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第84話 第五部 5『焼け跡から拾った砲丸』

札幌地区新人戦の最終日を終えて、スタンドにやって来たマンナンこと恵庭体育の喜多満男は、二日前に会った時とは全く別の表情をしていた。


「膝、まだ駄目なのか?」

一応怪我の心配をしてくれていたらしいが、この大会に出場を取りやめたことを残念がっているふうはなかった。むしろ「オレの活躍をしっかり見ていろよ!」という自信満々の言葉が続いていた。相変わらず、自分のことばかりを長々と大声て話し終えて、満足そうにしていたのが大会初日の朝だった。


けれども今目の前にいるマンナンは、徳島の全国大会でも見せていた自信タップリの表情はどこかに行ってしまっていた。全国大会の強豪が集まる中で、オレが一番自信を持っていると言わんばかりだったあの時とは全く違う顔をしていた。


「野田、スゲエヤツが出て来たぞ!」

ますます細くなった眉毛を吊り上げてそう言うマンナンの言葉は、今までに聞いたことのない響きだった。


ケガの回復を優先させるためにこの大会には出場しなかった野田賢治は、マンナンの話を聞くまでもなく、この大会で砲丸投げに出場してきた恵北工業高校の「五十嵐」という一年生は、強く印象に残る注目の選手だった。体がさほど大きくなく体重もない一年生が、マンナンを上回る記録を出して優勝してしまったのだ。


マンナンは自分が負けた悔しさからだけでなく、この小さな一年生がなぜ自分以上の記録を出すのか。そのワケを知りたくて、試合の後に恵北工業高校のテントに押しかけて、一時間以上も話し込んできたのだと言う。


学年の違いなど気にすることなくタメ口で話す一年生に大いに驚きながらも、マンナンは彼の話をしっかりと聞いてきていた。


「いや、なんかさ、ちょっと神がかっているというかさ、不思議な話なんだわ……。……んで、アイツもさ、お前とおんなじで中学ん時によ、野球部だったんだとさ……」


いつもと違って丸い目をして話すマンナンの話は、なんだか「おとぎ話」のような内容だった。


 「オレは……、中学ん時、野球やってたんだ。」

 ゴツイ体のマンナンに臆するふうもなく五十嵐翔真が話し始めた。


 「二年生の冬にさ、中学校が火事になったんだよな。」


焼け跡は真っ黒だった。本当に……、真っ黒な地面とコンクリートの土台だけが残っていた。それは何かの教科書に載っていた戦争中の東京大空襲後の写真のようだった。職員室があった場所、長い廊下が走っていた場所……、なんとなくその場所の雰囲気は残っていた。でも、やっぱりそこら中真っ黒けだ。あたり一面に燃え広がってしまった炭火をあわてて水をかけて消そうとしたけど、それはもうすでに手遅れで、炭火は最後まで燃え続け、燃えるべきものがなくなるまでしっかりとすべてを燃え尽くしてしまった。そんなことを連想させる焼け跡だった。


一月の冬休みが終わる直前の日曜日。夜になってから出火して、燃え広がった炎は体育館を残してすべての教室を焼き尽くしてしまった。木造三階建ての校舎は古かったけれど大切に使われてきた伝統ある建物だった。


学校が火事だという知らせで、駆けつけたときにはもう手のつけようがなかった。何台もの消防車がやって来ていた。でも、高台になっているこの場所には消火栓が近くになくって放水さえされていない。集まった大勢の人々はただ、眺めて、ただ、炎に顔をあぶられるばっかりだった。体育館につながる長い渡り廊下のあたりだけがまだ火が回らずにいたのを仲間のYが知らせてくれた。


それで友達の何人かでそっちの方に向かうと、スコップで休みなく雪をかけている生徒がいたんだ。生徒会長のSさんだった。陸上部の部長もやっていた大柄なSさんが、自分家から持ってきたらしい角スコップで、雪を炎に向かってたたきつけるように、何度も何度も繰り返し繰り返しその「作業」を続けていた。


Sさんは「この野郎!この野郎!」と叫びながらそこらに積まれていた雪の塊を崩しては、また炎に向かってスコップの中の塊になった雪を投げつけた。たった一人でそんなことをしたって、炎はあざ笑うようにその強さを増すばかりだった。


