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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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27.クリスティーナ

 湯浴みも終え、治療も終え、身支度も終え。それでは…と満を持して母の元へ向かうと、フレデリックが連れて行かれたのはなぜか王妃宮の応接室のひとつだった。

 そこにはすでにフレデリック以外全員が揃っており、父はドアから見て左側の大きなソファの奥に。叔父は右側のソファに、ベンジャミンとジェサイアもその隣に順に着座させられてたい。


「フレッド、座りなさい」


 上座に仁王立ちして応接セットの四人を睨んでいた母がすっとフレデリックに目をやるとにっこりと笑い父の隣を指さした。そこに座れと言うことだろう。

 「はい…」と小さく返事をすると体を縮めて近づき、「失礼します…」と聞こえるか聞こえないかの声で呟き父の隣へ腰を下ろした。

 「うん…」とこれまた聞こえるか聞こえないかの小さな声で父が頷いた。


 フレデリックの着座と同時に「はぁぁぁぁ………」と母の口から深い、深いため息がこぼれた。隣でびくりと父の肩が揺れたことに気が付いたがフレデリックは情けないとは思わなかった。

 むしろ、フレデリックと目が合うと母の無言の圧力にも動じること無くにっと口の端を上げた叔父が凄いのだと思う。フレデリックの肩も父に負けないくらい大きく跳ねたのだから。


「揃ったわね……ルイザ」


 母がちらりと扉の方を向く。いつの間にそこに居たのか母の侍女長がすっと一礼し部屋から出て行った。そういえばクリスティーナを抱いていた赤い髪の侍女が居ないのはクリスティーナを部屋へ連れて行ったのだろうか。なぜ乳母では無く彼女が抱いていたのだろう。


「ティーナは…」


 思わず口から出てしまったらしい。そういう場ではないと慌ててフレデリックはぱっと自分の口を両手で覆ったが、母にはしっかりと聞こえてしまったようだった。


「ティーナは起きると面倒だから起こさないように部屋に戻したわ。あなたたちが無事に戻るまで絶対に正門で待つと言い張ってね。あの子の乳母や侍女では手に負えなかったから、うちのハリエットを貸し出したのよ。本当に…あの口達者はいったい誰に似たのかしらね………」


 疲れたように眉を寄せる母に「母上ですよ」とはフレデリックは口が裂けても言わなかった。父も叔父の側近ふたりも何も聞こえなかったようにそれぞれ静かに気配を消している。


「姉上でしょう、見た目も中身もそのまんま」


 あっさりと口にしてにんまりと笑った叔父に、父が隣でぴしりと固まった気配がした。「あらそう?ありがとう」と美しく微笑む母の気配が恐ろしい。

 赤髪の侍女…そう、ハリエットだ。母が輿入れした時から仕えている古参だと聞いているが子供の扱いがうまいのだろうか。そのような年にも見えなかったのだが。


「失礼いたします」


 現実を逃避したくなってきたところに侍女長が戻って来た。後ろには、数人の侍女がワゴンを押している。


「お願いね」


 母が言うとワゴンから広めの応接テーブルに侍女たちにより次々と何かが並べられていく。同時に侍女長が何も言わずに小皿をフレデリックたちに渡していく。行き渡ったのを見て母が仁王立ちのままで言った。


「まずは食べなさい。この際作法なんてどうでも良いわ。さっさと食べる!説教はそれからよ」


 銀の蓋が外されると、そこには軽食が並んでいた。食べやすいよう小さく切られたサンドイッチに小さな焼き菓子、カットされたフルーツにチーズやハムの乗ったカナッペなど。どれも手で取りそのまま食べられるようなものばかりだった。


 どうすれば良いかわからずちらりと叔父を見ると、片目をぱちりと瞑った叔父がまたにやりと笑って父を見た。


「ほら兄上。兄上がまず取らないと誰も取らないですよ。説教以外にそこも姉上に怒られたいですか?」

「ぅ……食べる、食べます…」


 ぎぎぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく父がテーブルに手を伸ばす。ローストビーフとクレソンと思われるサンドイッチをひとつ手に取ると皿に置き、じっと見つめると覚悟を決めたようにぱくりと、ひとくちで食べた。もぐもぐと咀嚼する父を母がじっと無表情で眺めている。もちろん、仁王立ちしたままで。


「美味しい、です…」


 父がごくりと飲み込むのを見届け、母がため息を吐いた。「ルイザ」と侍女長を呼ぶと、侍女長がそっとオレンジジュースのグラスを父の横に置いた。ふと横に気配を感じて振り向くと、フレデリックの横にはグラスに入った冷たいミルクが、叔父にはオレンジジュース、ベンジャミンにはレモン入りの炭酸水、ジェサイアには何だかよく分からない緑色のどろっとした液体が用意された。


「フレッド、取れ」


 叔父に呼ばれハッとして慌ててフレデリックも玉子のサンドイッチを皿に取ると、叔父は「よし」と笑って一口サイズのキッシュを皿に置き同時に「許す」と言った。叔父の側近ふたりは「御意に」と頷き、それぞれにサンドイッチとカナッペを皿に取った。

 『上の者がちゃんと気を使ってやれ』。帰り道で叔父に言われたことをフレデリックは思い出した。


 仁王立ちを止め上座に座り優雅にお茶に口を付ける母に監視…いや見守られながら、それからは各自黙々と軽食を平らげた。ぽつりぽつりと会話はあったが、当然ながらはずまない。


 特に叔父の側近ふたりが部屋に入った時から無に徹しようとしているように見えたのでフレデリックが声をかけたところ、説教だけは一緒に受けようと叔父に付き添って来たのだが、良いからふたりとも座れと母に問答無用で座らされたらしい。しかも国王と同席、斜め前。


 側近ふたりにはさぞかし味のしない軽食であろうと思ったが、ベンジャミンが目を輝かせて「このフィナンシェは新作でしょうか!?」などと言って「そうよ、よく分かったわね?」と母を微笑ませ、ジェサイアは嬉しそうに緑の飲み物をおかわりして侍女長の口角を上げさせている。


 叔父は例の如く大変行儀悪く、けれど優雅に長い脚を組んで皿に山盛りに盛った軽食をぱくぱくと口に放り込んでいく。咀嚼は足りているのだろうか…フレデリックが心配になったところでベンジャミンがオレンジジュースのグラスをそっと手渡し、皿に軽食をいくつか追加した。


 ちらりと横を見ると父は無表情でひたすらに咀嚼を繰り返しており、父とフレデリックが小心なのか叔父とその側近が大物なのか……フレデリックは自らもひたすら咀嚼しながら少し遠い目になった。


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