12.小さな淑女
フレデリックの祖母である王太后は四人兄妹の末の妹で、一番上の兄が前ブラッドフォード公爵、二番目の兄がブライ侯爵家へ婿入りしていると貴族名鑑で見た気がする。せめて公爵家の血縁くらいは…とフレデリックも貴族名鑑を読み始めたのだが、やはりまだまだぱっとつながりが頭に出てこない。
「そうか……叔父上はお祖母さまの若い頃に似ていると言っていた。グレアムも父似なのだな」
「どちらかと言えばそうですね」
父である国王は先代国王である祖父に色彩も顔立ちも良く似ている。逆に叔父は瞳は王家の紫だが色彩も顔立ちも王太后である祖母によく似ている。ちなみに叔母である王妹オリヴィアはちょうど間をとったような色彩と容姿だ。
フレデリックが納得したように頷くと、グレアムもまた頷き、フレデリックたちをティーテーブルへと促した。
三人が座ると、いつの間に用意されていたのかワゴンにお茶とお菓子が乗っている。グレアムは紅茶を小さなカップに注いでひと口含み、焼き菓子の端を小さく割って口に入れると頷いてフレデリックたちの前に茶と焼き菓子を用意した。
フレデリックがグレアムも座るように言うと笑顔で首を横に振られたため、命令だと言って座らせた。ついでにグレアムの分の紅茶も用意させると苦笑して「今日だけですよ」と席に着いた。
「学園時代はライオネル殿下ともよく一緒におりましたよ」
フレデリックたちが紅茶と焼き菓子に手を付けるのを確認するとグレアムも紅茶を飲み、そうしてぽつりと言った。
「あの叔父上と?グレアムは真面目だったのにか?」
「はい。あの方はあの頃からかなり無茶をなさる方でしたが……不思議と、あの方の側は、とても心地が良かったんです」
ぽつり、ぽつりと静かに話すグレアムの顔は窓から差し込む西日が逆光となって良く見えない。けれど声音には何かを惜しむような、懐かしむようなそんな響きがある。グレアムはきっと、叔父に親しみと好意を持っているのだろう。
「そうなのか……叔父上の側近になろうとは思わなかったのか?」
グレアムはブライ侯爵家の直系だ。しかも叔父にとっては従兄。家格的にも血のつながりとしても十分に叔父の側近になる資格はあったはずだ。
「そういう話もありはしたのですが色々ございまして。一度流れて今に至りますよ」
グレアムの口元が笑みの形になった。落ち着いた口調からは負の感情は感じられない。何があったのかと問えばある程度は教えてくれるかもしれないが、大切なところはまだ教えてもらえない気がした。
「そうか。流れ流れて僕の侍従になったわけか」
「左様でございますね。たまには流れに流されてみるものでございますよ」
ふふ、とグレアムが声を上げて笑った。いつも笑んではいるが、笑い声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。顔が逆光で見えないせいか声は父に似ている気がするのは気のせいだろうか。きっと気のせいでは無いのだろう、叔父の従兄弟ということは、父の従兄弟でもあるのだから。
「そうか。グレアムが流されてくれて良かったと僕は思うぞ」
グレアムが叔父の側近になっていれば今フレデリックの侍従としてここにいたのは別の人間だっただろう。グレアムは叔父の側が心地良かったと言っていたが、フレデリックはグレアムが側にいてくれることを心地良いと感じている。
「ありがとうございます、殿下。光栄ですよ」
グレアムは静かに笑むと一礼しすっと立ち上がった。どこへ行くのかと思えば手近にあった小さな燭台に火を灯し、その火をひとつひとつ、別の燭台へと移していく。ふわりと辺りが明るくなって、いつの間にか室内が薄暗くなっていたことにフレデリックは気が付いた。
「僕もグレアム様は好きですよ」
「俺も、悪くないと思います」
灯りを入れるためにグレアムが遠ざかったのを見計らい、アイザックとレナードが身を乗り出して声を潜めた。
