ギャルゲー世界に転生した俺、親友ポジなのに本命ルートに突入してる件
初投稿です。
最後に人物の相関図をのせています〜拙い文章ですがよろしくお願いします
締め切ったカーテンの隙間から差す陽光すら薄闇に溶けるその部屋で、俺はただひたすらにディスプレイの光を追いかけていた。
外界との接触を断ち、唯一繋がるのは、ゲーム画面の中に広がる無限の世界。迫りくる選択肢に悩み、時には甘い言葉に心をときめかせ、時には切ない展開に胸を締め付けられる。指先ひとつで紡がれる恋の物語こそが、俺の人生で唯一の楽しみだった。
ディスプレイの向こう、彼女は息をのむほど美しい笑みを浮かべ、俺に語りかける。
「私、あなたのことがずっと……ずっと大好きでした」
その言葉は、乾いた部屋の空気に溶けて、俺の心にじんわりと染み渡る。
「ほのか……」
俺のつぶやきに応えるように、画面の中の男女のシルエットがゆっくりと、しかし確かに重なり合っていく。その瞬間、甘く切ない音楽が流れ出し、純白のエンドロールが静かに流れ始めた。
俺は、ただひたすらに、輝く画面を見つめ続けていた。
***
意識が一気に覚醒し、ハッと目が覚める。見慣れた天井をぼんやりと眺めながら、どうやら俺は懐かしい夢を見ていたらしい。
まるで遠い昔の出来事のように、しかし鮮烈に残る記憶の残滓に胸の奥がざわつく。
スマホを手に取る。そこに記された日付を見た瞬間、夢の正体と現実がリンクする。
「そうか、今日……俺の命日か」
呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく部屋の空気に溶けていった。
前世の俺は不登校で部屋に引きこもって一日中ゲームの中にのめり込んだ。リアルには味方も理解者もおらず、現実逃避でもしないと心が折れてしまいそうな毎日だった。そんな八方塞がりの日々の中で俺が出会ったのが、あの名作【キスこい】だったんだ。
ディスプレイの中に広がるキラキラとした世界が、当時の俺にとっての青春だった。
【キスこい】──、主人公・東雲春輝の高校3年間を鮮やかに描いた作品で、3人の魅力的なヒロインたちと、浜潮市を舞台に、濃く甘酸っぱい青春を謳歌する超人気ギャルゲーだ。
俺が前世の記憶を思い出したのは、小学1年の頃。そこで初めてあいつ……ハルキに出会った時だ。まさか自分が、アニメや小説でしか聞いたことがない「転生物」の、しかも主人公ではなく、ハルキの悪友の方に転生するとは……普通こういうのって主人公側に転生するもんじゃないのか?とは思わないでも無いが今はもうそんな事どうだっていい。
俺が転生した御子柴拓也は、ハルキの幼馴染で彼の恋を応援する親友キャラだ。お調子者で無類の女好きという設定だが、ハルキの良き理解者で背中を押してくれる、なんだかんだ憎めないやつ。
つまり、俺がこの世界に転生してやることは一つ──
春輝と俺の最推しヒロインこと花園ほのかをくっつけることだ!
