍女に、母がまたため息を吐いた。リビーと呼ばれた侍女はジャックかケネスの関係者なのだろうか。
母がまたも続けろと右手をぱっぱと振ったのを見て、叔父は頷いた。
「当日は王子一行が離宮の森に入った後に護衛の更に後ろからグレアムに同行させ、私と側近が離宮で待機。王子たちが立ち入り禁止区域に立ち入った時点でグレアムが離宮に戻り私たちが先回りして王家の谷で危険が無いよう見守る予定でした…が」
そこで叔父が一度言葉を切った。叔父がどう言おうかと考えるように少し目を泳がせると、母がちらりと父を見て、そしてため息を吐いた。
「ウィルが動いたのね……」
「はい。念のため何も伝えずにいましたが陛下の嗅覚は異常…常軌を逸して…あー、陛下は敏感でいらっしゃいますので。共も連れず単独で立ち入り禁止区域側からの侵入を試みているところを我々で確保。離宮でお待ちいただくよう説得を試みましたが間に合わなくなる恐れがありましたのでそのまま同行して王家の谷へ向かいました」
「ウィルの足では時間がかかるわね」
「はい、結局王子たちの王家の谷到着には間に合いませんでした。そこは陛下を説得しきれなかった私の不徳の致すところです」
「う…ごめん……」
淡々と話を進める母と叔父に、父が椅子の上で小さくなって謝った。母も叔父もちらりと父に目を向けただけで、特に声を掛けることも無くそのまま話に戻った。
「第一騎士団のふたりとグレアムはどうしていたのかしら?」
「王子たちが赤線を越えて危険区域へ入った時点で、護衛のうちひとりは王宮へ戻り最悪の事態に備えて各騎士団長へ第一級機密扱いでの報告と準備をするよう命じていたため、ケネス・コーツは王宮に戻り報告と準備の後は待機。ジャック・タイラーはそのまま王子たちを気づかれない範囲から尾行。私の到着までに生命や欠損の危機があれば対処、生命の危機や欠損に至らない程度なら傍観して見つからないように指示。グレアム・ブライは……本来であればグレアムも王家の谷へ連れて行く予定でしたが陛下がこちらに来てしまった以上王宮への報告と事情説明は必須。機密にも関わる内容のため離宮の者を伝令に立てるわけにもいかず、王妃宮への立ち入りも考えて私の侍従であるベンジャミンではなくグレアムを王宮に戻らせました」
何事も無いように話す叔父に、フレデリックはただただ驚くばかりだった。自分たちがのんきに冒険に勤しんでいる間に、大人たちは裏で多くのことをしていたらしい。
そういえば気配を消されると分からないとレナードも言っていた。ジャックは上手く気配を消していたということか。第一騎士団の騎士に対する印象がフレデリックの中で更に変化した。
「で、そのグレアムを見て大好きな兄上たちが戻って来たと思ったお転婆ティーナが乳母の目をかいくぐってこっそりと私の部屋まで後をつけて、最悪の場合の説明を盗み聞いて大泣きしたわけね」
「ああ、ティーナがいたのはそういうことか。何でティーナにばれているのか不思議だったんだけどな。グレアムに気づかれないなんてやるなぁ、ティーナ」
「えっ!?」
これもまた驚きの事実だった。そういえばなぜクリスティーナにフレデリックたちが危なかったことを教えてしまったのかとは思っていた。まさかの盗み聞きとは…フレデリックよりよほど素質がありそうだ、何かの。
「感心してる場合では無くってよ……。で、続き」
「おっと…失礼いたしました。王家の谷到着時にはすでに暴食蛙の暴走が始まっており、ジャック・タイラーと合流、報告を受けて王子がどう処理するのかをぎりぎりまで確認しました」
淡々と言った叔父に、フレデリックは我慢しきれず「叔父上」と手を引いて叔父の視線をフレデリックに向けさせた。




