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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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19.光の方へ

 完全に『入るな』と主張されている気がするが位置的に王家の谷はこの赤い綱の更に向こうだろう。


「危ないのか、王家の谷に近づけさせないためか、その両方か……どれだろうな」


 少なくとも立ち入り禁止区域の柵とこの赤い綱の間は人の出入りがある。であれば、立ち入り禁止区域内に入れる人間に対してこれ以上進むなという警告の綱だろう。

 だが、危険だと色で示す割りには綱しかない。これでは簡単に越えられてしまう。


「どうします?殿下」


 レナードがフレデリックを見た。アイザックもフレデリックを見ている。


「意外だな、戻ろうとは言わないのか?」

「言ったら戻りますか?」


 レナードに言われ、フレデリックはもう一度赤い綱を見て、そして赤い綱の先を見た。見た目には特に変化を感じない。木々も草花も大差ないように思える。


「レナード、何かおかしな感じはするか?」


 フレデリックが問うと、アイザックはまた目を閉じ耳に手を当てて静かに辺りを確かめた。


「今のところ大きな変化は感じません。少し森のにおいが変わった気がしますが植物の種類が少し変わっているのでそのせいもありそうです。何と言うか……どこかで嗅ぎなれた花や草の匂いがします」

「そうか、ならば行こう。三十分進んでも何も見つけられなかったら急いで帰ろう」


 フレデリックが頷くとアイザックも「分かりました」と頷いた。


「レナード、少しでもおかしなことがあったらすぐに言ってくれ。この赤い綱が警告であることは間違いないはずだ」

「分かりました。いざという時は許可を取らず抜剣することをお許しください」

「許す。ただし全員が無事に逃げ切ることを最優先する、無理はするな」

「はい」


 行くか、と言おうとしてフレデリックは一度口をつぐんだ。危険地域に入るのならば先に休憩を挟む方が良いだろう。


「綱を越える前に焼き菓子と水分を取っておこう。僕も念のため短剣を鞄から出しておく」

「そうですね、中に入ったら何があるか分かりませんし今が良いでしょう」


 残り時間を思えば気は急くが、危険なことはしないと約束したのだ。何よりも安全を重視するべきだろう。

 フレデリックは手早く鞄を下ろすと水と焼き菓子を取り出した。先ほどの倒木のように座るところが無いので地面に新しい麻袋を敷いてその上に座る。


「そういえば少し摘んだキイチゴもありましたね」

「ああ、ここで食べてしまおう。邪魔になるといけない」


 手に持っていた麻袋を覗くと幸い、キイチゴは潰れていないようだ。手袋を外し水筒の水で軽く流して口に含むとそのままで甘酸っぱく美味しい。


「これは良いジャムになっただろうな」

「許されたらまた採りにまいりましょうか」

「監視が厳しくなりそうだがな」


 キイチゴを大切そうに食べるアイザックに笑いながらフレデリックも焼き菓子もかじる。朝からずいぶんたくさん食べたはずだが動き回ったせいだろう、甘いものが体に沁みる気がする。


「そういえば、ここまでネトルをあまり見なかったな」


 ふとレナードに言われて歩いて来た道なき道を振り返った。そう言われてみれば立ち入り禁止区域に入ってからはあまりネトルを見かけない。今回は誤って触れてしまわないように首から下の肌が露出しないよう気を付けて来たが、確かに一般区域よりもずっと少なかった気がする。


「ネトルはある程度湿った場所や湿地が好きなようです。もしかしたら一般区域よりこちらの森の方が湿気が少ないのかもしれませんね」

「なるほどな。そういえば一般区域には池もあったはずだ」

「エヴァレット嬢の地図によるとキイチゴの茂みよりもっと北に湿地があるようでしたね」


 もぐもぐと口を動かしながらアイザックが地図を広げて見せてくれた。確かに、キイチゴの茂みの更に北西部に湿地と池がありそうだ。


「無いなら無いでありがたいですね。あれは結構くるんです」

「レナード、触ったことがあるのか?」

「幼い頃初めて森に入った時に転んだ先がネトルでした」

「それは…災難だったな……?」

「すぐに応急処置はしてもらいましたが、実のところ生の葉っぱはあれ以来苦手です」

「もしかしてレナードが葉物野菜が苦手なのは…」

「火が通ってないものは思い出すんですよ」

「ああ、幼い頃のトラウマって残りますよね」


 身震いしているレナードをアイザックが痛ましそうに見た。生の葉物野菜が苦手になるほどの痛み……幼い頃の出来事とはいえ、いや、幼い頃だったからこそ相当に強烈だったのだろう。


