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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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16.受け売りと心映え

「ではまずはキイチゴの茂みまで行こうか」

「はい、僕が先導します。さすがに三回目だと少し自信が付きますね」


 アイザックがポケットから折りたたまれた地図を取り出した。リリアナからもらった地図だが、以前見た時とは違い色々と細かい文字で書きこまれているのが分かる。勤勉なアイザックは今日までの間にきっと沢山のことを調べてきてくれたのだろう。


「ああ、頼む、アイザック」

「お任せください、殿下」


 フレデリックが頷くと、アイザックは嬉しそうにはにかんだ。レナードも何も言わずに口角を上げている。


 森に入ると以前よりも色が濃いように感じる。足元の草も生い茂っているが木々の葉も以前よりも茂っているのだろう。薄暗い分、木漏れ日がさすところがより一層くっきりと浮かび上がっている。ところどころに白く輝いて見えるのはユリの花のようだ。


「驚いたな。ひと月足らずでこんなに違うものか」

「リリアナさんがほぼ毎週…というか休みの時はほぼ毎日どこかの森へ入ってたらしいですが、入る度に変わるって言ってましたね」

「そんなにか」

「この季節は特にらしいですよ。ひと雨降るごとに別世界だって言ってました」


 楽しそうに深い森の色の瞳をきらめかせながら笑うリリアナが脳裏をよぎった。さぞかし元気に森を飛び回っていたことだろう。


「すごいですね、草花にも勢いがあって……命に溢れている感じがします」

「命に溢れている、か。良い響きだな、アイザックは詩の才能がありそうだ」


 きょろきょろと辺りを楽しそうに見回すアイザックにフレデリックも笑顔で頷くと、レナードがゆっくりと首を動かして周囲をうかがいながらぽつりと言った。


「ずいぶんと生き物の気配が濃いな」

「生き物か?」

「前回来た時よりも増えていると思います。鳥や虫……それから獣もいますね」


 「え!?獣!?」とアイザックが足を止め驚いたように振り返った。フレデリックも振り返り、レナードを見た。


「獣?危険なものか?」

「危険なものはこのあたりはいないと思いますよ。見回りもされていますし、何より人の気配が濃いところに頭の良い獣は出てきませんから」

「そういうものか」


 獣の気配は分からないが耳を澄ませば様々な鳥の声が聞こえる。前回森に入った時も鳥の声はしていたがこれほど多種多様では無かったように思える。


「獣も鳥も今がちょうど子育ての時期なんですよ。子を守るために狂暴になることもありますが、そもそも巣に近づかなければ問題ないでしょうし」


 立ち止まっているアイザックの横にレナードが並んだ。不安そうにあたりを見回しているアイザックの背をぽん、と軽く叩いている。


「そうか……それはこちらが配慮するべきだな」

「そうですね、俺たちが森に邪魔をしている側なんで」


 フレデリックがしかつめらしく頷くと、レナードが微かに笑んだ。辺りを見回していたアイザックが大きく目を見開き、「あ……」と小さく声を上げた。


「どうした?アイザック」

「すいません……いえ、あの。少し………その、感動しています」

「感動?」


 フレデリックが不思議に思い首をかしげると、アイザックが眉を下げ、きゅっと唇を引き結ぶと俯いた。


「そう……そうですよね。僕はどうしても、虫に刺されたらどうしようとか、獣に襲われたらどうしようとか、人を中心に考えていましたが……。そうですよね……森は動物や鳥や虫たちにとっては家で、僕たちはお邪魔をさせていただいてるんですよね……。僕は全然、気づきもしませんでした。レナードはすごいですね……」


 しょんぼりと肩を落としたアイザックを見てレナードが困ったように眉を下げた。


「俺もただの受け売りだ。すごいのは俺じゃないよ」


 小さく首を横に振ったレナードにアイザックもゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。それを聞いて無視することもできますよね。人間が一番偉いんだって偉そうにすることもできますし、実際そういう方も沢山いらっしゃいます。そうしないのは、レナードやレナードにそれを教えた方の心映えでしょう」