「そうか、僕は侍従に恵まれたようだ」
フレデリックも身を乗り出してこそこそと言うと、顔を見合わせて三人で笑い合った。
その日の夕食はてっきり三人で食べるものかと思っていたのだが、妹のクリスティーナが自分も一緒が良いと言い張ったそうで、四人で小ぶりなテーブルを囲んでの夕食となった。
本当は夕食の間にも明日の相談をしたいと思っていたのだが「兄さま!ティーナはにんじんが食べられるようになったのです!」とあまりにも嬉しそうに笑うクリスティーナにそれはまた後で良いかと三人で顔を見合わせ笑った。
「王女殿下はお野菜もしっかり食べられて素晴らしいですね」
同じ年頃の妹がいるアイザックが目を細めて褒めると、クリスティーナは我が意を得たりとばかりににっこりと笑い、人参をひとつぱくりと口に入れて何度か噛むとごくりと飲みこみ、またにっこりと笑ってみせた。
「俺も妹が欲しいな……」
にこにこと笑いながら「ピーマンも食べられるのよ!」とアイザックにぱくりと食べて見せているクリスティーナを見てレナードが心底羨ましそうにため息を吐いた。
「可愛いだろう、僕の妹は」
なぜかクリスティーナがアイザックばかりに気を取られているのが少し気に食わないが、三つ年下の妹の愛らしさにフレデリックも目を細め口元を緩めた。
レナードは男ばかりの三兄弟の末っ子だ。メイも以前、ひとりくらいは女の子が欲しかったのですが…と、クリスティーナを見てほぅと息を吐きつつ眉尻を下げていた。
「羨ましいです。アイザックも家ではこんな感じで幸せなのか……」
半目になって天を仰いだレナードにアイザックもふふふ、と声を上げて笑った。
「そうですね、自慢では無いですが当家の妹も中々可愛いですよ?」
「アイザックさまにも妹さまがいらっしゃるのね?」
クリスティーナに少し舌足らず気味に名を呼ばれアイザックの顔が更に溶けた。
「ええ、王女殿下のひとつ下の五歳ですよ。いつか茶会などでご一緒できた際にはぜひ仲良くしてやってくださいね」
「もちろんよ。でもティーナはもうすぐ七歳になるから、ふたつ年下ね?」
「左様でございましたか。王女殿下はもう立派な淑女でいらっしゃいますね」
「ええ、そうよ!ティーナは…あっ、わたくしはもう淑女なのですわ」
淑女と言われはっと気づいたようにクリスティーナは口調を変えた。初めての家族以外との夕食に興奮していたのだろうか。すっかりと気を抜き振る舞いが子供っぽくなっていたことにも気づいたようで、恥ずかしそうにもじもじとしながら表情も少し控えめな笑みに変えた。
「あああー……俺も妹が欲しい……」
そんなクリスティーナの愛くるしい様子にレナードが片手で目元をおおうと俯いた。
「女神に祈るしかないな」
「聞き入れてもらえますかね……」
「どうだろうなぁ」
食事はその後も和やかに続き、結局クリスティーナは「王女殿下はそのままでよろしいのですよ」とアイザックに微笑まれ、取り繕うのをすっかり止めてにこにこと楽しそうに話し続けた。
デザートを四種類から選ぶよう言われたのだが、フレデリックたちは三人で顔を見合わせるとまるで示し合わせたように全員が違うものを選び、その全てがそっとクリスティーナの前に差し出された。
顔を輝かせたクリスティーナに「ありがとうお兄さま、アイザックさま、レナードさま!」と満面の笑みを向けられ、三人の顔もすっかりとデザートのアイスクリームのようにでろでろに溶けた。
そうして、そんな四人をある者は微笑ましそうに、ある者は困ったように、ある者は呆れたように見守っていたのだが、楽しそうに笑い合う四人は誰もその視線に気が付くことは無かった。
余談だが、こうなるだろうことを予測してクリスティーナの夕食の皿はいつもより少なめに盛られていたらしい。
客室に戻った後にクリスティーナのお腹は大丈夫だったのだろうかと今更気づいて青くなった三人に、グレアムが笑って教えてくれた。




