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王子殿下の冒険と王家男子の事情について  作者: あいの あお


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10.お供します

 リリアナからの手紙が届いたのは東の離宮へ行った約二週間後。歴史の授業が終わり、その前の週にリリアナが約束通り贈ってくれたエルダーのシロップを冷たい水で割ったものを飲みながら三人で休憩している時だった。あの離宮訪問以来、歴史の授業だけはフレデリックの希望で三人で受けている。


「キイチゴがだいぶ熟れてきたようだな」


 ちょうど学園の中休み期間だったこともあり、リリアナはまたキースと共に離宮の森へ入っていたようだ。フレデリックたちがキイチゴを気に入っていたことを覚えていてくれたのだろう。手紙には少し癖のある可愛らしい文字でもうすぐ旬だと書いてある。


「兄上が他の植物も少し季節が進んだって言ってましたよ」

「そうか、僕も一緒に行きたかったな」

「馬に蹴られますよ、殿下」

「ああ、それは遠慮したいな」


 せっかくの婚約者同士の逢瀬を短期間に何度も邪魔するのも確かに良くない。くすくすと笑うアイザックに「いや、荷物持ちはいつでも歓迎されるけどな…」とレナードが少々げんなりとして言った。


 あれから、時間さえ合えば三人で王宮図書館へ行き東の離宮の過去について調べている。グレアムが言っていた通り東の離宮とその周辺が一時期王宮だったことと、今残っている東の離宮以外の建物がすでに取り壊されていることは調べることができた。けれど、王家の谷についての記述は見つけることができなかった。


「そろそろ行ってみようと思うが、どうだ?」


 授業は内宮の一室で行われるため今はグレアムがフレデリックに付いている。グレアムは扉の横に控えており、護衛は扉の外にいる。

 ひそひそと話すのも不自然なのでフレデリックはそのままの声で続けた。


「よろしいのではないかと。せっかくですから」


 頷くアイザックに、レナードも「同感です」と頷いた。


「今回は宿泊は無しで行こう。昼も簡単なものを城で包んで行く。森で長く過ごしたいし、多くの者を連れて行くのも心苦しいからな」


 宿泊となれば口うるさいメイが着いてきてしまう。離宮で昼を用意させるとなるとどうにも時間が限られてしまう。軽食を自分たちで持ち森で食べると言えば、もしかしたら護衛だけで行かせてもらえるかもしれない。


「グレアム」

「はい、殿下」


 フレデリックが振り返るとグレアムがすぐに側までやって来てフレデリックの横に跪いた。


「また三人で東の離宮に行きたい。ゆっくり森の散策とキイチゴ摘みをしたいから昼は簡単に自分たちで持てるものが良い。あまり大ごとにしたくないしできる限りのことは自分たちでやってみたいのだが、可能か?」


 グレアムは頷くと、胸ポケットから小さな手帳を出してぱらぱらとめくっている。


「そうですね、すでに二度森に入られていますし必ず護衛を常に連れ歩いていただけるなら許可も下りるかもしれません。王宮で昼を用意して籠に詰め、早めの昼食を庭園で召し上がられてから森に入られてはいかがでしょう?」

「もちろんだ。護衛は連れて行く。そうだな、それなら昼を持ち歩かなくても良いが……何時間くらい滞在できる?」

「少々朝を頑張っていただけましたら四時間は森にご滞在いただけるかと。それ以上は日が暮れますので」


 キイチゴの茂みまで一時間弱……今回は場所は分かっているのでもう少し早いかもしれない。往復に一時間半を見るとして護衛に見つからないよう立ち入り禁止区域へ入り足早に進んで二時間半。可能であればもう少し欲しい。


「前日からレナードとアイザックを王宮に泊まらせた場合はどうだ?」

「昼食がほぼ午前の茶のお時間になりますが、それでもよろしければ五時間ほど」


 護衛に捕まりさえしなければ禁止区域で三時間半。これだけあれば十分に王家の谷を探せるだろう。むしろこれだけ探して見つからなければフレデリックとしても諦めがつくというものだ。

