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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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35.宝物

 たいていはフレデリックが一番最後なのだが、今日は食堂へ着くと珍しく一番乗りだった。

 きっと皆が先に来ているから順番に抱き着けば良いと思っていたのでこれは予想外だったが、ある意味では良かったのかもしれない。父が一番に来てくれたなら席に着く前に抱き着いてしまえば良いのだから。


「アメリア」

「はい、殿下」

「いつも食堂には誰が最初に来ているか知っているか?」


 席に着き小声でアメリアに問うと、アメリアが「存じません」と小さく首を横に振った。


「食堂付きのメイドに確認してまいりますか?」

「いや、いい。そこまでじゃないんだ」


 フレデリックの座る位置は父と母が座る席よりは入り口に近い。この際、順番は気にせず来た順に抱き着けば良いか。


「承知いたしました。後ろに控えておりますので何かございましたらお呼びくださいませ」

「ああ」


 アメリアが所定の位置まで下がる。フレデリックがそわそわとしながらも顔に出さないよう気を付けつつ入り口を見つめていると、何と父と母が一緒に食堂に現れた。


「あらフレッド、早いのね!」


 母がすでに座っているフレデリックを見て目を丸くした。


「おはようございます、父上、母上」

「おはよう、フレッド」

「おはよう、良く眠れたかい?」


 フレデリックが立ち上がって一礼すると、父と母もにこりと笑って応えてくれた。そのまますっと父が母を席までエスコートする。あまりにも自然に流れるようなエスコートにまったくもって抱き着きに行く隙が無い。


「はい、あのう、父上……」


 フレデリックが立ち上がったまま父の方へと近づいていくと、「おはようございます!」と入り口から元気な声がした。


「あ、おはよう、ティーナ……」

「兄さま、今日は早いのね!!」


 元気いっぱいに笑うクリスティーナに完全に出鼻をくじかれたフレデリックは「うん、目が覚めたんだ」と苦笑いした。


「おはよう、ティーナ。今日も元気ね」

「おはよう、ティーナ」


 父と母もにこにことクリスティーナに応えている。


 フレデリックが座れば朝食の給仕が始まるのだが、立ったままでいるフレデリックに食堂付きの使用人たちが給仕を始めて良いものか分からないようにこっそりと顔を見合わせている。


「どうしたの?フレッド」


 母が不思議そうに首を傾げた。父もフレデリックをじっと見つめている。


 食事の後では駄目なのだ。食事の開始は皆一緒だが、食べ終わるのも席を立つのも皆ばらばらなのだ。食べている間に抱き着きに行くことなどできないし、抱き着くなら朝食が始まる前、今しかないのだ。


「えっと、あの……」


 目を泳がせながらもフレデリックは父の座る上座へと歩みを進めた。昨夜はあんなにも素直に叔父に飛びつけたのに、なぜだろう。あの勢いが嘘のように今のフレデリックは勇気が出なかった。

 やはり入り口に現れた瞬間に飛びついておくべきだった。改めて、しかも食堂中の皆に注目されてはあまりにも難易度が高い気がする。


「あの、父上!」


 それでもフレデリックは父の真横まではたどり着いた。着座している父が上半身だけフレデリックの方を向き、フレデリックを見て首をかしげている。


「うん、フレッド。どうしたの?」


 首をかしげる父の顔をじっと見る。昨日、あれだけ震えて顔色の悪かった父だが今日はとても顔色が良い。むしろいつもより艶々と肌艶も良く赤混じりの紫の瞳も心なしかきらきらと輝いており、元気そうに見える。


「父上、今日は、お元気ですか?」

「うん、大丈夫。元気だよ?」


 不思議そうに、けれど穏やかに笑う父にほっとする。言いたいことはこれでは無いが、父が元気なのは素直に嬉しい。


「えっと、父上」

「うん」

「その」

「うん」


 目を泳がせたまま立ち尽くすフレデリックを、誰もが見つめているが誰も何も言わない。ただフレデリックが言葉を発するのを誰もが見守ってくれている。

 ちらりと母を見ると、何かに気づいたわけではないだろうが笑ってゆっくりと頷いてくれた。


「父上」


 フレデリックが小さく手を伸ばすと、父が「うん」と言ってフレデリックの肩にそっと触れた。そのまま体を前に倒せば、当たり前のようにフレデリックの背に手を回してぽんぽんと叩いてくれる。


