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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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13.器用で、不器用

 二度目の離宮訪問の日は雲ひとつ無い快晴で、初夏の風が気持ちの良い朝となった。さすがに三人での共寝は許されなかったが、フレデリックは早い時間に起き出してまたも起こしに来たメイに驚かれた。


「殿下も早起きをしようと思えばお出来になるのですね」

「実は僕も驚いている」


 呆れたように笑ったメイにフレデリックも釣られて笑った。どうせならこのまま早起きを続けて朝の鍛錬は無理でも散歩くらいはできるようになりたいところだ。


「本日の朝食は中央棟にご用意しておりますよ」

「ああ、行こう。レナードたちはもう起きているだろうか?」

「あちらはグレアム殿が向かわれましたよ」

「そうか、朝食のあとそのまま向かうのだろうか?」

「その予定でございますよ」

「そうか、では荷物も持って行った方が良いな」


 フレデリックは昨夜のうちに用意しておいた荷物に手を伸ばした。


「先に馬車に積んでおきましょうか?」

「いや、冒険気分を味わいたいからな。僕自身で持って行きたい」

「あらあら、承知いたしました。その大きさでしたら焼き菓子と水筒をお入れした鞄に入ると思いますから、離宮に着いたら一緒にお入れになるとよろしいですよ」

「分かった、そうしよう」


 軽く衣類を整えられ、ぐるりと回されおかしなところが無いか確認される。

 本来であればメイがフレデリックの周りを回るべきなのだろうが、幼い頃にたまたまぐるりとフレデリックを回したところフレデリックが大層喜んだらしく、それ以来フレデリックが何も言わずともぐるりと回るようになったらしい。今でも何となく自分からぐるりと回ってしまう。習慣とは恐ろしい。


「よし、行くか」

「承知いたしました」


 メイに促され部屋を出ると、扉の両側に控える騎士とは別にもうひとり騎士が立っていた。最近よく見かけるようになった金の髪の第一騎士団の騎士だ。

 フレデリックが軽く手を上げると金の髪の騎士が深く騎士の礼をとった。ふわりと森の木々のようなハーブのような爽やかな香りがして、この騎士は臭わないのだなとつい、フレデリックは失礼なことを思ってしまった。


 メイがフレデリックの前を行き、金の髪の騎士がフレデリックの後ろに着く。前回とは違うが恐らく今日の護衛はこの騎士になるのだろう。


 客室とは違う部屋の前で止まるとメイは扉を三度叩き、「おはようございます」と扉を開けた。中を覗けばすでにふたりは席についている。


「おはよう、待たせたようだな」

「おはようございます殿下、僕たちも先ほど来たところですよ」

「おはようございます」


 フレデリックが部屋に入るとふたりが立ち上がり礼をした。フレデリックが軽く手を上げて席に座ると、ふたりもまた椅子に座り直した。メイとグレアムがテーブルに朝食を並べていく。

 並べ終わりふたりが離れたのを見計らって、レナードが少し興奮気味に話し始めた。


「朝の鍛錬が無いのが落ち着かなくて準備運動だけ軽く庭をお借りしようかと思ったんですが、王弟殿下がいらっしゃいましたよ」

「やはり叔父上は鍛錬をしていたのか?」

「いらっしゃったというか、俺を誘いに来てくださいました。朝の日課をしないと落ち着かないだろうからって。少しだけ鍛錬場でお相手をしてくださいました」

「そうだったのか……」


 叔父はレナードが父親と早朝に鍛錬することを知っていたのだろう。少し羨ましい気もするが、いつも起きるのが遅いフレデリックが羨むべきでは無いだろう。


「初めて王弟殿下の太刀筋を見ましたが……かなりお強いと思います」

「そんなにか?」

「一緒に素振りをしていただいて軽く打ち合っていただいたんですが、重心のぶれも無く力強くしなやかで……うちの騎士団でも十分に通じるどころかたぶん、上位に入るんじゃないかな」


 叔父のことを話すレナードの口調に熱を感じる。そう長い時間では無かったはずだが、それでもレナードが叔父を認めるには十分な時間だったらしい。


「絶世の美男子で剣までお強いなんて……王弟殿下のできないことって何なんでしょうね」

「そうだな……普段は色々と残念だが公式の場では王族としての振る舞いも完璧でいらっしゃるからな……」


 普段はだらしなくて動きも荒く言葉遣いも汚い叔父だが、公式の場で稀に見られる王族としての振る舞いはフレデリックが思わず見とれてしまうほど優雅で格好が良い。もしも普段からあの振る舞いであれば、フレデリックの理想の王は叔父の姿をしていたことだろう。だからこそ普段が余計に残念に見えてしまうのだが。


