時の審判③
広場の喧騒を離れて、石畳の階段に座る。
走ってきたので喉はカラカラだ。
残っていたソーダを一気に飲み干す。
(あんなことがあったのか……)
さっき聞いた両親の会話。
ここは先月だ。
そして俺はもうすぐ両親の反対を押し切って、夢現世界へ発とうとしている。
夢世界にいれば一生、楽しく過ごせるのは目に見えている。
創造神が創った理想郷なのだから当然だ。
”未来が全て決まっているのは幸せなのか?”
毎日、楽しく生きている中でふと感じた疑問。
でもそれは贅沢な悩みだと一蹴されることの方が圧倒的に多かった。
中には一定の理解を示してくれた人もいた。
同年代仲間だ。
16歳で成人を迎えたと同時に意気揚々と現実世界へ旅立つ。
しかし、数日後には無言で戻ってくる仲間がほとんどだ。
そして夢世界の素晴らしさを身をもって知り、そこに身を沈める。
彼らから経験談を聞いて、元々行くつもりだったのに諦めた人も多い。
迷いに迷って、17歳にして現実世界に飛び込んだ。
……おそらく一ヶ月もったのは自分位だ。
分からないこと、難しいこと、大変なことがたくさんあった。
それでもそれをまだ楽しめていた。
(そのせいで戻って来たらあのザマだ……)
他の仲間と同じように数日でドロップアウトしていれば、おそらく自分も一緒に石化していただろう。
自分だけ石化を免れて嬉しい気持ちなんて微塵もない。
唯一良かったのは、石化しなかったからこそ、自分の手で助けられるということだけだ。
後悔の念が襲う。
両親は自分達の気持ちを押し殺して、自分を送り出してくれた。
あの時の表情……。
思わず頭を抱える。
”あなたはある大きな後悔に出会います。未来を知っている今のあなただからできる最善の選択をしてください。今度こそ後悔のない選択ができれば、ここにもう一度戻ってこられます”
時の審判で聞いた言葉が蘇る。
(未来を知っている今のあなただからできる最善の選択……?)
両親を慮って行かないのが正解なのか?
いや、父と母のことだ。あれだけ行きたいといっていた現実世界行きを急に取り下げたとなれば、逆に心配するだろう。感情を押し殺して、あえて無言で背中を押すかもしれない。
(そうじゃなくて……現実世界には行くけれど……)
頭の中でぐるぐると思案する。
(そう、そうだ。もっとこまめに……それこそ毎日夢世界に戻ってくれば良かったんだ……)
そんな簡単なことに気付いて、今さらながら後悔の波が押し寄せる。
ワープすれば5分もかからないのに、なぜそうしなかったんだろう?
一回戻れば決心が揺らぐから?
一秒でも長く現実世界にいたかったから?
現実世界の楽しさにかまけて夢世界のことを忘れていたから……?
毎日帰っていれば、夢世界の何か異変に気付いたかもしれない。
自分一人では何ともならなくても、みんなで知恵を出し合って何か策を講じれたかもしれない。
……少なくとも家族が別れ別れになるなんてことは防げた。
(全然難しいことじゃないのに、俺は何をしていたんだろう……)
遠くで微かに広場の音楽が聞こえる。
燃えるように赤い夕方の空。
鼻腔をくすぐる潮風の香り。
両親も含め、今日会った夢世界の仲間達。
それが、今は全て暗黒の世界に閉ざされているなんて……。
(自分を優先し過ぎた罰だ……)
頬から一筋の涙が零れる。
その瞬間、目の前が真っ白になる。