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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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30.叔父

「僕も…叔父上のようになれるでしょうか…」


 王妃宮の王子・王女区画にあるフレデリックの部屋へ向かう道すがら、叔父の腕に抱かれながらぽつりと、フレデリックは呟いた。

 無茶苦茶だと、考えなしだと思っていた叔父は色々なことをとても良く見ていた。色々なことに気が付き先回りできる人だった。自らのために使うのではなく、力を他者のために振るう優しく強い人だった。――――やっぱり無茶苦茶ではあるけれど。


「ん?俺のようにか?」


 不思議そうにフレデリックをのぞき込む叔父に、フレデリックは素直に頷いた。


「はい。叔父上のように、強く、優しく、賢い人に…それに側近とあんな風な関係を築くことが、できるでしょうか?」


 奇妙な生き物を見たと言わんばかりに叔父の目が見開かれ、美しい顔が何とも言えないとばかりに歪んでいく。「いやいやいや」と困ったように頭を掻いた。


「お前、俺のこと嫌い…ではないな………えーと何だ、馬鹿だと思ってただろ?突然どうした??」


 心底困ったように眉を下げ眉間にしわを寄せている叔父に、フレデリックはなおも言い募った。


「思ってました。こんな風になっちゃ駄目だって。今でもやっぱりちょっと変だと思うし無茶苦茶だと思うけど…でも、それ以上に、格好良いと思います」


 何も言わずに見守る度量も、人を思い人のために動くその心根も、いざとなれば躊躇わぬ勇気も、先を見据える冷静な瞳も。それはフレデリックの思う理想の王の姿に良く似ている。

 「うーん?」と苦虫を噛みつぶしたような顔で唸る叔父に、フレデリックは言った。


「叔父上は、王になろうと思ったことは無いのですか?」

「王に?」

「はい、王に」


 ぴたりと、叔父の足が止まった。じっとフレデリックを見つめる叔父の表情からは何も読み取れない。ただ困ったように眉を下げて微笑むだけだ。


「お前、俺が王に向いてると思うか?」


 小さくため息を吐くと困ったような笑みを浮かべたまままた叔父が歩き出した。


「思います」

「またお前、そんな危なっかしいことを……」

「言いたいことは言えと叔父上が言いました」

「言ったな、うん、間違いなく俺が言ったな」


 ふはっと叔父が噴き出した。そうして「相手は選べよ」とまた困った顔で笑いフレデリックの頭をわしわしと撫でた。

 「そうだなぁ…」と言うと、叔父は真っ直ぐ前を見て静かに話し始めた。


「今が戦時中であれば兄上ではなく俺が王だったかもしれないな。兄上は気が弱く決断力に欠けるが暴走すると何をしでかすか分からない。暴走した兄上はどんな理不尽な決定も残酷な処分も下してしまうだろうな………国や民では無く、お前らやセシリアのために」


 俺のためにもな、と叔父は苦く笑った。


「恐れや不安は兄上を暴走させるが、それさえ無ければ多少臆病で慎重な方が国は回る。特にセシリアみたいな王妃がいるなら出来過ぎる王よりもよほど都合が良い」

「叔父上と母上が王と王妃である方が国が栄えるのではないですか?」


 ぎょっとした顔でまた叔父の足がぴたりと止まる。「言いたいことを言い過ぎだ」と叔父が呆れたように笑いフレデリックの鼻を人差し指で押した。


「それはないな。俺とセシリアじゃ互いを潰し合って終わりだ。俺はセシリアが居たら自由に動けねえし、俺が夫じゃセシリアはもっと…今よりももっと人間味の無い、歩く国法そのものみたいな王妃になってただろうよ」


 ちらりと叔父が窓の外を見た。フレデリックの私室へ向かう廊下の途中。長椅子のある小さなホールのようになった空間の大きな窓からは明るい月の光が差し込んでいる。ゆっくりと叔父が窓へ近づくとその視線より更に上に月が見えた。今日は満月のようだ。

 長椅子に座りフレデリックを膝に乗せて抱えると、叔父は月を眺めながらぽつりぽつりと言った。


「兄上だから今のセシリアがあるし、セシリアだから今の兄上がある。そして兄上とセシリアだから、今の俺がある」


 だからこそお前らもいるしな。そう言いながら大きな手がフレデリックの頭を撫でる。


「………お前は、俺のようにはなれないよ」


 ふと顔を上げると、叔父がいつの間にか窓からフレデリックに視線を移していた。過ぎるほどに明るい月の光で陰になり、叔父の表情が良く見えない。


「なぜですか…?」


 何とか叔父の顔を見ようとフレデリックは顔を上げ、目を凝らした。口の端が薄っすらと上がっているのだけが分かる。


「俺だけじゃない。お前は俺のようにも、兄上のようにも、セシリアのようにもなれないし………ならないよ」

「なっ………どうして………?」


 安心して良い、と頭を撫でる叔父に、フレデリックは愕然とした。誰にも言ったことは無いはずだ、自分が何を恐れているのかなど。


 ――――暴君の素質。それこそが父に対してフレデリックが危惧し、自分自身に流れる血を最も恐ろしく感じる一因でもあり、父を駄目だと思う最大の要因だ。

 そして自分は今回、間違いなく他者を巻き込んだ……悪い方向へ。


「お前が俺の中に何を見たのかは分からないし、まぁ…兄上に何を見てるのかはちょっとだけ分かるが、それも全てじゃない。セシリアの中にも、な。だがな、お前が危惧するものにも望むものにもならないだろうってことは分かるぞ」


 ふぅ、と小さく息を吐くと叔父はフレデリックに正面を向かせて後ろからぎゅっと抱きしめ、フレデリックの頭にごちんと顎を乗せた。少し重いがこうして誰かの腕の中にすっぽりと抱えられるのは気分が悪くないものだとフレデリックは思った。


「フレッド。人はな、誰しも自分にしかなれん。もちろん、人から影響を受け変わっていくことはある…というか確実に変わっている、常にな。それでもただ変わっただけで自分自身であり続けるし、自分自身にしかなれない。全く誰かと同じような道を辿ってみたって、完璧に誰かと同じようになることは無いんだよ」


 頭上から、そして背中から響く叔父の声は低く深い。月の光に煌めく美しい銀糸が見られないのが、フレデリックには少し残念な気もした。


「できるのはな、色んな人と話して、良いと思うことを取り入れて、嫌だと思うことは何で嫌なのかを考えて、そうして自分なりの正解を探すことだけだ。その正解だって常に同じとは限らん。相手の数だけ、物の数だけ違う正解がある。よく見て、良く聞いて、よく考えて。それで自分を探していくしかないんだよ」

「……もしも、分からなくなったら?」


 見ても、聞いても、考えても、答えが出ないことなんていくらでもある。むしろ見たから、聞いたから、考えたから。そのせいで余計にわからなくなって不安になって暴走することだってある。

 そうなれば、なまじ権力が大きい分、何が起こるか分からない。権力が大きいということはそれだけ影響が大きいということなのだから。


 だからこそ恐ろしい。父の中にあるように思える狂気にも似た何かと、自分の中にも流れるその、父の血が。


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