 ふふ、と笑った声がしてそちらを振り向くと、グレアムが口元にこぶしを当てて肩をふるふると震わせていた。


「グレアム?」

「申し訳ございません、大変な失礼をいたしました」


 困ったように眉を下げてグレアムが誤魔化すように咳払いをした。メイが呆れたようにグレアムを見ながらも口角が上がってしまっている。


「グレアムは叔父上が強いのは知っていたか?」


 朝食を食べ進めながらもフレデリックは話を続けた。いつもなら怒られそうなところだが、メイはあまり良い顔はしていないが止めることもしなかった。


「そうですね。わたくしも実はそれなりに武器は扱えるのですが、学生時代から一度もライオネル殿下に勝てたためしがございません」

「グレアムも戦えるのか?」

「父がブラッドフォードの血筋ですからね、ブライは武門ではありませんがわたくしも姉たちも容赦なく仕込まれました」

「容赦なく……」


 言葉選びが恐ろしい。ブラッドフォード公爵家は二つ名を『王国の剣』という。五つある公爵家のうち唯一の部門で、全ての騎士団を統括する総騎士団長は現在、ブラッドフォードの先代公爵が務めている。


「ブラッドフォードの容赦無しは相当だろうな」

「そうですね、今からでも従騎士試験ではなく騎士の中途採用試験に十分に受かる自信がございますよ」


 従騎士試験は将来性を見るため現在の腕は二の次だが、中途採用は現在の実力を重視する。かなり厳しい試験になるそうだが、そこに受かる自信があるということは中堅程度の騎士ほどには十分に戦えるということだ。つまり、叔父はそれより強いということか。


「グレアムが騎士になったら間違いなく第一だな」

「それが嫌で騎士にならなかったのもあるのですが、イーグルトン公爵閣下が第一騎士団の団長になられると分かっていたら騎士の道もありでございましたね」


 イーグルトン公爵は二年前に第一騎士団の団長に就任した。イーグルトン公爵家の二つ名は『王国の良心』。第一騎士団を変えようと努力をしているとフレデリックも聞いている。


「そうか……だが僕はグレアムが騎士にならなっくて良かったと思うぞ」

「殿下はわたくしを喜ばせるのが本当にお上手ですね」

「噓は無いぞ」


 ふふふとまた笑ったグレアムにフレデリックはしかつめらしく言った。第一騎士団の騎士として出会っていたらきっとフレデリックはグレアムに気づけなかっただろう。それではあまりにも勿体ない。


「なあグレアム」


 フレデリックは朝食のパンケーキの最後のひと口を飲みこむと残っていたオレンジジュースを一気に飲み、食後の紅茶を用意しているグレアムを振り返った。


「何でございましょう?」

「グレアムから見た叔父上は、どんな方だ?」


 フレデリックの質問が意外だったのかグレアムの手がぴたりと止まった。そうして少し考えるように俯くと、一瞬だけ痛みを堪えるような表情になり、そうしていつもの穏やかな顔で微笑んだ。


「とても器用で、とても不器用な方ですね」


 メイが食べ終わった皿を下げ、そこにグレアムが紅茶のカップを置いて行く。ふわりと漂う良い香りに紅茶を見ると揺れる淡い紅の水面に微かにフレデリックの影が映っている。フレデリックの瞳は叔父と同じ濃紫。最も貴いとされる色だ。


「器用で、不器用」

「はい」


 フレデリックから見た叔父は、本当はきっと何でもできるのにまともに生きようとしない残念な大人だ。本当は尊敬できるはずなのに、全く尊敬できないことばかりする人。


 フレデリックはこの数か月で自身が本当に何も分かっていないのだと思い知った。見えていないものも沢山あるのだと思い知った。

 ならば叔父のことも、もしかしたら父のことも見えていないことが沢山あるのかもしれない。


「僕はもっと、知らなくてはいけないな」


 だからこそ、今日フレデリックは東の離宮へ行く。見つけられても、見つけられなくても、きっとフレデリックに何かを教えてくれるはずだ。

 俯かせていた顔を上げるとじっとフレデリックを見つめていたレナードとアイザックが頷いた。


「さあ、行こうか」


 フレデリックもふたりに頷くと紅茶も飲み干し、席を立った。


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