「いつか打ち勝てると良いな」

「リリアナさんがよく乾燥ネトルにして茶に入れてくれます。退治してやれって」

「エヴァレット嬢は何と言うか、可愛らしいな」

「兄上が日々鬱陶しいです」

「ああ、のろけか」

「面倒くさいんで聞いてるふりしてます」

「そうか…色々大変だな……」

「俺も妹が欲しい」

「婚約者ではなく妹なのか…?」


 アイザックは焼き菓子を咀嚼しながらくすくすと笑っている。レナードは焼き菓子の最後の欠片を大きな口を開けて一気に放り込むと咀嚼して水で流し込んだ。


「それを食べ終わったら行きますか?」

「そうだな、さっさと見て帰ろう」


 フレデリックも焼き菓子を口に入れると何度か咀嚼して水を飲んだ。アイザックも同じようにすると広げた荷物を鞄にしまう。

 立ち上がり、短剣をベルトに挟んで鞄を背負うともう一度来た方を見た。特に誰かが追ってくる様子も見られない。護衛のふたりは今どうしているのだろう。早く帰って安心させてやりたい。それでも行かずに戻る選択肢はフレデリックには無いのだが。


「よし、レナード頼む」


 レナードは頷き周囲を確認すると赤い綱をくぐった。フレデリックたちに待つように手をかざすとまたしばらく周囲を確認している。レナードが振り向き、大丈夫だと言うように頷いた。


「行きましょう」


 フレデリックも頷き赤い綱を越える。当然だが、すぐに何かが起こることは無い。アイザックも恐る恐るといった感じで赤い綱をくぐった。


「ここからは周囲をうかがいながら歩きます。黙りますが、心配しないでください」

「分かった、任せる」


 レナードの目が前を見据えるように鋭くなり、眉根が寄った。頷いたフレデリックにレナードも頷きを返すと前を歩き出す。


「アイザック」


 フレデリックがアイザックに声を掛けるとアイザックも静かに頷いた。


 さくりさくりと地面を踏みしめる音がする。周囲は相変わらず鳥の声と風の音意外何も聞こえない。黙って歩いていると先ほどまでは感じていなかった不安が這い上がって来る。本当にあの赤い綱を越えて良かったのか。ふたりを巻き込んで良かったのか。


 辺りを警戒しながらも歩くレナードの背中を見ながらフレデリックは首を横に振った。

 行くと言ったのはフレデリックなのだ。何があってもフレデリックがその責を追おう。フレデリックが無理を言ったのだと、誰も悪くないのだと。今は早く先に進み目的を果たすべきだ。


 ぐるぐると考えながらもレナードの後を追っていると、レナードの足がぴたりと止まった。振り向けばしっかりと着いてきていたアイザックもぴたりと止まる。


「殿下、森が切れます」


 前を向けば確かに少し向こうで森が終わっている。明るい日差しが降り注ぎ、その向こう、少し遠い場所には岩肌が見える。恐らく窪地の対岸だろう。


「少し、においが独特ですね……」


 そう言って振り向いたレナードの顔を見て、そうして横に並んだアイザックの顔を見る。ふたりとも緊張しているようだ。それはそうだろう。立ち入り禁止区域の更に向こう。王宮図書館の歴史書にも載っていない、秘されていた目的地が目の前にあるのだから。


 フレデリックはちらりと懐中時計を見た。残り二時間半と少し。切れ目の向こうを見ても十分に帰ることができる時間だ。独特だというにおいは気になるが、森の向こうをそっと覗いておかしなものがあればすぐに戻ればいい。

 ふたりの顔をもう一度見るとフレデリックは頷いた。


「行こう。頼む、レナード」

「はい」


 レナードを先頭に、フレデリックたちは森の切れ目、光の方へと歩き出した。


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