「普通は推しとくっつきたいもんだろ?」なんて言われるかもしれないが、そこは違う。俺は主人公ハルキとほのかちゃんが織りなすあのラブストーリーに心底感動したわけであって、その聖域を俺が踏み荒らすなんて言語道断! ファンの風上にも置けない行為だ。そもそも、俺ことタクヤとほのかちゃんがくっつくのは解釈違い……いや、むしろそれはNTRだろ。俺にそんな趣味はない。
生前の夢を久しぶりに見たせいか、まだ登校するにはずいぶん早い時間だがすっかり夢から覚めてしまった俺はベッドを抜け出し、身支度を始めることにした。
家を出ると、スマホをいじりながらハルキが俺を待っていた。朝の光の中、いつもと変わらないその姿。小学校の頃から変わらない、見慣れた風景だ。
「はよ」
俺が声をかけると、ハルキは顔を上げて、薄く笑った。
「よぅ。今日は早いな」
「お前が毎日早すぎんの」
他愛ない会話を交わしながら俺たちは学校へと向かう。日差しが少しずつ強くなるアスファルトの上を歩きながら、俺は早速話題を切り出す。
「お前さ、気になる子とかいねぇの?」
俺の直球な問いに、ハルキの足が一瞬止まる。
「どういう意味だ」
そっけない返事。だが、俺は引き下がらない。
「いや、野郎とじゃなくて可愛い女の子と朝登校したいって夢、お前にもあるだろ?」
「……」
ハルキは少し視線を逸らして、考えるような素振りを見せた。でも、すぐにいつもの無表情に戻る。ああ、これは「特に無し」ってやつだな。
こいつが照れてはぐらかした可能性もゼロじゃないが、長年の付き合いだ。顔や仕草で嘘かホントかなんて大抵は見抜ける。それにもし気になる子がいたら、もっとこう……反応があるはずだ。
「お前、気になる奴がいるのか」
「へ? 俺?」
予想外の逆質問に俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。
「いねぇけど……でも、お前とこうやってベタベタしてたら、余計チャンス巡ってこねぇだろうな〜」
ハルキはじっと俺を見たあと、ふっと目を細めた。なんか言いたげに口を開きかける……が、その瞬間だった。
──天使が、現れた。
「ハルキくん、タクヤくん、おはよう」
朝の光を受けて、柔らかく微笑む少女が俺たちの前に立っていた。小さな花が咲くようなその笑顔に、俺は一瞬息を呑む。
「おはよう」
「ほのかた、っちゃん!!おはよ~♡」
「ふふっ、今日も元気だね、タクヤくん」
花園ほのか。俺の最推し。見た目も中身もまさに天使。そして今、その天使がまさかの──
「私も学校まで一緒にいいかな?」
「もっちろん!大歓迎!!」
即答で叫ぶ俺を、ハルキが後ろから肘で軽く小突く。
「うるさい。声がでかい」
「いいだろーが!ビッグイベントなんだぞ!」
そんな俺たちのやりとりを見て、花園さんはくすっと笑った。けれど、ふと不安げな表情を見せる。
「は、はるきくんも大丈夫かな……?」
彼女は俯き、不安そうにもじもじしながら様子を伺う。きっと、その小さな心臓はドキドキと高鳴っていることだろう。
「あぁ」
「こいつの許可なんて取らなくてもだいじょ〜ぶ!むしろ毎日でも超ウェルカム!!」
ハルキのツッコミにまた肘で小突かれ、俺はよろける。
そんな光景に、花園さんはホッとしたように微笑み、小さく「ふふっ」と笑った。その笑顔があまりにも健気で、俺の心は一気に甘酸っぱさで満たされていく。
花園ほのか、彼女は【キスこい】のメインヒロイン。そして俺の最推しだ。
入学初日にハルキに困っているところを助けられ、それ以来一目惚れしている。
これはこのゲームで必ず発生するイベントである。
つまり今絶好のチャンスであとは俺がうまく気を利かせて、二人きりの状況を作り、彼らの仲をスムーズに進展させてやればいいってわけだ。
俺はあたかも急に思い出したとでも言わんばかりの、渾身の演技をうつ。
「あーー!!!やっべ、課題、家に忘れた!」
「え!授業始まるまでもう15分もないよ?!」
「やま先の課題だからさ、忘れたらマジ詰むやつなんだって! わりぃ、俺ちょっと戻るわ! 先に行ってて!」
両手をパンと合わせ頭を下げると、俺はダッシュでその場を後にした。
(ふふん、完璧な演技! これで二人きりの時間ができるだろ……頑張れよ、ハルキ)
そう、これは俺なりのサポート。あの花園さんとの距離を、ちょっとでも縮めてもらうための“舞台づくり”である。
***
二人との距離を十分に離したことを確認し、俺は徐々にスピードを落とす。そして、巧みに雑居ビルの一角に身を隠した。
(よし……ここならバレねぇだろ)
そして、あとは時間をつぶして、何食わぬ顔で学校へ──
ピロン♪
突如、ポケットの中で携帯が甲高い音を鳴らす。俺はビクッと肩を震わせ、慌ててディスプレイを見た。
「?」
そこに表示されていたのは、まさかのハルキからのメッセージだった。
『家までもう戻ったか?』
心臓がドクンと跳ねる。ほんの少しの罪悪感を覚えながらも、簡素な肯定と取れる返事を送る。
するとすぐにまた返信が返ってくる。
『じゃあ自転車で家まで迎えに行く』
俺は瞬時にその意味を理解することができずフリーズする。
「……………はぁ!?!?」
いやいやいや、え!? マジで言ってんのか、こいつ!?