 ちらりとふたりを見ればふたりとも小さく頷いている。


「ではそれで頼む。早い昼を庭園でとって森へは焼き菓子と水筒を持って行く」

「承知いたしました。そのように手配いたします。お日取りもわたくしの方で調整してよろしゅうございますか?」

「任せる。キイチゴの旬が終わらないうちに頼む」


 フレデリックがしかつめらしく頷くと、それまで少し上げただけだったグレアムの口角が笑みの形になり、目尻がふっと柔らかくゆるんだ。


「かしこまりました。この後はいかがなさいますか?」

「いつも通り図書館へ行く。案内は護衛に頼むから良いぞ」

「お気遣いありがとう存じます。それではわたくしは早速手配を進めて参ります。ご移動の際は騎士にお申し付けくださいますよう。後ほど図書館へお迎えにあがります」

「ああ」


 グレアムは立ち上がり、それでは失礼いたしますと綺麗に一礼して部屋を出て行った。ぱたりと静かに扉が閉められ、しばらく何事かを話す微かな声が聞こえていたが、小さな足音と共にそれも消えていった。


「うまくいきそうですね、殿下」

「ああ、思いのほかグレアムが協力的だな」


 にこにこと笑うアイザックに、フレデリックも笑顔で頷いた。

 最近、アイザックは三人でいる時はあの取り澄ました笑みを浮かべなくなった。代わりに楽しそうに目を三日月にして笑うようになったが、こちらがきっとアイザックの本来の笑顔だろう。悪くないとフレデリックは思っている。


「一応、兄上にも森の新しい情報を貰っておきますね」

「ああ、頼む。万が一にもエヴァレット嬢が気を利かせて森に来ないようにしてくれ」

「分かっています。巻き込みたくありません」

「ああ、もちろんだ」


 レナードは今も昔も変わらない。ぼんやりとした何を考えているのか分からない表情でいることが多いが、今のフレデリックはレナードがちゃんと考えていることを知っている。


「………ふたりは、良いのか?」


 フレデリックは視線を泳がせると、少し俯いた。ここまで付き合わせてしまったが今ならまだ止まれる。うまくいってもいかなくても、立ち入り禁止区域に入るのだ、それなりの叱責は受けるだろう。もちろん、フレデリックが無理やり連れて行ったのだとふたりを庇うつもりではあるのだが。

 返って来ない返事に恐る恐る顔を上げると、レナードは呆れたように、アイザックは困ったように笑ってフレデリックを見ていた。


「殿下はお止めになりたいですか?」

「いや、僕は僕ひとりでも行くつもりだがお前たちを巻き込むのはどうなのだろうと思い至った」

「今更です」


 ため息を吐きつつ肩を竦めたレナードを見てアイザックが苦笑した。


「そうですね。殿下が行くと分かっていておひとりで行かせた方が怒られそうですよ」

「俺は殿下が行くところにはどこへでも行きます」

「そうか……」


 フレデリックは周りを頼ることは難しいと感じる。信じすぎれば足元をすくわれるし、良い様に使われるのも嫌だ。けれど、誰かが共にいてくれるというのは思っていたよりもずっと心強い。ひとりでは無いと思えることがこんなにも嬉しい。


「危険を感じたらすぐに戻るとお約束いただきました。最後までお供しますよ」

「怒られるのは最初っから分かってましたからね」


 笑うふたりにほんのりと、瞼の上が温かくなった。


「分かった。危険なことはしないと誓おう。僕と共に行ってくれ。………ありがとう」


 簡単に謝るな、堂々としていろとフレデリックの周りの大人は言う。けれど友への感謝は素直に口に出しても良いはずだ。こんなにも、喜んでくれるのだから。


 レナードは照れたように笑んで鼻を指でこすり、アイザックは「いいえ」と頬を染めてはにかんでいる。フレデリックも「感謝する」ともう一度頷き、フレデリックの心が求めるままに素直に笑った。


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