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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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14.短剣と小剣と長剣

 馬車に乗って約二時間。いつものフレデリックなら起きてすぐくらいの時間に馬車に乗ったこともあり、午前の茶の時間を少し過ぎた頃には東の離宮に到着した。やはり朝、部屋の前にいた金の髪の騎士が今日の護衛らしく、もうひとり、黒の髪の騎士と共にフレデリックたちの馬車の左右を馬に乗って守っていた。


「今日は暑くなりそうだな」


 馬車を降りればふわりとハーブの良い香りが漂ってくる。薬草園を明るく照らす太陽は前回来た時よりも力強く、青々と茂る草花の勢いも増しているように見える。


「森の中は涼しいでしょうが水分は少し多めに持って行った方が良さそうですね」


 レナードが眩しそうに目の上に手をかざして空を見上げている。頭上は見事に真っ青だ。


「もう一度持ち物の確認をいたしましょうか」


 用意された鞄は背に背負う形のもので、フレデリックは初めて使う。レナードは野山に入るのに何度か使ったことがあるらそうだが、両手が自由になるので非常に便利だがその代わりに物の出し入れが面倒くさいらしい。


「そうだな。軽食の前に先に荷物を確認してしまおう」


 正直、王宮を出る前に朝食を取ったばかりなのであまり腹が空いていない。とはいえ森に入ればゆっくりと食事をとる時間は無いだろうから食べて行かないという選択肢も無いが、ぎりぎりまで先延ばしにしておきたい。


 先日と同じ東屋へ行き、それぞれに鞄の中身を確認していく。聞いていた通り水筒と焼き菓子が入っており、それ以外に上着や予備の手袋、汗を拭く布や摘んだ薬草やキイチゴを入れるための麻で編まれた袋が何枚か入っている。


「グレアム、水筒を増やせるだろうか?」

「予備はお持ちしておりますが重くなってしまいます。それでもよろしいですか?」

「問題ない。足りなくなるよりは良いだろう」

「承知いたしました。すぐにご用意いたします。三つでよろしいですか?」

「ああ、頼む」


 レナードとアイザックを見ると頷いたので予備はそれぞれひとつずつ増やすことにした。水は飲み水だけでなく色々と使える。立ち入り禁止区域の森の様子が分からない以上可能な限り多く持っておきたい。


「俺が持ちましょうか?一番体力もありますし」

「いや、いざという時にレナードが動きにくいと困る。それぞれで持とう。無理そうだったら途中から持ってくれれば助かる」

「分かりました、少しでも体に異変を感じたらすぐに渡してください。慣れない人間が重いものを背負って歩いていると意外と肩と背中にくるんで」

「分かった。アイザックもそれで良いか?」

「はい、よろしくお願いします」


 騎士団で稽古をつけてもらっているとはいえ体力には全く自信が無い。荷物を自分で背負うのも初めてだ。正直に言えばどのような行程になるのかも全く想像できない。今更ではあるがかなりの無茶をしようとしている気がする。


「殿下、そちらの袋は?」

「ああ、重曹と方位磁石、油紙と中に短剣を潜ませている」


 グレアムと護衛の騎士が近くにいないことを確認し、フレデリックは袋を開いて見せた。ネトル対策の重曹と方位磁石、雨が降った時のための油紙は見つかっても問題ないだろうが短剣は駄目だ。大人が一緒の時以外は持ち歩かないように言われている。そのため、フレデリックは油紙に隠してこっそりと持って来たのだ。


「俺の方は殿下の護衛のためだと言ったら普通に許可が出ましたがやはり殿下は駄目でしたか」

「いや、駄目だと言われるのが目に見えていたから聞きもしなかった」

「聞いていたらきっと間違いなく朝に再度荷物の確認をされていましたね、さすが殿下です」

「褒められているはずなのに複雑な気分だな」


 アイザックにさすがと言われ、フレデリックは何とも言えない気持ちになった。何せ悪だくみをしているのだ。権謀術数の心得は貴族にも王族にも必要だろうが手放しで喜ぶことも難しい。

 フレデリックが難しい顔になっていると荷物を詰め直し終わったレナードが大きく伸びをするとのんびりと言った。


「良いじゃないですか。持って来られて良かったってことで」

「それはそうだな」


 単純明快なレナードの言葉にフレデリックは苦笑した。確かにその通りだ。今更何を言ったところでこっそりと立ち入り禁止区域に入ろうとしているのは事実だし、こっそりと短剣を持って来たのも事実だ。無暗に振り回すのは危険だが、いざというときに有るのと無いのとでは安心感が違う。蔦を切ったり枝を払ったりにも使えるだろう。