俺は次にどう行動すべきか、頭の中で思考を巡らせるが、予想不測な事態に思考がまとまらない。まずは返信か? いや、そんな悠長なことしてる間に、あいつが俺より先に家に着いちまったら、全部嘘だってバレる!
「あーーもうっ!」
俺はその場からUターン。再び猛ダッシュで、自分の家へと駆け出した。
「ぜぇー⋯はぁーー」
なんとか先に家に辿り着いた頃には、息は絶え絶え、汗は滝のよう。自分の運動不足を、心の底から呪った。
そしてほどなくして──
キュッ。
軽やかなブレーキ音と共に、ハルキが涼しい顔で自転車を停めた。
「ほんとに来た⋯」
「ほら、ささっと乗れ。急げばまだ間に合う」
ハルキが自転車のキャリアを軽く叩く。その仕草に逆らえず俺はしぶしぶ後ろにまたがった。
「ちゃんとつかまってろよ。落ちても知らないぞ」
「……わかってるって」
仕方なく前の方をしっかり握る。
走り出した自転車の上で、風が耳元をかすめる中、俺の頭の中には自然と花園さんの顔が浮かんできた。
あの後、ハルキはすぐに俺を追いかけて家に戻ったのだろう。その場に置いて行かれた花園さんの心中を思うと、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
「俺のことは放っておけばいいのに」
小さく呟いた言葉がハルキの耳まで届いたかはわからない。
けれど、あいつは何も言わずにただペダルを漕ぎ続けた。
それにしても、だ。
そろそろヒロインとの間にイベントが起きてもおかしくない時期のはずなのに。なのに、そんな展開は一向にやってこない。
(まさか──俺のせい……?)
もし俺がハルキと仲良くする事でヒロインとの青春の妨げになっているとしたら⋯、それは絶対にあってはいけない事だ。
(だって、俺はただのハルキの“親友”ポジなんだから)
俺を優先する、その気持ちは──凄く嬉しかった。前世の俺は最期まで孤独の中死んでいった。
だから初めての経験だった。こんなに必要にされる事も大切にされる事も。
でも──それ以上を望んじゃいけない。
ほんの少しでも欲を出したら、俺の役割が、世界が壊れてしまいそうで怖かった。
***
「俺、今日部活に入部したんだ」
いつもと変わらない、退屈な登下校の道。他愛ない雑談の合間に、俺は突然そう告げた。隣を歩くハルキは、表情一つ変えずにただじっと俺を見つめる。次にどんな言葉が続くのかと待っているような様子に、つい早口で言葉を続けた。
「やっぱ女の子にモテるには部活入って活躍しないとさ!」
軽く冗談めかして言ってみる。
「これからは毎日朝練あるから、間違えて朝俺ん家迎えに来んなよ」
いつもの調子で、からかうように付け加えた。ハルキは何も言わず、嫌な沈黙が二人の間に落ちた。俺は何か詰め寄られるのではないかと身構えた。ハルキの真っ直ぐな視線が見透かされているようで居心地が悪い。
「……わかった」
ハルキは相変わらず無表情で、その瞳から感情を読み取ることはできない。
その一言に俺は緊張がふっと解けるのを感じた。心の中で安堵の息をつき、いつも通りその日は他愛のない会話をしながら帰路についた。
──それから、俺は意識的にハルキとの距離を取るようになった。
登下校の時間をずらし、昼休みは他の奴らと飯を食うようにして。
その結果どうなったかというと……。
「おい、タクヤ〜!ハルキのやつ、最近B組のほのかちゃんと仲いいじゃん。できてんのかな?なぁ、お前なんか知ってる?」
「あいつがB組まで迎えに行ってんの見たぞ!いつの間にそんな進展したんだよ」
そう、あっという間にハルキと花園さんの仲は進展した。まるで筋書き通りに物事が運ぶみたいに。
気がつけば、二人は学校中の話題になっていた。
花園ほのかは美人で成績優秀、性格も良くて、男子の憧れの的。
その彼女と仲良くしてるハルキが注目されるのも、当然といえば当然だった。
「知らん」