「俺はそんなすごいもんじゃないんだけどなぁ……」


 唇を引き結んだままじっとレナードを見上げるアイザックにレナードが目を泳がせている。何を言ったら良いのか分からないようでレナードの口元がもごもごと動いている。そのふたりの様子に、フレデリックは思わず笑ってしまった。


「はは!良いじゃないか。僕も感動したぞ。その教え、僕も確かに受け取った」

「はぁ……そうですか………」


 参ったな…とレナードが苦虫を噛みつぶしたような顔で後ろ頭をがりがりとかいている。アイザックは褒めると素直に喜ぶが、レナードは意外と褒められるのが苦手なのかもしれない。


――――違うからこそ、か。


 違うからこそ反発することもあるだろうが、違うからこそ教え合い、支え合うこともできるのだろう。


 人が傲慢になりがちなのは森に限ったことでは無い。人の中にあっても同じことだ。王宮でも、学園でも、王都でも、町や村でも。そこには様々な者がいて様々に考え生きている。

 フレデリックは権力図の最も高い位置にいる。フレデリックは自分の視野が狭いことにやっとほんの少し気が付くことができたところだ。これからもきっと沢山の失敗や思い違いをするだろう。

 これから先、いつかフレデリックがひどく傲慢になりそうなときにはふたりが気づき止めてくれることもあるのかもしれない。


 黙ったまま何となく鳥の声と木々の間を行く風の音に耳を澄ませていると、アイザックが頭上をもう一度ぐるりと見回し大きく頷き「行きましょう」と歩き出した。フレデリックもそれに続く。


 アイザックはしっかりと大地を踏みしめて歩いていく。初めて共に森に入った時は力が入らないようによろよろと恐々と歩いていたが、今は安心して後ろを歩くことができる。


 前回もだが、本来であれば先頭に立つのはレナードの役目だ。最も強い者が前を行き、貴人を間に挟み、もうひとりが後ろを守る。

 だがレナードも何も言わない。地図を持ち、自分の足でフレデリックたちの案内をしようと悩みつつも頑張るアイザックを、レナードが時折優しい目で見ていることにフレデリックは気付いている。もしかしたらレナードもこんな風に誰かに育ててもらったのかもしれない。


「あ、見えてきましたね!!」


 アイザックが嬉しそうに振り返った。今日も無事、アイザックはフレデリックたちをキイチゴの茂みまで導いた。きっとこれもまたアイザックの自信につながるはずだ。


「ああ、着いたな」


 後ろをちらりと見ればやはり少し距離のある場所を護衛のふたりが歩いてくる。フレデリックたちがキイチゴの前で立ち止まると、ジャックとケネスもぴたりと立ち止まった。


「少し休憩を取ろう。それからキイチゴだな」


 キイチゴの茂みの裏側へ。暗にそう示せばレナードとアイザックは鞄を背から降ろしながら「はい」と頷いた。フレデリックも鞄を下ろすと一気に体が軽くなる。ここまで普通に歩いてきたが、下ろしてみると荷物の重さがそれなりに響いていたことに改めて気づく。


「水分を取ってください。それと肩回りと背中をしっかりとほぐしましょう。あとできますよ」


 レナードがぐっと両腕を真っ直ぐに上に上げ、片手でもう片方の腕の手首を握りぐっと体を横に倒した。


「こうか?」


 見よう見まねで同じようにすると「そうです」とレナードが頷く。アイザックも同じようにまねて腕をぐーっと伸ばしている。剣の稽古の前にも準備運動をするが、レナードはそれとは違う動きをしている。肩や背中を重点的にほぐすらしい。


 ちらりと来た道を見ると、レナードに教えられながら体を伸ばすフレデリックたちをジャックは微笑みながら、ケネスは少しだけ口角を上げて微笑ましそうに見守っているのが見えた。


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