炎に赤く照らされたSさんの顔には涙が流れているように見えた。いや、それともただの汗だったのかもしれない。そして、それはすぐに乾いてしまったらしくて、頬の下のあたりに汗が塩になってこびりついた時にできるような白い線が浮き出て見えていた。


「この野郎!この野郎!」という声にせき立てられて、オレとY君は自分達の家にスコップを取りに走った。


大急ぎで戻ってきたオレとY君は生徒会長の横で雪を投げつけている三人の先輩達を見つけた。彼らも自分家からスコップを持ってきて雪投げ消火隊に加わったのだ。オレたち六人が夢中になって雪をかけているうち、本物の消防隊員達がようやっと手配できた消火ホースを抱えてやって来た。まだ火の手の及んでいない体育館に放水を開始した。そして、その頃には見知った顔の三年生をはじめとして、何人もの男子生徒達がスコップを持って僕たちのところにやって来た。


みんなで並んで雪を運び、それを体育館への入り口めがけて放り投げた。三十分なのか一時間なのか、時間の感覚なんかもなくただただ雪をかけ続けた。それでも、体育館への渡り廊下の屋根は焼け落ちてしまった。体育館には消防車が放水を続けているので延焼は食い止められたけれど、体育館以外の校舎は手の施しようもなく完全に燃え尽きてしまった。消防隊の人たちにもうやめた方がいいと言われた時、そこには30人ほどもの中学生がスコップを握って立ち尽くしていた。そして、みんな無言で焼け落ちた校舎の在った辺りを見つめていた。そこに残っていたのは、白い煙を上げ続けている焼け落ちてしまった黒い物体だけだった。

 

そうやってオレたちの中学校は体育館を残して跡形なく燃え尽くしてしまったんだ。その日は1月17日の日曜日で明日からは三学期が始まる予定だった。三年生達は卒業を間近にして自分達の母校を失い、高校受験を間近にしたこの時期に座るべき椅子さえもなくしてしまった。


それから一週間が経って、しばらく焼け跡から感じられていた「熱」も消えてしまった頃、オレは焼け跡から一個の砲丸投げの玉を拾ってきたんだ。


あの夜の炎の色がなかなか頭から消えてくれない中、記憶をたどって自分達の教室のあったあたりを探っていたんだ。建物自体はなくなっていても、窓から見えていた景色などから大体の場所はわかっていた。何かを期待していたわけではないんだけど、本当に全く何も残っていなかった。きれいに燃え尽きていた。本当に一面の炭の原のようだった。そして、その帰りにたぶん職員室のあったあたりから、焼け焦げた布のようなものをちょっとだけくっつけた砲丸を見つけたんだ。


家に持って帰り、煤と汚れを落としてみると、表面がでこぼこになってしまってたけど真鍮の色をした5キロの砲丸が蘇った。この砲丸が一個だけなぜあの場所にあったのかはわからない。体育準備室だとか部活の用具入れじゃなく、職員室の片隅に砲丸が一個だけおかれていたんだ。


全焼したとはいっても、金属のものはきっと残されていたはずで、耐火金庫などを初めとしてそれらはすでに移動されていたはずだ。それなのに、この砲丸だけは一個そこに残されていた。けっして隠れていたわけじゃなく、すぐに目に付くような状態でオレは見つけたのさ。まるでそれまでは隠れていたかのように、オレの目の前に現れたんだ。


これって何かあるのかな?


家に持って帰って、オレはしばらくその砲丸を見つめた後、古くなった肌着シャツを重ねて縫い合わせて作った布を使って、でこぼこのへこみにたまった泥や煤を丁寧にこすって磨いた。炎に焼かれ、水をかぶり、煤に囲まれ灰にまみれて、砲丸の色はくすんでしまっていた。それでも磨かれるたんびに黄土色のような、黄色のような、金色のような、金属を感じさせる表面に光沢が増していった。


「いやさ、まるでさ、昨日のことを話しているような五十嵐の口元はよ、なんか、アイツ自身の意思で動いているんでなくてさ、何かがよ、取りついてしまって、そのなんかが話しているみたいな動きをしてたんだよな……」

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