何度その台詞を口にしただろうか。もういい加減、この話題にうんざりしていた。
「知らねぇって⋯お前あいつの幼馴染だろ?!」
「最近はもうあんまつるんでねぇよ」
俺の言葉に、奴らは目を丸くする。
「はぁ?!あんなキモいくらいベタベタしてたのにマジか!彼女できたら友情あっさり切っちまうなんて薄情だな」
「やっべ、マジで捨てられたんじゃね、タクヤ〜? よしよし」
「〜〜っ、うぜぇ!ってかもう授業始まるから散れ散れ!!」
好き勝手なことを言う野次馬どもを一蹴して、俺は溜め息をついた。
(友情を切る……か)
ハルキはそんな薄情な奴じゃない。むしろ、俺が不自然なくらいに避け続けているのをあいつは何も言わずに察してくれているだけだ。
(薄情なのは、俺のほうだろ……)
ずっと、こうなるのを望んでたはずなのに。部活に入って、新しい人間関係ができて。ハルキは可愛い女の子と仲良くなって青春を謳歌してる。
完璧な進行。まるで【キスこい】のシナリオ通り。
(……これで、いいんだ)
だって、俺はモブキャラだ。あいつの親友ポジで恋と青春をサポートするための存在。それが俺の“役割”。
わかってる。……はずなのに。
胸の奥がずっときゅうっと痛いままだ。
(……なんで、こんなタイミングで気づくんだよ)
ハルキと過ごしてきた日々──他愛のない会話、くだらない冗談、隣で笑う声……どれも特別なんかじゃないと思ってた。ただの“日常”だと、そう思い込んでいた。
でも違ったんだ。
あいつの不器用な優しさも、無表情の奥に隠された感情も、いつの間にか俺にとってなくてはならないものになっていた。
まるで、置き去りにされた気持ちだけが、そこに残っているみたいだっ
***
「タクヤ」
2限目が終わるチャイムと同時に、ハルキが俺のクラスまでやってきて呼び出された。会えば軽く挨拶はしていたものの、こうしてちゃんと話すのは一ヶ月ぶりのことだ。俺は動揺を悟られないよう、いつもの態度を取り繕って教室の外に出た。
「どうした?」
自分が普段通りに話せているか不安で、一秒でも早くこの時間が終わってほしいとさえ思った。
「あー……」
目の前のハルキは口に手を当てたり視線を宙に彷徨わせたりとらしくない挙動をしている。そんなハルキを見て、俺はますます何を切り出されるのかと緊張した。何か重要な話なのか、あるいは……。
「その……英語の教科書忘れたから貸してくれ」
あまりにも斜め上の要求に、俺は虚を突かれ、ドッと脱力した。拍子抜けするとは、まさにこのことだろう。
「なんだよ、そんなことかよ。ちょっと待ってろ」
教科書を取りに戻り、ハルキの元へ戻って手渡す。どこか抜けているハルキに、俺は知らず知らずのうちに気が緩んでいくのを感じた。用は済んだのだからこのままクラスに戻るかと思いきや、ハルキの方から俺に話を振ってきた。
「今日も部活、あるのか」
滅多に自分から話を振らないハルキが話を振ってきた事にも驚いたが、何よりもいつも無感情といった振る舞いをする男が、恐る恐ると聞いてくる姿が新鮮だった。
その姿は例えるなら耳を垂れ下げた犬のようだった。
そして、俺は犬派だった。正直に言うと、そんなふうに来られるとつい構ってしまいたくなる。
「あるけど……今日は集まりだけだから、すぐ終わるかもな」
「!」
ハルキの表情が明るくなり(と言っても他の人が見ても気づかないレベルだ)背後で、ブンブンと尻尾が揺れる幻覚が見えた。
「待ってもいいか」
「いいけど……」
「ほのかちゃんはいいのかよ」と言葉を続けそうになったがすんでのところで飲み込む。まあ、たまにはいいだろう。ついでに進展具合を根掘り葉掘り聞いてやろう、なんて、この時俺はすっかり油断していたのだ。これが俺たちの関係にどんな変化をもたらすかなんてまるで考えずに。
部活終わり、汗を拭ってスマホを開くと、ハルキからのメッセージが届いていた。
「中庭にいるから来てほしい」
その一文に、少しだけ首を傾げる。なぜ中庭?
