33.大切な家族
そうかそうか!と笑いながら叔父はまたわしわしとフレデリックの頭を強めに撫でた。
「よし、じゃぁそれは明日の朝食の時だな!」
「え!?明日の朝食ですか!?」
叔父と叔母のオリヴィアはいつも別で朝食を取るのだが、父と母、フレデリックとクリスティーナの四人はいつも共に朝食を取っている。他の時間が合わなくともこの時間だけは王宮に居さえすれば必ず合わせるようにしているのだ。
「そうだよ。明日の朝食堂に行ったら何より先に兄上に抱き着け。んで、言ってやれ。セシリアはその後だな」
セシリアは兄上と違ってちゃんと待てるからな、と叔父は面白そうに笑っている。
「ああ、そうだ。兄上とセシリアにしたらティーナもちゃんと抱きしめてやれよ?大好きだって、大切だって、ちゃんと伝えろよ?」
「え!何でティーナ!?」
フレデリックがぎょっとして大きな声を上げると、叔父が呆れたように眉間にしわを寄せた。
「お前、逆の立場で考えてみろよ…。目の前で自分の兄上と父上と母上が抱き合ってるんだぞ?自分だけ仲間外れとか…どう思うよ?」
「……泣きます」
「だろ?」
そういうことはちゃんと考えろよ、と叔父がきゅっとフレデリックの鼻を摘まんだ。「叔父上、痛い」とフレデリックがむくれると叔父は「そうかそうか」と笑いながらまたフレデリックの頭をぎゅっと抱き寄せて頭に頬を乗せた。
フレデリックは叔父の胸に寄りかかり、とくりとくりと力強く響く叔父の鼓動を聞きながら目を閉じて覚悟を決めた。明日は父と母と、そして妹を抱きしめて大好きだと伝えるのだ。ありがとうと、ごめんなさいと……それから、どれほど自分にとって家族が大切なのかを。そう、大切な家族に――――。
「…………っああ!!!!」
あることに気が付いて思わず大きな声を上げると、フレデリックはぱっと叔父の膝の上から飛び降りた。
「ぅお?どうした??」
突然のことに叔父が驚いたように目を丸くしてフレデリックをきょとんと見ている。自分と同じ濃紫の、深い瞳がぱちくりと瞬いている。何ということだ、と今更気が付いた事実にフレデリックは愕然とした。
ここにもいるではないか、フレデリックの、大切な家族が。
「叔父上!!」
「おう!?」
フレデリックが大きな声で呼ぶと、叔父が驚いたように返事をしてピシッと座ったまま背筋を伸ばした。フレデリックはきっと叔父を睨むように見据えると大きく息を吸い込んだ。
「叔父上!ありがとうございます!ごめんなさい!それから…大好きです!!!」
フレデリックが腕を広げて思い切り飛びつくと、真正面から勢いよく飛びついたにも関わらず「うぉ、危ないな!」と言いながら全く揺らぐことも危なげもなく叔父はしっかりと抱き留めてくれた。
「叔父上…大好きです…」
叔父の首に縋りつきフレデリックがもう一度呟くように言葉にすると、叔父はぽんぽんとフレデリックの背を叩きまたぎゅっと抱きしめてくれた。
「ありがとな、俺もお前が大好きだよ」
この温もりを、フレデリックはちゃんと知っていた。
幼い頃、忙しい父にも母にも中々会えなくて寂しくて眠れなくて…そんな夜には必ず現れて眠りに落ちるまで絵本を読んでくれたのは誰だったか。
叔父だけではない。
小言を言いながらも「仕方ないですね」と微笑みどんなときでもフレデリックの側に居てくれたのは誰だったか。
悲しい思いをするたびにフレデリックを大きな膝に抱え眉を下げて「大丈夫だよ」と囁いてくれたのは誰だったか。
大きな悪戯をするたびに仁王立ちして叱ったあとにフレデリックを抱きしめてくれたのは誰だったか。
もう嫌だと目を逸らした日にも、にいたま、とフレデリックを一生懸命追いかけてきて無邪気に笑ってくれたのは…。
記憶も朧な幼い頃。逃げ出すたびに、くじけそうになるたびに、間違えそうになるたびに、必ず誰かが気づいて手を差し伸べてくれていた。側にいてくれた。
愚かな自分はいつの間に忘れてしまったのだろう。あんなにも、自分は色々な人たちに守られていたのに。
少しずつ大きくなっていく中で、確かに関わりのあり方は変わっていた。フレデリックが自分で考えることができるように、自分で選ぶことができるように。誰もが少しずつ距離を取ってそれでも見守ってくれていたのだ。きっと、フレデリックを信じて。
それなのに。フレデリックは目に見えないからと自分で何とかできていると思っていた。何とかするべきだと思っていた。
どうして誰も信じられないなどと、ひとりでできるなどと思い上がっていたのだろう。こんなにも、今も変わらずフレデリックを見守ってくれている人たちが居るというのに。
お前は俺の…俺たちの宝物だよ。そう言ってそっと後ろ頭を撫でてくれる叔父の温かくて大きな手に、フレデリックは今度こそ、声を押し殺して少しだけ泣いた。
しばらくそのままで抱き合っていたが照れくさくて顔を上げられずにいると、フレデリックはまたひょいと抱き上げられた。
「ほら、寝るぞ、布団に入れ」
片腕でフレデリックを抱えて器用に掛け布団をめくると、叔父はぽんっと少し乱暴にフレデリックをベッドに落として掛け布団で包んだ。
「うわぁ」
ぽふんっと少し跳ねた体に驚き声を上げると、そんなフレデリックの横にぼすんっと叔父が乱暴に寝転がりまたフレデリックの体が少し跳ねた。緊張が解けたせいかなんだか面白くなってしまいフレデリックは声を上げて笑った。
「ほら、あんまり大笑いしてると寝付けなくなるぞ」
そう言って布団の上からぽん、ぽん、とフレデリックの胸のあたりを叔父が叩いてくれる。
「叔父上、お話は?」
「ああ、俺と兄上とゆかいな仲間たちの大冒険な?」
「大冒険!」
そんな言い方すら面白くてまたフレデリックがころころと笑っていると、おいこら落ち着け、と叔父が呆れたようにフレデリックの目の上に大きな手を置いた。
「話してやるから目を瞑ってろ。目を開けたら話も終わりだぞ?」
そう言って話してくれた叔父と父の大冒険はあまりにも無茶苦茶でぐちゃぐちゃで。
嘘か本当かは分からないけれど、叔父と父ならやりかねない…とフレデリックは大笑いしながら何度も目を開きそうになり、そのたびに叔父の手が目元に伸びてきて何とか最後まで耐え切った。
あまりにも面白くてこのまま眠れるだろうかと心配になったのに、大冒険の話が終わり「おやすみ、フレッド」と叔父に言われたとたん、本当に疲れていたのだろう、一気に眠気に襲われた。
「おやすみなさい…おじうえ…」
だいすきです。そう言ったつもりで言えたかどうかは分からない。でもきっと伝わっているとフレッドには信じられた。温かで柔らかなものが額に優しく触れた気がしたから。
「頼むから、もうしばらくは子供でいてくれよ…」
夢の中で、誰かが静かに祈っていた。