「どうしたの?フレッド」


 肩口で聞こえるまるで小さな子をあやすようなその声音に、フレデリックはとても懐かしい思いがした。

 そうだ、父はどれほど忙しくても幼いフレデリックが寄って行けばいつもこうして背を叩き、フレデリックを膝に入れてくれたのだ。今のフレデリックは父にはもう膝に入れるには大きすぎるだろうけれど。


「父上、ありがとうございます。ごめんなさい。それと………大好きです」


 思い出せば自然とフレデリックの口から言葉がこぼれた。叔父にしたように飛びつくことはできなかったけれど、それをしたら父は椅子ごとひっくり返ったかもしれないのできっとこれで正解なのだ。


「フレッド………君が無事で本当に良かった。ありがとう、愛しているよ」


 父がぎゅっとフレデリックを抱きしめてくれた。フレデリックも父の背に腕を回してぎゅっと抱き返す。昨日、庇ってくれた時と同じ父の香りがする。

 離れ時が分からずしばらくそのままでいると、父がそっと身を離してフレデリックの頭をぽん、と撫でた。そうしてそっと母の方へと押し出してくれた。


 その流れのままに母を見ると、母はにんまりと笑ってフレデリックを見ている。


「う、母上」

「なあに、フレッド?」


 にこにこと笑う母は今日も美しい。美しいが、昨日の今日でありどうにもやりづらい。それでも覚悟を決めなければと思っていると母がすっと、フレデリックの方に腕を広げた。


「フレッド」


 母は何でもお見通しだ。いつだって、叱った後はこうして腕を広げてくれるのだ。今回はまだ叱られる前なのだが。


「母上」


 素直に抱き着けば母がぎゅっといつものように抱きしめてくれる。


「覚悟はできているの?」

「できています、母上」

「そう、良い子ねフレッド」


 くすくすと母が耳元で笑う。今日はお説教確定だ。もちろん覚悟はできている。


「母上」

「なあに」

「大好きです」

「知ってるわ」

「はい……ごめんなさい、ありがとうございます」

「お説教は無くならないわよ?」

「う、はい、もちろんです」


 母はぎゅっとひと際強くフレデリックを抱きしめると、耳元で「愛しているわ」と囁いた。昨日、怒りながらも目元を赤くしていた母を思い出す。どれほどの心配を掛けたのか……説教で済むのならいくらでも甘んじて受けよう。


 母はそっとフレデリックの頬に口づけるとにこりと笑ってフレデリックから身を離した。父を見れば静かに頷いてくれる。

 最後はクリスティーナだと周囲の何とも生ぬるい視線に耐えながらも振り向くと、目が合った瞬間にクリスティーナが椅子から飛び降りた。


「ティーナも!!」


 クリスティーナに付いていた乳母がぎょっとしてクリスティーナを止めようとしたが、フレデリックがそのままクリスティーナに腕を広げたのを見て止めるのを断念し、目を閉じ軽く天を仰いだ。あとでフレデリックからも謝ろう。


「兄さま!!」

「危ないよ、ティーナ!」


 飛びついてきたクリスティーナを何とか踏ん張って受け止める。もう少し鍛錬を増やした方が良い、そうしよう。


 フレデリックよりは小柄とはいえフレデリックの口元まであるクリスティーナはフレデリックの首にしがみつくと「えへへ」と笑った。


「ティーナ、心配かけてごめん」

「もう黙っていなくなっては嫌よ?」

「うん、ごめんね、大好きだよティーナ」

「ティーナも兄さまが大好きよ!!」


 蜂蜜色の髪をゆっくりと撫でてやると、「本当に心配したのよ……」とクリスティーナはぐりぐりと額をフレデリックの肩に擦り付けた。

 駄々をこねるクリスティーナは散々見てきたが、あれほど辛そうに目を腫らすクリスティーナは初めて見た。あんな顔はもう二度と見たくない。


「ティーナ」

「なあに、兄さま」


 フレデリックはぎゅーっとクリスティーナを抱きしめると言った。


「ティーナは僕の…僕たちの宝物だよ」


 叔父が言ってくれた言葉をクリスティーナにも贈る。


「宝もの?」

「そうだよ、宝物だ……ありがとう、ティーナ」


 いつだってフレデリックを無邪気に慕ってくれるクリスティーナは間違いなくフレデリックの宝だ。


「兄さまもティーナの宝ものよ!」


 満面の笑みでそう言ったクリスティーナに、フレデリックも「うん」と笑ってその白い額にそっと口づけた。


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