……だが、特に深く考えることもなく、俺は軽い足取りで目的地へと向かった。中庭──校舎の奥、誰も通らない、あの“秘密基地”のような場所へ。
そこは放置された草木が伸び放題で、まるで時間が止まったかのような空間。正門から最も遠く存在を知る生徒すら少ない。
遠目から中庭のベンチに座っているハルキが見えた。俺は「ハルキ!」と大きな声で呼びかけた。
が、ハルキはゆっくりとこちらに顔を向けただけで立ち上がる気配はない。
怪訝に思いながらも俺は仕方なくハルキの側へと足を進めた。
「ボーッと座ってないで行こうぜ」
声をかけるが、ハルキは黙ったままだ。その横顔はいつも以上に静かで、どこか張り詰めているように見えた。流石に違和感に気づいた俺は隣に腰掛けた。すっかり陽は落ち、あたりには2人以外に人はおらず、蝉の声だけが響く中庭は静まり返っていて居心地が悪かった。ハルキが何かアクションを起こすのを待つが、沈黙だけが時間と共に重くのしかかる。
そして、その重苦しい沈黙を破ったのは──ハルキだった。
「お前に聞きたいことが……ある」
「!」
短く息を呑む。
「おう、なんだ?」
目線を俺に合わせず、珍しく言い淀むその様子に、俺は確信する。
これってもしかして恋愛相談じゃないか?!俺の気分は一気に浮上し、前のめりになる。思った以上に早い進展に、俺は【キスこい】の選択肢やイベントを必死に思い出す。
ゲームを何十周とプレイしてきた俺だ。ゲームの流れ、必要条件なんて全て暗記している。ハルキにとっての「最適解」を導き出せるように脳をフル稼働させる。
「なんで俺を避ける」
「は……?」
頭が真っ白になるとは、まさにこのことだった。
花園さんの笑顔も、選択肢も、攻略フローチャートも、全部霧散した。
「いや!ちょっと待て、なんか勘違いしてないか?俺はただ部活が忙しくて……」
必死に言い繕うが、ハルキの視線は鋭い。
「それも俺と距離を取るための言い訳だろ。……何か、お前の気に触る事でもしたなら謝る」
想定にない展開に俺は言葉に詰まってしまう。ここでこいつと揉めたり、信頼を失ってしまうと、後々に響くかもしれない。慎重に言葉を選びながら、できるだけ平然を装って答える。
「別に何もねぇって。ただいつまでも野郎同士でベタベタしてても、花がねぇじゃん」
そう答えた瞬間、ハルキの目はスッと細められ、元々無表情な顔がさらに冷たくなる。その静かな怒りのような気配に、背筋がゾッとした。
「……それだけか」
「それだけって……だから青春を」
「俺とでもできる」
「いや、だから! 女の子と! 謳歌したいの!!」
タクヤは思わずため息をつく。ハルキは頑固だしきっと俺が本当のことを言うまでずっとこの感じだろう。嘘を吐くのが得意でない自覚がある俺は、ボロが出る前にこの不毛なやり取りに終止符を打つため、例の話題を振った。
「あのなぁ……そもそもお前、最近ほのかちゃんと仲良いみたいじゃん」
──ビクリ。
ハルキの肩が揺れ、その目がわずかに見開かれる。
その反応を見てやはり二人の仲が進展しているんだと確信した。
「ほのかちゃん、可愛いし良い子だし、きっと脈アリだぜ。お前も俺とつるむのはやめて、彼女つく……」
その言葉は最後まで発せられることはなかった。
何故かって? 塞がれたからだ。目の前の男に。唇で。
唇が触れ合っていたのはほんの一瞬だった。けれどタクヤには、世界が一瞬スローモーションになったかのように、長くゆっくりに感じられた。ハルキの体温、ほんのりとした石鹸の香り、そして、そのやわらかい感触。
呆然とするタクヤを、ハルキはまっすぐ見つめ返していた。その瞳の奥には今まで見たことのないような、強い光が宿っている。
そして、はっきりと、迷いのない声で告げた。
「俺が好きなのは、お前だ」
この中庭──実は“告白スポット”としてちょっとした有名な場所だった。
生い茂る木々に身を潜め、友人の愛の告白を、からかい半分……いや、見守りながらそっと見届けるにはうってつけ。だからこそ、恋を語らう場所としてたびたび選ばれてきたのだ。
そんな中庭の片隅。背の高い樹の陰に、ひとつの小さな人影が潜んでいた。
「~~~っ!」
拳を強く握りしめ、それを空に突き上げる。震える肩。言葉にならない歓喜。
──そう、それは、花園ほのかだった。
(やった……! ついにやったわ!! 東雲くん……!!)