「基本的には何かあれば俺が剣を抜きます。やっぱり長剣は無理でしたけど小剣は持って来られたので」

「長剣は無理なんですか?」


 荷物を詰め直しながら不思議そうに首を傾げたアイザックに、レナードが真面目な顔で頷いた。


「まだ俺には重すぎるんだ。それに長すぎる。振れないわけじゃないが扱えない。ただでさえ森の中は障害物が多くて剣を振るには適さない場所だし」

「レナードは凄いな。僕は持ち上げるのがやっとだったぞ。振ろうとするとふらついてしまう」

「そんなに重いんですか……」


 目を丸くしたアイザックがばっと護衛の騎士を見た。もちろん帯剣している。気付いた金の髪の騎士が「御用でございますか?」と帯剣していた剣を軽々と片手で地面に置いてフレデリックの前に跪き、右手を胸に当てた。


「いや……長剣は重いという話をしていたんだ」


 フレデリックが正直に話すと金の髪の騎士は納得したという顔で「左様でございましたか」と頷いた。


「抜くことや構えていただくことはできませんが、お持ちになってみますか?」

「良いのか?自分の剣を他人に触られるのは騎士にとって気持ちの良いものでは無いだろう?」

「王子殿下とご友人の皆様に手に取っていただけるなど、幸せな剣でございますよ」


 金の髪の騎士は地面に置いていた剣を取りフレデリックの前に両手で捧げ持つと「よろしければ」と綺麗な青の瞳を細めて微笑んだ。


「感謝する。君は……」

「第一騎士団所属、ジャック・タイラーでございます。危ないですので両手で持ち上げてくださいね」

「そうか、ジャック卿………やはり重いな!」

「私の好みで通常より大きめの剣を使用しております。余計に重いかもしれませんね」


 ジャックの容姿に似合わぬほど飾り気のない剣は、鞘に入ったままであるせいもあるが、ジャックは軽々と扱っていたのにフレデリックには両手で支えてもずしりと重い。

 優し気に垂れた目元に綺麗に弧を描く唇がとても甘やかで美しいが、やはり第一とはいえ成人男性であり騎士なのだなとジャックの手に長剣を返しながらフレデリックは改めて第一の騎士を侮っていたことを心の中で詫びた。


「うわぁ……これを、片手でも振り回すんですか?」


 アイザックも持たせてもらい、その重さに目を丸くしている。両手で捧げ持ったまま二度、三度と上げ下げすると辛くなったのか「重いです」とへにゃりと眉を下げてジャックに長剣を渡した。

 今度鍛錬場に行くときにはアイザックも誘ってみよう。きっと王国が誇る立派な騎士たちの動きにもっと驚いてくれるはずだ。


「タイラー卿は、いつもこれを?」

「ええ、私は重さで押すことを好みますので。私の相棒は真逆の戦い方をしますが」


 両手で長剣を持ったまま真剣に手元を見つめるレナードに笑みを深くしたジャックがちらりと、グレアムを手伝う黒髪の騎士を見た。視線に気づいた黒髪の騎士が淡く微笑んで胸に手を当て綺麗に腰を折った。


「うわぁ……ジャック卿も格好良いと思いましたが、あの方はすごく綺麗な方ですね……」

「顔立ちだけなら叔父上と張るな。グレアムも美形だが系統が違う」


 レナードは長剣を丁寧にジャックへ返すと「ありがとうございました」と胸に手を当ててぺこりと一礼し、ぱちくりと何度も瞬きをしながら黒髪の騎士を見ているアイザックに肩を竦めた。


「タイラー卿やあの人みたいのを目の保養って言うらしい。お嬢さん方が鍛錬場で良く見目の良い騎士にきゃーきゃー言ってる」

「ポール卿とアレク卿にじゃないのか?」

「そこが一番うるさくなりますね」

「御令嬢方の前ではうるさいって言うなよ?」

「大丈夫です。凄い目で睨まれるので言わないです」

「すでに睨まれたことがあるんだな……」


 いつも通り何を考えているのか分からないどこかぼんやりとした顔で淡々と言うレナードにフレデリックは半目になった。アイザックはそんなふたりを見ながらくすくすと口元を押さえて笑っている。


 ジャックが立ち上がり長剣を剣帯に差すと、昼食の準備を終えたグレアムと黒髪の騎士がフレデリックたちの元へとやって来た。


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