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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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31.嫌なことと嫌いなことだけ

「そうさなぁ………。分からなくなったら、嫌なことと嫌いなことだけを考えろ」

「嫌なことと、嫌いなことだけ?」


 つい首を上に向けると叔父の顎とフレデリックの頭がぐりりとこすれた。中々に痛いなと思っていると叔父の口からも「いてて」と声が漏れた。頭の上から重さが無くなり、フレデリックの体がひょいと横向きになった。見上げると、叔父が「痛いな」とにやりと笑っている。


「そうだよ、嫌なことと嫌いなことだけだ。人ってのは好きなことや楽しいことってのは割と曖昧なんだよ。明確な境とか、理由とかを付けづらいんだ。意識しなくても嬉しいも楽しいもどっちもあって困らないからな」


 美味いものを食べてるときに理由なんか考えないだろ?と叔父がおどけて笑った。ように見えた。


「でもな、嫌だとか、嫌いだってのには明確な理由があることが多いんだよ。その理由ってのは結構自分にとって気づきたくなかったり目を逸らしたいものだったりするんだけどな…でもそれが自分の芯だったりもする。分からなくなったら嫌なことを探せ。全部嫌なら全部の嫌な部分を考えてより嫌なのは何なのか考えろ。嫌だと思う事柄じゃなく、それを嫌だと思う理由の方に必ず答えが隠れてる」


 確かにそうだと、フレデリックは思った。嫌いだとか嫌だとか怖いとか、そういう時はたくさん『避ける理由』を探したけれど、好きなものに対してその理由を考えたことなどほとんどない。

 そして『避ける理由』は探しても、『嫌だと思う理由』はあまり考えたことが無い気がする。嫌なのだ、目を逸らしたいのだ。だから見なかったことにして避けて来た、そんな気がする。


「考えても、どうしても嫌なことを避けられないときは?」

「そん時はより良くなる方法を探せ。避けられない嫌なことなら避けることじゃなく少しでも良くする方法を探せ。考えても、頑張っても、より良くしようと思ってももうどうしうようも無いときは――――頼れ」

「え?」


 ごつりと、叔父の額がフレデリックの額に合され、視線がとても近くなった。


「ひとりで考えるな。ひとりで動くな。周りを見ろ、周りを頼れ。ひとりで何とかしようと思うから選択肢が狭まる。ひとりで何とかできると思うから取り返しのつかないところまで突っ走る。はっきり言ってくれる誰かが居れば……お前がちゃんと周りを見て信じられれば、取り返しのつかないことにはならねえよ」

「叔父上…?」


 フレデリックが呟くと、叔父がふっと笑った気配がした。


「お前が信じなくちゃ、意味がねえんだよ。相手が何をしようとお前がまず信じようと思えなきゃ何もかもが嘘になるし、何もかもが疑わしくなる。誰彼構わず信じろって言ってんじゃねえぞ?そんなもんはただの愚か者だ。騙されても良かったなんて言っていいのはせいぜい甘く見積もっても中位貴族までだと思え。俺たち高位貴族や王族が騙されれば国が、民が………命が危うくなる」


 ふと、額から叔父の温もりが消えた。また窓の外に目を向けた叔父の表情が月明かりに照らし出される。痛みを堪えるような叔父の目に、叔父の中にある何かをほんの少しだけ見つけたようでフレデリックはハッと目を見開いた。

 もっと見たいのに、もっと知りたいのに、叔父の濃紫の瞳は深すぎてフレデリックにはまだ分からない。

 

「だから、選べ。選んだら、信じろ。選ぶために……自分を磨け。まずは、自分自身を信じられるように」


 振り向いた叔父の表情はまた月光に影になり良く見えない。煌めく銀の髪と微笑む口元だけが美しく、けれどもとても悲しげに見えた。


「僕はまだ…自分を信じられません…」


 フレデリックはぎゅっと唇を噛みしめた。愚かにも己惚れた結果が今日だ。幸い叔父たちのお陰で大事には至らなかったが、フレデリックは自分を過信した結果、多くのものを損ない失いそうになったのだ。


「馬鹿かお前は」


 はっ、と叔父が鼻で笑った。見えなくてもわかる。物凄く馬鹿にした顔で叔父はフレデリックを見下ろしている。


「はい!?馬鹿!?」

「おう、馬鹿だろお前。たかだか九歳のガキが何言ってやがる。いいか、お前は子供だ。無茶すんのは子供の特権だ。んで、その子供の無茶を拾い上げて守ってやるのが大人の義務であり特権なんだよ」


 ぐしゃぐしゃと、フレデリックの頭が振り回されるほど乱暴に叔父はフレデリックの頭を撫でた。「ちょ、痛いです!」とフレデリックが両手で叔父の手を押さえようとすると、からからと楽しそうに叔父が声を上げた。


「お前は今のうちに散々無茶して、騙されて、失敗して、それで自分の目を磨け。感覚を研ぎ澄ませろ。俺たち大人が守ってやれるうちに、目いっぱい暴れろ。馬鹿になれ。………良い子でなんて、いるんじゃねえよ」


 くしゃりと、フレデリックの頭が静かに撫でられた。背もたれに寄りかかりフレデリックを見下ろす叔父の顔はやはりよく見えないが、その手の温かさがどうしようもなく心に沁みた。


「それでも不安ならな、俺を信じろ」


 ひょいと、またフレデリックの体が持ち上げられた。気が付けばずいぶんと視界が高くなっている。


「俺は、やっぱり信じられないか?」


 立ち上がり、フレデリックを抱き上げて左腕に座らせ視線を合わせた叔父がにやりと笑う。ぶんぶんとフレデリックが勢いよく顔を横に振ると、叔父はにかっと破顔した。


「おう、じゃ、まずは俺を信じろ。俺が信じる連中を信じろ。信じて頼れ。いざとなれば、俺たちが必ず助けてやるさ」


 今日みたいにな!!と右手でまたぽんっとフレデリックを叔父が撫でる。フレデリックの頭がすっぽりと包まれてしまう大きな叔父の手。先ほど押さえようとした時、その手のひらの硬さに驚いた。

 大蛇を前に長剣を握り立っていた叔父は力強く、優雅で、圧倒的に美しかった。強さも優しさも美しさも、全ては叔父の努力の結果なのだと今なら分かる。


 変わり者だと後ろ指をさされようと、無頼者だと眉を顰められようと、叔父は叔父の守るべきもののために努力し迷うことなく叔父の道を行くのだろう。

 いや、迷う時はきっとあるはずだ。悩むときも、立ち上がれなくなる時も、きっと…フレデリックと同じように。

 けれどきっと叔父の周りの人間がそれを放っておきはしない。叔父が信じるから、周囲もそれに応える。周囲も叔父を信じるから、叔父は自らの足で立ち、歩いていく。


 それが、今のフレデリックの目に映る叔父。それと、叔父の側近たちの姿。


「叔父上、僕は叔父上みたいにならない。それでも、僕はやっぱり、叔父上みたいになりたい」

「はは、そうかよ」


 にっと笑うと叔父はまたゆっくりと歩き出した。


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