感情を隠しきれずに笑みを浮かべるその様は、普段のしとやかな彼女とは別人のように生き生きしていた。
そう、彼女も転生者の1人だった。かつて『キスこい』というギャルゲーの大ファンで、そしてハルキ×タクヤを尊ぶ、筋金入りの同人作家だったのだ。
(どのヒロインも素敵だったわ……でも、何周もプレイして気づいてしまったの。誰よりもハルキくんを想い、支え、幸せを願っていたのは──タクヤくんだけだって!)
タクヤは“親友ポジション”でありながら、物語の裏側からハルキを見守る存在。
アガペー(無償の愛)とも言える深い想いを抱きつつも、報われることはない。
(なのに友情エンドすらないなんて……どう考えてもおかしいわ!!)
最後、ハルキの背中をそっと押すシーンだけに用意された立ち絵──あの優しくどこか悲しげな微笑みに、花園は雷に打たれたような衝撃を受けた。そこからは、もう筆が止まらなかった。情熱のままに二人の物語を描き、書き、描き……そして、無理が祟って倒れた。
──気づけば、彼女は『キスこい』の世界の住人となっていた。
しかも、メインヒロイン・花園ほのかに転生して。
となれば、やることは一つしかない。タクヤとハルキをくっつける!
しかし、ここはギャルゲーの世界。しかもタクヤは攻略対象ですらない。セーブもロードもできない理不尽さに、困難を覚悟していた……が。
運命が大きく動いたのは、入学式の日のこと。
春の陽射しの下で、ほのかは運命の相手・東雲春輝と出会った。本来であれば、ここで彼に一目惚れをするはずだった。しかし転生者としての自我を持つ彼女にとっては、恋の始まりではなく──
(これは接点を作るチャンス!)
そう、タクヤとの仲を取り持つ“鍵”として、この出会いを捉えていたのだ。
だが──
「その⋯気になる奴に意識してもらうにはどうすればいいか聞きたいんだ」
入学から一ヶ月も経たないうちに、ハルキの方から恋愛相談を持ちかけてきたのだ。
「そ、それって……」
「悪い、こんな事急に聞かれても困るよな」
一瞬、他のヒロインの顔が浮かんだがまだ出会っていないはずだ。そして親友のタクヤではなく花園に相談をした、ということは、相手は──
(もしかして、タクヤくんッ!?)
喜びで声が裏返りそうになるのを必死でこらえながら、ほのかは力強く頷く。
「私に……協力させて!」
こうして花園はハルキの恋愛を裏からサポートする事となった。
ハルタクのイチャラブ薔薇色学園生活実現のため息巻く花園だったが、すぐ頭を抱えることとなる。
──東雲春輝という男は、想像以上に不器用だったのだ。
本編でヒロインたちと親密になるきっかけを作っていたのは、全てタクヤのフォローだった。だが今回、そのタクヤが“攻略対象”という前代未聞の状況。誰も背中を押してくれないハルキは、なかなか行動を起こせずにいた。
(このままじゃダメだわ……!)
花園は思い切って、朝の登校に同行してみた。だが、途中で「課題を忘れた」と言ってタクヤが家に戻ったその瞬間、ほのかは即座に動く。
「東雲くん! 今すぐ戻って、自転車でタクヤくんを迎えに行くの!」
咄嗟に動けるところはさすがの転生者。ハルキもすぐに意図を察して駆け出していった。
あとは祈るしかない──
そして数日後。
「……避けられてるかもしれない」
迷子の子犬のような目でそう呟くハルキの姿に、ほのかは小さく息を飲んだ。
「落ち込まないでください、東雲くん。これはチャンスです!」
「チャンス……?」
「タクヤくんの中に、何か変化があった証拠です。意識し始めてる可能性があります!」
「本当に、ただ迷惑だと思われてるだけかもしれない」
こんなにも途方に暮れた様子のハルキを見るのは初めてで、花園の胸はきゅっと締めつけられる。
「タクヤくんの本当の気持ちは、私にもわかりません……。でも、このまま離れていってしまって、本当にいいんですか?」
「⋯このままは絶対に嫌だ」
その言葉に、花園は静かに微笑む。
「私に……考えがあります!」
そして現在──
恋と友情、三者三様の感情が交錯する中庭にて、“存在しなかったはずのルート”が、静かに──そして確かに、動き始めていた。